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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡―暗黒森林八

パチパチとはじけるような音を立て、蒼く発光する紫電をその身に、そしてその槍に、纏う。

 夜の闇を明るく照らすようなその蒼は、ほの白く、幽鬼のように不気味にあたりを包み込む。

 「さて、どれだけ持つかな?」

 その言葉を言い終わるや否や、消えた―――――。

 誰もが己の目を見張ったとき、唖然とするローグの目の前に姿を現す。

 そしてその槍の穂先はすでに、ローグの胸元まで迫っており、もはや衣服一枚隔てたところにあった。

 間に合わない―――。

 限界まで引き伸ばされた思考の中で、そう思うよりも早く、ずどん!という、破壊音が響き、ローグが吹き飛ばされた。

 まずい!!!

 思わず吹き飛ばされるローグの体を目で追うが、体は動かない。いや、意識だけが追いついているだけで、体を動かすことなど、全くできなかった。

運よく、セルバとカイトにぶつかり、崖の下に落ちることこそなかったが、地面に倒れるローグはほとんど意識がないようで、ぐったりとしている。

 セルバとカイトが、急いで立ち上がり、仰向けにしたが、目立った外傷はない。ただ、胸元に焼けたような真っ赤な爛れ跡があったが、命に別状はない様だ。

 「思った以上に頑丈だなあ。魔法による防御か・・・。しかし、私の一撃でも体を貫通しないとは・・・。思いのほか魔力が多いのか?」

 いまだに紫電を纏ったニコライは少し不思議そうに首をかしげてローグを見下ろす。

 「くそおおおおおお!!!!」

 ネルと、ガルフと、アイクが、一瞬で間合いを詰め、三方を囲みながら、剣をふるうが、その剣撃をすべて刺突で突き落としている。

 それも目線を送ることもなく。ただ、正面を見据えながら。ただ、単純に速かった―――。三人が同じタイミングで剣をふるうが、槍の穂先が閃いたかと思うと、三本の剣先が弾かれている。目で捉えることができないほどに速く、槍を振るっているのだろう。

 そして、まるでそんなことなど容易いことだとでも言わんばかりに、全く生き一つ乱さない。ただ、無表情のまま槍を振るい続ける。

 三人の息は上がってきている。

 びっしょりと汗をかき、必死になって剣を振るっているが、まるで届かない。

 そして、三人の速度が少し、ほんの少し鈍くなったと思った瞬間、どん!と三人が一気に吹き飛ばされてしまった。

 そして、三人とも地面に横たわったまま起き上がることができないでいる。

 思わず駆け寄るが、外傷はない。

 「安心しろ。石突で突いただけだ・・・。貴様らを捕縛することが任務の第一条件だからな・・・。ただ、雷を纏った突きだったから体が麻痺して動けないだけだ。四人ともな」

 化け物だ。敵うはずがない。

 そう思う心とは裏腹に、僕は腰に佩いていた剣を抜き放っていた。

 「小僧、貴様が一人で敵うはずもないだろう?もうすでに分かったのなら武器を捨てろ。そういうつもりで三人とも石突で突いたんだ」

 そういうと、胸元から細い笛を取り出し、口にくわえると、吹き鳴らす。

 ぴいいいいいいいいいいーーーーーー!!!!

 耳を突くような甲高い音が森の中に響く。

 「援軍を呼んだ。貴様らを運ばなければならないからな・・・。部下がもうすぐに駆けつけてくるだろう。さすがに私一人では、八人など運べないからな・・・」

 だから何だというのだ?

 だから剣を引けとでもいうのか?

 だんだんと怒りがこみあげてきた。

 見下すような言動に、蔑むような視線に、そして、呆れたように吐いたため息に。

 剣を構え、その正面に立つと、その男の強さが改めて理解できた。

 僕がかなうはずもないと一瞬で分かってしまった。

 歯ががちがちと音を立てて震え、膝が笑ってしまったかのように力が抜ける。

 それでも、僕は闘わなければならない。

 兄さんに約束したから!リックに約束したから!

 リックは約束を守ってくれた!なら!僕が約束を、その身に負った期待を破ってしまって何になるというのだ!

 もう一度、奴隷として帝国の所有物となって、どうやって生きていけばいいというのだ!

 必死で魔法を練り上げ、身にまとい、そして、滑るように間合いをつぶす。

 僕が魔力を練り上げたことに少し驚いたようだったが、それでもニコライはくだらない物でも見るような目つきで、僕のことを眺めている。

 一瞬で終わらせるつもりだったのだろう。

 先ほど三人を襲った石突による神速の突きが、気が付けば、僕の目線の先まで迫ってきていた。

 全く反応できなかった。そして、今、目の前に迫っても、全く反応できない。

吸い込まれるように、過たず鳩尾に叩き込まれ、僕は一瞬息が詰まる。

 吹き飛ばされ、地面を転がっている間も、息ができなく、非常に苦しい。

 ばたばたともがき回り、ようやく落ち着いてきたところで、ふと、違和感に気付いた。

 体が軽い―――。

 そして、体が動く―――。

 がばっ、と勢いよく飛び起きた僕に、ニコライが少し眉を顰める。

 「なんだ?雷が効いていない・・・?いや・・・なんだそれは・・・?」

 視線の先、僕は自分の体を見下ろすと、そこにはニコライと同じように、僕の体もほの蒼く、紫電を纏いながら発光していた。

 ぱち、ぱち、と耳元で音が聞こえる。

 「貴様の魔法は・・・一体何の属性だったのだ・・・?まさか・・・私と同じ雷か・・・?」

 分からない。今まで、「属性」など考えたこともなかった。ただ、分かることは、僕が魔力を纏うと、傷の直りが早くなるということと、そして、刀身が真っ赤に赤熱する、ということだけだった。

 「貴様、私の部下に取り立ててやろうか?」

 驚きから一転、ニコライがそんなことを口にする。

 僕はその言葉を聞き流し、一瞬で間合いを詰める。先ほどよりも体が軽い。そして何より速い―――。これなら―――。

「どうした?こんなに栄誉なことはないぞ?」

 僕の突きを半身になって躱しながら、それでも説得を諦めないようだ。

 「ごめんだね!」

 「なぜだ?」

 「逆にどうして僕にそこまでこだわる?」

 瞬きの間に、剣を、槍を打ち合わせ、そして気付いた。もっと速く―――。もう少しで届く―――。もっと速く!!!

 「どうしてだと?雷の属性を持つ者は意外なほどに少ない。なぜなら、これは他の、「火」「水」「風」「土」なんかに比べてはるかにイメージしづらく、身近ではないからだ。だからこそ、私は私と同じ属性を持つ者を長年探していた。何人か見つけているが、それでもまだ足りない!」

 「あまりしゃべると舌を噛むぞ!」

 「面白い!できる物ならやってみろ!!!」

 再び沈黙があたりを覆い、もはや、夜闇の中に響くのは剣と槍を打ち交わす甲高い金属音のみとなった。

 ぐん、と速度を増したニコライの攻めは、もはや視認することもできない。

 それでもなお、その穂先が体に触れたことが、見ることなく分かった。

 その瞬間、ぴりっ、と肌がざわつくのだ。

 そして、避ける――、と意識するよりも早く、体が長年身に沁みついた回避行動を、防御姿勢をとっている。

 そして、驚くべきことに!

 そう!驚くべきことに!今まで四人が全く反撃できなかったニコライの苛烈な攻めを前にして、僕は同様の速度で、剣を振るう。

 足元を狙って突き出された槍の穂先を剣で払い、流れのまま、半円を描くように肩口めがけて振り上げる。

 途中で、穂先を当てられ弾かれてしまい、右胸に向かって連続の突きが飛び込んできた。

 その突きを、軽く身をよじりながら、刀身で横から叩くように振りぬくと、軌道をそらされ、僕の体にはかすりもしない。

 何度も、何度も突き出される槍の穂先を躱し、弾き、反撃を重ねるうちに、それまで僕の体の近くで切り結んでいた穂先を、どんどんと押し返すことに成功し、ついには二人のちょうど中間で、まるで拮抗するかのように何度も、何度もその剣を交え合う。

 体が風のように軽い―――。

 いつまでも、動き続けることができるのでは、と錯覚するほどに自分の思い通りに体が動く―――。

 次第に強くなっていく高揚感に引きずられるように、僕の動きはどんどん、どんどんと速度を増していく。

しかし、ここで、均衡は敗れる。

「なかなかやるな!ここまで私の力に拮抗するとは!」

 投げかけられた言葉に、僕は愕然とした。

 長大な槍を幾度も振るい続ける相手は、しかし、微塵も疲れた様子を感じない。

 肩で息する風もなく。今も、まるで椅子に腰かけてくつろいでいるかのように自然に、言葉を投げかけている。

 それは、まだ余裕があることの証左で、対する僕は、大粒の汗を額に浮かべ、身にまとう衣服をぐっしょりと濡らし、肩で息をしながら懸命に剣を振るっている。

 その事実に気付いた瞬間、今まで感じていた体の軽さが嘘のように無くなり、まるで、重石を抱えているのかと疑いたくなるほどに重く、重く、感じた。

「だが、まだ、魔法を使えるようになったばかりの小僧でしかないな・・・。効率的な魔力の使い方が全然できていない。要するに無駄が多い!」

 そして、ゆっくりと速度を落とした僕の突きは、あまりにも容易く弾かれ、今までの善戦は何だったのかと疑うほどあっけなく、石突で殴り飛ばされた。

 吹き飛ばされ、冷たい地面を転がる。

 うつ伏せに倒れながら、ゆっくりともがくが、手足に力が入らない。

 胸元まで何かがせりあがってくる不快感を感じた。

 がぼり、と吐き出すと、血の塊だった。

 手足がばらばらになりそうなほど痛い。

 そして、二度、寸分たがわず殴られた鳩尾がずきずきと熱を持ったようにひどく痛む。

 ぼんやりと薄れる意識の中で、森の茂みをがさがさとかき分けて、何かがこちらに向かってくる音を聞く。

 その足音はどんどん、どんどんと近づき、近づくにつれて、多数の人の気配だと気付く。

 必死で意識を保っていると、その見上げて視線の中に、帝国兵士たちが多数飛び込んできた。

僕らを囲むように、警戒しながら、ニコライに敬礼する。

 「よし!来たな!今からそいつらを捕縛して連れて帰れ!」

 一斉にうなずき、その距離を詰めてきた。

 僕の両腕に無理やり手を入れられ、乱暴に抱き起された。

 「ほら!自分の足で歩け!」

 耳元で、怒鳴り声が聞こえたが、そんなことを言われても、体が動かない。

 ぼんやりと半開きの目を見つめられ、何の反応もないことを確認すると、「ちっ!」と一つ舌打ちを突きながら、そのままずるずると引きずるように、連れていかれる。


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