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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
奴隷時代
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狩猟一

「暗黒森林」はコロシアムから徒歩で二、三日の距離にある。多くの奴隷たちが馬と荷馬車を引き連れ、徒歩で移動する。道中に寄った村々から足りない食料を買い足し、村のはずれに皆でたき火を囲み、柵を張り巡らせ周囲の警戒をしながら夜を明かす。

この時ばかりはわずかな酒を飲むことを許されており、多くの奴隷たちが有頂天に騒ぎあいながら夜を過ごす。

移動の際はほとんど班行動のためほかの奴隷たちと交流する機会はないが、夜になると皆で楽し気に騒いでおり雑多な話が飛び交っている。

僕は隅のほうからその光景をぼんやりと眺めていることしかできないが、リックやアイク、モーリスは親しい奴隷たちの輪の中に入り込み騒いでおり、兄さんすら大人たちに自分から話しかけ、陽気に笑いあっていた。

僕がそんな様子を寂しげに見つめていると、兄さんが僕に気付いて手招きしてくれる。

そこにいる人たちは僕らと同じ奴隷の人たちだけれど、みんな大人で体も大きく、顔も怖く、どうしても気後れしてしまう。

そんな僕の様子に苦笑いした兄さんはすっと僕の近くまで来ると僕の手をつかみ、未だおどおどしている僕をほぼ無理やり引き連れて輪の中に戻る。

「シリウス。今面白い話を聞いていたんだよ。おっちゃん!もう一回『海』のはなしをしてよ!」

『海』とはいったい何だろう?兄さんの様子を横目に見るときらきらとしたその瞳にはこらえようのない好奇心が浮かんでいる。

「おう!坊主はリオンの弟だったか?」

「うん!こいつはシリウスっていうんだよ。ほらシリウス、挨拶しろよ」

「あの・・・初めまして。シリウスです」

「おう、俺はガルフ、んで、こっちの細いのがネル、んであっちの怖い顔したオヤジがカイトだ」

カイトと呼ばれた青年が口を開く。

「ガルフさん。俺はガルフさんほど怖い顔してませんし、ガルフさんよりもよっぽど歳食っちゃいませんよ」

「はは違いないね」

「誰が子供も逃げ出す強面だ!それに俺はまだ三十手前だ」

「え!そうなのかおっちゃん!俺はてっきりリうちのリーダーよりも年上だと思ってたぞ!」

「リオン、お前まで・・・。リックはもっと年上だ。あいつはいつまでも変わらねえからうらやましいぜ畜生」

なんだか思っていた印象と違って親しみやすい人たちだ。

そんな僕を見てガルフと名乗ったこわもての男性がにかっと笑う

「お、やっと顔つきが変わったな坊主。もっと気楽にしろよ」

急に話しかけられびっくりした僕は思わず兄さんの陰に隠れてしまう。

「あら?また隠れられちまった」

「ガルフさんが怖い顔して驚かすから」

「笑い顔すらも鬼の形相だったな」

「お前らしまいには泣くぞ」

「そんなことよりおっちゃん!はやく『海』の話をしてくれよ!」

「おお、そうだったな。弟もいるからもう一度最初から話すぞ。俺は子供のころ住んでいたところは小さな村なんだ。そこは海に面した小さな村だった」

「さっきから思ったんだけど、『海』って何?」

「『海』っていうのはな、見渡す限り水が広がるところだ」

見渡す限り水が広がっている?全く想像できない。いったいどんなところだろう?

「眼下に広がるのは遠く続く水、水、水・・・。空の青を映しこんで、まるで視界いっぱいに蒼穹が広がるようだった・・・。この海はどこまで続いているんだろう?この水はどこからきてどこに流れているのだろう?なくなることはないのだろうか?子供心にそんなことを考えるほど広大な、水が果てまで広がるところが海だ」

ガルフの瞳はもはや僕らを映してはいない。それは遠いどこかにさまよい、過去に思いをはせているようだった。

「信じられるか坊主?空と海の境目すらわからず、小高い丘から見下ろすあの景色は、まるで空の中に浮かんでいるようだった」

両手を目一杯広げて『海』の広大さを伝えようとしてくれるが、想像力に乏しい僕にはそれはまるで実感のわかないものだった。

「海から吹いてくる風には潮のにおいが混ざって、初めて嗅ぐ奴だったり、山奥育ちの奴はその嗅ぎ慣れないにおいに鼻をしかめるもんだ。だけどな、視界いっぱい遮るものがない海と空を見ながらすうっとその潮風を鼻いっぱいに嗅ぐんだ。そしてふっと力を抜きながら目をつむると、波の寄せては返す単調な音が聞こえてくる。まるで自分が世界から切り離されてしまったような、取り残されてしまったような、それでいて寂しいとか、孤独だとかは全く感じないんだ。ただただ包み込まれるような安心感があって、そんでふと気づけばまるでぷかぷか浮いているような気持ちになってくる」

恍惚とした表情で語るガルフに僕は問いかける。

「あの、『波』ってなに?」

「ああ、そうか坊主らは海を見たことがないから波も知らないのか。波ってのはな、海の水が風の流れに乗って陸地に寄せては返す、なんて言うんだろうか・・・流れみたいなもんだ」

「ふーん」

全くよくわからなかった。

ただ隣では兄さんが相変わらずきらきらした瞳で話を聞いている。

「さっきガルフさんは見渡す限り水だって言ってたけど、『海』のその先はどうなっているの?」

その言葉にガルフがふと表情を曇らせた。

しまった、聞いてはいけないことだったろうか。僕の不安をよそにガルフは言いづらそうに口を開く。

「ああ、いや、俺もよくは分からねえんだ。聞いた話では、ずっと海の向こうには別の陸地が広がっていて、こことはまるで違った人々が生活しているともいわれているし、海の先には何もなく、行けども行けどもただただ海が広がっているだけで、その先を見ようと海に乗り出した奴で帰ってきたやつはいないとも言われている」

なんだかとても怖かった。どうして兄さんはそんなものに心惹かれているのだろう。

「なあおっちゃん。どうしてそんなに水があるんだ?その水はどこから出てきたものなんだ?」

「リオン、お前川は知っているか?」

川はさすがに知っている。僕らの元々住んでいた村の近くにもあった。

「川は山から海に流れ込んでいるんだ。だから川を下っていけばいつかは大きな海に出られる。川から海に水が流れ込むが、それが一本だけでなく、十本、いや、百本集まったらどうなる?そうやって海はできているって俺は昔聞いたことがあるぞ」

なるほど、なかなか面白い話だった。その後も様々な奴隷たちが話に加わり、いろいろな話を僕ら兄弟に教えてくれた。

兄さんはほかに『砂漠』、『火山』、『迷宮』といった様々な土地の話を特に興味深そうに聞いていた。僕は語り継がれている昔話や古人の冒険を面白おかしく話す英雄譚、おとぎ話に特に惹かれていった。

こうして道中は何の問題もなく、多くの奴隷たちと打ち解けながら旅は進んでいった。


「暗黒森林」入り口に立ち、僕は久しぶりにその威容に思わず息をのんでしまう。木々は普段見慣れたものとは全く異なるように大きく生え茂り、一寸先も見通せないほど深い緑に覆われた大森林は、見るものを威圧するような広大さである。

時たま聞こえる生物の鳴き声がさらに僕の不安を大きくする。

まず、僕ら奴隷は、この開けた入り口にいくつかの小屋を建て、引率の帝国兵士たちが休憩できる場所と、持ってきた食料や飲料といった消耗品、そしてこれから狩ってくる獲物や素材を保管できる場所を確保した。


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