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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡―暗黒森林二

僕ら四人とその四人が見つめる先、ずしん、ずしんと足音が聞こえ、どんどん、どんどん近づくにつれ、その音が大きくなっていく。そして、地面が揺れるような錯覚を覚え、盛大に茂みを吹き飛ばしながら姿を見せた。

 それはとても大きな生き物だった。

 全身を緑の毛皮が覆い、二足歩行するその生き物は、あまりにも筋骨隆々のその巨腕を振り上げ、近くにあった大木を、まるで、そこらへんに生えている雑草であるかのように無造作に引っこ抜き、武器のように振り回す。

 大きい―――。

まず目を引くのはその大きさだった。隣に立つローグは僕ら四人の中で、いや、剣闘士の中でも一番大きく大人の中でも、大柄な人間と並んで立ってみて、頭一つ以上大きかった。それにもかかわらず、今目の前に立つ生き物は、そのローグよりもさらに頭一つ分ほど大きかった。

 おそらく僕と並んだら、その下腹にようやく届くかと思うほど大きい。

次に目につくのは頭の上から二本、天に向かってそそり立つ角だ。鋭くとがったその角が、さらにその生き物の大きさを実際よりも大きく見せている。

ぶんぶんとうなりをあげ振り回されるその大木は、勢いよく目の前に立つ四人めがけて投擲された。

 四人は何とか避けるが、それは僕らの隠れる茂みを盛大に揺らし、ちょうどぶつかりそうになった僕とローグが避けるために、姿をさらしてしまう。

 まだ背を向ける四人の剣闘士は気付いていなかったが、その生き物は気付いたようだ。

 ぎろり、とこちらに目線を向け、獲物が増えたことを喜ぶように、にやりと口元を歪めた。

 「くそおおおおお!!!」

 四人の剣闘士が、四方から一斉に剣を抜き放ち、飛びかかったが、右腕の一振りで、前方と左側面から飛びかかった二人が吹き飛ばされてしまう。

 二人の口からは空気の抜ける音が聞こえた。

 大丈夫か!?

 思わず叫び出しそうになったが、それどころではないと思い直し、言葉を飲み込み、目の前の生き物を睨み据える。

 後方と右側面から襲い掛かった二人の剣はその巨人の皮膚を叩くことに成功したが、はじき返され、そこには傷一つ付いていない。

 二人の頭上に影が差す。

 「逃げろ!!!」

 思わず叫びをあげた僕の声に二人は、はっ、と頭上を見上げると、そこには巨人が左腕を振り上げ、周囲にまとわりつく邪魔者を叩き潰そうと、握り固められている拳があった。

 振り下ろされる―――。

 思わず目を瞑りそうになったとき、ひゅん!と風を切り裂く音とともに飛来した矢がその瞳に吸い込まれていった。

 しかし、寸前で気付いたのか、のけぞり、直撃を躱して見せた。しかし、それでも避けきることはできなかったようで、額に突き刺さった。

 額に突き刺さった矢をゆっくりと引き抜くと、流れ出た赤い血をゆっくりと拳で拭う。

 「ぐおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 瞬間、あたり一帯に響き渡るほどの大音声で唸り声をあげると、弓矢が放たれたほうに向かって、思い切り拳を振り上げ、一足で跳躍し、叩き付けた。

 どおおおおおおん!!!!

 地面が大きく揺れ、衝撃で砂埃が舞う。

 濛々と立ち込める砂埃が晴れると、そこにはひどくイラついた表情の巨人と、大きく陥没し、割れた地面のみがあった。

 どうやらアイクは何とか逃げ、再び身を隠したようだ。

 ふと、僕の横から魔力の高まりを感じた。

 目を向けると、ローグが、全身に魔力をまとい、その体と比較するとあまりにも小さな剣を片手に持ち、単身突き込む姿が映る。

 一瞬で巨人の横腹めがけて突き出された剣は深々と突き刺さり、思わず痛みで巨人は横腹に剣を突きたてたローグに気を向け、払いのけるように手の甲を叩き付けた。

 剣を引き抜こうとしたローグはびくとも動かない剣を諦め、回避が間に合わないと悟ると、両腕をクロスし、防御姿勢を取る。

 ばちん!肉が肉を打つ生々しい音があたりに響き、あのローグが後方に吹き飛ばされた。

 しかし、倒れることなく、すぐに体勢を立て直したローグはもはや武器を探すことなく、両こぶしを握り締め、思い切り相手の顔面に向かって叩き付けた。

 まっすぐに伸びた右の拳が鼻柱を打ち、巨人の顔が後ろにのけぞる。続く左の拳がこめかみを捉え、ぐらりと巨人がたたらを踏む。

 何度も、何度も放たれる拳に思わず目を奪われる。

 何度も、何度も叩き付けられる拳に、巨人はなすすべもないかに思われた。

 「いけええええ!!!」

 誰もが目を見張り、我知らず興奮のまま叫び声をあげる。

 だが、それも長くは続かない。だんだんと慣れてきたのか巨人は徐々にだが、確実に放たれる拳の隙間を縫って大振りの攻撃を放ってきた。

 それが、ローグの体をかすめるたびに、ローグは直撃をもらわないように必死に避ける。巨人はローグの攻撃にたたらを踏むことはあるが、避けることはない。ただひたすらに攻撃をその身に受け、その間隙に己の攻撃を叩き込まんとする。

 ゆっくりと、だが確実に形勢が傾いていく。

 そして、その時は来た。

 振るわれた大振りの拳を、身を低くし屈んで避けた瞬間、下から強烈な蹴り上げをくらいローグが吹き飛ばされた。

 何とか急所への直撃は免れたようだが、それでもその動きが固まってしまった。

 そこを見逃すはずもなく、巨人は勢いよく肩で当て身を食らわせ吹き飛ばしてしまう。

 ローグの体が宙を舞い、地面に叩き付けられた。

 必死で起き上がろうとするが、地面を掻くばかりでまた倒れる。

 ゆっくりと近づく巨人を尻目に、皆の心に焦りと絶望の感情が浮かんだ。

 僕は必死で焦りや絶望の気持ちを押し殺し、魔力を高めていく。逸る気持ちを抑え、冷静を心掛けながら、深く息を吸い、気持ちを落ち着ける。

この攻撃が通じなかったらどうしよう・・・。

 ふと、弱気が頭の隅をかすめたが、もう後戻りはできない。

 ただ、情けなく震えて誰かの助けを待つだけの弱い自分はあの闘技場に捨ててきた。今日、これからの僕は、大切な人たちの強い思いを糧に、強く生きる!そう決めた。

 倒れるローグのもとにたどり着いた巨人は、弑逆の笑みを浮かべ、ゆっくりと拳を振り上げた。

 今だ!

 あの日と同じように、真っ赤に赤熱し、今にもどろりと形をなくし溶け落ちそうな剣身を掲げ、ゆっくりと振り下ろされる腕に向かって切りつける。

 まるで、柔らかい肉を切り裂くように、何の手ごたえもなく刃先が通り抜ける。

 本当に切り裂いたのか?と、自分でも疑問に思うほど、あっけなく剣身を振りぬいた。

 ぼとり、と目の前で、振るわれるはずだった巨腕が地面に落ちた。

 一太刀に両断された巨腕は断面から血が沸騰する煙をあげ、数瞬、まるで生きているかのように地面を跳ねる。

 巨人は一瞬何が起こったのかわからないようなきょとんとした表情を浮かべ、ゆっくりと両断され、肩先から喪失した腕を見やる。

 その表情はまるで夢を見ているような呆けた表情で、ぱちぱちと目を瞬かせて見つめる。

 数秒の沈黙の後、全身を襲う、今まで感じたことがない激痛に、巨人は身をかがめ、腕をかばうようにその身に抱きしめ、唸り声をあげながら、痛みに慟哭する。

 「ぐおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 間近で耳朶を打つ唸り声に思わず耳をふさぎそうになったが、巨人が屈みこんだおかげで頭の位置が手に届くところに来た!

 少し手を伸ばせば届く位置にある瞳に向かって、僕は再び真っ赤に赤熱した剣身を突き込んだ。

 ずぶり、と嫌な感触を手に残しながら、目の中に侵入した剣身は、一瞬で血液を沸騰させ、雪狼同様、巨人の頭部を爆散させた。

 ゆっくりと剣身を引き抜きながら、疲れ切った体を支えきれずに腰を落とす。

 傍らに倒れるローグに僕は声をかけた。

 「大丈夫?」

 「ああ、なんとかな」

 思いのほか大丈夫そうな声に僕は少しホッとした。

 のぞき込むと、瞳が揺れていて、目線が定まっていなかった。

 「地面に激突した時に頭の後ろを打ってな・・・。まだ視界が揺れて見える」

 少し呂律の回らない舌で説明する。

 「体は大丈夫なの?」

 「ああ、魔法を使っていたからな。少しあざができているくらいだ」

 「よくやった!」

 「すごいな・・・」

 アイクとセルバが身を隠していた茂みから姿を現し僕らのもとに近づいてきた。

 「助かった!」

 「ありがとう・・・」

 「いや・・・すごいな・・・」

 「申し訳ない・・・」

 先ほど巨人に追われていた四人の剣闘士が僕らのもとに歩み寄ってきた。

 吹き飛ばされた二人も、特に怪我はないようで足を引きずっているくらいだ。

「大丈夫だった?」

 「ああ・・・なんとかな・・・」

 僕のほうに手がすっと差し出される。

 その手を握り返すと、ぐっと力を入れ、助け起こされた。残りの三人がローグの肩に体を入れ、ローグもゆっくりと助け起こされている。

 僕らは地面に倒れ絶命する巨人を見ながら、誰ともなくつぶやく。

「しかし、こんな魔物見たことないぞ・・・」

 「ビックフットと呼ばれる魔物だな」

 その言葉に振り向くと、アイクがその姿を見下ろしながら、近づいていく。

 「ビックフット?」

 「ああ、北部の山岳に住む魔物だな・・・。今年の冬が例年より寒かったから出てきたのか・・・?」

 ぶつぶつとつぶやきながら、探るように足の裏をひっくり返す。

 「ふーむ・・・」

 「知っているの?」

 今度はゆっくりと手のひらを眺めている。

 「ああ、見ての通り怪力と異常に固い皮膚、そして極端に発達した筋肉が特徴の魔物だな。ビックフットの群れに遭遇したらレッドドラゴンですら逃げ出すと言われる程、凶暴で強力な魔物だな・・・」

 「こんな魔物によく勝てたな・・・。ローグもすごいが、シリウスはすごいな・・・」

 呆然とつぶやくセルバに、僕は少し照れてしまった。

 「いや、アイクとローグのおかげだよ。アイクの矢が刺さらなかったらビックフット?の動きも鈍くならなかったし・・・」

 額の矢傷を指さす。その矢傷は、ただ、血が流れているだけではなく、表面がうっすらと変色している。

 「何か毒を塗っていたんだよね?」

 「ああ、強力な神経毒だが、あまりにも巨体過ぎてなかなか毒が回るまでに時間がかかったな」

 「でもそのおかげで、僕が腕を切り落とす前は、動きが鈍っていたから、あれで何とか魔力を練ることができたんだ・・・。それにローグが引き付けてくれたから、死角からあんなにも容易く攻撃を与えられたんだ!」

 「それよ!いや、コロシアムにいた時からすごい奴だとは思っていたが、あそこまですごいとは思っていなかったな!」


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