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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡―暗黒森林一

一日早いですが、今日から投稿再開いたします。

そして、再開してすぐに言い訳はしたくありませんが・・・・。

仕事の都合で、来月引越ししなければならなくなりました。今度の部屋がWiFi飛んでいたらいいのですが・・・。

できるだけ、毎日投稿するようにいたします!

夢を見ていた。

優しい夢だった。

僕と兄さんとアイクが笑いながら、木製の椅子に腰かけている。

向かいにはリックと、大人びた雰囲気のとてもきれいな女性が微笑みを浮かべながら座っている。

二人の間には、ころころと楽しそうに笑う、小さなかわいい女の子が椅子の上に立ち上がってこちらに手を伸ばしていた。

僕らの隣には、少し困ったような表情を浮かべて立ち尽くすセルバと、肩身の狭そうなローグが申し訳なさそうに立っている。

僕らは二人を見て笑っている。

そこがどこかもわからなかった。

ただ、とてもきれいに手入れされた、緑の美しい空間だった。枝葉の影から差し込む木漏れ日が、温かく皆を包み、柔らかい風が、頬を撫でる。

目の前には大きな円卓があり、卓の上には色とりどりの料理が並んでいて、皆、思い思いに料理をとりわけ、食べていた。

声は聞こえない。

ただ、笑顔が満ちていた。

笑い声が満ちていた。

どこか遠くに聞こえるその笑い声が、時に寂しく、時に懐かしく、楽しいはずなのに、どうしてか胸が締め付けられるような不思議な違和感を覚えながら、皆で卓を囲む。

ふと、頬を涙が零れ落ちた。

シリウスは泣き虫だなあ・・・。

兄さんの優しい声が聞こえた気がした。

お兄ちゃん、どこか痛いの・・・?

対面に座る女の子の、心配するような声が聞こえた気がした。

リックと、女性の笑みが少し曇る。

皆・・・今までありがとう・・・。

リックの感謝の言葉が聞こえた気がした。

もう行っちゃうの?

言葉にならない疑問を投げかける。

リックは、困ったような笑みを浮かべながらも、肯定も否定もしなかった。

それが、ただただ悲しかった。

ごめん―――。

何を謝りたかったのかわからない。ただ、気が付けば、なぜか謝罪の言葉が僕の口を突いて出てきた。その言葉は、突然吹いてきた風に掻き消え、相手に届かなかったかもしれない。

うつむく僕を見るリックの表情は、相変わらず優しいままだった。

光が満ちていく。

ゆっくりと僕らの視界を染め上げる光に、周囲の風景は溶けるように光に同化していく。

眩しい―――。思わず目を瞑り、ゆっくりと開けると、そこに夢の名残はどこにもなかった。

僕の顔に、木々の間から差し込む朝日が当たり、どうしようもなく眩しかった。

少し開けた窪地に、僕と同じような格好でアイクとセルバとローグが横たわり、ぐっすりと眠っている。

彼らの瞳から一筋の涙が零れ落ちていた。

ふと、頬に温かいものを感じ、手を触れてみると、僕も泣いていた。

はらはらと零れ落ちる涙をぬぐいながら、ゆっくりと周囲を見渡す。

 そこは、この八年間見慣れた、冷たい石造りの牢などではなく、どこまでも広がる大きな森林だった。

 ああ・・・自由になったんだ・・・。

 どうしようもなく焦がれた自由の風は、今見た夢の影響なのか、どこか虚しく吹き抜けていく。

 僕が起き上がったのを感じたのだろう、地面に横たわる三人がゆっくりと目を開ける。

 そして僕と同じようにきょろきょろとあたりを見回し、誰ともなくつぶやいた。

 「夢・・・かあ・・・」

 不思議だとは思わなかった。僕ら四人は同じ夢を見ていたようだ。それが不思議と腑に落ちた。

 「リックは・・・ようやく家族と再会できたんだな・・・」

 それがいいことか悪いことかは分からなかった。リックの行動は僕らにとってはひどく悲しいものだったが、誰にも否定はできない。

 最後に僕らに会うことができなかったからこそ・・・・。

 「最後に俺たちに別れを告げたかったんだろうな・・・」

 ローグの言葉に皆がうなずいた。

 「これから皆はどうするの?」

 不安だった。皆には帰る故郷があるのかもしれない。今後の目標があるのかもしれない。行きたい場所、やりたいことがあるのかもしれない。

 突然自由になった僕には何もない。

 故郷も、やりたいことも、行きたい場所も。ただ漠然と世界を見て回りたい、その気持ちはあったが、何せ、物心ついてから闘技場で寝起きしてきた僕にとって、一人で何かをするということがとても不安だった。

 誰もが押し黙る中、アイクが口を開いた。

 「俺は一度故郷に戻ろうと思う」

 僕は、そのとき泣きそうな顔をしていたんだと思う。アイクはゆっくりと僕に笑いかけると、「お前も来るか?」と誘ってくれた。

 「うん!行きたい!」

 思わず、前のめりになって答えてしまった。

 「お前たちはどうする?」

 その言葉に二人は顔を見合わせる。

 「俺の故郷はもうない。だから・・・、もしよければ・・・、俺も一緒にアイクの故郷に行っていいか?」

 そうだった。セルバは戦争奴隷だ。故郷はすでに帝国に侵略され、亡くなっていたはずだ。いや、名残はあっても、もうすでに、見知った者は誰もいないのだろう。

 「俺も・・・一緒に行っていいか?」

 ローグの言葉に、思わず皆、驚いて振り仰いでしまう。

 そのことに、少しばつが悪そうな表情を浮かべるローグは、ゆっくりと話し出す。

 「実は、俺はこの「暗黒森林」の原住民の血を引く者だ。だが、その集落は、ミラストーン王国に侵攻され、すでに亡くなっている。だから、俺にも帰る場所がない」

 「そうか・・・、まあ、それなら皆で俺の故郷に向かうということでいいか?」

 皆がうなずく中、僕はふと疑問に思ったことを聞いてみた。

「アイクはどこの出身なの?故郷はまだ存在しているの?」

 「ああ、俺の故郷は、レッドストーン山脈に隔てられた南側の北東の最果て。山脈と、海と、そして山脈ふもとに広がる「迷いの密林」に三方を囲まれた国。「ミダス」王国。北大陸でも名高い、「迷宮」の国だ!」

 自慢げに語るアイクだったが、僕にはそれがどんなところか全くわからない。

 ローグは知っていたのだろう。少し驚いた表情を浮かべるが、セルバはきょとんとしている。

 「ねえ、「迷いの密林」って何?「迷宮」って何?」

 「そんなに一気に聞かれても答えられないから。落ち着け。とりあえず、その話は道中するとして、朝食にしよう」

 言われて気付いたが、とにかくお腹が減っていた。

 僕らは昨日、朝方に闘技場を後にし、徒歩で三日かかる距離にある、この「暗黒森林」に逃げ込むために、スパーダの街にある兵士の駐屯所を襲撃し、馬を奪い、皆でそれに乗って、一昼夜駆け通し、なんとか夜、日も落ちきった夜更けに森の入り口にたどり着くことができたのだ。

 兵士の駐屯所で、剣闘士たちが全員結託して、ありったけの馬を奪い、火を放ったため、追っ手はいまだにやって来ない。

 他の剣闘士たちも、八割ほどはこの「暗黒森林」を目指していたが、何分ローグの体が重いため、馬がすぐに疲れ、こまめに休憩をはさんでいるうちに、僕らだけ、余計に時間がかかってしまった。

 ちなみに、残りの二割は、知り合いを頼りに、内陸に向かって逃走していくようだった。そちらがどうなったのか僕らは知らない。

 朝食は、押し固め、乾燥したパンと、塩辛い味付けの干し肉だ。

 ひどく歯ごたえのある干し肉と、乾燥し、噛み切れないほど固いパンを水に浸して柔らかくしながらもそもそと食べる。

 「ねえ、アイクの故郷はここからどれくらいかかるの?」

 「そうだな・・・」

 僕の問いに、顎に手を当てながら、しばらく考え込む。

 「このまま、暗黒森林を北に向かって進み、レッドストーン山脈の手前で内陸に出て、そこから東に向かって進んでいくつもりだが・・・。恐らく、レッドストーン山脈まで約一、二週間、そしてそこから、俺の故郷まで大体二月か三月ほどかかるな」

 「ええ!?二月か三月って・・・、そんなにかかるの!?」

 「ああ。あそこは東の果てだからなあ・・・、どうする?それでも一緒に行くか?」

 しみじみとつぶやくアイクは僕に問い返してきた。

 聞かれなくても、そんなことはもちろん決まっている。

 「もちろん行くさ!ただ、少し驚いただけだよ!」

 こうして、自由になって初めての朝はゆっくりと過ぎていく。

 僕らは、すぐに荷物をまとめ、旅立った。

 「まずは川に向かおう」

 アイクの号令に従い、僕らは森林の少し奥に分け入っていった。

 「北に向かうんじゃないの?」

 向かっている方角が、どうにも南に向いている気がして、僕は思わず問う。

 今、アイクが向かっている先は、おそらく僕が初めて暗黒森林に狩猟にやってきたときにファングボアとシルバーウルフと戦闘した川を目指しているのだろう。

 あの時から約七年の歳月を経て、僕はようやく成人になった。

 今の僕には、何ができるのだろうか・・・。

 ふとそんなことを考えていると、あの時と変わらず先頭を進むアイクの歩みが止まり、後ろに続く僕らを、声を発することなく手で制する。

 よく耳を澄ませると、前方の茂みからがさがさと葉が揺れる音が聞こえてくる。

何かいる―――。

 静かに、手でアイクが皆に散開するように指示を出した。

 音が次第に大きくなってくる。

 近づいてくるにつれ、その数が複数いることに気付いた。

 アイクが、そろそろと弓を引き絞り、矢をつがえる。

 そして、その瞬間は訪れる。

見据える数メートル先の茂みから何かが飛び出してきた。

 最初に飛び出してきたそれは、必死の形相で慌てて逃げ惑う四人の剣闘士たちだった。

 そして、茂みから飛び出してきた彼らは、そこが少し開けた場所だと分かると、もう逃げられないと諦めたのか、それとも覚悟を決めたのか、くるりと振り向き、今しがた自分たちが背を向け逃げてきた茂みに向きなおる。


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