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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
奴隷時代
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解放四

その日、僕はひどく寝つきが悪かったためか、朝目覚めたとき、鈍い頭痛がした。

何の夢だか忘れてしまったが、ずっと夢を見ていた気がする。

夢の中で、兄が出てきた。リックが出てきた。そこまでは覚えている。でもそれ以上思い出すことができなかった。

昔の、幼い日の記憶だったような気がする。それなのに、懐かしいと思うよりも、ひどく悲しかった。

重い頭を起こし、ゆっくりと体を伸ばしながら、運ばれてきた食事をもそもそと食べる。

頭がぼんやりしている。寝不足のせいばかりではないだろう。

昨日から、ずっとリックが言っていたことを考えていた。

どうにかして、誰も死ぬことなく僕らが自由になる道はないだろうか?ともすれば、最終的にそのことばかり考えてしまっていた。

そのとき、一人の兵士が僕のもとに訪ねてきた。

その兵士は、「付いて来い」と一言だけつぶやくと有無を言わさず、くるりと背を向け、歩き出してしまった。

ぽかんとした僕は、その後姿を見つめていたが、その背中が、曲がり角で消える直前、はっ、と我に返り、必死に追いすがった。

ぐんぐん、ぐんぐん、突き進むその兵士は、レイモンドの執務室の前までやってくると、扉を開け、僕の入室を促す。

「え?一体・・・?」

たじろぐ僕の腕をぐっとつかみ、思い切り、強く引っ張るように、中に押し込まれる。

たたらを踏みながら入室した僕の目に、同様に、困惑を浮かべた、ローグと、アイクの姿があった。

「シリウス?」

「どうして・・・?お前が・・・ここに?」

二人に声をかけられたが、僕も何が何だかわからない。だから、僕も困惑の表情を浮かべたまま、立ち竦む。

そこに、冷たい声がかかる。

「来たか」

ゆっくりと、椅子を回転させ、くるりとこちらに体を向けたレイモンドが、僕ら三人を見渡す。

「貴様らはこんなうわさを聞いたことがあるか?春になれば、自由になれる、と」

その言葉に思わずぎくりとしてしまう。

その様子に、レイモンドはうっすらと瞳を細める。

「ふむ。聞いたことはあるようだな・・・。では、何か知っていることがあれば話せ」

痛みが体を襲ってくる。必死で何も感じていないように歯を食いしばって耐える。

隣の二人をちらりと見たが、二人は、涼しい顔をしている。

素直にすごいと思った。僕は必死に歯をくいしばって耐えていたが、それでも、限界は近かった。もう駄目だ――。そう思ったとき、レイモンドが、ふっと視線を落とす。

「まあ、いい。貴様らに聞かずとも、本人に確認するさ」

痛みがなくなっていく。ほっ、と体から力が抜けていくのを感じる。

「だから、お前たちは、奴と直接話ができないように、万に一つも奴を助けることができなくなるように、今日、三つ巴の剣闘試合をしてもらう」

「そんな・・・」

思わず、某の口から言葉が漏れだす。

「なんだ?不服か?」

ゆっくりとこちらに視線を向けるレイモンドの顔は、心なしか笑っているように見えた。

「いえ・・・でも・・・今日は、別の人の剣闘試合が組まれていたはずですが・・・」

「予定変更だ」

「でも・・・」

「いいから言われた通りにやるんだ!!」

急に荒げられた声に思わずびくりとしてしまう。レイモンドが、こんなにも感情をあらわにしていたことを今まで見た時がなかった。

だからこそ、今、目の前でいら立ちのあまり、顔を引きつらせ、憤怒の表情を浮かべるレイモンドを見て、怖い、と思うより驚きのほうが大きかった。

レイモンドが己を落ち着けるように一つ息を吐く。

「さっさと退室しろ。朝の仕事が終わり次第、貴様らは早急に準備をして、試合場に入場しろ」

有無を言わさず、室内にいた兵士たちが、僕らの腕をつかむと、退室を促す。

ローグと、アイクは、それでも踏ん張っていたが、無駄だと悟ったのか、促されるままに退室した。

「どうするの?」

僕は思わず、アイクに聞く。

「とにかく皆に、リックに合流しよう」

そういうや否や、駆け出していく。その背中を追いながら、重苦しい不安に胸が押しつぶされそうになっていた。

居並ぶ奴隷たちを押しのけ、必死にリックを探すが、その姿が見つからない。

一体どこにいる?

逸る気持ちを抑えながら、視線を転じると、セルバが、同様に焦ったように何かをきょろきょろと探している姿が遠めに見えた。

「セルバ!」

僕ら三人は息を切らしながらセルバのもとに駆け寄った。

「よかった!お前らどこに行っていたんだ?こっちは大変だったんだよ・・・」

その肩を、がっ、と掴みアイクが遮る。

「リックは?リックはどこにいる!?」

「リックが連れて行かれた!!お前たちを探していたんだが・・・どこに行っていたんだ!?」

一気に疲れが押し寄せてきた気がした。

「誰に?どこに連れて行かれた!?」

アイクの剣幕に、その場にいた大勢の人々がこちらを遠巻きに見つめている。

「兵士に連れて行かれた。どこかは分からねえ・・・」

急に声が小さくなった。

「ただ、お前らを探していたぞ!!見つからないと分かったとき、これをアイクに渡してくれって!!」

そう言って手渡されたのは、ファントムの首飾りだった。

それを見たとき、僕らは、いや、僕とアイクは、一瞬で悟ってしまった。

―――ああ、死ぬ気なんだ。

「あと、伝言だ。自由に生きろ、だって・・・。おい、一体どういう意味なんだ?」

尋ねるセルバの瞳は不安に揺れている。

セルバも、もう、分かってしまったんだ。その言葉の意味を・・・。

「俺たちはどうする?」

ローグの問いかけが、あまりにも重苦しい。あまりにも重苦しく胸を締め付けてくる。

「俺たちは・・・」

「僕たちは・・・」

アイクが、ゆっくりと、手近な椅子に崩れるように腰を落とした。

「もう、どうしようもできないだろうな・・・。もう動き出してしまったんだ・・・。もう、どうにもできない・・・」

抑揚のないその言葉に、どれだけの思いが込められているのだろうか?

ゆっくりと立ち上がると、僕らを見渡し、告げる。

「だとすれば、今日、この時が、待ちわびた時だ・・・。皆に告げて回れ!準備を怠るな!」

僕には真似できない。そう素直に思った。一瞬で立ち直ることも、皆に指示を出すことも、できはしない。ただ、失意の底で打ちひしがれることしかできない僕は、いったい何をすればいいのだろう?どうすればいいのだろう?

いつもは導いてくれる兄がいない。リックがいない。それがこんなにも不安なことだと今の今まで気付かなかった。

せめて・・・、せめて、一言別れを告げたかった。再び会えるとは期待していない。それでも、いやそれだからこそ、喧嘩別れのように離れ離れになることが耐えられなかった。

必死にこらえようとしたが、涙が零れ落ちてくる。思わず泣き出した僕の肩に、ぽん、と優しく手が置かれる。

「泣くな。今はまだ、失意に泣いている暇はない」

見上げると、アイクの瞳から、一筋の涙が零れ落ちていた。アイクも、決して立ち直ったわけではない。彼も、納得はしていないのだろう。

それでも・・・。

「リックの意志を、無駄にするわけにいかない」

そう言うや否や、仕事に向かう奴隷たちの列に並び、何かを告げて回る。

何かを告げられた奴隷たちは、少し驚いたように目を見張り、疑わしげな視線を投げかけると、それでも何か期待するような目を向け、一つ頷き、去っていく。

僕らも後を追う。

必死に、嗚咽を抑え、僕らは最後の戦いに臨んだ。


前を歩く兵士の後ろを歩きながら、ふっ、と視線を背後に転じた。

誰かに呼び止められた気がしたのだ。

だが、そこには誰もいない。ふっ、と我知らず、笑みを浮かべてしまう。

「どうした?早く歩け!」

急に俺が動きを止めたことを不審に思ったのだろう。前を行く兵二人がこちらを振り返り、急かすように腕を取る。

「はいはい。分かったよ。分かったから。一人で歩けるから腕を離せ」

そう言うと、兵士が、ふん、と鼻を鳴らし、腕を離す。

「しかし、こんな場所があったとは・・・今まで知らなかったよ」

つぶやきとともに視線を向けるが、どこまでも続く道はひどく薄暗く、下に緩やかに続く下り坂の先には、ぽっかりと魔物が口を開けたように、真っ暗な空間が広がっている。

道の左右には、燭台が等間隔に並んでおり、朝だというのに、火がともって、薄暗闇をぼんやり照らしている。

ここが、コロシアムの地下だということは分かるが、それ以上のことはまるで分らない。

ぐるぐると、方向感覚を狂わせるように、道が時折ねじ曲がっており、慣れた土地だというのに、薄暗さも相まって、今自分がどのあたりにいるのかすら分からない。

「こんな場所があったのだな・・・」

ふと、感慨深くなってきた。今までこの闘技場に十年以上いるが、こんな場所を見たのは初めてだと思った。あまりにも長い間、この闘技場に奴隷として縛り付けられていた時間の長さを感じずにはいられなかった。

それを勘違いしたのか、両脇を固める兵士が、薄ら笑いを浮かべる。

「ふん!今更怖気づいたか!ここは、魔獣が運ばれてくるところだ。この地下道はどんな魔獣が暴れても壊れない頑丈な造りになっている。貴様も逃げ出そうなんてくだらないことは考えるなよ」

全く怯えてなどいない。表情を変えない俺を見て、面白くなさそうに顔をしかめると、「その強情もいつまで保つかな・・・」と下卑た笑みを浮かべ、ずんずんと先を進んでいく。

一体どれだけの時間、歩いただろうか?

先に進むほど暗くなっていくため、時間の感覚が分からなくなってきた。

一つも明り取りの窓がないため、太陽が見えない。

もしかしたら、それほど時間はたっていないのかもしれない。もしかしたら、随分と長いこと歩いているのかもしれない。

ふと、前方から、風を感じた。

「ここだ」

兵士に告げられ、着いた先には、大きな石の扉が鎮座している。

天井にまで届くほどの大きさ。両開きの造りの石の扉は、非常に堅牢で、冷たくその存在を主張している。

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