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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
奴隷時代
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解放三

見上げる視線はひどく不安に揺れ、ばくばくと脈打つ鼓動は、ひどく冷たく静かな夜に響き渡ってしまうのではと錯覚するほどにうるさい。

ばつが悪そうな表情を浮かべたリックは、ゆっくりと確認してきた。

「シリウスか・・・どこから聞いていた?」

「ねえ!嘘だよね?魔法を使うと、リックは死ぬの?」

瞬間、リックの表情が曇る。

口を開きかけ、ぴたりと噤むと、視線を落とす。

「本当のことだ」

「なんで?」

その問いかけにわずかに逡巡するようなそぶりを見せた。

「なんで・・・か・・・」

「そうだよ!どうして?納得できないよ!どうしてそんなことをする必要があるのさ!」

必死で説得しようとすることに意味はあるのだろうか?

分からない。分からないが、それでも納得できないことには変わらない。

「必要ならあるさ」

しかし、決然としたリックにあっさりと否定されてしまう。

「なんで?」

「俺の魔法は・・・、命を捨てなければならない」

「なん・・・」

再び言い募ろうとする僕を遮るように強い口調で言い直す。

「俺の魔法は、命を糧に燃え上がる!俺の魔法は憎しみによって生み出されたものだから!」

言葉を失った。

あまりの苛烈さに。憎しみと言う言葉に。

そして、その話をする際のリックの今まで見たこともないほどの怒りの表情に。

「どういう・・・こと?」

それでも何とか言葉を絞り出す。

「俺は・・・。今は亡き、王国の将軍だった」

ゆっくりと語られるその話は思いがけないものだった。

「誰もかれも幸せになろうと必死に手を取り、一日一日を過ごす。そんな国だ。国内には争いはなく。時たま、喧嘩があるが、それでも国王はひどく優しく、思慮深い方で、誰もがその国王のもと、自分たちの国を豊かにしようと努力していた」

その国王はいったい今どうなったのだろうか?聞きたいが、怖くて聞けなかった。

「山間部だったため、土地は痩せており、北部のため、冬が長い。国民は農業以外にも牧畜を行い、山羊を育て、家族として遇しながら過ごしていた」

今まで聞いたこともない話だ。思わず耳を傾けてしまう。

「パパスって知ってるか?寒い土地、痩せた大地でも育つ上に、大体、二月、三月もあれば実り、収穫ができる。土の中でいくつも実をつけるそれを、帝国ではポテトと呼んでいる。あれを、家族みんなで夏と冬に植え、春と秋に収穫する。そして夏は山羊とともに草原を駆け回り、冬には家族皆でゆっくりと過ごす。水害や冷害にあった家を皆で食料を分け与え助け合いながら過ごしていた。そんな平和な国だった」

それはどんなに幸せな時間だったのだろうか?

「冬になると、山羊のミルクで作ったチーズを使ってシチューと呼ばれるスープを作る。熱々のパパス、そしてどろりと濃厚な味わいのスープを切り分けたパンにかけて食べるんだ。あの時の娘と、そして妻の笑顔を俺は今でも忘れないだろう」

 それは、どんなに大切な記憶だったのだろうか?

「だが、そんな幸せな時間に終わりがやってきた」

その先の話など聞かずとも分かった。わかってしまった。ここにいる奴隷皆が経験していることだ。

「帝国が侵略してきた」

それはどれほどの悲劇を生んだのだろうか?

「俺たちは必死になって帝国を退けようと抵抗したが・・・」

視線を落とすリックの瞳から、ぽつりと一つ何かが零れ落ちた。

「家々は焼かれ、人々は殺され、阿鼻叫喚の中で、俺は必死に家族を助けようと走った。その俺が見たのは、焼け落ちる家と、その中に取り残され、必死に助けを求める妻と娘の最期の姿だ」

ぎゅっと握りしめられた拳に未練がまとわりついている。

「こちらに手を伸ばし、必死に助けを乞う二人の姿を笑って見つめる、俺を拘束した帝国兵たちは、赤々と燃える炎に照らされ、この世の物とは思えなかった」

キッと結ばれた口元から、時たま、苦しげな喘ぎ声が聞こえる。

「何度夢に見ただろうか・・・。何度忘れようとしただろうか・・・。地面に組み敷かれ、必死に爪を立てながら、死にゆく最愛の妻と娘をただ見つめることしかできないこの俺の不甲斐なさを・・・。俺の弱さを・・・」

今まで、手も届かないと思っていた、強くあこがれていたリックがこの時ばかりは小さく見えた。僕と同じだ。

「頭の後ろを殴られ、薄れゆく意識の中で、何かが・・・目覚める感覚を覚えた・・・。それが俺の魔法・・・。圧縮と解放」

室内も、しん、と静まっている。もはや、リックの話を聞いていない者はここにはいない。

「この魔法の発現した経緯は単純だ。それは強い憎しみだ!この身を引き裂かれようとも!この身を抉られようとも!絶対に許さない!帝国兵を!ひいては帝国を!一欠けらも余すことなく破壊しようと願った・・・俺の心が生んだ命がけの魔法だ!」

それはいったいどんな心持だったのだろう?

魔力が発現するほどの強い気持ちとは・・・。僕には分からない。理解できない。それでも止めるべきだと思った。いや、止めたいと願った。

「でも・・・」

「この魔法の能力は単純だ。己の心臓に近い距離で魔力を圧縮することで、その威力を増す。そして、心臓が鼓動を止めたとき、それは一番の威力をもって一気に解放される」

「でも・・・」

言いよどむ僕に、言い聞かせるようにゆっくりと顔をあげ、あえて優しい表情でリックが話す。

「俺はな・・・。あの日から・・・。あの妻と娘を失ったあの日から・・・。ただ死んでいないだけだったんだ。いつか、帝国に復讐する・・・。その一念で必死に死ななかっただけで、生きてはいなかった」

それは深い悲しみに満ちた言葉だった。

我知らず、涙が零れ落ちてきた。

「そんな・・・そんなことない・・・」

必死にしゃくりあげながら言葉を紡ぐ。

「いいや、そうさ。だが、そんな俺でも、お前と、そしてお前らと出会えた。お前らに未来を託したい。そう思ったんだ」

「それはつまり、俺たちを自由にして、帝国に復讐しろと?」

室内からアイクの声がかけられる。それはあまりにも冷たい声だった。

くるりと振り向いたリックの表情は僕からは分からない。ただ常と変わらない穏やかな口調で答える。

「ああ、そうかもしれない・・・。それと同じだけ、一緒に生きてきたお前らに自由になってほしかった。もちろん今となっては叶わないが、リオンにもな」

「勝手だな」

「そうだな、アイク。お前の言う通り、俺は勝手な男なのかもしれない・・・。だが、それでも、お前らを大切に思う気持ちと一緒に、消えないんだよ・・・」

何が?とは問わない。

「この心の奥底に燻ぶる憎しみの炎は・・・」

それが、間違ったことだとは口が裂けても言えない。

「ずっと研ぎ続けてきた復讐の刃を・・・、帝国の喉元に突きつけることはできなかった・・・。だから、お前らに託すんだよ・・・」

なぜなら僕も、同じようにこの国を、帝国を深く憎んでいるのだから。

重苦しい沈黙が立ち込めた。

ふと、廊下をこちらに向かって歩いてくる気配を感じた。その者は、足音を消そうとしているようで、細い息遣いと、それでも消し切れないひた、ひた、という物音が聞こえる。

僕とリックが、身を強張らせながら、そちらに顔を向ける。

曲がり角から顔を出したのは、二クスだった。

二クスは、ゆっくりと顔をのぞかせると、一瞬ひどく驚いた表情を浮かべたのち、常と変わらないにこやかな笑みを浮かべる。

「おや?どうしたんですか?そんな深刻な顔をして」

「なんでもない。ほら、シリウス、早く戻って寝ろ」

それは、命令だった。

「でも・・・」

言いよどむ僕の肩を強く押しながら、さらに告げる。

「いいから。今日はもうゆっくり寝ろ」

そういうとくるりと背を向け、室内に向かって、声をかける。

「お前らも、もう今日は帰ってくれ。ひどく疲れた」

ローグが、セルバが、何か言いたそうな顔をして出てきた。

「アイク、お前ももう帰ってくれ」

「いいのか?」

くるりと向けられた背に問うたが、返答はない。諦めたようで、アイクは一つため息をつくと、ゆっくりと、踵を返し、部屋を後にした。

「なんですか皆さん、お揃いで?いったい何のお話をしていたんですか?私だけ仲間外れとは寂しいじゃないですか」

誰も二クスを見ない。そのことに少し苛立ちを覚えたのか、むっとした表情を浮かべたが、すぐに、いつもの笑顔を浮かべる。

「どうしたんですか?そんな辛気臭い顔をして?ねえ、シリウス君?いったいどうしたんですか?」

普段であれば、全く気にならなかった。しかし、今日、この時ばかりは、のぞき込む二クスの視線が、鋭く、浮かべた笑顔が、顔に張り付けたように嘘くさく感じられた。

「なんでも・・・ないよ」

無理やり笑顔を浮かべ、返答すると、一瞬、今まで見たこともないほどの無表情を浮かべた。そのすべてが抜け落ちたような色のない顔を見たとき、ぞっと寒気がした。それは隙間風による冷え込みのせいばかりではないだろう。

僕らは何も話すことなくその場を後にし、みな自分の部屋に戻っていく。


その夜、奴隷たちが皆寝静まり、宿舎に深い沈黙が訪れたとき、夜の帳をひた、ひた、と進む影があった。

その影は、いつまでも明かりの消えることのないレイモンドの執務室の前で止まり、中に消えていく。

レイモンドは手元の書きかけの書類から視線をあげ、入り口を見やる。

燭台の光は、入り口まで届かない。

入室してきた男の下半身しか光は照らしておらず、その表情をうかがい知ることはできない。だが、見なくとも分かる。常と変わらぬ嘘くさい笑顔を張り付けているのだろう。

「相変わらず夜遅くまでご苦労様です」

猫なで声の言葉がかけられる。

「いつも、いつも夜遅くまで執務をなさって、大変ですねえ・・・。休息も大切ですよ?」

言葉とは裏腹に、こちらを労う様子は一つもない。

「そんなことを言いに来たのではないだろう?」

だからこそ、ぴしゃりと遮る。

「ええ、ええ、当然お忙しいレイモンド様にお時間を取らせるわけにはいきませんので、簡潔に述べさせてもらいます。噂の出どころを特定いたしました」

ぴたりと動きを止めてしまった。

見透かすように、笑みを深める男の様子を忌々し気に見返しながら、話の続きを促す。

「最近奴隷共の間で広がっていた、自由になれる、と言う噂の出どころですが、十中八九リックかと思われます」

告げられた名前に思わず舌打ちを一つ付いてしまった。

あの忌々しい男は、いったいどこまで主人である私を愚弄するのだろうか?

奴隷はただの物だ。人ではない。言われたことをやればいいのに、毎回、毎回癪に障るような反抗をしてくる。

とりわけ、奴の目が気に食わない。

ともすれば、普段は、同じ奴隷という「物」に、ひどく気にかけているが、瞳を見ればわかる。あれは空っぽだ。そして、時たま、その空っぽの瞳から覗く、宵闇よりも暗い憎しみの炎を隠すこともなくぶつけてくる。

気に食わない・・・。だが、気になることがある。

「自由になる・・・、その方法は?」

問われた男は一つ肩をすくめた。

「さあ?それがさっぱりわからないのでして・・・」

使えん男だ!

叫び出しそうになったが必死にこらえた。私の怒りに気付いたのだろう、男は探るように窺いながら告げてくる。

「どうにも警戒されてしまいましてね・・・。それに、その方法を知っていそうな奴隷がどうにもおらんのですわ・・・。まあ、レイモンド様が寝ている隙に・・・寝首を掻く!とかそんなことでしょうよ」

「ふん!」

そんな杜撰な計画で自由になれるわけがない。この私の隷属魔法は絶対だ。

術者である私を傷付ける事は決してできない。万が一にも、傷つけよう、最悪殺害しようと敵意を、武器を向けた物には、死でもって制裁がなされるようになっている。

だから、万に一つも私が死ぬようなことはない。それは私が寝ている、もしくは気を失っているような時であっても変わらない。

だが、なんだろうか?この胸の中に残る得も言われぬ不安は・・・。

もやもやとひどく胸騒ぎがする。

「そんなにご心配でしたら、直接本人に確かめてみたらどうですか?」

その言葉にはっ、と思わず、目を見開く。

あまりにも簡単なことを今の今まで忘れてしまっていた。

そうだ!直接本人に「命じれば」それで済む話だった。

とすれば・・・。

「明日の剣闘試合は変更だ」

「へえ」

私のつぶやきに扉のほうから軽い返答が聞こえてきた。しかし、私の耳には入らない。頭の中で、ゆっくりと考えを巡らせる。

ゆっくりとその夜は更けていき、ついに、運命の朝を迎える。


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