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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
奴隷時代
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解放二

それは皆が待ちわびた瞬間だったのだろう。

居並ぶ四人はその言葉ににわかに身じろぎする。

「今まで秘密にしてきたことを話す。心して聞いてくれ」

ゆっくりと僕らの顔を見渡すリックは、最後に僕の顔を見つめる。皆がうなずくのを確認しながら、ゆっくりと中心に視線を戻す。

「どうやって自由になるか?この問いに答えようと思う。答えは簡単だ。レイモンドを殺す」

あまりにも簡潔に、しかし、確かな確信をもって語られた言葉に思わず耳を疑ってしまった。

「レイモンドを殺す?だって?俺たちが奴隷である限りそれは無理な話だろう?」

「うむ」

こらえきれずにセルバが問い詰め、ローグが重々しく肯定する。

僕も、否定はしないまでも、困惑していた。そんなできもしないことをリックが真面目に話すだろうか?いや、話さないだろう。だが、それにしても、その方法は一体?

疑問が渦巻く中、ゆっくりとリックが口を開く。

「まあ、聞いてくれ。もしレイモンドが死んだとしたら、この、俺たちにかけられた隷属魔法は一体どうなると思う?」

言われてみれば分からないことだった。

その可能性を検討したことがなかったから、考えもしなかったことだ。ただ、リックの言うようにレイモンドが死んだら、僕たち奴隷はどうなるのだろうか?僕らも奴の後を追って死ぬのだろうか?

漠然とした不安に答えたのはアイクだ。

「隷属魔法は、主人である術者が亡くなった際、後継者となる者を定めていなかった場合に限り、その魔法は空白状態となる。そして、一月以上、別の術者による上書きがなされなかった時、その隷属魔法はキャンセルされ、奴隷は解放される」

「その通りだ」

セルバは知らなかったのだろう、僕と同じようにぽかんとしている。

「では、その方法だが・・・」

僕らは我知らずその先を聞き漏らすまいと必死に耳を澄ませていた。

「魔法を使う」

あまりにも平凡な方法に、思わず肩を落としてしまった。

「でもさ、リック。魔法を使うって言っても、レイモンド、主人を害することは禁止されているよ?」

「ああ、だから、俺の魔法がここで生きてくる」

「どういうこと?」

「俺の魔法は、圧縮と、解放」

そう言うと、さらにぽかんとした僕らの前に右手を差し出した。

「言うよりも見たほうが早い」

言うや否や、ゆっくりと右手に魔力が集まり出していく。

手のひらの中で小さくなっていった魔力は、突然、爆発するように弾けた。

 ぼん!

大きな音が室内に木霊し、僕らは思わずのけぞってしまう。

煙を上げる手のひらには、何の跡も残っていなかった。

「これが、ファントムを仕留めることができた理由だ」

自慢げに語るリックに思わず僕らは感嘆のため息を吐き出す。

「人を一人殺すだけの威力を出すのは少し骨だが、これで直接手を下さなくともレイモンドを殺すことができるだろう?あとは、レイモンドさえ殺してしまえば、コロシアム内の奴隷たちが協力して、常駐兵を突破してしまえる。そして、そのまま帝国領内から逃げてしまえばいい」

「すごい!」

「おお!」

僕とセルバは思わず歓声を上げていた。

この時、リックの魔法と、話に夢中で、他の二人がどんな表情をしているか全く見ていなかった。

そのときにきちんとアイクとローグの二人を見ていれば、あんなことにはならなかったかもしれない。

そんな僕らの様子に少し寂しげな笑顔を浮かべるリック。

「あとは、どこに逃げるかだが・・・。「暗黒森林」に逃げ込んでひとまず追っ手を撒けばいい。あそこなら、多少の心得さえあれば生きていけるだろう?」

僕は少し興奮していた。自由になる―――。そのことが現実味を帯びてきた。

「いつやるか?というタイミングだが、これは俺に任せてほしい。少し準備がいるから・・・。だが、春のうちに自由になろう!」

おお!

静かに、だが、強い意志をもって僕はうなずく。

「よし!ここまでだ。明日も早いから、シリウス、お前はもう寝ろ」

「分かったよ」

リックが僕を見つめて宣言する。

「お前らはもう少し残ってくれないか?」

「ええーーー?なんで僕だけ仲間はずれ?」

「子供なんだから、よく寝て、よく食って、でなければ大きくならないぞ!」

「子ども扱いするなよ!」

僕は少し嫌な気持ちになったが、ここで逆らってもいいことはない。そう思い直して、少し気になったが、部屋を後にした。

この時、僕はどうしてか、普段は身に着けている兄の形見の首飾りを、衣服のポケットの中にしまっていた。そして、少し歩いたところで、どうにもそれを落としていたことに気付き、取りに戻ろうと踵を返す。


「よし。行ったな」

足音を確認し、シリウスが去ったことを確かめ、俺は残った三人を見つめる。

セルバはここに残された意味を理解していないようで、ぽかんとしているが、アイクとローグは、苦い表情を浮かべている。

セルバが理解できないことには、魔力を、魔法を使えないということが関係しているのだろう、と、どうでもいいことを考えていると、アイクが口を開く。

「シリウスには本当のことを伝えないのか?」

その言葉に思わず沈黙してしまった。

「ああ」

とだけ短く首肯する。

「何が?」

セルバはまだ理解していないようだ。

「いいのか?」

「あいつは優しすぎる。本当のことを知ったら、絶対に止めるだろう。それでは意味がなくなってしまうからな」

「なあ、何のことを言っているんだよ?」

だんだんと雲行きが怪しくなってきたことを敏感に感じたセルバが、困惑を浮かべながら問いただしてきた。

「ローグ、お前はリックが何を言いたいのかわかるのか?」

「ああ」

ローグがこちらに視線を向ける。その表情は、痛みをこらえているようで、こちらを心配しているようでもあり、ああ、本当にこの男は外見に似合わず優しい男だな、と場違いにも、少し安心してしまった。

「リック・・・。お前は本当にあの魔法でレイモンドを殺すつもりなのか?」

「そうだが?」

恐らくローグはその先の答えを知っているのだろう。だが、そうであって欲しくはない。そう思っていることがありありと伝わってきた。

「本当にそうか?あの程度の魔法の威力で、レイモンドが死ぬとは思えないのだが?」

「なに!?」

セルバがぎょっとした表情で俺のことを見つめる。

「だからこそ、時間をかけて練り上げる必要があるのだ」

ローグがさらに何か言い募ろうと口を開いたとき、その横から、今まで黙り込んだままだったアイクが割って入ってきた。

「もうやめろ。俺たちにまで嘘をつくな。お前が俺たちを残したのは、シリウスのことを頼むと伝えたかったからなのだろう?」

その表情は見えない。だからこそ、納得していないようなその声音は責めるような色があり、思わず決心が揺らいでしまいそうになる。

「どういうことだよ?」

セルバの声だけがむなしく室内に響く。

「お前はその魔法を使うと、命を落とすのではないか?」

ゆっくりと沈黙が室内に降りる。

まだ、冬の名残が残った石の壁と床は冷たく、冷たい室内で、うっすらと燭台の炎に映し出された影が怪しく揺れる。

強い風が吹き付けてきたのだろう、堅牢な石壁に嵌まった小さな鉄格子が、ガタガタと少し揺れた。

「ああ」

ゆっくりと肯定する。いや、本当の意味で正しくはない。だが、おおむね間違ってはいない。

「どうして?」

「どうして?」

ゆっくりと聞き返す。その、どうして?が持つ言葉の意味が俺には分からなかった。

アイクが伏せていた顔をあげる。

その瞳はあまりにも澄んでいて、思わず引き込まれそうになった。

「どうしてそこまでする?」

その質問に答えようと口を開いたとき、入り口のほうから、何かを落とす物音が聞こえた。

「誰だ!?」

一息に近づき、扉を開けると、そこには呆然と立ち尽くすシリウスの姿があった。

「冗談・・・だよね・・・?」


僕は、ゆっくりと踵を返す。

その曲がり角を曲がれば、リックの部屋だというところまできて、立ち止まってしまった。

一体どんな顔をして部屋に戻ればいいのだろうか?なんだか気恥ずかしくなってきた。

立ち止まること数分。

意を決して、リックの部屋の前まで歩いていこうとすると、部屋の前に、きらりと光る何かが落ちていた。

―――首飾りだった。

僕が探している首飾りが、そこに落ちていた。

「よかった・・・」

ほっ、と安堵の息を吐きながら、ゆっくりとそれに近づき、拾い上げた僕は、ふと好奇心がわいてきた。

こっそりと音を立てることなく扉に近づき、耳を当てる。

中の会話が、うっすらと聞こえてきた。

一体僕を除け者にして何を話しているのだろう?

あまりにも静かな室内の様子に、なぜだか胸騒ぎがしてきた。

そのとき飛び込んできた言葉に、思わず耳を疑ってしまう。

「・・・・その魔法を使うと、命を落とすのではないか?」

え?今何と言った?

今の声はアイクだった。

今アイクは誰に向かって、いったい何と言ったのだ?

ぐるぐると頭の中に疑問が浮かんでくる。

どうして?どうして?どうして?

頭の中が真っ白になって、遠く耳鳴りがした。

「ああ」

そんな中、リックの重々しい言葉が、小さく、けれどもはっきりと耳朶をうつ。

呆然と立ち尽くす僕は、手足の感覚も分からなくなってきた。

耳鳴りがひどい。くらっ、とめまいがした。

その拍子に手から力が抜けてしまい、持っていた首飾りがゆっくりと地面に落ち、かつん、と音を立てる。

「誰だ!?」

誰何する声とともに、扉がぱっ、と勢いよく開け放たれた。

そこには、緊張に顔をこわばらせたリックが立っている。

僕の姿を見て、とたんに、少し困った顔をした。

「冗談・・・だよね・・・?」


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