表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
奴隷時代
3/681

奴隷二

視界いっぱいに広がる赤。ごうごうと燃える景色の中で呆然と僕はそれを眺めている。

見つめる視界の端にまがまがしくうごめく恐ろしい真黒な何かが、こちらまでその影を伸ばしてきた。

助けに行かなくちゃ。

気持ちは急くが、足が、体が自分のものじゃないように全く動かない。

恐怖にひきつった喉からは声すらも発することができない。

逃げなきゃ、という恐怖心と早く助けなきゃ、という焦燥感に身を、心を焦がされそうになる。

どうしてだろう、あの炎の中から死んだように音すらも聞こえない。

どうしてだろう、炎の中に取り残された人々の顔が、表情が全く見えない。思い出すことすらもできない。

どうしてこんなに悲しいのだろう―。

「あぁぁぁぁ―」

声にならない悲鳴が、脳を、体を揺らす。

「――」

いったい何だろう?先ほどから耳元で僕を呼ぶ声がする。

「―か?―ぶか?」

ますます鮮明になるその声に僕は思わず耳を傾けた。

思い切り体がゆすられ、あいまいだった意識がうすぼんやりとだが覚醒していく。

「おい!大丈夫か!」

まだ薄暗い、見慣れた殺風景な石造りの室内。

天井高くに作られた鉄格子の嵌まる小さな窓から、朝のうっすらとした光が差し込んでいる。

体にかかっているごわごわした毛布がチクチクと肌に触れて痛い。

床に気持ち程度に敷かれた布が、ぼろぼろの服が、汗を吸って湿り、気持ち悪かった。

心配そうに僕をのぞき込む兄の顔が僕の心を落ち着ける。

ふと、頬が冷たいと思ったら一筋の涙が流れ落ちていた。

「うぅ」

僕は冷たく重い手を動かし必死に兄に抱き着いた。

「うるせえぞ!てめえら!」

急に聞こえた、脅すように低い声に僕らは、はっと体をこわばらせた

僕らの住む部屋の外、鉄格子の隙間から大柄な男がにらんでいる。

「毎晩うなされやがって!うるさくてみんな眠れやしねえだろうが!」

「ごめんなさい。」

びくびく怯える僕らの様子に男は面倒くさそうに舌打ちするとその場を後にする。

僕らは、検闘奴隷が住むこの宿舎と呼ばれる牢獄の中で一番幼い。

「ごめん兄ちゃん。起こしちゃった?」

「いいよ。朝までもうひと眠りしよう」

あの襲撃から約三年がたち、今年で僕は八歳に、兄は十歳になった。

この三年間は必死に生きてきた。

もはや、あの襲撃の前の幸せだったはずの生活はぼんやりとしか思い出せず、まるで夢のようなものだ。

僕らはあの日からこうして剣闘奴隷として生活している。

まず初めになされたことは奴隷としての魔法契約である。僕は魔法に関して全く知識がないから詳しいことはわからない。ただし、いつまでたっても慣れない僕らの首に嵌められているこのひんやりした首輪は僕らの体内に宿る魔力を微量に吸収し、背中に刻まれた奴隷紋を維持していると聞く。

奴隷契約魔法を使える人間は非常に限られており、帝都にも数えるほどしかおらず、この剣闘都市「スパーダ」ではこのコロシアムの主人であるレイモンドしか使えない。

奴隷契約魔法は非常に難しい魔法で、三つのことを奴隷に強制させる魔法らしい。

一つ、主人と定められた人物に危害を加えることの禁止。

二つ、主人と定められた人物の命令の絶対順守。

三つ、自殺の禁止、だそうだ。

僕たちの主人は当然レイモンドであるが、三つの掟を破った者には身体的に激痛を与えることができたり、意識を奪うことができる。特に一つ目の掟を破った者には死すら与えられるという。

朝になり、多くの奴隷たちがあわただしく起きだす。

朝を知らせる鐘が鳴り響き、奴隷たちの部屋の前に不愛想な料理番の奴隷たちが朝食を配膳する。

鉄の盆の上に載っているのは深皿に盛られたスープと冷えて固まったパンだけである。

スープの中には申し訳程度の野菜のくずが入れられており、ほとんど塩で味付けされた非常にうす味のスープに固いパンを浸してゆっくりと食べる。

僕は、ここで食べるご飯があまり好きになれない。ただし食べなければ死んでしまうから仕方なく口に運ぶ。

朝食を食べ終わると、上質な皮鎧で身を包み、長槍を担いだ衛兵が、奴隷たちの部屋の鍵を開けていく。

僕ら奴隷たちはグループに分けられ、そこで朝から夕刻まで戦闘訓練を積んだり、宿舎での掃除や料理といった生活全般の作業、コロシアムの清掃といった雑事を行う。

時にはそのグループで狩りをさせられ、戦場に駆り出され、彼らとともに肩を並べ生死を共にする。いわば仲間のような人たちがいる。剣闘奴隷の花形であるコロシアムでの剣闘試合は人気のある、もしくは人気の出そうな奴隷にしか課されない。

そういった人間は宿舎での生活が非常に優遇されていたり、戦場での戦役の義務がなかったり、民衆の中で人気が出て士官の話が持ち上がり奴隷身分から解放されたり―。

みんなが憧れる立場である。

僕ら兄弟が分けられたグループメンバーは兄であるリオン、弟の僕シリウス以外に三人のメンバーがいる。基本的にグループは五人から七人ほどであるが、朝食が終わるとグループの面々が集まりその日に与えられている仕事をこなす。

今日の僕らはコロシアム観客席の清掃である。僕ら以外にも複数のグループが割り振られている一番人数の多い仕事である

みなぼろぼろの布切れを渡され、それで観客席の床やいすをきれいに磨き上げるのである。非常に大変な仕事だ。何せ人が何人いようと手が足りないほど観客席は広いのだ。

兄とは別々の入り口からコロシアム観客席に向かっていると、後ろから聞きなれた猫なで声がかけられる。

「シリウスちゃん~。今日も寝床でおもらしでちゅか~?ママのことが恋しくてまた泣き喚いてましたね~」

かっとなった僕は思わずきっと睨み返すと、僕らと同じグループの一員であるモーリスがへらへら笑いながら佇んでいた。

「なんだよその面は!」

あっ!と思う間もなく、ひょろりと細長い外見からは想像できないほど強いパンチが僕の鼻面に飛び込んできた。

したたかに顔面を強打され、思わずよろよろと腰を落としてしまう。

そんな僕を見下ろすようにゆっくり歩いてくる。

その凶暴性がにじみ出たような細く鋭い眼もとにはこらえきれない愉悦が浮かんでいる。

「おいおい泣きべそかくなよ~。まるで俺が弱い者いじめしてるようじゃねえかよ。早くお兄ちゃんに助けを求めたらいいんじゃねえのか?助けて~ってな!」

よける間もあればこそ、僕はお腹に強い衝撃を感じて、気付いたら思い切り蹴り飛ばされていた。

嘔吐感がジワリとこみあげてきた。必死でこらえたせいでくしゃくしゃにゆがんだ顔から涙が一粒零れ落ちる。

周りに助けを求めようと見まわすが、周囲の人間は遠巻きにへらへらと笑みを浮かべながらこちらの様子を見ているだけである。

ゆっくりと近づいてきた彼に思い切り髪をつかまれ顔をあげさせられる。

「相変わらずむかつく面してやがんな~。弱い人間なんか足手まといで迷惑なんだよ。この無駄飯ぐらいのクソガキがよう」

髪をつかむ手にさらに強い力が入り、僕は思わずうめき声をあげてしまう。

「そこまでにしろ!」

急に横からぬっと伸びてきた手がモーリスの手をつかむと僕の髪からその手を引きはがした。

「ちっ!リック!」

そこには僕らの班のリーダーであるリックがいた。

大柄な彼は縦にひょろ長いモーリスと比較しても頭一つ分ほど抜きんでており、肩幅は広く、腕も足もがっちりしており、完全にその影に僕が隠れる形になってしまう。

捕まれた手首を相当強い力で握られたのだろう、モーリスが顔を痛みにゆがめながら、振りほどこうとする。

「離せよ!」

思わずといった風に蹴り足が振り上げられるが、僕がアッという間もなく、すっとリックが懐に入り込むと、振り上げた蹴り足に膝を入れ外側にそらしながら胸のあたりを小突く。するとモーリスはあっけないほど無様に重心を崩し、地面に転がされてしまった。

「いったい何をしているんだ!はやく掃除に向かえ!」

転がったモーリスを見下ろしながら、リックは一喝する。

すると、波が引いていくように周囲の人々がいなくなっていく。モーリスも憤怒に顔をゆがませながらも何も言わずに引いて行ってしまった。

リックは優し気に微笑みながら僕の下に歩み寄ると、地面に膝をつく僕にすっと手を差し伸べてくれた。

 「大丈夫、一人で立てるよ。」

 まだ下腹部のあたりがずきずきと痛み、立ち上がるのもやっとの状態にもかかわらず、僕は強がりを言いながら、勢いをつけ立ち上がった。

 「そうか。なかなか強いなシリウスは」

 ぽんと僕の頭の上に大きな手が乗せられた。

 その思いのほか暖かく大きな手に不思議と安心感がこみあげ、気付けばぽろぽろと目から涙が零れ落ちる。

 「強くなりたいなら泣くな」

 「泣いてなんかいないよ!子ども扱いするな!」

 どうして素直になれないのだろう。

リックは強くて優しくて、何より多くのことを知っているからか、ほかの剣闘奴隷たちからも一目置かれている。

僕もこの宿舎の中で兄の次に好きな人だ。

だからだろうか、弱くて震えている自分を見られるのが恥ずかしかった。みっともなく転がる自分が無様で見てほしくなかった。何より子ども扱いされ守ってもらうことが、どうしようもなく申し訳なく、そしてどうしようもなく惨めだった。

「さあ、行こう。昼前には掃除を終わらせないと主人に怒られてしまう。」

「うん」

こうして僕の、どうしようもない一日はいつもと変わらずに始まる。


ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。

初投稿いたします、高橋はるかです。昨日は不慣れなシステムへの対処と緊張からご挨拶できませんでした。

ずっと、書きたいと思っていたお話を最近になってようやく形にすることができこうして投稿しております。

そのためつたない文章、表現になってしまうと思いますが、温かい目で読んでいただければ幸いです。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ