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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
奴隷時代
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死闘二

以降も多くの奴隷たちが兄を気遣い、声をかけてきてくれていた。

それは最初、ローグと言うあまりにも恐ろしい大男に接しているからだと思っていた。

しかし、日を追うごとにそれは違うと気付かされる。

なぜなら日を追うごとにローグは兄と、そして僕とリックとアイクと打ち解けていく。どんどんいろいろな話をするようになっていった。

しかし、多くの奴隷たちが心配しているのは兄リオンのことのみである。

よく兄と一緒にいる僕やリックにはついでのように声をかけるだけで、ほとんどの人間は兄のことしか見ていない、話していない。

よく考えてみればそれは当然のことだ。

兄は確かにあの戦争で皆を最後まで励まし、支え、そしてまさに目を見張る活躍をした上に奇跡のように生き残って見せた英雄のような存在だ。

僕は確かに兄リオンの弟だ。

しかし、そんな僕はただのリオンの弟でしかなく、ましてやあの戦争ではずっと掲げていた盾に守られ震えていただけの、ちっぽけな存在だ。

そんな僕が兄と肩を並べていることすらおこがましい。そんなことは分かっている。

それでも、この胸の奥から湧き上がってくる感情はいったい何だろう?

兄が誰かに褒められるほどになんだか息苦しくなる。

兄が僕の知らない誰かと親し気に話しているだけで、胸の奥がもやもやしてくる。

兄が僕以外に笑顔を向けて話しているだけで、どうしようもなくイライラしてくる。表情が強張る。

皆が兄に話しかける。挨拶を交わす。僕は単なる兄のおまけでしかない。

この真っ黒な気持ちはどうすればいいのだろうか?

ただひたすらに苦しくて、ただひたすらに寂しくて、そしてただひたすらに―憎かった。


執務室の窓から、明るく笑いあう闘技場の奴隷たちを見つめていると、ひどく苦々しい気持ちになってくる。

奴らが楽しそうに笑いあっているのが気に食わない。

奴らはただの所有物だ。

希望を持っていることが気に食わない。

奴らに自由はない。

しかし、その事実が、体の自由は奪えても、心の自由は奪えないと告げられているようで癇に障る。

時に協力し合って、団結しているのが気に食わない。

奴らは試合をするとき必ず一人だ。死ぬ時ですら必ず一人だ。

生き死にを一緒に道行できる者など赤の他人同士のこの奴隷の中には一人たりとていないと確信している。

それにもかかわらず、隣で肩を叩き、軽口を飛ばし、そして、笑いあっているのが滑稽で、なぜか心を騒めかせる。

ついこの前までグループ内ですら損得で動き、自分だけが良ければ、自分だけが生き残れば、と瞳をギラギラさせながら必死に生きていた彼らに一体どんな心境の変化があったのだろうか?

その原因は簡単に知ることができた。

今私の執務室の中に小汚い格好で立ち尽くす男からの情報で分かった。

この、主人たる私のために作られた部屋の中に奴隷と一緒にいるという事実がひどく気にくわなかった。

しかし、そんなことを置いてもこの男は使える。

今までも、そして、これからも、主たるこの私に反旗を翻そうとする奴隷たちを内部から発見し、そして、いち早く知らせてくれる。

そして、私もこの男に対してある程度の融通を利かせている。奴隷の、只の所有物でありながら、私と対等に取引しようとしたことは当初頭にきたが、今ではその有用性に目をつけ、仕方なく利用している。

その男が、緊張することなく、だらしなく立ちながら、教えてきた。

「戦争でリオンと言う奴隷が英雄になりましたな。皆を鼓舞し、皆を守り、率先して戦闘を行い・・・」

ゆっくりと窓際まで歩いてくると、小癪にも私と肩を並べ、窓の外に目を向ける。

「戦果をあげ、そして、奇跡を起こした。恐らく彼は今、奴隷たちの希望となっております」

猫なで声で告げられる内容は、その男の態度同様、非常に面白くないものだった。

「ふん!」

「どうするんですか?」

「控えろ下郎!」

少し調子に乗っているその男を一喝して、下がらせる。

「申し訳ありません」

へらへらと笑いながら、少しも反省の色を見せないその男に益々いら立ちを募らせる。

「殺すんですか?」

急に真剣な顔つきになり、問いかけてきた。この男は、腹立たしいことに私の心持ちを熟知している。私が腹を立てるポイントを見極めたうえで質問を投げかけてくる。

「いいや、殺しはしないさ」

「じゃあ、どうするんで?」

「少し心を折ってやろう」

「どうやって?」

「確か奴には弟がいたな?」

「ええ」

「好都合だ」

それ以上私は何も言わず、その男も肩をすくめただけで、何も聞かずに退室していった。


「明日お前の試合だってな!」

「応援してるぞ!がんばれよ!」

そう言って声をかけてくる奴隷たちに、兄は手を振りながら、時には立ち止まって、時には笑いながら、一つ一つ返答していく。

「でもよ、明日のリオンの相手は誰なんだ?」

「おお、それは俺も気になったんだがよ・・・」

「少し嫌な予感がするから、気を付けろよ!」

「みんな心配しすぎだよ!魔獣だろうが倒してやるさ!」

兄はみんなに屈託ない笑顔を向けながら答える。

誰も僕に目を向ける者はいない。僕に声をかける者はいない。

それがどうしようもなく寂しく、苛立たしくて途方に暮れてしまう。今僕はどんな顔をしているのだろうか?ちゃんと笑顔で笑っていられているのだろうか?泣きそうな表情はしていなかっただろうか?

楽しそうな雰囲気に水を差すのは申し訳ないから、僕は何も言わない。ただ、兄の隣でみんなの会話に合わせてニコニコしているだけだ。

こんなにも兄が疎ましいと思ったのは初めてだった。それなのに一緒にいることが当たり前になりすぎて離れることができない。その上、皆の中心に立つ兄が時たま誇らしい。

こんな複雑な感情を持て余し、僕はどうにかなりそうだった。


翌朝、起きだした兄は緊張など全く感じていないかのように、いつものように起きだし、みんなと一緒に食事をし、そして、試合の準備をしている。

皆が声をかけていく。

僕が今まで一度も話したことがない人もいる。

兄はその全員に笑顔で応じている。そんなことにも心がざわつく。

僕は必死に内心の感情を押し込め、笑顔を取り繕っていると、兄の声が、見つめる背中越しに聞こえてきた。

「悪かったな」

最初、僕はそれが誰に対する言葉か全くわからなかった。いや、何を言ったかすら聞き取れなかった、聞いていなかった。

しかし、何かを言われたことだけは気付いた。そして、周りに誰もいないことにようやく気付いた僕は慌てて問い返す。

「え?何?」

「いや・・・。悪かったって」

気まずそうに、口数少なく伝えられて言葉に思考が追いつかない。

「え?」

「だーかーら!悪かったって!」

そう言って怒ったように振り返る兄は、いったい何に腹を立てているのだろうか?いったい何を謝っているのだろうか?

ぽかんとする僕に、兄はくしゃくしゃと髪をかきむしる。恥ずかしそうにうつむきながら僕にその先を告げる。

「いや、だからな、最近お前ときちんと話をすることができなくて悪かったって。あの戦争が終わってからみんな俺に話しかけてきて、お前が人見知りするってこと知ってるのに・・・。お前のそばにいるのにきちんと二人きりで話をする時間作れなくて悪かった」

ぶっきらぼうに告げる兄の言葉は言いにくそうに、そして、なんと伝えればいいのか分からないといった風に、たどたどしく告げられる。

 その言葉に僕は苦笑してしまう。

「ああ、なんだ・・・。そんなこと」

「そんなことって!」

僕の反応があまりにもあっけからんとしていたからだろうか、兄はがばっと顔をあげながら言い募ってきたが、僕の表情を見た瞬間、自信を無くしたように尻すぼみに視線を下げる。

「全然気にしてないよ」

嘘だ。この言葉は本当のことではあっても本音ではない。

「本当か?」

窺うようにこちらを見る兄は安心しているようだ。

「よかった・・・。お前最近なんだか元気がなかったし・・・」

ごめん、兄さん。僕は兄さんと二人で話したり、構ってもらうことができなくて不満なんじゃない・・・。

「お前は俺にとって唯一の家族だから・・・」

ごめん、兄さん。僕は、こんなみじめでちっぽけな僕は、誰も僕を見てくれない、「リオンの弟」としてしか認識されていないことがたまらなく苦しいんだ・・・。

「周りの人たちがみんな話しかけてくれるのは嬉しいんだ!」

その中に僕はいない。誰もかれも兄であるリオンしか意識の中にない。置いてけぼりにされているような不安感がいつも付きまとっている。

「ただ、それでも、俺にとって一番大事なのはお前なんだ・・・」

少し恥ずかし気に告げる兄を見つめながら、僕は心の中でもう何度目になるか分からない謝罪をする。

「だから!お前が心配だから!今日試合が終わったら、一日お前と過ごすことにした!今日はずっと一日シリウスと一緒にいることにした!誰にも邪魔されずに久しぶりに二人きりで話をしよう!」

こんなにも心配してくれているのに、こんなにも臆面なく大切だと伝えてくれているのに、今の僕にとってはそれすらも疎ましく、苦しかった。

憎んでしまってごめんなさい。疎んでしまってごめんなさい。妬んでしまってごめんなさい・・・。

浮かぶ謝罪は心の中に、靄のように、霞のように、宛所なくふわふわと、その中に佇む僕はまるで道を失い彷徨ってしまった迷い子のように、泣きそうな心持ちは幼子のように、ただひたすらに僕の心を傷つける。

だから、本当にごめんなさい・・・、兄さん。僕にはあなたの隣に立つ資格なんてないのかもしれない。

「絶対に勝ってくるから応援しててくれよな!」

言いたいことを伝えきり、意気揚々と控室に向かう兄の後姿を、なんとはなしに見つめる僕に、突然後ろから声がかけられる。

「おい!」

ぐいっと肩を掴まれ、強い力で体を向けられると、そこにはコロシアムに常駐している兵士が立っていた。


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