戦争十一
四度、帝国騎馬隊が追撃を仕掛ける。
ローグは転んだ体勢から一瞬で起き上がると、ニコライ将軍の攻撃を弾いて見せたが、地面に倒れ伏したスレイプニルはその後続にずたずたに突き刺され、ついにその身を地面に横たえたまま動かなくなってしまった。
すぐにローグが駆け寄ったが、すでにこと切れた後のようで、その身に駆け寄ったのち、何かを耳元でつぶやいている。
そして、皆、固唾をのんで見守る中ゆっくりと立ち上がると、憤怒にその表情を歪め、真っ赤に力んだまま、大音声で吠える。
「がああああああああああ!!!!!」
その叫びは広く戦場すべてに響き渡り、今まで騒がしいほどに揺れていた戦場が、一瞬ぴたりと静まり、皆動きを止めた。
ローグはニコライを見据えたまま、仁王立ちに立ち、鉄槍をだらりと下げ持っている。
敵、味方問わず、その威容に、その叫びに、その全身から立ち込める、怒りに、背を冷たいものが流れていくような恐怖を感じた。
一番近くにいたため、恐慌に支配された帝国兵が、叫び声をあげながら、上段に振りかぶった剣を力の限りローグの体に叩き付けた。
誰もが皆、静止したまま、その光景を眺めている。
その剣は確かにその身に届いたはずだ。しかし、そこには全く無傷のローグと、恐怖のあまりぶるぶると震え出す帝国兵がいた。
その帝国兵は剣を引き戻すと、狂ったように叫び声をあげながら、何度も何度も剣を叩き付ける。
ばきん、という音が聞こえた。
誰もが己の目で見た現実を理解することができないでいた。
何度も叩き付けられた剣が、鍔元から折れている。
帝国兵はその折れた剣を不思議そうに見ると、引き攣った笑い声をあげる。
「邪魔だ!」
短く吐き出された声とともに、突き出された拳はぐしゃり、とその兵の顔面をつぶすと、数メートルほど吹き飛ばしてしまった。
ピクリとも動かず地面に倒れた兵と真っ赤に染まったこぶしを突き上げるローグの姿を、皆が固まったまま見つめていた。
誰も動き出せないでいた。
そんな中、一歩、二歩とローグが歩を進める。
すると、そんな憤激など全く意に介していないというかのように飄々とした顔のニコライが馬に騎乗したまま、味方の制止する声も聴かずに数メートルの距離まで近づいていった。
ローグが歩みを止め、ニコライを見つめる。
ニコライは軽々と馬上から飛び降りると、愛用の槍をすっと構え、名乗りを上げる。
「我は、第四師団、師団長、ニコライ・ドラゴ」
ゆっくりとローグが口を開く。
「ローグ・エルビースト。ミラストーン王国将軍だ」
その声は低く重厚な響きを持ち、僕らの耳朶を打つ。
「「野獣」の二つ名を持つ将軍。いざ、尋常に勝負!」
「「雷光」の二つ名を持つ将軍よ。お前は、帝国は少々殺しすぎた。受けて立つ!」
その言葉をきっかけに、この戦場において頂点に立つ二人の激突が始まった。
「野獣」ローグの圧倒的な膂力をもって振るわれる高速の槍の刃を、狙いすましたかのように閃く「雷光」ニコライの点を穿つような正確な突きが捉え、芯を外された切り払いは、ニコライをかすめることなく空振る。
しかし、膂力に劣るニコライは技でその差を覆そうにも、押し込まれていく。
どんどん、どんどん、後退するニコライ、そして、どんどん、どんどん、加速するように斬撃が速くなっていくローグ。
押されるニコライの姿に、帝国兵から、悲鳴に似た叫びが上がる。
攻め立てるローグの姿に、敵国兵から、感嘆に似たため息が漏れる。
ここで、急にニコライの突きの速度がぐんと増した気がした。
同じように加速するローグの斬撃は、もはや目で追うことすら困難なほどの速さに到達している。
そして、これが全力とでもいうように、暴風のように、嵐のように、戦場の真ん中で、鉄槍の刃が回転をする。
それを迎え撃つ一回り小さな男は、その身を右に左に揺らされながら、徐々に後退しているかに思われた。
また、ニコライの振るう槍が速度を増したように感じた。
いや、気のせいではない。ゆっくりと、だが着実に、ニコライの後退する速度が落ちていき、それに比例するように閃く槍の速さが増しているように見える。
ふと見ると、ニコライの体に、その手に持つ槍の穂先に、明るく輝く紫電がまとわりついていく。
そして、徐々に、速さを増していくニコライの刺突に、刃を外され、あまつさえその身を切り裂かれ、ローグは逆に、ずるずると後ろに弾き飛ばされるように後退していく。
最初はかすり傷程度の傷であった。ローグは確かにその身を、槍の穂先によって穿たれていたが、剣で渾身の力で斬りつけても傷一つ付かない体にかすり傷を負わせただけでも驚きだ。
しかし、徐々に、徐々にその身に負う傷が深くなっていく。
気付けば全身から血を流し、振るう鉄槍の速さは明らかに鈍くなっていっている。
それにも拘らず、ニコライの槍の速度はどんどんと速くなっていく。まるで限界など知らないとでもいうばかりに。
振るえば振るうほど速さを増すその刺突は、次第にその苛烈さを増し、ついにローグは一気に距離を離すように飛び下がる。
その後を追いかけることなくニコライはゆっくりと突き出した槍を引き、元の構えに戻る。
ローグの体は全身血まみれで、肩で息をし、満身創痍。片や、ニコライの体には傷一つなく、加速し続ける槍の刺突に疲労の色はない。
このまま闘い続けるのは不利と悟ったのか、大上段に鉄槍を構えると、腹から押し出すような、鬼気迫る、気合いの声をあたりに響かせながら、その全力をもって振るう。
その姿にニコライは猛禽のように鋭い笑みを浮かべると、一瞬で槍の穂先に紫電が集まる。
そして、滑るようにそのままの体勢いで一直線にローグに向かって突撃する。
ローグが振るう大上段からの鉄槍の刃先と、ニコライが突き出す神速の穂先がぶつかった瞬間、あたりにかっ、と目も開けていられないほどの眩しい光が満ちた。
きい――――ん、とあたりに金属特有の甲高い音が響き渡る。
皆が目を瞑り、手で目を抑え、恐る恐る、ゆっくりと開けるとそこには槍を構えたままのニコライと、鉄槍を手放し、地面に倒れ伏すローグの姿があった。
帝国側から爆発するような歓声が上がる。
敵兵からは、悲嘆にくれるような悲鳴が上がる。
ニコライは近くにいた味方の兵に、「まだ死んでいない。連れていけ!」と命じると颯爽と馬に飛び乗り、対岸へと引き上げていく。
僕らはただその後姿を唖然と見送ることしかできなかった。
士気が落ち、戦線を維持することすら困難になりつつも徹底抗戦を続けた「ミラストーン」王国はその日の日没前に陥落した。
最後まで粘り強く王宮にこもり、国民を、兵士を鼓舞し続けた国王の首をもって、ここに「ミラストーン」王国侵攻作戦は幕を閉じる。
生きていた兵士、国民は皆、縄で縛られ帝都に連れていかれる。
そこで奴隷として生きながらえるか、はたまた見せしめのように処刑されるかは、僕にはわからない。
帝国側も多くの犠牲を強いられ、死者はおよそ千百人を超え、負傷者は重軽傷含め三千人を優に超すという。
剣闘奴隷たちもその三分の一が命を落とし、残りの半分が負傷するという壊滅的な被害を受けたが、幸運にも、僕らの班に死者はなく、リックが、脇腹の骨折と、左肩の脱臼と言う比較的軽度な怪我を負っただけにすぎない。
そして僕らは帰途に着く。
その帰途の途中、暗く沈みがちな雰囲気を払拭するように、兄のリオンが英雄的に祭り上げられ、人気を集めていく。
行軍の途中で皆を元気にしたことから始まり、「生きて帰る」と宣言した通り、無事に生きて帰ったこと、そして何より、リックとアイクが後でこっそりと僕と兄に教えてくれたが、「ファントム」の首飾りの効果により、奇跡的に弓が一本も当たらなかったこと、など相まって、一躍皆の英雄となっていく。
それはコロシアムに着いてからも同じように続き、皆に英雄視される兄と、それを見守る僕らと、そして、それを快く思わない一部の人間によって、再び僕らの行く先に暗雲が立ち込めようとしていた。
そしてそのことを、知る者は、今はまだ、いない。




