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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
奴隷時代
25/681

戦争十

疲労からか、ぐっすりと眠りにつき、朝起きると、天幕の外にはリックと兄が剣を交わしその体を確認するようにゆっくりと訓練をしていた。

兄は昨日のことなどまるで何もなかったかのように、いつにも増して鋭い動きで、リックのほうは、時たま左側のけがをかばうように、半身に構えながら、剣をふるう。

その表情は時たま苦悶に歪む。

「大丈夫なのか?」

兄が攻撃の手を止め不安そうに問う。

「ああ、なんとかな・・・。激しい動きさえ控えれば動けるだろう」

そう言うリックの表情には余裕がないように見えた。

「無理するなよ・・・。お、起きたかシリウス!」

兄がこちらに気付き、振り返る。

「うん・・・。兄さんは大丈夫なの?」

「ああ、この通り、全然何ともないさ!」

「無茶するなよ」

リックが苦笑いしながら、剣を鞘に納めた。

「見ろ。城門の修復がほとんどなされていない」

リックが指さす先には、昨日と同様に半壊した城門が見える。

「あれ?でも昨日開いていた穴が塞がっていない?」

昨日半壊した城門はいびつにゆがみ、下のほうに大きな穴が開いていた。しかし、こちらから見える城門にはその穴が塞がっているように見えた。

「あれはどうやら板で補強しただけのようだ」

そこにふわりと音もたてずにアイクが現れた。この距離からよく見えるものだ。感心してしまった。

四人は並んで城門を見つめる。

「天幕に集まれ!」

そこに帝国兵士の怒鳴り声が響き、一斉に歩き出した。

「いいか!貴様ら!今日をもってあの砦を陥落せしめる!気を引き締めていけ!そして、今日は中央に多くの戦力を投入し、城門を突破する!もちろん左右からの挟撃も昨日と同様行う!昨日とは異なり、中央に第一から第三まで重鎧大隊を派兵する!一気に突き崩しに掛かれ!」

おお!

号令一発、昨日と同様に対岸に布陣した僕らは、後方に重鎧に身を固めた帝国兵に見つめられながら、開戦の合図を待つ。

ごーん、と戦場に重々しく響く鐘の音が打ち鳴らされた。

「かかれええええええ!!!」

指揮官を務めるニコライが馬上から指揮を執り、なだれ込むように一気に川めがけて駆けていく。

バシャバシャと盛大に水しぶきをあげながら、一気に進んでいく。昨日と違い、圧倒的に進軍速度が速い。昨日以上に進みやすい。それは慣れたからということもあるだろう。しかし、昨日とはっきり違い、飛来する弓矢が圧倒的に少ない。

散発的に飛来する矢は、こちらが注意していれば、盾を構えることで撃ち落としてしまえる。

昨日と同じく、身を屈めながら、対岸を渡り切り、土嚢の壁に隠れながら、突き進む。

そのとき、固く閉ざされていた正面城門がゆっくりと開く。

そこから出てきたのは騎馬にまたがった兵士たちと、槍と盾を構えた兵たちだ。

騎馬兵の後ろを槍兵が一列に並び、大門を突破されないように、盾を構え、槍を突き出し、どっしりと腰を落とす。

騎馬隊はその前に並び、こちらを見通す。

その騎馬隊の真ん中にはあの大男がいた。昨日歩哨の上で何人も寄せ付けぬ強さを見せた大男が、足が八本ある馬とも似つかない凶暴そうな魔獣に騎乗しながら、その愛用の鉄槍を肩に担ぐようにこちらを見つめている。

その威容はこちらに恐怖を与える。

一斉にうろたえる前線の中で、リックとアイクが小声で話し合う。

「まずいな・・・。昨日の爆発で死んでいたら、と思って期待していたが、やはり生きていたか・・・」

「あの、「野獣」将軍が簡単に死ぬとは思えないな」

「しかし、あれは「スレイプニル」だぞ・・・。あんな魔獣にどうやって騎乗しているんだ?」

「「スレイプニル」は気性が荒く凶暴だが、闘い、下すと、自らに勝った者を主人と仰ぎ、一生服従するという・・・」

「あのさ・・・。二人はあの大男のこと知ってるの?」

兄が遠慮もなく問いただす。

多くの奴隷たちが二人の言葉に耳を傾けている。

「セルバだって知っているだろう?」

リックは矛先を変えるようにこちらをうかがっていたセルバに問いかける。

「あんたなあ・・・まあ・・・いいや・・・」

はあ、とため息を一つ吐くと、教えてくれた。

「あいつの名前はローグ・エルビースト。「ミラストーン」王国将軍で、一騎当千の猛将だ。二メートルを優に超す大柄な体躯と、人外の膂力から繰り出される獣じみた攻撃、鋼のように固い皮膚、そして何よりその見た目から、「野獣」の通り名を持つ」

「あの男がいるから、今まで散発的に行われた帝国の侵略がことごとく阻まれてきた」

「じゃあ、今回も負けるかもしれない?」

セルバは悩むように首をかしげる。しかし、リックがはっきりと告げる。

「いや、それはどうだろうな・・・。いくらあの男が強くても、この戦力差は絶望的だろう。おまけに一個師団を持ち出し、魔法督戦隊を数多く投入し、何より師団を束ねる将軍の一人、「雷光」のニコライを指揮官として派遣している時点で、おそらく帝国は本気でこの国を落としにかかっているんだろう」

「詳しいな」

セルバのつぶやきにリックはそっけなく、「また聞きだ」と返す。

「どうした?早く行け!」

後ろから追いついてきた帝国兵士たちに急き立てられ、僕らは雑談をやめると、盾を構え、ゆっくりと進軍する。

昨日同様に、投石や、魔法、そして矢が城壁から撃ちだされるが、その密度ははっきりと小さく、そして散発的になっている。

―これなら行ける!

誰もがそう思ったとき、その騎馬隊は動き出した。

ぐんぐんと近づいてくる騎馬隊に、少なくない人間が恐慌状態に陥る。

近づくほどにその正面に陣取る男の大きさ、そして彼が乗りこなす騎馬の大きさに思わず心が委縮する。

その騎馬隊が先頭を歩いていた隊列とぶつかる。

盾を持っていたにもかかわらず、まるで何物もなかったように、目の前をふさぐ奴隷たちを弾き飛ばすと、後方に膨らむように三角形の形で展開している騎馬兵たちが、その手に持つ槍を突き出し、体勢の崩れた奴隷たちを一息に突き殺していく。

それは戦場を嵐のように駆け巡り、どんどんとこちらの人間を切り殺していく。

僕らも、激突の瞬間、必死に盾を構え、少しでも勢いを減衰しようと体を硬直させたが、あっけなく吹き飛ばされてしまう。

一瞬息が詰まるほどの思わぬ衝撃に、僕はうっかり盾を手放しそうになってしまった。

しかし、僕はまだ子供で体重が軽いことが幸運したのか、軽く弾き飛ばされたため、追撃の槍で貫かれることもなく、何とかよろめきながらも立ち上がることができた。

必死で目を凝らすと、半数近い味方がけがを負ったり、死んだりしている。

兄は僕と同じように軽かったため、ただ吹き飛ばされただけだったが、リックとアイクも無事のようである。

彼らはどうやら激突の瞬間後方に身を投げ出すことで、昨日の兄のように衝撃を分散し、体勢を崩すことなく、追撃も余裕をもって躱して見せた。

その際に切り結び、何人か敵の騎馬兵を返り討ちにしてしまっている。

リックやアイクのように、少数ではあるが反撃にあい、騎馬隊は少しずつだがその数を減らしていっている。

しかし、こちらはそれ以上に多くの犠牲が生じてしまっている。

このまま持久戦になるかと思われたとき、騎馬隊はゆっくりと後退していき、城門付近に戻っていった。

左右は敵も兵数を減らしているが、こちらも中央にその兵数を多く集めているため、帝国の侵攻はあまり進んでいない。

歩哨の上付近で激しい抵抗にあい、一進一退だ。

中央は精鋭の騎馬隊に突き崩され、体勢を立て直すため必死で隊列を組み直している。

時間がたつほどに戦況は硬直し、士気は悪化していく。

何か次善の策はないのか―――。誰もがそう思ったとき、後方から帝国の騎馬隊が進み出てきた。

その中央には煌く鎧を身にまとった指揮官の姿があった。

「行くぞ!」

前を睨み据えたまま、短く叫ぶと、隊列を立て直し、進軍を始めた重鎧部隊に追随する形で土煙をあげながら進軍する。

迎え撃つかのように、敵の騎馬隊が前に進みだしてきた。

その相対する二つの流れは城門からおよそ十五メートルほどの地点でぶつかった。

槍と槍が交差し、人が宙を飛ぶ。

先頭に立つ二人の男は互いに馬上で槍を交わし、一瞬の間に瞬きするほどの速さで数合打ち合うと、そのまま敵中を駆け抜けていく。

大男の胸から鮮やかな鮮血が噴き出した。

敵から悲鳴が、味方から歓声が上がる。

しかし、傷はそれほど深くないようだ。

互いに駆け抜けたのちには槍をその身に受け、馬に踏みつけられ倒れ伏す人と、騎手を失いふらふらと彷徨う騎馬のみがあった。

くるりと振り返り、互いに数瞬見つめ合うと、再び、地を蹴り激突する。

同じように先頭に立つ二人が激突するとき、瞬きの間に、先ほどよりもより速く、鋭く閃く剣閃が目にもとまらぬ速さで打ち合わされる。

お互いに駆け抜けたとき、今度はニコライの胸元から胸部の装飾が吹き飛んだ。

しかし、兵の連度の差か、先頭を走る将軍同士の闘いはほぼ互角に映るが、後ろに続く兵士たちは衝突のたびに、敵兵がどんどん数を減らす。

 三度衝突する。衝突に合わせ、リックとアイクが動き出す。

その後ろに兄が続く。

僕は三人が動き出したのを戸惑いながら見つめていることしかできない。

三度の衝突はあっさりと終わる。敵の騎馬隊の数が一気に削れた。しかし、将軍は両軍とも目立った外傷はない。そのとき、「野獣」将軍、ローグに向かって二つの影が飛び出した。左右から挟み込むように、二人、リックと兄だ。鉄槍を突き出し切ったその隙を縫うように、兄が右側面から飛びかかり、リックが左側面から躍りかかる。

彼らは、吹き飛ばされ、前方で必死に盾を構える帝国兵の陰から、音もなく一息で跳躍すると、交差するように剣をひらめかせる。

しかし、この二人の決死の攻撃は、一泊遅れてそれでもなお反応したローグの槍の刃先によって弾かれる。

その間隙を縫うように一本の矢が、騎馬の魔獣「スレイプニル」の瞳めがけて射掛けられた。

スレイプニルはその矢に気付き、頭を振ると、額当てに弾かれてしまった。

「畜生!これでも届かないのか!」

悔しそうに兄が叫ぶ。

「化け物め!あそこから反応するとは!」

残念そうにリックが吠える。

しかし、リックはすぐにその表情を喜悦にゆがめる。

「だが、さすがにここまでは防げなかったようだ!」

スレイプニルが頭を振り、防いでみせた矢の後ろから、隠れるようにもう一本、まるで頭を振ることを予測していたように、完璧な位置、距離、時間で矢が追いかけてきた。

「本当にいい眼をしている!」

すでに頭を振って無防備になったスレイプニルにその矢を防ぐすべはない。

兄とリックを神速の切り返しで弾いて見せたローグの槍の刃先は大きく左に振り切られたままで、目前まで迫ったその矢を払い落とすことなどできない。

狙い過たず、吸い込まれるように瞳に矢が突き刺さった。

その瞬間、魔獣スレイプニルが激痛に吠え猛り、乗り手も制御できないほど暴れまわる。

必死で手綱を握り、抑え込もうとするが、後ろ脚で立ち上がり、上体が垂直になったまま暴れたとき、ついにローグが騎馬から落ちた。


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