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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
奴隷時代
21/681

戦争六

あわただしく始まった朝は、目まぐるしく動き回るうちに、あっという間に過ぎ去っていく。太陽が中天に差し掛かるとき、僕らは川を挟んで聳え立つ城砦を前に立ち並ぶ。

万に届こうかという軍勢を対岸に見つめ、今、あの城壁に立つ敵兵は何を思うのだろうか?ふとそんな疑問が沸き上がってきた。

僕らが立つ場所は、城門の真正面、最も注目を浴びるところに位置している。心なしか城門を固める兵士の数も多いような気がする。

横一列に並んだ僕らの前に、騎馬にまたがり、一際きらびやかな鎧を身にまとったニコライが進み出た。

「聞け!皆の者!準備はいいか?今から侵攻作戦を開始する!必ずや勝利をわが帝国に!」

くるりとこちらに背を向け敵の城砦を正面に見据える。

右手を掲げ、そのまま城門に向け指さした。

「かかれえええ!!!」

「おおおおおお!!!!」

いっせいに川を渡るために岸を下る。後方に構える部隊から、天を覆うほどの弓矢が射掛けられる。

射掛けられた矢は遠目にも歩哨の壁に阻まれ、ほとんど命中していない。

お返しとばかりに、向こうから身を隠していた兵士が立ち上がると、いっせいに弓を引き絞り、放たれる。それはこちらが放った矢よりは小さい密度をもって、飛来するが、障壁のないこちらは、いちいち足を止め、盾でその身を守る。

僕も必死で手に持つ盾を掲げ、弓矢の襲来から身を守ろうとするが、思っていた以上に飛来する弓矢が重い―――。

それは、まるで吹き荒れる嵐の中で立ち竦むように、ともすれば、一瞬で吹き飛ばされかねないほどの圧力を有していた。

必死に歯を食いしばって耐え抜く。

いつだ―――。いつ敵の矢はその勢いを緩める―――?

万にも思われる弓矢の勢いがどんどん弱まっていく。

「まだだ!まだ堪えろ!」

リックのつぶやきに、浮足立ちそうになる僕らの心が一瞬にして冷静になる。

しかし、勢いが弱まったことで、我慢しきれなくなった数人が面を上げてしまった。

そこに、狙いすましたかのように矢が飛来する―――。

運悪く、弓矢にその眉間を射貫かれ絶命したものがいた。

「隊列を整えろ!すぐに後ろの人間が前に入れ!」

絶命した者を押しのけるように後ろに待機していた者が前に進み出る。

死んでしまった者は置き去りだ。

いつまでも死体に目を向ける僕にリックが冷たく叱咤する。

「死んでしまった者は帰らない!ただ足手まといなだけのお荷物だ!戦場では一瞬の油断がその命を散らす!余計なものなど捨て置け!己の体のみを守り抜くんだ!」

 敵の城壁までは川から約五十メートルほど距離があり、川幅はおよそ十メートル。そして深さは一番深いところで大人が足をつけて歩くことができないようなところがあるが、それでも、歩いて渡ることができる。ただし、川はすり鉢状になっており、対岸にたどり着くには、高さ二メートルほどの岸を登らなければならない。

 必死で川を駆けるが、永遠に尽きぬと思われるほどの弓の攻勢によりその侵攻は遅々として進まない。

そして、もはや、川を必死に歩いて渡る僕らは、敵から見ればただのいい的だった。

水の抵抗によってゆっくりとしか進まない上に、川底の柔らかい土に、ごつごつした岩に足を取られ、思わず転んでしまう者もいた。

そこに容赦なく弓矢が飛来する。どんどん、どんどんけがをする者が増えていく。それだけにとどまらず、中には運悪く死んでしまうものもいた。

盾を掲げる手が水の抵抗のせいで非常に重く感じる。それでも何とか溺れないように、足を取られて転ばないように、注意しながら進んでいく。

川底を踏む足が非常にゆっくりでもどかしい。それだけにとどまらず、ごつごつした医師の足場かと思えば、足元をすくうような柔らかい泥のような足場もあり、決して安定しない。

十メートル―――。普段は全く歯牙にもかけない距離が、この時ばかりは果てしなく遠く感じた。

必死で、かき分けるように進んでいくが、重い。水が、そして飛来する無数の弓矢が。

怪我人は後退し、それを補充するように、後列に控えている者が前に進み出てくるが、どんどんと欠けていく戦線は立て直すことすら非常に難しい。

その身に矢を受け、命を落とすまではいかずとも、怪我を負う者たちの血でたちまち川は赤く色づき始めた。

もう何度弓矢による攻撃を防いだか分からない。最後は皆盾を構えじりじりとゆっくりすり足で川を進む。

そうして、ようやく対岸の岸にたどり着いた―――。

ここからこの重い盾を背負いながらこの見上げる岸を駆け上らなければならない。

しかし、ここで思いもよらない抵抗にあう。

必死で岸を駆け上った先で、盾を構える間もなく狙い撃ちにされ、第一陣の人々がほとんど倒されてしまった。

「止まれ!」

その様子を見ていたリックが、皆の侵攻を止める。

死線を転じると、それは正面だけでなく、左右から攻め上がる帝国兵士たちも同じような末路をたどっていた。

「どうするんだ?」

何人かの奴隷が、息を切らしながらリックに問いかける。

リックに皆の視線が集まった。

左右を見渡すと、帝国兵士たちは、何人かが四つん這いになり、彼らを足場として、盾を構えたまま登っていくことで狙い撃ちにされても強引に突破して行っているようだった。

「俺たちもあれをやるか?」

それを同じように見ていた奴隷が早速尋ねる。

「いや、待て!」

しかしリックは目を離すことなく止める。

左右の帝国兵士たちは続々と岸を登り、城砦めざし平原を駆け出そうとした、そのとき、歩哨の上から、巨大な、馬車ほどもある大きさの、火球が二つ、左右に飛来した。

ずどおおおん!

大地を揺るがすほどの衝撃をもって、今まさに駆け上がらんとした帝国兵士たちを飲み込み、岸を抉る。

その火球に飲み込まれ、岸を上りきった多くの兵士たちが一瞬で命を散らした。

「なんだよあれ!」

あまりの衝撃に耳を抑えたまま、ざわざわとあたりが騒がしくなる。

「魔法だな」

あまりにも冷静なアイクの言葉に、多くの奴隷が騒ぎ立てる。

「あんな大きさの火球見たことねえよ!」

「あんなに遠いところから普通届くものなのかよ!」

「あれじゃあ絶対に城壁にたどり着かないだろうが!」

「なんて大きさだよ・・・」

「ああ・・・もう無理だ・・・」

もはや収拾がつかなくなるほどに騒がしくなった中、叱咤するような叫びがあたりを揺るがす。

「落ち着け!」

皆がその言葉の主であるリックに目を向ける。

「いいか、落ち着け!あれは恐らく火の攻撃魔法だが、あの規模から考えて十人以上で行う複合魔法だ!だからこそあの規模と、あの威力と、あの射程が実現したのだろう!」

「だけどそれじゃあ、あれは何発も連発することができるってことじゃあないか?」

「ああ、厄介なことにおそらくそうだろう・・・。だが、推測だが、魔法を使える人間を総動員しているのではないだろうか?その証拠に先ほどから間隔があいているが、再度同じ攻撃はないだろう?」

「それでも、連発できるってだけでどうしようもねえ」

「そうか?魔力は有限だ!しかもあれだけの魔力を放てば、そう何発も打ち続けることはできないだろう」

「それでもあれをやられたら一網打尽だ・・・」

皆にあきらめの空気が流れる。誰かが犠牲にならなければもはや突破することはできないだろう。皆が皆、互いに目を見合わせ、牽制を行う。

そんな中、不意にリックは上着を脱ぎだした。そしておもむろに岸の土を手に取り、両腕と裾と襟元を縛ると土を中に入れだした。

「どうした?」

皆が胡乱な目つきで見つめる中、黙々と上着一杯に土を詰める。

「こうして土を入れるだろう?そしていっぱいにしたら・・・こうして!」

両手に掴んだそれを思いきり岸の上に放り投げた。

「みんなでこうすれば土嚢として壁になるんじゃないか?」

皆微妙な表情をしている。

「いや、いい考えだとは思うけれどさ・・・でも狙って置くわけじゃなく、運任せで放り投げるだけだから、壁になるかな?」

「かなり時間がかかるんじゃないか?」

「一人ひとり、自分の上着だけでやればいいんだよ!ただしそれが五百も集まってみろ!それはもう立派な壁になるんじゃないか?」

まだ悩むみんなの前で兄がいち早く来ていた上着を脱いだ。

「とにかくやってみよう!」

その言葉に僕やアイク、それ以外にも決して少なくない数の奴隷たちが真似し始めた。そしていつの間にか全員がその手に土や、砂利、石ころをいっぱいに詰めた上着を持っていた。

「よし!俺のいるところから四、五人で並んで投げ上げろ!そして投げたら後ろに下がって、順繰りに続けろ!」

そうしておよそ四半刻もしないうちに、皆が投げ終わった。

「よし!言い出したのは俺だから、俺が先陣を切る!皆後に続け!」

そういうと身を低くしながら岸を駆け上がった。

頂上に着いたところで、転がるように前転しながら進んでいき、あっという間に見えなくなった。

皆固唾をのんで見守っている。

「どうだったんだ?」

「大丈夫か?」

「まさか矢に射貫かれて死んでいるんじゃないだろうな?」

口々に不安を口にしていた。しかし、これが失敗してしまえば、犠牲覚悟の強行突破しか方法がなくなる僕らとしては、祈るような気持ちで結果を待つ。

誰か続くか?と、皆が顔を見合わせ始めたとき、岸の上からひょっこりとリックが顔をのぞかせた。

「いいぞ!お前ら身を低くしながら来い!」

その言葉に皆の表情に安堵の色が浮かぶ。

いっせいに上がろうとしたが、リックが慌てたように止めてきた。

「いや、そんなに大勢で来るな!土嚢の壁はそれほど広くないから、そうだな・・・二十人ほど上がって来い!」

先頭にいた二十人が身をかがめながら進んでいく。僕もアイクも兄もその中にいる。

岸を上がると、そこには運よく視界を覆うように積みあがった土嚢の壁が立ち塞がっていた。何袋か、全く違う場所に転がっていたが、それでも、約五百袋の即席土嚢はぐちゃりと、だが確実に積みあがって、壁の役割を果たしてくれている。

「よし!ここを拠点にして行軍を進める!後に続く者は、この壁を補強しながら上がって来い!」

号令一声、先駆けの二十人ほどが、五人四列となって盾を掲げゆっくりと歩を進める。

そこに見上げるほど大きな火球が見えた。


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