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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
奴隷時代
19/681

戦争四

次の日の昼過ぎ、その城が僕らの前に姿を現した。堅牢な城壁に囲まれ、正面に川を臨み、後方には峻険な山脈が連なる自然の要塞。

城壁に囲まれた中には、石造りの質素で実用的な城がその威容をたたえ、その城を囲むように、小さな家々が立ち並ぶ街の景観が見える。

すべて石造りなのはさすがに鉱石の産出国として、そして鍛冶の街として名をはせているだけのことはある。

今は戦時であるためか、遠目にも通りにはまばらにしか人の姿が確認できない。

そして僕らは昼を少し回ったくらいの時刻に、帝国が本拠を定める川の対岸に到着した。

すでに天幕が張られたそこには、僕ら奴隷たちのおよそ十数倍の人数の帝国兵士が集っており、鎧を外し、がやがやと話し合っている者もいれば、一列に並び、訓練を行う者たちもいた。

非常に活気あふれるように見えるその光景に一瞬僕らは気後れする。

しかし、牽引の帝国兵士たちから、指示され、急かされるように、僕らに与えられた場所に向かった。

皆で荷物を降ろしながら、兵士の指示に従い、天幕を組み上げていく。

皆で力を合わせながら天幕をくみ上げると、ひと段落したことを見計らうように、一際豪勢で大きな天幕の中から周囲に付き人を侍らせた若い精悍な男性兵士が出てきた。

僕らの前に立つ彼は、ゆっくりと僕らの顔を睥睨したのち、突然口を開く。

「今日は到着した初日であり、皆も疲労が残っているだろう!今日はこのまま体を休めて明日以降の作戦に備えてくれ!明日以降は追って指示を出す!以上だ!」

皆に聞こえるように、叫ぶような大声で伝えるとそのまま天幕の中に戻っていった。

「ふー、疲れたな」

「今日このまま戦闘に駆り出されなくてよかったな」

「明日以降はどうなるんだろう?」

そこかしこから身の振り方を不安視する声が聞こえてきた。ただし、帝国兵士に遠慮して皆ひそひそ声で話しているだけで、昨日のような暗い雰囲気がないのが非常に心強かった。

特にやることもない僕らは、対岸にどっしりと構える石造りの堅牢な城砦をしげしげと眺める。

城壁の歩哨の上には等間隔に揃いの鎧に身を固めた兵士が並び、微動だにせずにこちらを警戒している。見上げるほど高い城砦はくすんだように色あせて見えるが、決してもろく崩れ去るような造りではないだろう。

互いに張り詰めた空気が両陣営に流れており、明日以降のことを思うと緊張してきてしまう。

次の日、朝起きた僕らは、朝食を食べ終わるとすぐに大きな天幕の前に集められる。

居並ぶ僕らの前に昨日と同じ、精悍な若い男性が数人の付き人を連れて出てくると、開口一番挨拶とともに、告げる。

「諸君!昨日はよく眠れたか?私は今回この戦争の現地最高責任者であるニコライ・ドラゴ。第四師団師団長である!皆の者は帝国兵士ではないが、我々の指揮下に入ってもらう!突然だが、これより皆には戦争に先立ち訓練を受けてもらう!同時に準備も行う!手っ取り早く班ごとにまとまり、四つに分かれろ!四部隊編成とし、そこから各部隊に役割を与える!」

告げられるまま僕らは四つの部隊に分かれる。僕らの班は第四部隊に所属することとなった。圧倒的に第四部隊の人数が多いからこれは仕方ないことだろう。

「まず第一部隊!ここにある袋に土を目いっぱい詰めて来い!」

そう言って手にしたのは大人の下半身ならすっぽり覆てしまえそうな麻袋である。それが彼の後ろに空の状態で台車一杯に積みあがっている。

「土を詰めたらあの川辺に持っていく!そしてあの杭が打たれてあるところを目印に、その前方にどんどん積み上げていけ!そうだな・・・見上げるほどの高さまで積み上げたらひとまず作業は終了だ!」

指さす先、川辺には等間隔に杭が約十本以上並んでいた。

「次に第二部隊!貴様らの任務は山から、大人の頭以上の大きさの石を運んでくることだ!この台車を貸す!ここに目一杯積み込んで来い!台車が二十台ここにある!この台車すべてをいっぱいにしたらひとまず作業終了だ!」

彼が指示した台車は大人が軽く五、六人ほどは座って乗れるような大きな四輪の台車だった。

「そして第三部隊!貴様らは訓練を行う!あそこに見える破城槌を引きながら行進する訓練を行う!一人でも歩調を乱せば敵に付け入れられる隙となる!誰一人、足並みを乱すことなく行進できるようになるまで徹底的に訓練を行う!」

その破城槌は非常に大きな大木だった。先端はとがった金属が取り付けられ、その太さは大人が二人ほど手を広げてようやく届くかと思われるほどの太さがあり、長さは十メートルに届くのではないかと思われるほどに長い。下にはその大木を支える支柱が組まれ、台車の上に乗っており、六輪の車輪で動かすような仕組みになっているが、あの大きさが見せかけでなければ、大の大人十人がかりでも動かすのがやっとの重さだろう。

ましてや、この土砂ででこぼこした地面、川底の柔らかい土の上ではどれだけの人数で動かせば動くのか全く分からないほどの大きさである。

「最後に第四部隊!貴様らには盾を持った訓練をしてもらう!隊列を組み、盾を構え、我々の号令とともに様々な展開を行う!貴様らには第一から第三部隊、ひいては帝国兵士の盾になってもらう!その都合上、ここには一番多くの人員を配置する!以上!質問のあるやつはいるか?」

その明朗とした命令に、誰も質疑をさしはさまない。

「よし!では散会!第四部隊は今から盾を渡すためここに取りに来い!」

そう言われ、促されるままに渡された盾を手に取る。非常に大きな盾で、僕ぐらいの大きさだったら、身をかがめなくとも盾をかざすだけでその身をすっぽりと盾の中に隠すことができる。大人であれば、少し身をかがめるだけで覆うことができるほどの大きさだ。

その分盾も非常に重く、普段の片手に構えることができる丸盾とは異なり、取り回しが非常に難しい。

僕らは導かれるままに開けた砂地にやってきた。

そこで一列に並ばされると、盾を構えるように言われる。

「おい!そこの坊主!お前が小さいせいで盾の高さが両隣りと比べて低くなってしまっている!それでは敵兵の弓が頭上を越えて味方に当たってしまうだろう!もっと上に構えろ!」

訓練を指導する兵士の一人が僕の前に立つと僕から盾を奪い取り、「こうだ!」と言って実践して見せる。

「分かったか?こう!この高さで掲げるんだ!こうだ!やってみろ!」

そう言って突き返された盾をもって僕は言われた高さで盾を構える。

「違う!」

そう言って思い切り分捕られたせいで無様にも僕はよろよろとよろめいてしまった。

そんな僕を、「ふん!」と鼻先で嘲笑うと、再度勢いよく目の前に突き出しながら、「こうだ!」と手本を見せられた。

しかし僕には先ほどとの違いがまるで分からない。ぽかんとする僕に深いため息をつくと、再度、「こうだ!」と見せてきた。

「いいか!貴様には勢いが足りない!こうやって!思い切り突き出すのだ!そうすれば無数に飛来する弓矢など恐れるに足りん!いいか、こうだぞ!」

僕は思い切り盾を突き出す。

「そうだ!いいぞ!その調子で続けろ!」

そう言うとぐるりと皆を見ながら続ける。

「構え!直れ!いいぞ!構え!いいぞ!」

何度か、構えさせ、僕らの間を縫うように腰に手を当てたまま教練の兵士はゆっくりと練り歩く。

そして訓練は彼の号令のもと次なる段階に突入する。

「今度は構えたまま前方に私がいいと言うまで前進してみろ!進め!」

ここから訓練の難易度がぐんと上がる。

僕は体が小さいせいで盾を目線の位置近くまで持ち上げねばならず、始まってまだ数分しかたっていないにもかかわらずもうすでに腕が痛くなってきてしまった。

その上、重い盾を構えたまま前進しなければならない。案の定、すぐに制止の声がかかる。

「止まれ!皆動きを合わせろ!そんなにバラバラでは盾と盾の間の隙間を弓が通り抜けてしまう!もう一度直れ!構え!進め!」

全身の合図とともに皆が進む。しかし、先ほど同様数歩も歩かぬうちに制止させられてしまう。

「貴様ら止まれえ!何度言ったら分かるのだ!それでは貴様らの身の安全は守れても後ろの仲間を守ることができないではないか!貴様らは木偶か!きちんとそろって動け!返事は!」

「はい!」

「よし!構え!進め!」

皆必死で足並みを合わせようと横を盗み見ながら歩くが、そのせいで盾を構える高さがばらばらになってしまったようだ。

「止まれええ!」

怒り狂ったような制止の叫びが僕らの耳朶を叩く。

「貴様ら!何度言ったら理解するのだ!盾の高さを合わせろ!」

その後も昼になるまでこの訓練が続いたが、訓練を指導した帝国兵士の目標とする技量までついぞ達成することができずに終わった。

腕が痛い。もはやほとんど感覚がないほど盾を持ち続けていた。そのせいで、最後は盾を持つ握力が抜け、何度も盾を取り落としてしまうし、望んだ高さまで持ち上げられずに罵声を浴びせられ、殴られてしまった。もはや腕を肩の高さ以上にあげることができない。最後は泣きながら上がらない腕を必死で上げようと踏ん張っていたたらを踏んでいた。

しかし、僕だけではなく、大人の奴隷たちの中にも盾を最後まで持ち上げることができずに叱責されている者たちがいた。

もちろんリックとアイクは何事もないかのようにひょうひょうとこなし、兄は必死で最後まで叱責されることなく訓練を終えている。なんだか不甲斐なく感じてしまった。

午後の訓練も同じことをするという。

もはや上がらない腕を必死に動かして昼食を食べながら、この訓練に最後までついていくことができるか不安な気持ちと暗い気持ちを抱えたまま、昼の休憩中に何とか腕が回復するように祈り続けた。


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