表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
群雄時代
189/681

風読十二

悲鳴を上げる体を無視して、走り込んだ先は、風読み達が詰めている部屋。半ば謹慎となった私とは異なり、すでに日も落ちた時分であるとは知っていたが、それでも誰かは居るとどこかで期待していた。

案の定、風読み達、そして相談役は全員いて、筆頭は一人いたが、その彼も、帰宅をしようとしているところだったが、急に飛び込んできた私を見て、驚きから皆身を固めてこちらを見ていた。

しかしそんなことにお構いなく、私は口を開いた。

「大風が起こります・・・!!未だかつて類を見ないほどの凶悪な大風が!!豪雨が!街を、国を襲います!!」

皆ぽかんとしていて、全く反応をしない。それでも私は伝えなければならない。この危機を。皆に、理解してもらわなければならない・・・・。

「この本に!!書かれております!!今と!!今私たちが置かれていることと全く同じ現象が!!それによりますと、冷夏と、そして海温の上昇、様々な要因が合わさって、湿度と気温の高い秋の日に大風が!!街を飲み込むほどの大きさの大風が!!起こります!!今からでも遅くありません!!街の皆に!!避難を!!そしてできますれば!!農夫たちに早々に収穫をするように伝達するべきです!!」

見る見るうちに理解していく風読み達は、それでもなお、一言も話さない。

そして、彼らの表情を見て、ようやく理解した。いや、はっきりと分かってしまった。

どうしてこの本を今の今まで見たことが無かったのか。そして、どうして父が、この本を持っていたのか、を。

彼らは皆、一様に筆頭に視線を注いでいた。しまった!と言う顔をして、中にはあからさまに私を非難する顔をして。そして、皆が心配しているのは、私の持つ本なのは、明らかだった・・・。

「貴様!!その本をどこで手に入れた!!??王家に仇なし、あまつさえ王家の治世を批判的に描いた書物など民衆を惑わすものでしかない!!!今すぐ焚書する!!!!こちらに渡せせええええ!!!!」

恐らくこの本は、代々筆頭のみに受け継がれてきた、英知の結集なのだろう。長の歳月を経て、その経験と知識をまとめた、唯一無二の、秘本なのだろう。それがどうして父の手元にあったのか?簡単だ。筆頭が全てすげ変わり、王家に、いや、王にまとわりつき、うまい汁を吸う腐敗した貴族に変わってしまったのだ。

だからこそ、父に、私と言う文官ではありえぬ武の才を持った家に、託されたのだろう。

それを大事に秘すように、と。

私の手元から奪おうと伸ばされた手を、一瞬でひねり上げ、足元に足払いをかけ、弛み切った体を宙に浮かせるとそのまま地面に投げ捨てる。


―――ずしん!!


重い音を立てて床に横倒しになった男は、打ち所が悪く気絶したのだろうか?頭からだらだらと血を流し、ピクリとも動かなかった。


「皆・・・・」


ゆっくりとその場にいた皆を振り返ったが、どこか反応が鈍い。

一体どうしたと言うのだろうか?

相談役が、ゆっくりと、しかし、悲しそうに視線を上げる。

「逃げなさい」

「どうして!?」

思わず絶句してしまった。二の句が継げないでいる私に、なお諭すように、彼は、いや、彼らは言葉を投げる。

「君が正しいことは、知っている・・・・。だが、この国に、今の王家に、正しさなどあるだろうか?」

「・・・・!!」

レグルスもこんな気持ちだったのだろうか・・・・?

「命を粗末にするな!!君のそれは、確かに正しいことだ。だが、今の王家に注進したところで何が変わると言うのだ?汚い物には目を向けず、正しいことから目を背け、そして、何より、強欲に、ただ横暴にふるまう・・・・。決して聞き入れはしないだろう・・・。君の父上のことは残念だ・・・・とても・・・・。だが、君も同じ道をたどってほしくはないんだ!!頼む!!」

何を頼むと言うのだろか?目の前に、はっきりと脅威が迫って来ていて、天の禍いを伝え、誰よりも民衆を導くはずの私たちが、どうして怯えにひるんでいるのだろうか?これが、私が、父が、先人たちが目指したものなのか・・・・?

「・・・それでも私は正しいと思うことをします。それが、私の為すべきことだから」

「お前が強いのは知っている!!並みの文官では!!いやもしかしたら武官ですらも敵わないかもしれない!!だが、それでも無敵ではないんだ!!囲まれて袋叩きにされればいかに腕に覚えありと思っても簡単に死んでしまうんだぞ!?」

「だったら、ここで怯えて見ていてください」

走り出した私の背中を追いかけてくる者は一人と居ない。どこかで期待していたのか?どこかで望んでいたのか?―――馬鹿な!!レグルスにあんなに冷たい言葉をかけたと言うのに・・・・。自分の時は都合よく誰かが付いてきてくれるとでも?

そんな幻想を、甘い自分を振り払うように、全速で駆けだした。


道行く人々を突き飛ばし、止めようと立ち塞がった衛兵を、殴り倒し、ついにたどり着いた。宮中の最奥。後宮の王とその側近たちが政務をする部屋の前。

乱れた呼吸を必死に抑え、緊張で震える足を叱責し、扉に手をかける。


中に入ると、―――そこにはいた。


なんて都合がいいのだろう。王とその側近たちが、楽しそうに、心底から楽しそうに談笑をしていた。

彼らは皆、突然の出来事に、ぴたりと動きを止め、こちらを見る。

彼らが座っている机の前には遠目にもわかる、琥珀色の酒と、趣向を凝らした料理の数々が並んでいた。

何より、彼らの給士をする女たちは、どこの売女か?と問いたくなるような際どい薄衣をまとい、その下には一切の下着を身に着けていない、欲情をそそる姿で傍に控えている。

欲に濁り、飽食に肥え太った体を揺すり、その中でもとりわけ若く、病的に色の白い男が、金切り声で叫ぶ。


「―――貴様一体何者ぞ!!!ここをどこと心得る!?王の!!私の私室だぞ!!??誰か警護の者はおらぬのか!!??」


どうやらこの男が王のようだ。自国の王を見たことが無いとは・・・・。つくづく目の前の王に嫌気がさす。

醜く肥え太り、まるでかんしゃくを起こす子供のようなそんな姿に、いっそ哀れみすら抱いてしまう。


「王よ。ご無礼をお許しください。何卒奏上したいことがあり、参った次第であります。急を要する物でありますので、重ね重ねご無礼をお許しください」

頭を下げることすら不快だった。それでも、私は、民衆を導かなければならない。

だが、今度は側近たちが騒ぎ出す。

「貴様!!どこの馬の骨とも知らぬ不埒な輩よ!!恥を知れ!!王の私室に足を踏み入れ!!あまつさえ王に直接言葉を交わそうなど!!さっさと退室しろ!!」

真っ先に声を荒げて立ち上がった男は、中でも腕に覚えがあるのだろう、剣を片手に相変わらず締まりのない体ではあったが、その立ち上がった姿には、武人としての研鑽が見て取れる。

「いいえ出て行きません。私の話を聞いてください」

「こともあろうに我らの言葉を否定するとは!!ここで切って捨てられても文句は言えぬぞ!!」

剣をすらりと抜き放った。

今にも斬りかかって来そうである。それだけの怒気を、憤怒を、何より狂気を感じる。だからこそ、早々に用件を話す。例え、否定されたとしても、言葉さえ聞いてもらえばそれでいいのだ。

「大風が来ます!!未だかつてないほどの規模の、そして建物も倒壊し、河川も氾濫して街を水没させてしまうほどの大風が、暴雨がこの街を襲います!!」

しん、と静まり返った室内に、動きを止めた彼らに、一縷の望みを託し、滔々と語る。

―――どうだ・・・?じっとりと額に汗が浮いてきた。これほど不安だったのはいつ以来だろう?


「・・・・!!!ここに飛び込んできただけにとどまらず!!!あまつさえ!!あまつさえ!!!王の御前でそんな不吉を告げるとは!!!!貴様!!!王の治世に謀反を抱く反逆者だろう!!!???」


それでも、やはり、と言うか。全く響かなかった。どころか、むしろ、余計に事を荒立ててしまうとは・・・・。どうすればよかったのだろう・・・・?落胆に心が支配されそうになったが、落ち込んでいるわけにもいかない。

「貴様!!風読みだろう!!??どこかで見たことがあると思ったらあの罪人の息子ではないか!!??親も親なら子も子か・・・・」

後ろから投げかけられた心無い言葉に、しんしんと冷え切っていた頭に、かあっ、と血が上る。視線を向けるとそこには、ぎらぎらと脂ぎったまん丸の顔ににたにたと意地の悪い笑みを浮かべた、男が座っている。

すっ、と思わずそちらに向かって足が自然と前に出たが、その行く先を阻むように、剣を構えた男が斬りかかってきた。

その剣を、身をねじって躱したが、命の危険を感じて、ようやく頭が、心が落ち着いてきた。

―――まずい・・・!!こちらは無手!!その上・・・・!!

いかに肥え太っていようと、もとは武官だったのだろう。その剣の冴えは、侮れない物があった。

一歩、鋭い踏み込みと同時に、喉元めがけて、風を切り裂く突きが放たれる。

身体を後ろに飛ばし、剣の間合いから何とか逃れたが、その私の影を踏むように、胴薙ぎが続く。

―――危ない!!横に躱していたら、今頃切り裂かれていた・・・。

流石に武官だけある。いや、将軍か?ここにいると言うことは、ただの武官では決してあり得ないだろう。

息もつかせぬ連撃に思わず、心臓がヒヤッ、とするが、更に、事態は悪化していく。

ばたばたと室外から足音が聞こえてくる。それも複数だ。どうやらここに来る途中で殴り倒して来た衛兵たちが目を覚まし、追いかけてきているようだ。

思っていた以上に回復が早い。腐っても、王の寝所を守る兵と言うことか。

感心している場合ではない。目の前にいる男は剣を構え、そして、後ろからは、武装した兵士が襲来する。およそ逃げ場のない、最悪の状況。向こうもそう思ったのだろう。にやりと人の悪い笑みを浮かべ、こう告げられた。

「さて?どうするつもりかな?およそ逃げ場などない。いい加減に諦めろ!!」

だが、私とて命が惜しい。それは、個人的な理由ではなく、単純に王に直訴しても無駄だと分かれば、あとはもう民衆に伝えるしかない。直接に・・・・。だからこそ、ここで落とす命など、くれてやる命など一切持ち合わせていないのだ!!

室内に駆け込んできた衛兵たちは、剣を構え、私の背中に突き込んでくるが、王が「生かして捕縛せよ!!」と叫ぶ声と、側近たちが「殺してしまえ!!」と喚く言葉と、そして、兵たちの躊躇いが一瞬重なる。

それを逃す私ではない。

くるりと振り返り様、体の回転によって勢いを増した裏拳を真後ろの兵に叩き付ける。

思い切り吹き飛んだ兵と、それを目で追う仲間。

一瞬視線が離れた瞬間を見計らって、低く、地面すれすれまで身を落とし、目標を見失って戸惑う兵めがけて下から痛烈な当て身を鳩尾めがけて食らわせる。

室外に吹き飛ばした彼が手に持っていた剣を拾い、斬りかかって来ていた最後の兵士の剣を掬い上げ、巻き上げるように打ち合わせると、剣はその手を離れて、前方に吹き飛んでいく。

がらん、がらん。

剣が地面に落ちる音を背に、峰で思い切り唖然と立ち尽くす兵士の頭を殴りつけ昏倒させる。


「・・・・!!貴様文官のくせに剣を使えるとは・・・!!!」


どこか悔しそうな背後のうめき声を無視し、宮中から走り去る。


―――早く!!早く街の皆に伝えねば・・・!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ