風読四
あの日から、二年が過ぎ、私たちは最終学年になった時の話だ。
突然、レグルスが、質問してくる。
「なあ・・・。ラサラス・・・。お前は、この学校を卒業したら一体どうするんだ?」
私たちは、十五の年になると、学校を卒業し、晴れて成人とみなされる。
そして、成人したとみなされると、その後の身の振り方は、いくつかある。
まず、最も身近なのが、貴族学校なので、全員が貴族なのだが、先祖代々の土地や領地を持っている貴族は自領に戻って両親の跡を継ぎ、領主となる。
しかし、長男ではない人間、そして、領地が無い人間には、別の生き方が求められる。
それは、宮中に仕官することだ。
勿論、全員が全員できるわけではなく、成績によって、士官先も決まるし、何より、一定以上の成績を残していない人間には、士官の話は出てこない。
そう言った底辺の者たちが、必死に親しい知人や、友人の領地に己を売り込みに行っているのを最近見かけるようになったが、ひどく寂しい気持ちになる。
そんなことよりも今は、レグルスの質問だ。今更どうしたと言うのか?
「なんだ急に?私は、しがない子爵の一人息子でしかない。それも領地を持たない、貴族の、な。となれば、宮中に仕官するしかないだろう?父と同じく、風読みになるつもりだ」
「そうか・・・・」
一体どうしたと言うのだろうか?
「そもそも、風読みの機関から、私に推薦が届いたと言っただろう?」
「そうだったな・・・・」
「どうしたんだ?」
随分と浮かない顔をしている。
「いや・・・。なに・・・・」
その上歯切れも悪い。
「本当にどうしたんだ?」
「いや・・・・。俺は元から領地に戻って父の手伝いをしながら次期領主になろうと思っていたんだが・・・・。国軍から誘いがあってな・・・・」
国軍からとは・・・・驚きだ。よほど、武術の成績が良かったのだろう。
「そりゃすごい!!とは言っても、お前は長男で、伯爵なんだから、領地を継ぐのだろう?悩む必要があるのか?」
「いや・・・実はどうしようか悩んでいるんだ・・・。お前が宮中に行くなら、俺も、と思わなくもないんだ・・・・」
それは・・・・とても嬉しいことだ。それでも・・・、もし国を思うなら、決していいことではない。
「それは・・・。そう言ってもらうのは、嬉しいが・・・・」
どうやって伝えようか?と思ったが、そのことはレグルスも分かっていたようだ。手で制せられる。
「ああ・・・。分かっている・・・・。勿論分かっているから皆まで言うな。ただ、そう言う誘いがあって、少し考えることもあったから、気が迷っただけだ。何が最善かくらい、俺にだってわかっているさ」
「そうか。それならよかった・・・」
私たちの道はここで違えてしまう。それでも、この国にいて、同じく立場のある貴族なのだから、永遠の別れと言うことは決してない。
それでも・・・・。それでも、この私でさえ、ようやく見つけることができた、唯一無二の親友と離れ離れにならなければならないのかと思うと、どうにも寂しさが出てきてしまう。
そして、それはレグルスも同じなのだろう。いや、もしかしたら、私が同意していたら・・・。いや、いやいや!!レグルスはそんな男ではない。
道は違えど志は同じ。互いにこの国のために、この国を支えて行く、と言うことは、決して変わらないことなのだ。
「そう言えば聞いたか?今代の王が、昨夜亡くなったらしいぞ?」
言わずにはいられなかったのか、国内でも数少ない人しか知らない話を、切り出してきた。私が知っていたから良かったものの、もし私が知らない立場の人間だったらどうするつもりなのだろう?どうにも直情的な部分があるせいで、不安になってくる。
だが、ここでそれを言うのも無粋だろう。
「ああ、聞いている・・・。ひどく残念な話だ・・・」
民の中には、今代の王をあまりぱっとしない、平凡な王だと言う声があるが、私たちはそうは思わない。
とても人徳があって、思慮深く、何より、情に厚いお方だった。
取り分け、税をとても安くしたのは、彼王の最も優秀な政策の一つだったと私は信じている。勿論、宮中には反対意見は多くあったが、それでも王は断行し、予測通り、国内の経済は活発になった。
消費が増え、それによって仕事が増え、そして、収入が増えたことによって、民の購買意欲が刺激される。
実際に、南の大陸では、税をほとんどなくしてしまった国もあり、ある程度の成功を収めている、と聞く。勿論、極端な政策は、同時に危険も付きまとうが、それでも、今回は、成功をした。
そして、私も、父も、今代の王を、賢王だと評価していた。だからこそ、彼王の死は、とても悲しい物がある。
何より、同時に不安もある。今代の王が、唯一失敗したことは、子育てだと、細々と噂されている。
宮中でまことしやかに語られる話の中には、思わず目を背けたくなるような、話も聞く。
どうにも、公爵家から娶った奥方が、ひどく勘気で、その上、自分の息子を溺愛してやまない、と聞く。
それを助長しているのが、今代の王が、街で昔に見初めた娘のせいだと聞く。その娘と寄り添うために、王太子の地位すら捨てようとしたところを無理やり前王に別れさせられ、彼に好意を寄せていた公爵家の娘を迎え入れた。そのせいで、王は、決して奥方に心を開かず、そして、奥方も、ついには、王を見限って好き放題している、と言う噂だ。
まあ、本当のところはどうか分からない。
もしかしたら、全くの作り話かもしれないし、そうじゃないかもしれない。
―――それでも一抹の不安をぬぐえずにいた。だからこそ、レグルスはこんなことを言い出したのかもしれない。
「まあ、聡いお前のことだ。宮中に入ったら、うまくやるだろうし、国もよくなっていくのだろうな・・・。もし、次王が道を踏み外しそうになったら、諫めて差し上げるんだぞ?」
余りにも真剣に言う物だから、思わず笑ってしまった。
「何を馬鹿なことを言っているんだか・・・・。私程度の男が諫められるわけがないだろう?私はただの風読みだぞ?」
しかし、レグルスはいたってまじめだ。
「お前こそ何を言っているのだ?そもそも風読み自体、国内で四十人程度しかなることができない、最も優れた機関である上に、お前なら、絶対に筆頭になることができるに決まっているだろう?」
――――何を根拠に・・・・?と笑い飛ばそうとしたが、レグルスの表情を見て、止めた。
「なぜなら、お前には、優秀な、それこそ、誰にも負けない頭脳だけでなく、この俺さえ脅かすほどの武があるだろう?」
その通りだ。確かに、私は、この貴族学校でも、レグルスには一歩及ばないまでも、ついには他の者達には決して負けないほど、強くなることができたのだった。
それは、レグルスと一緒にいることができた、と言うことが一番大きいだろう。
何より、彼は、少し、いや、とてもではないが、普通ではない。その努力も、そして才能も・・・・。
恐らく、大人の国軍兵士たちと渡り合っても遜色ないほどの腕を、今時点で持っているだろう。それは疑いのない事実だ。
そして、そのことを誇るでもなく、鼻にかけるでもなく、ただ、愚直にさらに上を目指そうと日々努力を怠らないのだから、敵うはずがない・・・。
「そうは言うが、ついぞお前には勝てなかったぞ・・・?」
「はは!!違いない!!だが、果たして、国軍でもない、宮中の文官共に、お前と一合でも渡り合うことができる者がいるのか?」
「さてな?実際にいるかもしれんだろう?私だって、自分が一番強いとうぬぼれるつもりはないさ」
「そうだな・・・・」
それでも薄く笑うレグルスは、そんなわけないだろう?と言う表情をしていたが、それ以上何かを言うことはなかった。
温かい日差しが差し込む午後のことだ。
私たちは、衣服が汚れるのもいとわずゆっくりと土の地面に寝そべって木陰から、春の日差し差し込む天上を見上げていた。
空はどこまでも高く。どこまでも蒼く。まるで海のように、広がっていく。
「まさか・・・・。本当に見られるとはなあ・・・・・」
眠いのだろうか?隣に寝そべっていたレグルスはぼそりと呟く。
ゆっくりと伸ばした手は、まるで何かを掴むように。天に掲げられていた。葉の間から差し込む光を遮るように・・・・。いや、ぽつぽつと咲き誇った大輪の紅花を摘もうとするかのように・・・・。
ぽつりと寂寥感が胸に去来して、我知らず、そっと涙を流す。
生まれて初めて、誰かを思って流した涙だった。




