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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
奴隷時代
18/681

戦争三

旅の道中は、最低限の食事が給されるが、それで満足できない場合には、狩猟が認められている。

班別に、天幕を張ったり、警戒の物見の任をこなしたり、それ以外には基本的に自由な行動が認められているため、僕らの班もアイクが獲物をとってきて皆で分けながら食べる。

そうして皆で寄り集まって魔物や魔獣の襲来を警戒しながら、火を熾し、狩猟から帰ってきたものを労う者、獲物を調理しながら話をする者、川辺で、汗でぬれた衣服を洗濯する者、皆それぞれに思い思いのことをしていた。

それに気づいたのはいったい誰が最初だったか。それは過ぎてしまっては分からない。しかし、僕らの班でそれに気付いたのはアイクが一番先だった。

「おい、あれはまさか・・・」

その視線の先を見やると、年若い奴隷達、四、五人が固まって森の中に入って行くのが見えた。

それは平素であれば何の問題もない行動。いや、この時間でなければ見落としてしまうような、そんなどうでもいい日常の出来事。

この、ほぼ日の沈み切った時間帯の、それも、「暗黒森林」内部に踏み込んでいくような行動でなければ。それは、はたから見ても異質な行動だった。いや、ほぼ自殺行為だ。何より目を引いたのが、彼らは手荷物をほとんど置き、武器も最小限に、衣服も着の身着のまま、身軽に、そう、あまりにも身軽に、ぽっかりと口を開けた、暗い森林の中に、まるで逃げるように足早に駆け込んで行った。

「あいつら・・・」

その言葉を皮切りにみんなが彼らを見つめる。

それは牽引役として同行していた帝国兵士たちの目も引いてしまった。

「おい!お前ら止まれ!」

「待て!」

帝国兵たちからの怒号が飛び交う中、僕らはどうなることかとかたずをのんで見守っていた。

しかし、その横で、まるでこの後の結果など分かり切っているとでもいうように、アイクが、「バカが・・・」と吐き捨て、リックが「誰か止めろ!」と怒鳴った。

そしてただ茫然と見つめるこしかできない僕は、はるか遠くに消えていこうとしていたその奴隷たちの背中がびくりと震えたのを、最初、何が起こったのかわからずに呆然と見つめていることしかできなかった。

ここからでは僕には何が起こっているのか全く分からなかった。ただし、彼らは皆もつれるように地面に転がると、そこばたばたと地面を転がるように動き回っていたが、数秒後にはぴたりと止まってしまった。

追いすがろうとしていた帝国兵士たちの歩みが非常に緩慢なものに変わっていく。

そして、遠くに転がっている彼らを拾い上げると、まるで物のように、抵抗もなくそのままずるずると引きずったまま僕らのもとに持ってきた。

死んでいた―――。

彼らの表情は苦痛に彩られ、目が充血し、全身をこわばらせたまま死んでいた。

「どうやらこいつらは逃亡を図ったようだ」

あまりにも唐突な出来事に呆然とする僕らに、引きずってきた死体を晒しながら兵士たちは口々に責め立てる。

「馬鹿な奴らだ。レイモンド様が貴様らの逃亡の可能性を事前に計算していないはずがないだろう?」

「もうこんな愚かな考えを持った奴が出てこないように忠告してやる。貴様らに課された使命は、戦争に参加すること、命を賭してこの戦争を勝利に導くこと、以上だ。これを破った者にはこいつらのように死をもって制裁が下るだろうよ」

笑いながら彼らはその死体を近くのたき火の中に放り込んだ。

そのたき火を囲んでいた奴隷たちがわっと驚き、阻もうとするが、時すでに遅く、五人分の死体はあっという間にたき火にくべられてしまう。

「さっさとそいつらを片付けるんだな」

そう言って帝国兵士たちは自らに与えられたテントに戻っていった。

あたりにはうすら寒い沈黙が漂っている。

投げ込まれた死体を燃やすほど火力のないたき火は今にも燃え尽きてしまいそうなほど弱々しく、時折ぱちぱちと火が爆ぜる音があたりにむなしく響き渡る。

「こいつらの死体を燃やしてしまおう」

誰が言い出したのかわからないが、みんなで材木をくみ上げると、大きな焚火を作り上げ、その中心に彼ら五人の死体を並べ、燃やした。

そのごうごうと燃え盛る火は明るく野営地を照らし、夜遅くまで、消えることなく、周囲を囲む人々のうつむく顔を照らしていた。

誰も一言も発しない。死んでしまった奴隷たちが燃え尽き骨になってしまっても誰とはなくその場を後にし、暗く沈みこんだまま、皆その日は眠りに落ちていった。

翌日になっても僕たちは皆一様に黙り込んだままだ。

皆、まるで遠慮するかのように小声でぼそぼそと話をしている。話の内容もどうしても必要なことだけを最低限の会話でしているようだ。事実僕らの班にもこれといった会話はない。恐らく、昨日のことに輪をかけて、ここまで六日かけて行程をこなしているため、疲労感と、もう少しで着いてしまうという不安感が僕らの口を重くしているのかもしれない。

なだらかな丘陵地帯を歩いている時、前を歩くリックがこちらを振り向くと、僕と兄に向かってにこりと笑いかけてきた。

何かあったのかと不思議に思うと、少し回りより小高くなった丘を登りながら前方を指さす。

「もうすぐ見えてくるぞ」

その先には、遠目にも横に、横に、どこまでも広大に広がる山脈が見えてきた。

東西に連なるように伸びた山脈は、夕日を浴びて少し赤銅色に鈍く輝いて見える。

「うわーすげえ・・・」

兄が隣でぼうっとしたようにつぶやく。

「どこまで続いているんだろうね」

東西に続く山脈は、西に、東に、果てもなく広がっており、視界の先で途切れることなくのびるその雄大さは、この世界の広さをあまりにも容易く僕らに見せつける。

「ここまで来たらもう戦地まではすぐそこだ」

そうリックは言うが、ここから戦地は見えない。

必死で目を凝らす僕と兄に少し笑いながら、「あと一日ほど進んだ先にあるんだ、ここから見えるはずがないさ」と言う。

どうも明日の昼近いころにはこれから赴く戦場が見えてくるそうだ。

こうして、僕らは六日目の夜を迎えた。恐らく明日にはほぼ戦地につくという不安感、緊張感が僕ら全員に重くのしかかり、中には暗い表情で泣き出してしまう人たちもいた。

僕も不安でたまらなかった。こういう時に僕の隣で僕を勇気づけてくれる兄が先ほどからずいぶんと硬い表情をしている。

流石の兄も今回ばかりは緊張や不安があるのだろう。いつもと変わり映えしない様子なのはリックとアイクである。

リックは相変わらず他の奴隷仲間のところに赴き真剣に何か話し合いをしている。アイクは普段通り、自らの装備品を確認している。

すると、急に兄が、思いつめた表情をし、何かを決意したのだろう、パンと膝を叩く。

その音は静まり返ったその場に思いのほか響き渡る。

少なくない人数の人々がこちらを振り返った。

すると、兄は、大きくため息をつくように「はあーーー!」と頭を掻きむしりながら急に立ち上がった。

おもむろに皆の方向に顔を向けると、一言、「暗いよ!」と言葉を発する。

それは静まり返った野営地の端から端まで響き渡りる。

僕らは最初、何を言われたのかわからずきょとんとしてしまう。

もはやこちらを見ていない人のほうが少ないのではないかと思うほどに皆兄の様子を見つめている。

「暗い!暗すぎるよ!確かに俺たちは今から戦争に向かう!これはもうどうしようもないことだ!もしかしたら命を落としてしまうかもしれない!もしかしたら大怪我を負ってしまうかもしれない!でも、それがどうした?結局俺たちに残された道は戦争に参戦して、生き残る!それだけじゃないのか?」

皆ぽかんとして兄を見つめていたが、兄が話をするたびに周りから失笑が漏れてきた。

兄よりも一回り程大柄な男性が、近づいてきた。触れれば届くような距離まで近づくとその男は威圧するように兄を見下ろしたまま、軽蔑の表情を浮かべ冷たく吐き捨てるように告げる。

「それがどうした?だと?それがあまりにも理不尽で、皆嫌気がさしているからこうして落ち込んでいるんじゃねえのかよ?」

「そうだ!そうだ!」

周りの人々からも彼を援護する声が飛び交う。しかし、兄はそんな様子に一歩もひるむことなく、見上げたままだ。

「お前戦争に参戦するのは初めてなんだろう?ここにいる人間の中で、戦争を経験したことのある人間はごまんといる。飛び交う怒号、耳元で鳴り響く剣撃の音、肉と肉がぶつかり合うぐしゃりとした感触、火に焼かれる人間の肉の何とも言えない匂い、死体の腐敗臭、そしてそこに集る羽虫・・・。死と隣り合わせのあの空間で!常に飛んでくる矢や魔法に気を付けながら、神経をすり減らし、戦うあの気持ちを知りもしない小僧が何を知った口をきいている!」

ついにその男は兄を見下ろしながら怒鳴り声をあげる。

先ほどから告げられる男の言葉に何人の奴隷がびくりと体を震わせていることだろう。その凄惨さは僕には想像もつかない。しかし、その話に嘘偽りがないことはみんなの反応を見ていればはっきりと理解できてしまうことであった。

「そうだな、あなたの言うように俺は何も知らない」

ゆっくりと答える兄に今にも掴みかからんばかりの勢いで男はさらに怒鳴り声をあげる。

「何も知らん小僧がでしゃばるな!少し強い魔獣を一人で倒すことができたくらいで、調子に乗るんじゃない若造!ただのラッキーボーイ風情が、今度も自分だけは助かると思っているのなら図に乗らないことだ!人の命など儚く散ると弁えろ!」

「そんなことは知っているよ」

「いいや!貴様は何も知らん!だとすれば先ほどのような「それだけ」など口が裂けてもこの場で言えるものではない!」

兄は一つ詰めていた息を吐くと、尋ねた。

「なあ、おじさん、名前は?」

「セルバだ」

「セルバさん。俺は、俺と弟のシリウスは何も知らない。この世界のことはほとんど何も知らない。戦争の苛烈さも、恐ろしさも、あの山脈がどこまで続いているのかも、これから戦争する敵の国がどうして「ミラストーン」て呼ばれているのかも・・・。何も知らない」

その絞り出すような言葉にあたりから失笑が漏れる。

「でもこれだけは知っている!僕らはもはや人ではない!物だ!レイモンド、ひいては帝国の、物だ!そのレイモンドが出立前に僕らに声をかけた。皆だって覚えているだろう?『此度の戦争に参戦し、死力を尽くして帝国に勝利をもたらせ』って。これは『命令』だよな?」

「だから何だ?」

「もう俺たちに残された道は、死力を尽くして戦争に勝つしかないってことだよ!でなければ俺たちは『命令』の効力により命を落とすかもしれない!」

その言葉に今まで気づかなかった僕も含め多くの奴隷がはっと身を強張らせる。

そうだ、確かに言われるまで気付かなかったが、どこかで魔力を持つ力のある『命令』をされたか、僕らは今の今までそのことが頭から抜け落ちていた。しかし、『命令』がなければ逃げ出した奴隷たちが命を落とすことは決してなかっただろう。

「ふん!」

目の前に立つセルバはどうやら気付いていたようで、兄を見る眼差しに少し驚きが窺える。

「それに、どうせ負けたら帝国兵士が逃げる時間を作るための捨て駒にされるんだろう?だったら勝っても負けてもやることは変わらないさ!生き残る!それだけだろう?」

そう言い切る兄はもうすでにセルバに対して、だけでなく皆に向かってその言葉を届けようと必死に言葉を絞り出している。

「生き残る、だと?笑わせてくれる。お前にそれができると?」

「やってやるさ!だって僕はあまりにも多くのことを知らない!この世界をもっと知りたいんだ!もっと見て回りたいんだ!」

「奴隷は一生奴隷のままだ!逃げようとすれば先日のように死ぬだけだ」

「どうしてそう言い切れるの?」

「ふん!今まで奴隷身分から解放された人間など見たこともない!」

「でも、剣闘士として身を立てて軍部に仕官した人間もいるんでしょ?」

「過ぎた力は恐怖を招く。とどのつまり俺たちはどこまで行っても奴隷のままだってことだ」

「でも、自分でお金を稼ぐことができれば、自分を買うことができるかもしれない」

「力を持った俺たち奴隷など解放されるものか!帝国に対し恨みを抱いているかもしれない・・・、憎しみを持っているかもしれない・・・、そんな奴隷が力を持ちすぎれば、金で我が身の自由を贖おうとすれば、どうなるかなど火を見るよりも明らかだ!」

「でも、俺はあきらめないよ」

そう言い切る兄の目はどこまでも澄んでいて、ともすれば思わず見とれてしまうほどだった。

その瞳に見つめられ、逆にセルバのほうがわずかに身じろぎする。

「ふん!『三ッ目の鬼鹿、額の単眼射貫くはケイオースでも難し』・・・せいぜい頑張ることだな」

そう言って付き合いきれないとばかりに立ち去ろうとするセルバを兄は呼び止める。

「鬼鹿?単眼?ケイオース?何それ?」

「『三ッ目の鬼鹿、額の単眼射貫くはケイオースでも難し』だ!俺の故郷の言葉で、実際に行動することは非常に難しいということを指す故事だ」

「へえーーー!すごいな!」

目をキラキラ輝かせた兄は、掴みかからんばかりの勢いでセルバに詰め寄る。

「かっこいい!三ッ目の鬼鹿?て何?」

「魔物のことだ。俺の地元で神のようにあがめられる伝説の魔物だ。実際に存在するところを見たことがある人間はいない。だが、いると噂されている」

「ケイオースっていうのは?人の名前?」

「そうだ!誰もが憧れる弓の名手だ!」

「なんで見たこともない魔物の額?の単眼?を射貫くのが難しいの?」

「ケイオースが死の間際、実際に見たと言い残している。これについては多くを語らなかったから遭遇するのすら困難であり、いざ、行動に移しても霞のように定かではないことから、非常に困難なことを成そうとする者に対して言う言葉だ」

「へえ!物知りだな!じゃあさ、今から向かう国がなんで「ミラストーン」て呼ばれているかも知ってるの?」

「ああ、それは・・・」

少し気押された様子のセルバが口を開くよりも早く、川辺に座ったままこちらを見つめていた横幅が広い筋骨隆々の、しかし、兄とそんなに背丈が変わらない男が口を挟む。

「ミラストーンっていうのは鉱石の名前だよ!王侯貴族の間で流行している、磨き上げることで自らの姿かたちを映すことができる鉱石のことだ。祭事なんかでも使われるから、教会関係者にも重用されているな」

兄は興奮で瞳を輝かせたまま、彼に近づいていく。

「すごいな!そんな物がこの世にはあるのか!自分の姿を映すことができるって!それは魔法か何かなのか?」

思い切り顔を近づけられたせいか、男は上体を後ろに引きながら答える。

「いや、そういう性質の鉱石だ。火を入れて溶かすことで何種類かの石に分かれる。一つ目はガラスっていうもので、透明な石でキラキラ輝いているんだよ。これも身分の高い人間が好んで食器に使用したり、身を飾るアクセサリーにしたりしている」

「透明できらきらしているって・・・雨みたいなものか?」

「ああ、まあ、そんな感じだ・・・かな?」

「でも透明なら見えなくて困るんじゃないか?貴族なんかが食器として使うってことは、貴族の食卓はまるで空中に浮いているようにスープやパンなんかが置いてあるってことか?」

兄のその言葉に、「ガラス」というものを知っている奴隷たちの間で失笑が漏れる。

「いや、透明って言ったが色がついていないだけで・・・。わりかし見えるというか・・・。ああ、もう!説明しづらいんだよ!」

「ふーん。でもそれってなんだか食べづらくないか?木の器でよくない?」

「ああ、リオンお前の言う通り俺たちは木の器さえあればなんてことはないさ!」

遠くのほうから今まさにそこらへんに落ちている葉っぱの上に肉を置いて食べようとしている奴隷から茶化すように野次が飛ぶ。

「お前の手元にそんな上等なもんないだろうが!」

別の奴隷からはやし立てるような野次が飛び、その場が笑いに包まれる。

「それに透明で見えない「ガラス」を首とか手とかに飾って何の意味があるんだ?」

「いや、だから見えるって言ってんだろ・・・」

「あ!「ガラス」自体に防御力があって、それを、急所を守るようにアクセサリーにすることで不意の事故から身を守るってことか!」

おお!わが兄ながらすごい推理力だ。僕もなるほどと思ってしまったが、さらに場が笑いに包まれたことで絶対に違うということが分かってしまった。

「だから!ガラスは濁ったような透明だから見えるっつうの!そんで!ガラスは簡単に壊れるわ!」

「よく分かんないな」

兄のあっけからんとした言葉に多くの奴隷たちの体から力が抜けていく。同時に緊張も抜けてきたようだ。

兄は目を、すうっ、と閉じると、皆のほうに体を向け、拳をぎゅっと握りながら、訴えかけるように一言、一言確かに問いかける。

「ここにいるみんなの中で『海』を見たことがあるやつはいるか?そこは水が果てもなく広がる広大な土地だという」

その問いに約半分ほどの奴隷がうなずく。

「ここにいるみんなの中に『火山』を見たことがあるやつは?轟く地の鳴動、吹き上がる真っ赤に染まった灼熱の溶岩。ごつごつとした岩肌」

やはり半数ほどの奴隷が知った顔をする。

「ここにいるみんなの中で『雪』を見たことがあるやつは?非常に冷たく、非常に繊細で、手に触れるとほろほろと溶け出してしまうそうだ。儚くしんしんと降り積もる」

今度の問いにうなずく奴隷は数えるほどしかいない。

「ここにいるみんなの中で『砂漠』を見たことがあるやつは?一面に広がる見渡す限りの砂。植物はほとんどなく、照り付ける太陽が砂を灼く。人も生き物も等しく水を求め彷徨う・・・。そんな場所だと聞く」

その問いに応える奴隷はもはや数えるほどしかいない。

かっ、と目を見開いた兄は静まり返ったその場に響く朗々とした明るい声で告げる。

「俺は見たことがない!今まで森と、剣闘場と、スパーダの街以外ほとんど見たことがない!みんなからこうして話を聞くだけだ!みんなその情景を伝えようと必死に言葉を紡いでくれるが、僕はそれで満足できない!見てみたい!みんなは見てみたくはないの?」

両手を目いっぱいに広げ訴えかける兄の真剣な様子に気おされるように、皆一様に黙り込む。いや、多くの奴隷は先ほど兄が語った景色に思いはせるように遠くを見つめている。それは郷愁か憧れか・・・。僕にはわからない。

ぽつりと僕の近くで弓の弦を見つめるアイクがつぶやく。

「『雪』はそこに住む人々にとってそんなに嬉しいものではない。雪に閉ざされた人里は、食料と薪の備蓄がなければ厳しい寒さを乗り切ることができない。底冷えするように深々と降り積もる雪は、人の命を容易く奪い去ってしまう。ただ・・・」

「ただ?」

思わず僕は聞き返してしまった。

「ただ、雪に閉ざされた一面白銀の世界は本当に美しい・・・。誰もが口では文句を言いながら、雪に閉ざされ、家族みんなで体を寄せ合い過ごす冬が・・・俺は好きだったな」

その言葉に今まで沈黙を貫いていた奴隷たちが一気に騒ぎ出した。

「海ってのはなんだよ?」

「雪の積もる一面白銀の景色か・・・見てみたいな・・・」

「火山が見たいっていうのなら見れるかもしれねえな。「レッドストーン」山脈は火山で有名だからな!」

「ええ!そうなの?」

「砂漠なんてのはな、また聞きだけど行くもんじゃねえよ!昼間は暑くて死ぬほど辛いし、夜は寒くて凍え死ぬんじゃねえかとよ」

「へえー。砂漠と雪ってどっちが寒いの?」

「俺が知るかよ!」

皆活発に話し合っている。その中心に兄がいる。その光景になぜだか胸が熱くなってきた。

「すげえな」

ぽつりとつぶやく声に目を向けると、呆然と立ち尽くすセルバがいた。

兄が近くに寄ってくる。

「なあセルバ。あんたはどこの出身なんだ?」

その言葉に一瞬苦い顔をしたが、仕方ないというように肩をすくめると、教えてくれた。

「「暗黒森林」の境界の国。今はもうすでに帝国に侵略され、なくなってしまった国だ」

「へえ!じゃあもしかしてセルバも俺と同じように森と剣闘場とスパーダの街しか知らなかったりするの?」

「ふん!海辺の街だから海くらいは知っているさ!」

「羨ましいな!あ、でも、もしかしてさっき話した「三ッ目の鬼鹿」ってもしかして「暗黒森林」の魔物のこと?」

「ああ、そうだよ」

「ふーん?見たことも聞いたこともないな・・・」

「お前らが「暗黒森林」から連れてこられたのはまだ十歳くらいの頃だろう?それだとまだ分からんだろうさ」

「ふーん・・・。あ、じゃあ海について教えてよ!」

瞳をキラキラさせながら無邪気に騒ぐ兄は普段の大人びた様子とは異なり、年相応に見える。なんだかそんな些細なことに安堵してしまう僕は、更けていく最後の夜をみんなと楽しく語り合いながら過ごしていった。


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