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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
群雄時代
178/681

風読一

(シリウス)

ばん!!


木でできた円卓を思いきり両手で叩き付けると、勢いよく立ち上がったラサラスは、普段とは違ってひどく真剣な顔つきをしている。


―――何が始まるんだろう・・・・?


どきどきする僕とは裏腹に、ここに集められた、他の三人の男たち、右から順に、レグルス、アイク、スバルは、どこか呆れたような表情をしている。

「おい。あんまり強く叩くと壊れるぞ?」

これから何が始めるかを知っているんだろう、レグルスは、だらけきった態度で、注意をする。

「君のように馬鹿力が取り柄ではないんでね。そんなことにはならないさ」

それでもラサラスはどこ吹く風だ。

「もしかして・・・・。まだ諦めてないのか・・・?」

アイクがぼそりと、隣に座っていたスバルに尋ねると、スバルは、少し気まずそうに苦笑いを浮かべる。

「ははは・・・・。諦めないだろうね・・・・。まあ真剣なんだろうから・・・・僕もあんまり止めづらくてさ・・・・」

「ああ・・・。冗談じゃないんだ?」

するとそのアイクの言葉を聞きとがめたのか、ラサラスは、びしり!と音がするほどの勢いで二人を指さす。

「私が伊達や酔狂で追いかけているとでも思っているのか!!こっちは真剣なんだよ!!」

―――何を追いかけているのだろう?魔物・・・・とかかな・・・?

「はいはい・・・。分かったから少し静かにしろよ」

レグルスは、もう興味を失ったのだろう、相槌が随分とおざなりだ。

「いいや!!!ちっとも!!ちっとも分かっていない!!!!君たちにはどうして分からない!!??伝わらないんだ!!!??」

もどかしそうに胸をかきむしるラサラスは、どこか芝居がかっていて、もしかしたらその態度が一層、冗談っぽく見えてしまうのかもしれない。

「あのー・・・・・。何を今から話すの・・・・?」

おずおずと切り出した僕の顔に、ずいっ、と顔を近づけてきて、それこそ鼻息がかかるんじゃないか?と言う距離で、ラサラスは、瞬き一つせずに、答える。

「緊急会議だ」

―――だから、何の!?

「ここに第一回、ガルガロスの精鋭を交えた、緊急会議を開催する!!!!」

―――だから・・・何の・・・・?


時は少し遡る。

僕らは、ドネア王国の海軍船を撃破し、撤退させたのち、港に戻ってくると、港で総指揮をとっていたレグルスが恭しく迎えてくれた。

民は、皆、港まで出てきて、もしくは、僕らが、いや、王が通る街の街路にあふれるほど人波を作り、歓迎をしてくれる。

陽気な街の人々は、踊り、歌い、騒ぎ、どこを見渡しても、この街に、国に暮らす人々は、サニア王のことをとても尊敬していることが分かる。

いい意味で街の人々と距離が近く、中には昔からの顔なじみだろうか?気安く言葉を交わす者までいた。

―――なんだか、いいな・・・。

とてもいい国だと思った。そして、今のこの国の中には、どこにも、シャウラの話に聞いた、サニア王の兄王たちの影すらない。

それがひどく不思議で、かといって、こちらから問いただすようなことも失礼だと思うので、今はただ、人波であふれる歓迎ムード一色の大通りを、王城に向かって帰還する。


王城に着いて、ようやく肩の荷が下りたのだろう。サニア王は、簡単に不在の間の政務状況を家臣たちに問いただすと、すぐに奥の私室に引っ込んでしまう。

そこに付き従うのは、ヌルと数人の女官のみで、誰もついて行くことはできない。


どうやら、ドネア王国の海軍船は、半刻(一時間)ほど前に港に姿を現したようで、ラサラスの言う通り、早く、早くと先を急いでいたために、救援が間に合ったようだ。

まあ、レグルスに言わせれば、仮に二人が戻ってきていなくとも、もっと時間を稼ぐことはできただろうし、なんなら敵を殲滅していた、とのことだ。

それができたのかどうかは僕には分からなかったが、それでも、半刻を闘って、負傷者は数人。それも軽傷の者しかいなく、死者はいない、と聞いたので、もしかしたら、本当に叶ったのかもしれない。


サニア王が、奥に引っ込んでしまったので、必然僕達にも空き時間ができてしまった。

何をしようかな?王城でも散策しようかな?と思っていたら、がっ!と急に腕を掴まれて、誰だ!?と思って振り返れば、そこには尋常ではない様子のラサラスがいて、庭に広がる四阿に連行され、今に至る。


しかし、どうしてここには男たちしかいないのだろうか?

「議長―・・・・。何でもいいから、早く議題を話して終わりにしようよ」

相変わらずだらけきった様子のレグルスが、もはやラサラスを見ることもなく促す。見ると、自分の爪を気にしていて、最近伸びてきたなー・・・・。切らなきゃ、みたいな間延びした顔をしている。

「・・・・できれば、今回は姉ちゃんの議題じゃないといいなー・・・」

スバルはそう独りごちるが、シャウラがいったいどんな関係をしているのだろうか?

「それは!!!無理だ!!!だって!!!だって!!!あんなにも美しいんだから!!」

―――え・・・?本当にいったい何の会議なんだ・・・・?

困惑する僕を指さし、ラサラスは大仰にため息をつく。

「・・・・はあ・・・・。約一名、分かっていない方もいるようですし・・・・。今回の議題を説明しましょう!!」

―――なんで僕が悪いみたいな空気になったのだろう?僕とラサラス以外の三人が、面倒くさい・・・、聞くなよ・・・・、みたいな顔をして僕を見るのも腑に落ちない。

「・・・どうしてシャウラ嬢あんなにも美しいのか!!!??・・・そして・・・・・!!どうして私はシャウラ嬢にこんなに思いを伝えているのに見向きもされないのか!!!???」


――――え・・・・?そんなことのために・・・・・、僕らは集められたのか・・・・?


見れば三人も随分と白けた顔をしている。


そんな僕らにお構いなく、額に手を当て、やれやれ、といった風情のラサラスは、嘆きに暮れているかのようだ。

「一体どうすればいいものか・・・・。何か意見はあるかな!!?」

すると真っ先に、レグルスが手を挙げる。

「はい。諦める」

「却下!!」

こう言われることを想定していたのだろうか?食い気味で見向きもせずに否定した。

「はい!スバル!!一番身近な家族ともいうべき君から見て、どう思う?」

ついには、手も挙げていないのに、指名を始めてしまった。

当の本人は慣れているのか終始苦笑いだ。

「うーん・・・・。正直姉さんは・・・・・。男の人に好意を向けられるのが嫌なんだと思うんだ・・・・昔色々あったから・・・・」

真面目な話だ。確かに過去のことを聞いていれば、納得できる。単純に男性不振なのかな・・・・?もしくは人間不信・・・・か・・・・?

「無理。却下。他の案は?」

対するラサラスはにべもない。

それでもスバルは本当に優しい。うんうん、唸りながらも口を開いた。

「あとは・・・・・・」


「きゃーーーー!!!ラサラス様――!!!捜しましたよーーー!!!」

「私たちとこのあと夕食ご一緒しませんかーーー!!??」


スバルが何かを言いかけた瞬間、それを遮るように甲高い女性数人の、悲鳴にも似た叫びに遮られてしまう。

ちらりと視線を向ければ、そこにいたのは、見目麗しい女官数名。

王の側付ではないと思うが、どうやらラサラスを見かけて声をかけてきたようだ。

随分と女性からもてるようだ・・・・。なんだか腑に落ちない僕をしり目に、ラサラスは、殊更に笑みを浮かべて手を振る。


「申し訳ない・・・・・。私はこの後王に呼ばれていますので、今日はご一緒できないんですよ・・・・・。本当は仕事なんて置いて美しい姫君と夕食を楽しみたいのですが・・・。また今度、私からお声かけさせてもらいますよー!!」

女官たちは、ひどく残念そうだったが、政務とあればしょうがない、と諦めたのか、すごすごと引き下がって行った。

「で?何か言いかけてた?」

「うん。そう言うところを直した方がいいよ」

きょとんとするラサラスに、当然と言った表情の僕らは、逆になぜ分からないのか不思議に思ってしまう。いつもこうなのだろうか?

「え・・・?」

「いやいや。あれだけ姉さんに好意を寄せておきながら、他の女官から誘われたときはすぐに呼ばれて行ってしまうでしょ?それも殊更に姉さんの心象を悪くしてると思うよ?」

「いやいやいや。どうしてそれで心象が悪くなるの?だって、ただ、恋人と別れたから相談に乗ってほしい、とか、夕食を食べに行こうって言われてついて行くだけだよ?何も男女の仲にはなってないし、女性男性関係なくそう言われて断る理由ってあるの?」

本当に言っているのだろうか?それとも惚けて行っているのか?分かりづらい。

しかし、レグルスはより呆れたように返す。

「いや、なんで大丈夫だと思っているんだよ・・・・。普通に考えて、そんなの相手には下心があるのは分かりきっているだろう?だって、相談って言って二人きりで、夜の酒場に行って、夜更けまで話を聞いていたんだろう?ましてや、夕食に誘われて、その後も何軒も誘われるままに酒場を回ったんだろう?それで何もないと考える方がおかしい」

「え!?あれって下心があったの!?気付かなかった・・・!!でも!!あんなに私はシャウラ殿のことが好きだと公言しているのに、なんで他の女性は私に言い寄ってくることがあるんだ・・・・?」

この世の難問でも解き明かそうかと言う難しい顔をしているが、そんなに難しいことあるのだろうか・・・?

アイクもため息をついているが、そもそもアイクはどうして事細かに話を知っているのだろうか?

「ねえ?アイクはどうして皆のことを知っていたの?」

「俺か?俺は、昔、ウルの街へ派兵される一年前に、このアストラン王国に、父に連れられてやってきていたんだ・・・・。当時は、帝国の侵攻が激しさを増していたから、その相談を兼ねて、国同士の交流を行おうと思ってな・・・」

と言うことは、恐らくアイクが十四歳の時の話だと思われる。

「その時には、もう皆王の側近だったの・・・?」

「いや。ヌルと言う女性は初めて見たな・・・・。ただ、それ以外は皆本当に有名でな・・・。恐れ多くてなかなか話ができなかったな・・・・」

するとレグルスがそれを聞いて茶化すように割って入ってくる。

「おいおい!嘘を言うなよ嘘を!!お前こそ、当時は神童と呼ばれていて、頭も切れるし、腕も立つし、何より人当たりもいいから、俺たちの方が恐れ戦いていたさ」 

アイクはそれでも、全く笑っていない。

「おい。こいつの話は真に受けるなよ?俺はその時まだ子供で、初めての国外にびくびくしていたんだ・・・・。対してこいつらと来たら・・・・。もう、すごい奴らだったんだからな!!お前も見て、一緒にいて分かるだろう?」

「またまた!!」

レグルスは混ぜっ返すが、アイクは真剣だ。

「でもそれなら、もしかして皆はアイクよりも年上なの?」

「確か、サニア王とシャウラとスバルは、俺よりも三つか四つ上だな。この二人に至っては、俺よりも五つ、六つ上だぞ?」

「そうだった!!お前もっと先輩を敬えよ!!」

レグルスは急に胸を張るが、アイクは一切動じない。

「ほら?こんな感じなんだよ。分かっただろう?」

と言われても・・・・。正直分からない・・・・。どう反応すればいいのだろう?

言い合いを始めてしまった二人を置いて、よく考えてみたけれども、と言うことはレグルスとラサラスはすでに三十を超えていることになる・・・・。

まあ、だから何だと言う話なので、気にしないことにした。

「なんでラサラスはそんなにシャウラのことが好きなのかな・・・?」

「あ!!馬鹿!!」「お前!!」

途端、顔色を変えて僕の口を塞ごうとするレグルスとアイク。

しかし、時すでに遅し、あーあ・・・、と言った表情を浮かべるスバルを横目に、ラサラスは、ばん!!と再び勢いよく円卓を叩くと、身を乗り出して来た。


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