戦争二
それからの日々は皆準備に奔走していった。
与えられた衣服以外に、街に買い出しに行く者、自分たちで狩猟した魔物の毛皮を加工し、防寒着とする者、日用品を買い求めるために、狩猟の成果を売りに行く者。
この三日の間に準備期間と称し、スパーダの町に自由に行き来する許可が与えられた。
しかし、僕らの班はいつもと変わらずに宿舎で訓練を行う。
訓練が一息ついたとき、乱れた息を整えながら兄がリックに問いただす。
「なあ、俺たちは街に行って衣類とか防寒着とか買わなくていいのか?」
「それならアイクが買ってきてくれる」
その言葉に僕と兄は少し気落ちしてしまう。
「ぷっ、なんだ?二人とも?街に行きたいって顔に書いてあるぞ」
僕らの気落ちした様子が面白かったのか、リックは噴き出した。
「書いてないし!別に行きたかったわけじゃないし!」
兄がむっとして言い返す。
「まあまあ、落ち着け。お前らが行ったところで金がないから何も買えないだろう?」
「でもそれって僕たち奴隷全員に共通していることなんじゃないの?」
「いや、そうでもないさ」
「え?」
僕も兄もびっくりして聞き返してしまった。
「なんだ?知らなかったのか?今回の遠征に先立ち、班のリーダーにはメンバー全員の最低限の衣服と防寒着が買えるだけの金を渡されるんだぜ?」
「ふーん」
「それに、毎年行われる「創国祭」に出店を出す街の連中相手に狩猟で手に入れた珍しい素材や、魔獣や魔物の素材なんかを売ったりする奴隷は多いんだぞ?」
「え!そうなのか?でも、狩猟の終わりに必ず帝国兵たちに成果を全部出すように言われているんじゃないか?」
「ああ、だからいろんなところに隠したり、もしくは、帝国兵士を金で買収して持ち込む奴なんかも多いな。うちの班だって「ファントム」の牙の首飾りをみんなに渡しただろうが」
「そう言われてみればそうだね。リックはどうやってそれを持ち込んだの?」
「俺か?俺は・・・いろいろ隠し場所があるんだよ。機会があれば教えてやるよ」
「ええー、今教えてくれよ!」
「俺よりもアイクのほうがすごいんだけどな・・・。まあいい、一つ教えるとするなら、剣の鞘の先端に飾りがあるんだが、その中に魔獣の魔石二つ程度ならそんなに大きくなければ入れることができるな」
そう言って見せてくれた愛用の剣の鞘の先端には、小さな石突のようなものがついており、手際よく外すと中が空洞になっていた。
「へえー!すごい!これてっきり槍の石突のようなもので、相手を殴るのに使うのと思ってたよ!」
僕も兄も興奮したようにのぞき込む。
少し自慢げにリックはそれを元に戻すと、話を続ける。
「こんな風に、いろいろな素材を持ち込んで売って金を手に入れるんだよ」
「でも、僕たち奴隷がお金を持っていても、下手にかさばるだけだし、使い道がないんじゃないの?」
「そんなことはない、ということを今回知れてよかったな」
「ええー、今回みたいのことってそうそうないから結局お金持っててもそれほど使い道ないじゃん!普段何に使ってるの?教えてよ!」
僕と兄は問い詰めたが、それ以上リックは教えてくれなかった。
「でも、リックも命知らずだよ」
突然の兄の言葉に、リックも僕もその真意をつかめずにぽかんとしてしまった。
「だって、レイモンドに質問するしさ。でも、命がけで質問したにしては、あんな大したこと無い答えで引き下がるなんてなんだか勿体無い気がしたなあ」
「なんだ、そんなことか・・・。」
「そんなことって!俺たちがどれだけ心配したと思っているんだよ!」
兄の言葉に僕もうんうんと頷く。
「あの男は、ああいったはっきりとした簡潔な問いには答えてくれることが多いぞ。逆にだらだらと時間を浪費するようにしつこく質問すると怒り出すのさ。お前らも経験あるだろう?」
剣闘試合の時に兄が質問を重ねようとしたら怒られた。しかし、それでもあのレイモンド相手に問いただす勇気はすごいものがある。
「それに、あの質問に対する答えとしては上等じゃないか?」
「ええー!そうか?」
「ああ。あの男は俺の問いに対して、『戦地で指示がある』と言った。ということはだ・・・」
「ということは?」
「流石に分からないか・・・。今回の俺たちの派兵はレイモンドの指示ではなく、もっと上の指示だってことだ」
「で?」
「で?ってお前ら・・・」
察しの悪い僕らにがっかりしたようだったが、それでもわからないことは分からない。
「それよりも上ってことは帝国中枢の貴族、もしくは本当に皇帝からの指示かもしれん、ということだ。それは今回の遠征の本気度を表す。今回は総力戦。何が目的かは知らないが、おそらく勝つまで退かないだろうな・・・。そして・・・俺たちは容赦なく使い潰すつもりだろうな」
そのあとは誰も何も言わない。いや、僕らは言葉を発することができなかった。
その夜はなんだか眠れなかった。何度ももぞもぞと寝返りを打ちながら戦争について考える。
それは兄も同じだったようで、ひっきりなしに動く僕にはっきりとした口調で、しかし、周囲を気遣い小さな声で語りかけてきた。
「眠れないのか?」
「うん」
「そうか・・・」
「戦争が怖いよ・・・。何度も死んでしまう目にあってきたけれど、今までで一番怖いよ・・・兄さんは怖くないの?」
「俺も怖いよ・・・」
そう言う兄の表情は、口調は怖がっているようには全く見えない。いつものように冷静なままだ。
僕は声が震えるのを必死に抑えながら今感じているこの気持ちを知ってもらおうと懸命に言葉をつなぐ。
「だって、戦争だよ?今まで死にそうな目に何度もあってきた・・・。その度に死ぬ覚悟は何度もしてきたつもりだよ。それでも!今ここに生きているから!もっと生きたいと思うんだよ!」
思わず熱くなってしまったようで声が大きくなっていたのか、兄に静かにするように言われる。
「もう少し声を抑えて」
「ごめん」
「いや、大丈夫だよ。それで?」
「それに・・・。今までとは違って僕らは同じ人間と闘わないといけないんだよ。命を懸けて・・・。訓練なんかとは全く違う。お互いに命がけで闘いあうんだよ?それに・・・」
「それに?」
「それに・・・。また僕らと同じような奴隷が生まれる・・・。僕らが必死で生きるために戦えば戦うほど・・・。相手が降伏した瞬間に、彼らは帝国の奴隷になるんだ・・・。恨みも、憎しみすらも持たない相手が・・・。それが僕は・・・怖い・・・」
その言葉に兄は少しびっくりしているようだ。すると、僕の頭の上に手が伸びてきた。兄に頭を撫でられる。
「お前は優しいな」
その頭を撫でる手が気持ちよかった。なんだか落ち着く。精神的に疲れていたのだろう。ずうっと撫でられているうちに、僕はどんどん眠くなってきた。
「絶対に俺がお前を守ってやるから。安心しろ」
その言葉を最後に僕は朝までぐっすりと眠りに落ちた。
三日後の朝、僕らは戦地に向け行軍する。その物々しい様子に街の人々が、噂に聞く精悍な剣闘士たちを一目見ようと道に並んでいる。
中にはこちらに手を振る子供もいるが、ほとんどの大人たちは好奇心半分、恐れ半分で声援を送られることもない。
そんな異様な雰囲気の中、すでに暑さを増した朝の陽ざしを受けながら僕らは見慣れたコロシアムに別れを告げ、まだ見ぬ「ミラストーン」王国へと旅立った。
僕らはここから約一週間かけて行軍し、戦地へと赴く。
僕らが進む道は「暗黒森林」と帝国領土のちょうど境目の道で、魔獣や魔物が出没する確率は森林内に比べて非常に低いが、それでも多少は出てくる。
それらをみんなで力を合わせながら倒し、行軍は順調に進んでいく。
まだ、残暑厳しいこの季節、今歩いている道は凸凹としており、整地されていないため非常に歩きにくい。朝皆で起きだし、行軍を始めるが、すぐにうなじに汗をかき始め、昼に差し掛かるころには、全身びっしょりと汗だくだ。
暑さと道の悪さのせいで、普段の倍以上疲労しながら懸命に行軍に遅れないように付いていき、夜になったら、泥のように眠りに落ちる。
しかし、北に向かうごとにどんどんと過ごしやすくなっていった。
朝夕はもはや衣服一枚で眠ることはできなくなり、皆毛布をかぶって眠っている。吹き抜ける風が優しく全身を包むような感覚に、わずかばかり肌寒さが感じられるようになってきたその日に事件は起こった。




