説得十三
船に乗ってようやく一息つくことができた。
海上から見通す港は、いよいよ炎に巻かれ、黙々と黒煙をあげながらすべてを飲み込まんとしている。
多くの人々が入り乱れて、何とか消火をしようとしているが、それよりも燃え移る速度のほうが速く、消火は一向に進んでいない。
「サニー!!大丈夫!!??」
船上では、多くの兵たちに心配され、サニア王が、シャウラから治療を受けているところだ。
シャウラは、サニア王の割れた額に手をかざすと、ゆっくりと魔力を注ぎ始める。
みるみる、割れて血が流れていた額が塞がって行き、気付けば、傷一つない真っ白な肌に戻っていた。
―――治癒魔法・・・か・・・・。
兵士たちの間から安堵のどよめきが漏れる。しかし、シャウラは、もう治った王の額を不安そうに撫でながら、諭すようにつぶやく。
「もうサニーったら・・・・。こんな無茶はしないでよ・・・!!」
ぎゅっ、と抱き着いたシャウラに、サニア王は優しく抱き留める。
「すまない・・・・。だが、本当に助かった・・・・。ありがとう」
耳元でささやかれた言葉に、シャウラは、頷く。しばらくそうしていたかと思ったら、今度はみんなのほうに顔を向け、大声で叫ぶ。
「皆もありがとう!!此度は本当に助けられた!!改めて礼を言う!!」
その言葉にようやくみんなの肩の力が抜けた。
「さて、帰りましょうか」
ラサラスの一言で船は【アストラン王国】に向けて舵を切る。
それでも、まだ、シャウラはサニア王に抱き着いたまま、離れようとしない。
サニア王も困ったような顔をしているが、別段咎めるようなことは一切言わない。
すると、スバルが近づいて行った。姉であるシャウラを宥めようと言うのだろう。
そう思ったのに!
二人に重なる様にきつく抱き着いた。
―――え・・・?なんで・・・・?
よくよく見てみれば、スバルは、今まで見たこともないほど動揺しているようだった。
おどおどと、怯えるような表情をしている。
「サニア姉さん・・・・。ごめん・・・・僕のせいで・・・・」
―――え・・・?姉さん?どういうこと・・・・?
全く話が見えてこない。と言うことは、二人はサニア王の兄弟姉妹なのだろうか?と言うことは、王族なのだろうか?
そう思って見てみれば、二人の雰囲気が超越的なことの説明もできる気がする・・・?
「気にすることはないよスバル。大事なかったんだから・・・・」
優しく頭を撫でるサニア王は、まさしく弟を宥める姉にしか見えない。
「・・・・でも!!・・・最後だって、僕が付いていながら危険にさらしてしまったし・・・」
「何もなかったんだから良かっただろう?」
仲睦まじい三人に、僕らは自然、置いてけぼりにされたような疎外感を感じる。
はたからそれを見ていると、ラサラスがすっ、と近づいて行った。
「そのことで、王よお話がございます・・・」
「なんだ?申してみよ」
すると、懐から、先ほどの矢を恭しく取り出す。決して鏃には触らないように細心の注意を払っている。
「見てください。この鏃ですが、毒が塗られています」
サニア王の顔つきが一層険しくなった。
「なんの毒か分かるか?」
「いくつか候補はありますが、恐らく【ベラドンナの花毒】かと思われます」
「そうか・・・・」
王は何かをゆっくり考え込む風を見せた。すると、ラサラスが畳みかけるように口を開く。
「嫌な予感がします。できるだけ早めに国に戻った方がよろしいかと」
「そうだな・・・・。聞いていたか!!?シャウラよ。力を貸してくれ!!」
そう言って未だ抱き着いたままのシャウラに話しかけるが、シャウラは、一体どうしたのだろう?サニア王の胸に顔をうずめたまま一向に離れようとしない。
「うーーー・・・・」
それでも無理やり離れようとしたら、意味の分からない唸り声をあげて、逆にひしっ、と抱き着く始末だ。
「・・・あの・・・。そろそろ離してほしいんだが・・・・。スバルよ!!シャウラを・・・って!!お前も早く離れよ!!」
スバルも先ほどからきつく抱き着いたまま一切離れようとしない。一体どうしたと言うのだろうか?
そんな三人の様子にラサラスもたまりかねたようで、一つため息を吐いた。
「羨ましいですね・・・・。主様よ、変わってください・・・・」
―――違った・・・・!?
シャウラのうなじを見ながら呟くのでどうやら、単純に羨ましがっているようだ。
「そう言うなら変わってくれ!!」
「いや!!」「いやだ!!」
ひどく混沌としてきた。聞きたいことが山ほどあるのに、これでは、一向に何も尋ねることができない。
終いにはサニア王が僕らの方を見るので、フレイアが懸命にシャウラを宥めて何とか離れてもらい、アイクが、嫌がるスバルを引き離し・・・・。
僕が、遠い目をして羨ましがっているラサラスの気を紛らわせるために質問をする。
「ねえ、【ベラドンナの花毒】っていったい何なの?」
「うん?【ベラドンナの花毒】ですか?魔物や魔獣が多く生息する森の奥深くに咲く、紫色の美しい花で、その実からは、甘ったるい匂いを発するんですよ。そうやって誘き寄せた獲物が実を、もしくは花を食べた瞬間に、昏倒させるとても強力な、毒性の強い花です。そして、昏倒した獲物にゆっくりと根を這わせ、養分を吸収する・・・。どんな魔物も魔獣も昏倒すること、甘い匂いを発すること、そして、森の奥深くに咲いていることから、【死の淵に咲く艶花】とも呼ばれていますよ」
「ふーん・・・・」
中々博識で、説明も分かりやすい。・・・・これで、シャウラを目で追っていなければ、どれだけ恰好よく見えただろう・・・・。残念だ・・・・。
「それを塗ったその鏃がもし刺さっていたら・・・・どうなっていたの?」
「掠っただけでも恐らく一刻程(二時間ほど)は全身麻痺して動かせなくなるほどの強い毒性がありますね。もしその身に受けようものなら、一瞬で、とはいかないまでも、恐らく今頃は死に至っていたでしょうね」
言われて今更ながらに恐怖が身の内に襲い掛かって来た。・・・・あの時、この首飾りが無ければ、僕の命は無くなっていたかもしれないのだ・・・・・。
「もしそうなっていたとしたら、治す方法はあるの?」
「うーん・・・・。【竜血花】や、【生命の雫】には、強い解毒作用、回復効果があるので何とかなるでしょうが・・・・。聞いた話では、唯一この【ベラドンナ】の花蜜を好んで食す蟻がいる、と聞きます。一説には、【ベラドンナ】の本体は、地中深く、根の中に隠れるように潜んでいて、それを守る蟻と、そして、自分を守ってくれる蟻に、毒を分解・解毒する作用を持った花蜜を与える【ベラドンナ】・・・。だからこそ、その蟻自体に解毒作用があるのではないか?と考えられ、噂されています・・・・。とは言っても、その蟻自体、見たことがある者がすごく珍しいんですよね・・・・」
本当に詳しい・・・・。だからこそ、願わくば、僕をまっすぐに見て話してほしい・・・・。シャウラを目で追うのは、そろそろやめた方がいいと思う・・・・。
向こうは向こうで大分落ち着いたようで、珍しく恥ずかしさで顔を朱に染めたシャウラと、呆れたように、それでも優しい瞳で見つめるサニア王、そして、未だに残念そうなスバルの姿がある。
そんな三人を見ていたからか、思わず、口から言葉が飛び出てしまう。
「三人は兄弟なの?」
どうして羨ましい、と思っているのだろう?どうして妬ましい、と思っているのだろう?この胸の内に沸く、もやもやとした感情は、一体何なのだろう・・・・?
―――ああ、そうか・・・・。僕も、兄さんがいて、今も生きていればきっと・・・・。
こうなっていたかもしれない・・・・。それをまざまざと見せつけられて、胸の内が苦しくなってしまうんだ・・・・。
しかし、何の気なしに放たれた言葉に、ぴたり、とその場にいた全員が動きを止めた。
ゆっくりと振り向いたシャウラの表情は、まるで何も映していないかのようで。
申し訳なさそうなスバルは、下を向いたまま、それでも、そっ、とシャウラの手を取る。
サニア王は、苦い表情を浮かべながらも、一つ、笑うと、ようよう教えてくれた。
「私たちは、【アストラン王国】の中の、国営の孤児院で育ったんだよ」
―――え!?それは一体どういうことだ・・・・?王は、王として何不自由なく、それでいて、とても厳しい教育を受けて、生きてきたんじゃないのか・・・・?
「おっと。勘違いしないでほしい・・・。勿論私には、王族の血が流れている。先々代の父王と、そして、街娘との間にできてしまった、誰にも認知されなかった女の子が私だ」
「サニア姉さん。話してもいいの?」
スバルは、不安そうにサニア王をのぞき込むが、彼女は一つ首を横に振ると、優しく告げる。
「彼だって苦しく辛い過去を乗り越えてきたんだ・・・。それに、命を救ってもらった・・・。だからこそ、きちんと、私の話をして、理解してもらいたいんだ・・・」
「そうか・・・・。なら僕はもう何も言わないよ・・・」
スバルがそれ以上口を差し挟むことはなかった。シャウラは先ほどから、ぼうっ、と僕を見つめるだけで、一切口を開こうとはしない。
「私の母に当たる人は、私を産むとすぐに死んでしまった・・・。当時は父親のことを一切周りに話さなかったせいで、気味悪がられ、孤児院に入れられてしまったんだよ・・・。そんな母を恨んだこともあった・・・・。それでも、物心付いた頃には、孤児院での暮らしが当然だったし、それしか分からないし・・・・。何より、二人に出会えたからな・・・。悪いことばかりではなかったよ・・・」
「そう・・・・なんですね・・・・」
それ以上は何も言えなかった。しかし、それで、どうして彼女は王になったのだろう?一体彼女に何があったら今の立場になることがあったのだろう?
そんな僕の疑問を汲んだのか、続きを話してくれた。
「孤児院で過ごす日々を悪くなかった・・・。周りには同じような境遇の子供たちがあふれ、いつもやんちゃをしては、孤児院の院長に叱られ・・・。厳しい人だったが、同時にとても優しい人でな・・・。怒ると静かーに怒るからとても怖いんだ・・・・。街の人たちも私たちのことをとても良くしてくれて・・・・。まあ、そんな時間も長くは続かなかったがな・・・・」
何があったのだろう?
「当時の国王が、体調を崩し、病床に着いた、と国中に知らせが出た時の話だ。私たちには無関係だと、そう思って生活していた時、急に孤児院に迎えの馬車が乗り付け、見たこともないほど煌びやかな衣服をまとった文官、武官、その上貴族たちが降りてきた。そして、あれよあれよという間に、皆にきちんと別れも言えないままに、気付けば、王城に連れてこられ、王の病室に通されたんだよ」
その時のことを思い出しているのだろうか?
「ゆっくりとこちらを振り向いた王の顔はやつれ、顔色はひどく悪く、もう長くないだろうことは子供ながらに分かってしまった。初めて見る、人の身に、死が間近に迫っている姿だ。とても子供に耐えられるものではなかったはずだ・・・・。それでも、優しく私に手を伸ばした王は、私の母の名前を一言つぶやき、こう言ったんだ・・・・、『あの娘に似ていて可憐に育ったな・・・』と。その時に、ようやく父親が誰であったか理解した。そしてその時から、私は王家の人間になってしまったのだ・・・・」
あまりにも早い展開に、まだ幼い彼女は果たして付いていけたのだろうか?
「あとで知った話だがな。兄たちが、恐ろしく傲慢で、そして、恐ろしく愚かだったから、父王が私に会いたい、と言ったときに、これを教育して、将来この国を負って立つ立派な娘にしてみせよう、そして、兄王たちに対抗できる唯一の王女にしよう、と周りが画策して、私はそのまますぐに王家の人間に取り立てられたのだそうだ」
そうしてそのまま彼女は王になった、と言うことなのだろう。だが、まだ腑に落ちないことがある。それは、兄王たちの存在だ。彼らは今どうしているのだろうか?この国に来てから、一切その存在を確認できなかったのだ。
それにもう一つ気になる、と言えば、シャウラとスバルの存在だ。ただの孤児院の子供たちの中で、どうして二人だけが、今、王のそばに控えているのだろうか?二人にはいったい何があったのだろうか?
じいっ、と見つめられていたことに気付いたのだろう。スバルは、苦笑いを浮かべている。
「僕は幼い時の記憶がほとんどないんだ・・・・。だって、ずうっと病気で意識が無かったから・・・・」
「それは・・・・」
一体どうして・・・・?
その疑問を遮るようにシャウラが、小さく、それこそほとんど聞き取れないほどかすれた声で呟く。
「中に入りましょう・・・・。そこで・・・・、話すわ・・・・・」




