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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
奴隷時代
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戦争一

酷暑が残る一年の半ばの時期。僕たち奴隷は、相も変わらず変わり映えしない一日を送っている。

僕と兄が初めて剣闘試合をしたあの日からはや二年がたち、あの試合で一躍人気を博した兄は、今では僕らの班内でリックの次に多くの試合をこなしている。

とは言っても、兄以上に集客の多い人気の剣闘士もいるから、一年に二、三回といった頻度でしか試合は組まれていない。何より剣闘奴隷の数が多いのだ。

ましてや、剣闘試合はほとんど毎日開催されているわけではない。それでは多くの人々が飽きてしまうから、時には一週間続けて開催されることもあれば、一月に四、五回ほどしか開催されないこともある。

そういった事情もあって、初戦程僕も兄も命がけの闘いを強いられたことはこの二年間で一度もない。

「最近、何やらあわただしくなってきたな」

訓練終わりに、上半身から流れる汗をぬぐいながらリックがつぶやく。

未だに、兄と二人で挑むが一太刀すら浴びせることができていない。兄はもうすぐ十五歳になり成人年齢となるがそれでもまだ届かない。こうしてリックに汗をかかせることはできるようになってきたが、それでもまだその背中は途方もなく遠く感じる。

「何が?」

兄は地面に寝転がったまま尋ねる。

「いや、なんだか嫌な雰囲気だと思ってな・・・」

そう言って、宿舎の入り口を見つめる。

そこには相も変わらず仏頂面をした帝国兵士が詰めている。しかし言われて見るまで気づかなかったが、平素とは異なりその数が少ない。

「いつもより人が少ないけれど・・・それがどうしたの?」

「さてな。俺にもわからない。何か兵数が必要な事態になったのか・・・。とにかく嫌な雰囲気だから気を付けろ」

「その嫌な雰囲気ってのは、いったい何さ?」

「なんとなくピリピリしているってことさ。俺だけでなく他にも気付いていて噂している奴らがいるから、そいつらに聞けばまた何か俺とは違った話が聞けるかもな」

そう言ってまだ汗が引かない体を洗い流すため井戸に向かって歩いていく。

残暑の厳しいこの季節は、日が落ちる時間が遅いから、まだ外は明るくてもすでに結構な時間になっている。

僕らは急ぎ、リックの後を追い、夕食に向かった。

この時、僕らはまだ知る由もなかったが、帝国が再びその牙を外へとむけて突き立てんとしていた。


その報せは執務室で筆を走らせていたレイモンドのもとに真っ先に届いた。

こんこん、と少し強めに扉がたたかれる。

一体誰が尋ねてきたのか・・・。その先の面倒を考えるだけでも嫌になる。

しかし、いったい誰がどんな目的で訪れようが、私のなすことに変わりはないと思い直し、声をかける。

「入れ」

今目の前に書き付けている書類から視線を切らぬまま、入室した人物をちらりと一瞥すると、そこには物々しい装備に身を包んだ若い帝国兵士の姿があった。

「失礼いたします!」

びしっ、と音がなるほど改まった敬礼をしながら入室したその人物はこちらを見ながら緊張で身を固くしている。

「なんだ?」

私は書類から目を離さないまま来訪の目的を問いただす。

「え?」

聞こえなかったのか?それとも単に言葉も理解できないほどに愚かなのか?私は心の中でいら立ちを募らせるが、それを表情に出すことはない。

ゆっくりと顔をあげると、今度ははっきりと相手の表情をその目線に捉えたまま、口を開く。

「二度は言わん・・・なんだ?」

先ほどまで直立不動だった兵士の表情が焦りと恐怖にくしゃりと歪んだ。

「え・・・あの・・・その・・・」

私は頬杖を突きながら彼をゆっくりと見据える。一切口を開かない。

「あの・・・これを渡すようにと」

そう言って恐る恐る懐から取り出したのは、帝国宰相の蜜蝋で封が施された一通の書状だった。

手渡そうとゆっくり近づく彼はしかし、これ以上近づいてもいいのか葛藤しているようで、伸ばした手を引っ込めては差し出すといった動作を繰り返している。

「速く渡せ」

その声が聞こえるや否や、「は!」と短く答えると、今までのためらいは何だったのかと思うほど素早く近づき、両手で恭しく差し出してきた。

それを乱暴に受け取り、差出人の名前を確認しながら、「早く失せろ」と短く言う。

「は、はい!」

ばたばたと退室する兵の足音にうんざりした。

もう少し品性のある、こちらの言葉をすぐに理解できるまともな人間を使いに寄越すことはできなかったのか?

まあいい。そう思い直し確認すると、その差出人は帝国宰相、帝の右腕と呼ばれるあの男からの便りで間違いはなかった。

封を開き、内容を確認する。

そこには大まかに以上のことが書かれていた。

「此度、帝国最北方に位置し、「暗黒森林」と大陸の南北を分断する大山脈「レッドストーン山脈」に位置する帝国の外敵「ミラストーン」王国を討伐いたす。此度の闘いに際し、貴殿が保有する剣闘奴隷を先遣隊として派遣し、城攻めの先駆けとして、その誉れある武勇をいかんなく発揮していただきたく切に願い入る。尽いては期日等以下に明記するように、行動を求める。必要な物資等の最低限の支援はこちらにて用意があるが、それ以上の物資は現地での調達を願う」

それ以降はだらだらと貴族にありがちな世辞と世間話に尽きており、一見の価値は全くなかった。

「ちっ、面倒な。まあ言っても詮無いことか・・・」

つぶやく言葉は誰に聞かれることもなく。ただ閑散とした室内に寂しく響き渡る。

ともすれば帝国貴族にとっては金よりも価値のある、帝国宰相からの書状を、机のわきに放り投げるように捨てると、書きかけの手元の書状に目を落とす。


朝、朝食を終えた僕たち奴隷全員が、宿舎の前の訓練場に集められた。そのほとんどが集められた理由が分からずに戸惑っている。例に漏れず僕もそのうちの一人だ。しかし、リックとアイクはもしかしたら何のために集められたかを、なんとなく理解しているのかもしれない。

厳めしい装いの兵士数人が手に巻紙をもって皆の前に立ち、くるくると紙を広げると叫ぶように読み上げる。

「レイモンド様からのご命令である!謹んで聞くように!今から数日の猶予をもって、最北の「ミラストーン」王国攻略部隊の最前線に貴様らを派兵する!貴様らの全力を尽くして膠着状態の敵国との闘いを此度こそは終結させろ!これは帝国からの勅命でもある!逃げることは許されない!ここにいる全員が対象だ!」

一瞬皆が沈黙する。その沈黙を肯定と受け取ったのか、それともそれ以上話すことがないというのか、その場を後にしようとするが、質問が飛び交う。

「ミラストーン王国って何?」

「戦争の最前線てことだろ?具体的に両陣営の戦力はどうなっているんだよ!」

「味方の戦力と敵対戦力の把握ぐらいできないと困るだろうが!教えてくれよ!」

「具体的に俺たちは何をすればいいんだよ?」

「そうだ!戦地に赴いて素手で戦えと言われても困るぞ!」

「食料はどうなるんだ?俺たちの分の糧食は向こうで準備されているのか?」

「勝算は?膠着状態と言いつつ帝国兵の先駆けの壁として俺たちを使いつぶそうっていうのか?冗談じゃねえ!」

「戦局はどうなっているんだよ!」

「数日の猶予って具体的に俺たちは何を準備すればいいんだ?教えろ!」

それは今まさにこの場を去ろうとしていた兵士たちにとって大きな障害となって襲い掛かる。困惑したように彼らの周りを囲み、口々に質問を投げかける奴隷たちのざわめきに、数人の兵士による制止の声は押されるようにかき消される。

皆が不安を内包したまま、彼らを取り囲んでいると、囲みの外から消して大きくはないが、確かな抑止力を持った力のある「命令」が飛び込む。

「黙れ」

その声に、今まで口々に喚き散らしていた奴隷たちがぴたりと沈黙した。

全く表情を変えることなく、その瞳は虚空を見つめているかのように小動ともせず、この混沌とした状況にありながら、あまりにも優雅に、かつ、かつ、と靴音を響かせながら階段を下りてくる人影が見える。

レイモンドだ。

見上げる視線は、手を伸ばしても決して届かぬ距離をその目に映し、にも拘らず、その言葉は確実に僕らの耳に届く。

「三日後にこのコロシアムを出発し、ここから一週間の工程で北にまっすぐ進み最北端の王国「ミラストーン」に攻勢をかける。貴様らには当日食料と武器を渡す。衣服と防具の準備を入念に行い、来るべき戦いに備えろ。「ミラストーン」は北にあるため、この時期でも肌寒い。防寒対策を怠るな。以上だ」

それだけ言うとピクリとも表情を変えずにレイモンドはくるりと踵を返しもと来た道を戻ろうとする。

あたりを、先ほどまでの喧騒が嘘のような沈黙が覆う。誰もかれもがお互いに視線を交わすが、主人であるレイモンドを恐れて、一言も発することができないでいた。

はるか遠くに感じるその背を見つめることしかできない――。

「お待ちください!」

そんな中僕の隣に立つ一際大柄な男性がその表情をわずかに歪めながら奏上する。リックだ―――。

「恐れながらお伺いしたいことが一つございます」

おそらく「命令」の効果により、それを破ったペナルティーが働いているのだろう、僕ら全員がひやひやしながらその場のやり取りを見守っていた。

くるりと振り向いたレイモンドは、その無機質な瞳にリックを正面から捉え、数秒黙したまま立ち止まる。

奴隷であればだれもが恐れるその瞳に見据えられながら、しかしリックは全く引くことなく見つめ返している。

「言ってみろ」

「感謝いたします」と一つ頭を下げるとゆっくりと問いかける。

「我々の役割は?」

「戦地で指示があるだろう」

「承知いたしました」

決して満足のいく回答には思えない。しかし、その回答に満足したのかは全くわからないが、それでもリックはそれ以上問いただすことなくゆっくりと頭を下げた。

レイモンドも、もはや振り向きもせずにその場を後にした。


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