説得六
窓から差し込む日の光が瞼の裏に眩しくて、ぎゅっと目をつむる。
それでも、優しい光は一切その手を抜くことなく照り付ける。
「・・・・うん・・・・」
寝返りを打とうとして、ずきり、と頭が痛んだ。
顔をしかめながら、ゆっくりと瞳を開けたが、まるで焦点が定まっていないように、ぼんやりと霞み、僅かにだが、揺れているようにも感じる。
とんとん、とんとん、と規則正しく叩かれる入り口の扉の音に気付き、跳ね起きた僕は、頭に走った鈍い痛みに思わずうめき声をあげる。
「・・・・っつう・・・!!」
がちゃり、と扉が開き、フレイアが入って来た。
部屋に入ってすぐに、床に蹲るようにして座り込む僕に驚き、すぐに呆れたように見下ろす。
「昨日お酒を飲みすぎたのよ。頭が痛いんでしょう?多分二日酔いよ?」
―――二日酔い・・・・?回らない頭で必死に言葉の意味を飲み込もうとしたが、耳から通り抜けるだけで、一切分からない。
フレイアがゆっくりとしゃがみ込み、僕と視線を合わせるようにすると、「はい」と何かを手渡して来た。
それは真っ赤な丸い木の実のようなもので、片手の手のひらに収まる小さな大きさの食べものだった。
「なにこれ?」
僕はそれを何かもわからずに受け取る。
「エクの実っていう木の実で、この国では有名な毒消しなんだって。誰でも簡単に手に入るし、とても安価だから、よくお酒を多く飲みすぎた次の日なんかに、二日酔いを覚ますために食べるそうよ?さっき、レグルスに、二人分持って行った方がいいって」
「そう・・・・」
僕は、それを素直に口に放り込んだ。
そして、かみつぶし、ぶわっ、と中から溢れ出てきた汁が舌に触れた瞬間、思わず、吐き出しそうになってしまった。
「なにこれ!?酸っぱい!!!!??」
顔をしかめ、必死に我慢してみたが、それでも、震えがこみあげてくるほどに酸っぱいのだ。
―――これは・・・食べちゃ駄目な奴なんじゃ・・・・?
そんなふうに思ってしまうほど、今まで食べたことが無い酸っぱさだ。
まだ熟しきっていない、果物を食べてとしても、これほどの酸っぱさはないんじゃないだろうか?
「ああ、それと、とっても酸っぱいらしいから、食べる時には要注意だってさ」
にやにやしながら僕の顔を見つめるフレイアに、うえー、と舌を出しながら、抗議する。
「・・・・それ、もっと早く知りたかった・・・・・」
しかし、僕の恨めしそうな顔にもフレイアはどこ吹く風だ。
「だって、そしたら食べないかもしれないじゃない?それに、その酸っぱいのがよく効くんだって!ほら、早く食べて!!」
そう言って僕の頬を両手で挟み込むと、口を閉じさせられ、飲み込むようにと上を向かされる。
「うー・・・・いやー・・・・・」
そのせいでうまく言葉を発することが出てこなかったが、それでも、なんとか飲み込むことには成功した。
喉を通り抜ける時、まるで風邪をひいたときのように、喉元がひりひりする。
口の中に唾があふれてきた。腹に入った時も、恐らく僕のお腹がびっくりしているのだろう、少しもぞもぞと動いているような気がする・・・。
それでも、不思議なもので、大分気分が楽になってきた。
先ほどまで感じていた頭痛が、今ではすっきりと消えて無くなって、びっくりするほどさわやかな朝に感じる。
「ね?効いたでしょ?さっきより随分顔色いいもん!」
そう言ってフレイアはのぞき込んできたが、僕は何とも言えない複雑な顔をして、もにょもにょと口を動かしている。するとフレイアに半眼で睨まれてしまった。
「なによその顔?」
「うん・・・・。ありがとう・・・・」
―――なんて言おうかな・・・?その先の言葉を見つけられずにいたら、息がかかるほど近い距離で、ひそひそと話し合っていたからだろう、僕らの後ろから、不意にかけられた言葉に、飛び上がるほどに驚いてしまった。
「何朝から二人で楽しそうにしているんだ?」
二人して、思い切り体を後ろ向きにのけぞらせながら、声の方を見ると、アイクが寝具に座ったまま、こちらを面白くなさそうに見ていた。
―――いつから起きていたのだろう?
フレイアが、ぱたぱた、と真っ赤になった顔を冷ますように手で仰いでいる。そ知らぬ顔をしているが、よほど恥ずかしかったのだろう。
「フレイアに変なものを食べさせられたんだ。・・・・そう言えば、アイクは、二日酔い?大丈夫なの?」
アイクは、フレイアの方を、じいっ、と見つめていたが、全く目を合わせようとはしなかったので、諦めたように僕の方に視線を向ける。
「ああ。エクの実だろ?昔この国に来たとき、俺も大量に酒を飲まされて、翌朝父さんに食わされたんだ・・・・。もう二度と食いたくはない・・・」
遠い目で昔を懐かしむように・・・・。いや、どこか、その瞳には、恐れが見える。勿論、フレイアが手に持つ真っ赤な丸い実に、だ。
「俺は、普段から飲み慣れているから、あの程度じゃ二日酔いにはならんさ」
朝日に照らされ、ふっ、と大人びた自嘲気味の笑顔を浮かべるアイクが、この時ばかりは無駄に格好よく見えた。
この日の朝も、昨晩と同じく、女官に案内され、サニア女王と五人の臣、シャウラ、スバル、レグルス、ラサラス、そしてヌル、と朝食を共にしていた。
何となく、昨日はあれよあれよという間に流されてしまったが、明るい日の光に照らされ、改めてその面々を見てみれば、緊張で、身が固まる思いがする。
そして、僕らが通された食卓は、開口一番の女王の一言により、荒れに荒れることとなった。
「【ドネア王国】の国王に面会を求めに行こう!!」
思い立ったように、まるで何でもないことのように口をついて出てきた言葉に、皆が固まる。
かちゃかちゃ、かちゃかちゃ、と王が食器を動かす音だけが、室内に響き、そんな沈黙の食卓の中で、まるで普段と何も変わらないように、具材たっぷりの温かいスープを優雅に飲み下すサニア女王。
「え・・・・?今・・・・なんて言いました・・・・?」
誰もが言葉を発せず驚く中、シャウラが、代表ずるように口を開いた。僕は、この時初めてシャウラの声を聞いたが、そのことすら全く意識していなかったほど、驚いていたかもしれない。
「ん?だから、【ドネア王国】に、王に会いに行こうって」
そのことが何を意味するのか、よもや、国の主たる王が、分かっていないはずない・・・・と思うのだが・・・・。こうも気安く、まるで、ちょっと隣町に行ってきます、みたいな感覚で話されても、何とも反応のしようがない。
「聞き間違いでなければ【ドネア王国】と聞こえたのですが・・・・。言い間違えました?【バルフ王国】の間違いですよね・・・?」
だからだろう、恐る恐る再確認するラサラスに、サニア王は、少し苛立ったように難しい顔をする。
「だーかーら!!【ドネア王国】に。王に会いに行くって!!何度も言っているだろう?」
「ええええええええええーーーーーーー!!!!!??????」




