会談十三
(【ドネア王国】海戦最強の男カストル将軍)
私は、それを、遠見の魔道具でこの目にした。
私たちが今いる場所は、自国の【ドネア王国】の海上から随分と離れ、【アストラン王国】海上、いや、もはや、すぐ目と鼻の先は【バルフ王国】に入ると言っても過言ではない。
「恐ろしいな・・・・・」
思わず漏らしてしまった言葉に、隣に立っていた、伝令の兵士も同じことを思ったのだろう、深く頷き同意する。
「本当に恐ろしいですね!!あの中に我々もいたらと思うと、ぞっとしますね・・・・!!しかし、それにしてもこれを見越していたのですか?慧眼御見それいたしました!!」
私はそれに何も答えない。
憧れるような熱い視線に見向きもしない。
いや、反応するだけの余裕がなかった、と言うべきだろうか?
確かに、こうなることはある程度予想していた。しかし、まさかここまでとは、いったい誰が思っただろうか?
再三、帝国側から、海上においても、【アストラン帝国】への侵攻の助力をしてほしいと言われてきていた。
それを、物憂げな王に、できるか?と問われた時、真っ先に、きっぱりと頭を横に振った。
―――できません―――。
王は少し不快そうに顔をしかめたが、それでも聡明で、かつ、とてもお優しい方だ、恐らく不快に思ったのは、あの忌まわしき【魔導】姉弟に対してだろう。
すぐに、そうか分かった、と返答し、なれば、帝国には協力する、と嘘偽りを申しておくから、とにかく巻き込まれぬように間近で奴らの実力を見極めてきてほしい、と頼まれたときには、深く頭の下がる思いがした。
帝国には、いったい何と言い訳しよう―――?間に合わなかった、申し訳ない、とでもいえばいいだろうか?とここに来るまでにずうっと考えていたが、この惨状を見れば、杞憂だったと思わざるを得ない。
―――なぜなら、誰も、一人たりとて生きて帰る者はいないだろう―――。
なれば、我々の協力が無かったことなど、いくらでもごまかしようがある。
そして、それ以上に、この惨状に巻き込まれずによかった、と心底に思う。
遠目に、船の姿すら見えない距離のはずなのに、ここからでもその災威を垣間見てしまう程大きく。その様はまさに天変地異。
神の怒りでも降りかかったかと思うほどの災害。
天は割れ、海は怒り、風は狂い・・・・。
あの中にあっては、いかに帝国だろうと、何人も生きてはいやしないだろう・・・・。
心底によかった、と思う。
そして、その中にあって、全く神に愛されているのか?と疑うほど奇跡を体現した、アストラン王国のたった五隻の船。
遠見の魔道具から覗く彼らの様子に、鳥肌がやまない。
瞬間、ぞくり、と肌が粟立つのを感じた。
―――見られている!?
そう、まさに今この時、この瞬間、決して肉眼では見えない距離であるにもかかわらず、男の方が頬を緩ませながら、こちらに視線を向ける。
そこには、どうだ?と言わんばかりの、表情がのぞいている。
思わず、遠見の魔道具を放り投げてしまった。
ころころと転がる魔道具を拾い上げ私の手元に再び持ってきた伝令の兵は、窺うような視線を向ける。
そして私が前を向いたまま一向に受け取らないのを不思議に思ったのか、口を開いた。
「それにしても、最初、帝国に協力せずにここから観察するだけにする、と言われたときには、一体どうしたのか?と思いましたが、奴らは、あの五隻の小型船に魔法使いを満載してきたのでしょうね?それを見抜いたカストル将軍はさすがです!!」
こいつは知らないのだろうか?
ゆっくりと視線を向け、まじまじと見つめると、何を思ったのか、私に向かって、こんなことを言い始めた。
「しかし、奴らも、あれだけの魔法を使った後なのです。次は、奴らの船に向かって総攻撃するのですか?帝国と潰し合わせて、消耗したところに後ろから襲い掛かる!流石の案です!!」
我が国の兵士の中には、こいつのように、勝てればそれが正義、と言う考えが蔓延しており、こういった奇策を好んで使う。
いや、どころか、正々堂々闘うのではなく、できるだけ味方の損耗少なく、そして、相手に大打撃を与えるような策を敬い、尊ぶ節がある。
だからこそ、我が国は東の【バルフ王国】とは決定的に価値観が合わないし、兄のルクバトも、鼻つまみ者と言う扱いだ。
そして私もそのことには深く同意する。
しかし、今日この時には、目の前に立つこの馬鹿な兵には、末端のくせにでしゃばるような兵士とは、全く意見が合わない。
それでも、情報がいきわたっていないのが悪いのであって、末端の雑魚が悪いのではない、と必死に怒りを押し殺し、冷たく言い放つ。
「貴様は馬鹿か!?もしや、魔力を感じ取ることができぬ凡兵なのか!?ならば、一人で勝手に死んで来い!!奴らは、たった二人で、あの大魔法を為したのだ。あの姉弟の魔導士は、五国の中でもかなり有名だからよく覚えておくんだ!!」
俺の言葉がよほど驚きだったのだろう、目の前に立つ年若い兵は目を見開くと、俺の言葉をかみしめるようにつぶやく。
「たった・・・二人・・・ですか?この大魔法を・・・・?たった二人で、為したのですか・・・・・?・・・・・いや、ちょっと待ってください!!今何とおっしゃいました!?まさか【魔導士】とおっしゃいませんでしたか・・・・?」
つくづく頭の悪い男だ。こんなにもはっきりと教えてやっているのに・・・。だが、私は寛大だ。だから、こいつの話に付き合ってやることにした。
「そうだ。歴史上、数えるほどしか見ない。いや、現在にあって、この北大陸中どこを探しても、たったの二人しかいない、【魔導士】だ。それが、あの王国に二人もいるんだ。魔力切れなど決して起こさない・・・・。何より、あの大魔法・・・・。とてもではないが、戦場では出会いたくないな・・・・・」
彼は、私の言葉を飲み込むのに必死なのだろう。
しばらくの時を経て、ようやく口を開く。
「・・・・撤退・・・・ですか・・・・・?」
「ああ」
すぐに頷くと、くるりと後ろを振り返り、甲板に向かって大声で叫ぶ。
「撤退だ!!!!!!!撤退するぞーーーー!!!!!!!!!!」
それは、遠く、澄んだ海を響き渡り、味方全てに伝わっていく。
(アイク)
丸々一日考え込んでも答えは出ない。
シリウスに聞いたら、アイクに任せる、と言っていたが、その後ぽつりと漏らした言葉がある。
―――もしアイクが戻ると言うのなら、微力ながら、国境を越える手助けをするけれども・・・・。もしその後、できるのなら、僕は南の【アストラン王国】に行ってみたいな・・・・。
何も言えなかった。
できることなら、今すぐ戻りたい・・・。向こうにはあまりにも多くのことを、人を残して来た・・・。特に、カレンが心配だ。十年越しに再開することができたのに、また離れ離れになるなんて・・・・。
ただ、もし帰ることを決断したら、とてもシリウスには一緒に来てくれ、とは言えない、望めない・・・・。
無事に戻ることができる保障なんて、一切ないのだから・・・・。
しかし、今回一番驚いたのはフレイアだ。
あいつに、どうするか?と聞いたら、覚悟を決めたような表情で、俺と二人きりの時、つまり、シリウスがいないときに、こう答えた。
―――私はシリウスが行くところについて行きたい・・・・。だから、南に行くことに躊躇いはない・・・・。
その時俺は、ようやく気付かされた。兄としては、家族としては、失格かもしれない・・・。彼女はもしかしたら、シリウスのことが・・・・。
いや、今はこれ以上考えるのはやめよう・・・・。それでなくとも気が重いのに、これ以上気が滅入ったら、ふさぎ込んでしまいそうだ・・・。
返答の期日は今日だ。一体、俺はどうすればいいのだ―――?
その時、不意に身近に感じた魔力に、はっ、と面を上げる。
きょろきょろとあたりを探れば、その正体を見つけた。
それは、窓辺にちょこんと佇む、茶色い毛玉。
毛玉の中からは、まん丸の愛くるしい瞳と、そして、小さな嘴がのぞき、ちょこんと首を傾げたような姿勢で窺うようにこちらを見ている。
それは、フクロウの魔獣。そして、数少ない、人間が調教することで、こうして遠距離に伝書ができるようになる、知能に優れた魔獣。
北部の地方に生息し、【ミダス王国】では、王侯貴族が、他国とやり取りをするために使っているが、恐らく今、俺に届いた、と言うことは父さんからだろう。
その、見知った魔獣に、飛びつくように、窓辺に近づき、開け放つと、ホウ、ホウ、と小さな鳴き声を上げながら、とっ、とっ、と開け放った窓から中に入って来た。
そして、突き出された足には、小さな巻紙が結わえられている。
「よし、よし、いい子だ」
ゆっくりと、刺激しないように、頭を撫でながら、突き出された足から巻紙を外す。
そこには、短い巻紙に、ただ簡潔に、要点をまとめた言葉が並べられている。
『帝国が山中から侵入してきた。【ドネア王国】が、テーベの国境を背後から侵略。
【ミダス王国】も、内乱勃発。王は、昨日未明、死亡と通達。
おそらく、帝国の侵略には我が国と、ドネア王国の手引きあり。
帰ってくるな。我らの街は、封鎖され、包囲された。
今はまだ、闘いの予兆は無し。しかし、何人も入街できない。
外からの協力の芽を潰し、その上で経済的に打撃を与えるつもりのようだ。
今はまだ、帰ってくるな。迷宮によって、我らはなんとでもなる。
いざとなれば、草原の民を頼るつもり。
もし帰ってくるつもりならば、どうか、残りの三国の協力を頼り、助けてほしい。
切に願う。今はまだ、カレンも、エダも、マルトも無事。領民も皆無事。当然私も』
「父さん・・・・」
手紙を握りしめ、故郷の危機の時に傍にいてやれない自分を恨めしく思う。
この手紙の中に、一体どれだけの心細さを押し殺しているのだろうか?と思うと、自分が情けなく思えてくる。
そんな不甲斐ない自分に呆れ、その瞳からは、涙が零れ落ちそうになったが、それでも何とか堪え、前を見る。
外はすでに、暗くなりかけていた。
―――気付かなかった・・・・。
どうにも、自分のことばかりで、他のなにも見えなくなってしまっていたようだ。
ホウ、ホウ、と物思いにふける俺に、どうしたのか?と問いかけるように鳴き声を上げる目の前のフクロウに、手近にあったパンと干し肉を与え、頭を撫でる。
「待っていろよ。今返事を書くからな」
書きたいことが山ほどあった。
不安な気持ち、焦りの気持ち、恐ろしい気持ち、そして、どうにかして戻りたい、と思う郷愁。それらすべてを書き切ることはできないから、じっくり、じっくりと考えて、筆を執る。
そして、そんな言葉を父さんは望んではいない、と気付いたから。決意を、これからの決意を簡潔にまとめ、紙につらつらと書き記し、託した。
暮れ行く夕焼けを浴びながら、夕闇の紫紺の空に溶け込んでいくその力強い羽ばたきに、見とれ、その姿が見えなくなるまで見送った。フクロウは去りゆき、日は沈み、暗くなった夜空を眺めながら、ゆっくりと、窓を閉めた。
―――さて、行きますか・・・・!!!
決意を胸に、南へ。
こうして、二人の、いや、三人の旅の、物語の舞台は南へ。【英傑の国、アストラン王国】へ。ここで、いや、この国から始まる物語を、まだこのときは誰も知らない。
・・・実は、本来であれば、ここで二章が終わる予定でした。予定よりも大分長くなってしまったので、二章を切り上げ、三章に入れた次第です。なので、終わり方が、なんだか幕引きみたいになってしまっていますが、まだまだ三章は続きます。毎日更新も鋭意努力いたします。




