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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
群雄時代
150/681

会談十

―――来る!!!!!


瞬間、僕は目をそらしていたわけでも、ましてや、瞑っていたわけでも決してない。

それなのに、動きが、全く目で追えなかった。

ただ、ただ、剣の通った残滓、鈍色に輝く一本の黒線を見ただけ・・・。


それは、いくら身の丈以上の長剣、と言えども限度がある距離だった。間合いの外のはずだった。

それなのに!それにもかかわらず!!一閃された剣は、確実に飛びかかって来ていた兵たちの胴を真っ二つに切り裂き、絶命させる。

何が起こったのかもわからず、ただ、呆然とその光景を見つめる僕らには、それを説明する術などなく。ただ、味方、僕らにとっては望外の助けに震え。敵にとっては、想像の埒外の悪夢に怯える。

「さて、次はこちらから行くがよいか?」

ゆっくりと構え直した黒く輝く長剣に、血の濁りはなく。日の光を浴びて、不気味に輝く。

じり、と僕の隣に居た兵士が、圧力に耐えかねたように一歩後ずさる。

それはこの場全てに伝染していき、終いには、怯えるように震え出す者もいる。

それは、いかな隊長とて例外ではなく、魔法を使える兵とて例外ではなく、みな平等に、目の前の理不尽に、不条理な強さに恐れおののく。


―――【五英傑】か・・・・。

僕が思い出すのは、アイクとレグルスの会話。

―――何が、弱い・・・だ!!!全然弱くなんてない・・・・!!いや!!むしろ強すぎるじゃないか!!!!

あれはどうやら、ただの謙遜だったようだ。そして、それを体現するかのように、圧倒的な暴虐が始まった。

一振り、剣を振るうだけで、二人、三人と冗談のように人が両断される。

一突き、剣を突きだすだけで、一人、また一人と串刺しにされていく。

その剣は、脆く、儚く見えるはずの身幅の細い長剣は、あまりにも容易く、いとも簡単に、邪魔するすべてを切り飛ばしていく。

まるで木枝を手折る様に剣が切り飛ばされる。

布を経つように皮鎧が切り裂かれる。

そして今も、やすやすと、胴を切り離した。額から股にかけて、両断した。肩から下腹にかけて、切り捨てた。

そして、もう一つ異様なことがあった。

まるで防がない。

一切の防御をしない。

決して攻撃が、相手の剣が、槍が、矢が、届いていなわけではない。むしろ、彼の前進を止めようと、必死に、あり得ないほどの密度でもって、攻撃が繰り出されている。

その尽くを、無視している。

無視できている。

それは、まるで・・・・・。

――――ローグと同じ能力、魔法を使っているのか・・・・。

ただし、彼は、レグルスは、ローグ以上に洗練された技を使っている。確かにその腕力はもしかしたら劣っているかもしれない。それでも、その剣の冴えは、動きの優美さは、圧倒的にローグに勝っているものだった。

―――美しい―――。

だからだろうか?そんな印象を抱いてしまう。ここが戦場だと言うことも忘れて、ただ、ただ見とれてしまう・・・・。


気付けば、全てが終わっていた。

残された敵兵たちに、もはや戦意はなく。武器を放り出し、地面に転がされていた。

「ふう・・・・。危なかったな・・・・。助かった、ありがとう」

アイクは少し疲れているのだろうか?その額には大粒の汗が浮いているが、それでも、安堵の表情を浮かべている。

「いやいや。いいんだ。むしろ助けられなくてすまなかったな・・・・」

そう言いながら、レグルスは、僕らと共に闘い、そして死んでいってしまった仲間の兵、七人にゆっくりと頭を下げ、祈りをささげる。

僕らもそれに習い、祈りをささげると、祈り終わったのか、レグルスが、懐から封書を取り出した。

それをアイクに手渡す。

「そうだ。これを読んでくれ」

怪訝そうな表情を浮かべるアイクが、裏返し、封書の宛書を見てみると、そこには、きれいな字で、文字が書かれていた。


『親愛なるアイク様へ。もし、困ったことがあれば、この封書を読むように。あなたの友人、ラサラスより』


のぞき込んでいた僕は、その覚えのない名前に、首をかしげる。

「誰?」

しかし、アイクにとってはなじみのある名前だったのだろう、封書を持つ手が震えている。

「まさか・・・・?」

ゆっくりとレグルスを見つめるその瞳には、言いようのない畏れの感情があった。

「そのまさかだと思う。俺も、はっきりとしたことは告げられなかったから、内容は分からないが、もし、【ガルガロス】の友人が、会談の終盤で困ったことがあれば、助けてやってほしい、と。そしてその上で、彼に、いやガルガロスが【ミダス王国】の中で何か困ったことがあったとしたら、この封書を手渡してきてほしい、と頼まれたんだ」

ゆっくりと封をあげるアイクの手はいまだ少し震えているように見える。

ラサラス、と言う人は、そんなにもすごい人なのだろうか?きれいに、まるで女性のような線の細い字を書く、男かも女かもわからない、見ず知らずの人に、自然と僕の興味がわく。

そして、もどかしい手つきで開かれた封の中に入っていた手紙を読み下すうちに、アイクの表情が真剣なものに変わっていく。

どんなことが書かれているのか気になるが、アイクのその表情に、聞くのが憚られる。

少しの時間を経て、読み終わったにもかかわらず、再び読み始めたアイクは、ようやく手紙から顔を上げると、レグルスに問うような視線を向ける。

しかし、レグルスは、その視線を受け、逆に肩をすくめて見せた。

「おっと、そんな目で見つめるなよ。俺もあいつの頭が、考えが分からん時がほとんどだ。今回のその手紙にも、何が書いてあるのか俺は全く知らされていないからな」

「ねえ?何が書いてあったの?」

たまりかねたようにフレイアが問う。

「それは俺も気になったな」

レグルスもそれに同調する。僕も口には出さなかったが、ゆっくりと頷いた。

アイクが手に持っていた手紙を、みんなに見えるように広げる。

そこには、整った、それこそ、全く歪みのない達筆な字が、綺麗に、等間隔に並んでいた。


書かれていたのは――――。


――――読めない・・・・・。


僕には、読めない字が多い。見かねたフレイアが、声に出して読み上げてくれる。


そこにはこう書かれていた。


『まずは、久しぶり。元気にしているかい?と挨拶をするのがいいのだろうかね?

 まあ、今、恐らくそんな余裕もないほど色々なことが起こっていてそれどころではないはずだよね?

 端的に言おう。恐らく、帝国は、今回の東の五国侵攻を、前々から計画していたんだと思う。どうして、今回、それに踏み切ったのか、その理由がはっきりとは見えてこないから、詳細は省くことにするよ。

 それでも、一つ、いや、二つかな?はっきりと分かっていることがある。

 それは、恐らく、僕の予想だけど今回の立案国【ドネア王国】が裏切りをして、帝国と内通しているんじゃないかな?と言うこと。その結果、帝国はまんまと大陸内へ侵入。そして、ドネア王国に背後から叩かれて、会談も潰される、結果、もう個別に対応するしかない現状が生まれるわけだ。

 ここまでは、いい。ここまでは僕の予測からそれほど間違っていないと思う。

 重要なのはここからだ。これは、僕の本当の予想、それも、確信が無い物だから、そうなった時、そうなってしまったときのために、この手紙を託すのだけれども、恐らく、【ミダス王国】の内部でも、北と南で、いや、ガルガロスの街とそれ以外で、真っ二つに分かれてしまうんじゃないかな?

 そして、ガルガロス以外の勢力によって、帝国は、更に、侵攻を強めることができる。

 つまり、【ミダス王国】の中にも、帝国に寝返って、現状を変えたい、と思う輩がいる、と言うことに他ならない。

そして、その結果、何が起こるかと言うと、恐らく、会談は、崩壊する。和平は崩壊する。そして、何も決定せぬまま、僕ら、西の【バルフ王国】、【永世中立国テーベ】は、北と東に潜在的な、いや、もうこの状況でははっきりと姿を現してしまったか・・・・。

 とにかく帝国以上の勢力と闘わなければならなくなってしまった、という訳だ。

 そしてここで、君にはっきりと言わなければならないことがある。

 こんなこと、できれば僕も言いたくはない・・・・。

 それでも君のためにあえて言わせてもらうよ。

 その状況になった時、帝国の侵略拠点は、【ミダス王国】と【バルフ】【テーベ】の国境になるだろう。何せそこが、二国の協力を取り付けた帝国にとって一番侵入しやすい場所だからね。

 そして、そうなった時、そこが最初に落とされ、ここからじわじわと侵攻が始まっていくはずだ。

 そうなると、君たちは、もう国内に、いや、ガルガロスの街に戻ることはできなくなってしまう。

 だからこそ、僕らの住んでいる【アストラン王国】王都、【海運都市マッカラン】に来ないだろうか?

 別に故郷を、家族を、見捨てろ、と言っているわけではない。

 ただ、単純に、少ない兵力で越えられるものではない、と言うこと、そして何より、北の端と南の端、ここで協力できる、と言うことは、何よりいいことだと思うんだ。

 再び、君の元気な顔を見られることを願っているよ。

 我らが王も、君がマッカランの地に来てくれることを心から歓迎すると言っていた。


 ―――君に幸多からんことを祈って―――ラサラスより』


「この封書はいつ書かれた物だ?」

アイクの問いに、レグルスは言葉少なに答える。

「会談に出立するおよそ一週間前、今から一月以上前になるな・・・・・」

「これだけのことを想像しておいて、どうして何もしなかったんだ・・・・!!!」

食いしばった歯の間から紡がれた言葉は、アイクの、心からの叫び。それでも、それは、どうしようもなく漏れてしまったのだろう。本人も、言うつもりなどなかったのだろう。

それでも言わずには、いられなかった、という風情だ。

だからだろうレグルスは、あやすように、宥めるようにアイクに告げる。

「まあ、落ち着け。いかに【天読みラサラス】と言っても、全ての物事を見通しているわけではない。俺は、今お前に渡した以外にも、こうなった場合、誰それに渡してくれ、と言づけられ、封書を二通ほど持っている。こんなにいるのか?と聞いたら、ラサラスは、苦笑しながら、一通は本当に最悪の事態になった時の保険だ・・・、と言っていたが、そういう事態にはならなかった。それに、俺も言ったんだ。こんな封書を作らずとも、お前がどうにかすればよい、ってな」

アイクはゆっくりと顔を上げた。

「そうしたら・・・・なんて?」

「そうしたら笑われたよ。いかに己の才覚が勝っていても、人の、民の心までも、全てを思い通りにはできない。そして、すでに、動き始めた流れを、濁流を、せき止める力は、僕一人ごときには無い、とな。悔しそうに笑っていた・・・・。それが印象的でな。恐らく奴にも、見えていた物と、そして見えていなかったが、気付いたことと、何より、見えて、気付いてはいたが、どうしようもできなかったことがあるんだろう・・・・」

アイクの表情を見ても、納得しているのか、それともしてないのか、微妙な顔をしていた。

それでも、レグルスに、返答はどうする?と聞かれて、答えられない所を見ると、逡巡しているのだろう。

ありありと伝わってくる。

「すまない・・・。もう少し考えさせてくれ・・・。ありがたい申し出だし、何より、俺自身も、もはや国境を三人で越えることができるなんて、思ってはいない・・・・・」

「じゃあ・・・・!!」

「それでも時間が欲しいんだ・・・・。考える時間が・・・・」

それはそうだろう。アイクは、ようやく十年越しに故郷に帰ることができたのだ。それもつい最近になって・・・。

それが急に、故郷から遠く離れた土地に行くだなんて・・・・。ましてや、故郷が窮地に立たされているのに・・・・。

それはレグルスもよく分かっているのだろう。優しくうなずく。

「そうか・・・。まあ、よく考えてくれ。俺たちも、帰りの支度をするのにあと二日ほどはこの街に滞在する予定だ。その間に、決めてくれれば、一緒に行くことができるしな」

それは、決断まで、あと二日の猶予しかないと言うことだ。

それはあまりにも短く、さりとて、文句を言うのもお門違いだ。

だからこそ、アイクは、言葉もなく頷き、その場を後にした。隣に立つフレイアはどう思っているのか、と気になってちらりと横目に見れば、そこには、澄んだ瞳でこちらを見返してくる彼女の視線があった。

思わず、見つめ合ってしまったが、しばらくすると、視線を外された。

―――一体、何を考えていたのだろう・・・・?分からない。分からないことだらけだった。ただ僕は、もし、アイクが南に行くと言うのなら、その時は喜んでついていくだろう・・・・。


――――逆に、北に戻る、と言われたときには、どうするだろう・・・・?


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