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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
群雄時代
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会談六

そこには、今の今まで会談をしていたはずの五国の代表たちが、ゆっくりと姿を現していた。そして、彼らの中にあって、ドネア王国の代表、ラルフ外交官は、遠巻きに距離を置かれながら、まるで何も感じていないかのように、堂々と佇んでいる。

それが、一層不気味だった。

カラナンの領主は、颯爽と入り口の扉を開けると、そこに控えていた衛兵に告げる。

「よい。通せ。すぐにここに連れて来い」

「は!!」

その言葉に、短い了承の言葉を残し駆け出した衛兵は、すぐに、幾人かの衛兵と、そして件の兵を連れて戻ってきた。

そこには確かにいた。左右の衛兵に支えられ、歩くのも、やっと、と言うように疲弊し、そして全身傷ついた、一人の年若い兵士の姿が。

恐らく矢傷だろう、頬はみみず腫れができ、左の肩を気にするそぶりを見せているので、矢か何かが刺さっている。足からは血を流し、その上から、真っ赤に染まった布で縛って血止めをしている。

しかし、その瞳には、いささかも、痛みや、疲労の色はない。むしろ、念願叶い、己の使命を全うすることへの強い覚悟が感じられる。

そして、彼は、カラナンの領主の姿を見ると、膝ま付くでもなく、礼を取るでもなく、焦るように、咳き込むように語り出す。

「恐れ多くも!!!このような重要な会談の場を中断させてしまい!!!その上、このような姿でお目通りを願い出たこと、誠に申し訳ありません!!!!!それにもかかわらず、私の面会を許していただき・・・・・」

しかし、その先の言葉は、発することができなかった。なぜなら、それを、誰あろう、カラナンの領主が押しとどめたからだ。

「そんな前置きはいらぬ!!!お主は、確か東の【バルフ王国】と北の【ミダス王国】との国境の守護隊の一員だろう!?いったい何があった!!??話せ!!!!」

その言葉に、傷ついた兵は、口を開く。

「国境付近に帝国の兵士たちが攻め込んできました!!!!山中から突然現れたのです!!!!どうにも何者かの手引きがあったようで、それでも何とか、侵攻を食い止めていたのですが・・・・・。領内から・・・・・!!!内側から、攻め滅ぼされてしまいました!!!!そこにいる【ドネア】の海賊共です!!!!!奴らの国旗を掲げた一軍が、急に領内に姿を現し、帝国の攻撃に対して協力する、と申し出てきましたので、今回の会談で何か決定があったのだと思い、やすやすと中に招き入れてしまいました・・・・」

唇をかみながら、悔しさをにじませ、ドネア王国の兵たちを憎々し気に、にらみつける彼の迫力に、誰もが何も言えずにいた。

それは、詰られる様に非難されている、ドネア王国の兵たちすらそうだった。


――――いや、何を考えているか分からない無表情が、そこにはあった。


それがひどく不気味で、同時に、泡を食ったように戸惑いを浮かべる少なくない数のドネア王国の兵たちと、あまりにも対照的過ぎて、嫌に目につく。


「今にして思えば・・・・・。あまりにも救援が早すぎたのです・・・・・。敵の、帝国の侵略者たちが、急に、それこそ突然山中から現れたので、慌てふためいていて対応が遅れ、誰もが、疑問を差し挟む余地がありませんでした・・・・・」

どんどん、どんどん、声が小さくなっていき、しまいにはうつむいて、その言葉はほとんど聞き取れなかった。

掠れた声、ぽたり、ぽたりと地面に落ちる雫。

しかし、それでも、彼は語ることを止めない。気丈にも面を上げ、涙にぬれたその瞳を、まっすぐ領主に向け、喉も裂けよとばかりに、叫ぶ。

「奴らは!!!!領内にまんまと侵入した奴らは!!!そのまま内側から攻撃を仕掛けてきました!!!!!内と外、両方から攻められ、我々が陥落するのも時間の問題でした!!!!そんな中!!!!隊長は!!!私を逃がしたのです!!!!伝令を伝えてくれ、と言い残し、馬の扱いに長け、かつ体力もある、と言う理由で!!!!一番若い兵士だから、ここで死なせるのは忍びない、っていう理由で!!!!私を必死に逃がしたんです!!!!!どうか!!!!どうか助けてください!!!!!そして、帝国を!!!!!【ドネア王国】を!!!!!裏切り者どもを!!!!!滅ぼしてください!!!!!!」

それだけを叫び終えると、そのままゆっくりと意識を失うように倒れ込む。

それを、ここまで連れてきた衛兵たちが慌てたように支えるが、もはやそれ以上の力はないのか、起き上がることはなかった。

そして彼の言葉を受け、領主が重々しく口を開く。

「相分かった」

それはとても小さな声だった。ともすれば聞き漏らしてしまうほど、小さな声だった。しかし、そこには、抑えきれないほどの怒りが、熱がこもっていて、嫌でも、はっきりと耳に届く。

くるり、と振り返ったカラナンの領主の表情は、どこまでも無感情で、絞り出された言葉すらも、感情の起伏に乏しかった。

「いったいこれはどういうことかな?」

その身から発せられる迫力に、自分に対して向けられていないにもかかわらず、知らず、一歩後ずさってしまうほどだ。

ましてや、それを直接、間近に受けた、ラルフ外交官はいったいどれほどだっただろうか?

その顔を少し青ざめさせてはいるが、それでも、全く臆することなく、震えることなく、正面に向かって佇んでいる。


「その者が言ったとおりだ・・・・・」


一瞬、何を言ったのか全く分からなかった。誰も、何を言われたのか、理解できなかった。何かの嘘であってくれ、冗談であってくれ、間違いであってくれ―――。そう誰もが期待していたのかもしれない。

頭では、分かっていても、現実にまざまざと見せつけられ、理解していたはずなのに、それでもおかしなもので、心の中では必死に否定の言葉を、理由を、探す。

それを一顧だにしない、切って捨てるような肯定。

それは、明確な裏切りの証明。何よりの背信行為。この五国会談を主催した、発案した国がどうしてそのような裏切りをするのだろう?

余りにも混乱した頭で、どうして?と言う疑問を重ね続ける。

それでも、あまりにも世界に疎い僕には、その答えなど一切分からない。

しかし、同じように、当惑した顔付きで、居並ぶ各国の兵士、外交官たちも、僕と同じように、戸惑っているようだった。

「貴様!!!!それが何を意味するか知っているのか!!!!???血迷ったか!!!???四国を敵に回してどうなるか分かっているのだろうな!!!!???」

怒りをあらわに詰め寄り、声を荒げるカラナンの領主に、同じように、ラルフは詰め寄る。彼我の距離は、もう一切なく、額をぶつけ合うような距離で、負けじと声高に叫ぶ。

「元よりそのつもり!!!!王は!!!!いや、王だけではない!!!民の、大人から子供に至るまで!!!!女も男も関係なく!!!すべての民が!!!!あの屈辱の和平を忘れた時はない!!!!貴様らが一体なんだと言うのだ!!!!???貴様らごとき軟弱者どもが一体なんだと言うのだ!!!!????」

「何が屈辱だと言うのだ!!!???あの和平が為ったからこそ、今日この時まで我らはともに発展してきた!!!!!帝国の勢力拡大を水際で食いとどめてこられた!!!!それの何を!!!!!屈辱だと言うのだ!!!!!?????」

「あのまま争い合っていればよかったのだ!!!!!そうすれば十年とせず我が王国が、ドネアの国旗が、この東の国中に立っていただろう!!!!!そうすれば、帝国など!!!!帝国の侵略など恐るるに足りない!!!!いや、むしろ我らなら打って出て帝国の愚か者どもを尽く討ち果たし、ついにはこの大陸中を手中に収めていただろう!!!!それを邪魔し、あまつさえ、和平だと!!!!????この腑抜け共が!!!!!」


それは、ついに語られることのなかった、もう一つの過去。

そして、今日この時、最悪のタイミングで、再び歴史に顔を出した、ドネア王国の怒り。

はたから見てみれば、暴論とも、ましてや我儘で自分勝手な話、とも受け取れる、下らない理想だ。しかし、ドネア、と言う国では、そこに住む人々は、その荒々しい気性が、内に秘めるどうしようもない獣性が、抑えきれない怒りとなって爆発したのだ。

それは、他人から奪っても、自分が豊かになればそれでいい、と平気で思える冷酷さ。そして何より身内を大切に思う心。その、ともすれば相反する二つの心に支えられ、この厳しい世界の中にある、弱きものは強き者に食われて当然、と言う自然の摂理が重なり、どうしようもなく屈辱を感じたのだ。

―――あの時、屈服するしかなかった弱い己らを――――。

―――従うしかできない弱い自分たちを――――。

必死に、繋ぎ止め、ようやく、保っていたはずの怒りが、憎しみが、たった一つ、帝国からの甘い、甘い誘いによって、脆くも露見する。

―――もし、今回協力してくれるのなら、東の五国をすべてまとめ、そこを治める王にしてもよい――――。

―――ただし、その代わりに、国内に、大陸内に、帝国兵を手引きし、かつ、領土を接する三国を後方から、攻撃してほしい―――。

それほど悩まなかったのだろう。すぐに策をめぐらし、いや、帝国は、すでに今回の青写真を描いていたようで、帝国から策を与えられ、戦略を、策謀を張り巡らし、五国の会談が為された。

それは、ともすれば、帝国が、この五国の歴史を、現状を全て、とはいかないまでも、ほとんど熟知している、と言うことに他ならない。

さすれば、おのずと、警戒しなければならないはずだ・・・・。事実、他の四国の王ならば、どのように話を切り出されたとしても警戒を強め、一顧だにしなかっただろう。

しかし、ドネア王国であれば、いやドネア王国だからこそ、了承した。了承してしまった。

己が身の内に、獅子、どころではない、龍を招き入れた、と言うことにすら気付けないままに・・・・。


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