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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
群雄時代
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会談四

「それなら、返事をもらえなかった時点で、そうすればよかったんじゃない?」

「それはできないのよ。五国の終戦後に、様々な国家間の取り決めが為されたのだけれども、そのうちの一つに、みだりに兵隊が国境を越えてはならない、と義務付けられていて、その掟を破った国には、四国からの経済的な制裁、更には軍事的な制裁が科せられることになっているのよ」

「へえー・・・。でも、それなら、国の代表に訪問させたりとか・・・・」

「そうしてきたのだけれど、今まで色よい返事がもらえなかった・・・。だから今回の会談は都合がいい、と言うことね。どうしてか分かる?」

「百人規模の軍を派遣しても目立たない・・・から?」

「それもあるけれども、もう一つ。要はみだりに国境を侵してはならない、と言うことは、西の【ドネア王国】にとって、東の【バルフ王国】に行くのに一つ国を越えなければならない。陸路だろうが、海路だろうが、ね・・・・」

なるほど。ようやく合点がいった。

「と、言うことは、今回の会談の意図は、もしかしたら、【ドネア王国】の兵が、この【永世中立国テーベ】の国境を越えるためのもの、かもしれないってこと・・・?」

フレイアが口を開く前に、レグルスが話に入り込んできた。

「もちろんそこまでとは私たちも思っていない。だが、そう思っている人たちもいて、そう言う穿った見方をしようと思えば、できてしまう、と言うことが今回の問題なんだよ」

アイクが、レグルスの話を受けるように口を開く。

「そうだな。だが、そう考えると、【ドネア王国】の最強武力、陸、海の頂点と言われる【ルクノバ将軍】が派遣されていることにも納得できるな・・・」

またしても知らない名前が出てきた・・・。もうすでに僕の頭は許容限界を超えている。

「ああ。それは俺も思った。だが、今では海の最強は弟の【カストル将軍】に軍配が上がる、と聞いているがな」

「だからと言って、国の中でも最も兵たちから慕われていて、その上、実力もトップクラスの男だ。よく、王が、国を留守にさせようと思ったものだ」

すると、アイクの言葉にレグルスはにやりと笑みを浮かべ、すぐに切り返して来た。

「そう言うお前だって、ここに来ているではないか?あの迷宮都市【ガルガロス】の天才と呼ばれたお前が。あの町では今も昔も叶う者はないと聞いたぞ?」

言われたアイクは少し嫌そうな表情を浮かべる。

「混ぜっ返すなよ。俺は、確かに昔はそうだったのかも知らんが、今はもう十年以上国を空けていたんだ・・・・。それに、今もって・・・どうして分かるんだ?」

「お前の国の兵に聞いたんだ。そうしたら、お前の実力はやはり抜きんでているって。みんな口をそろえて言っていたぞ?」

嬉しそうに告げるレグルスは、冗談抜きで、アイクが今も昔と変わらずに強いことに喜んでいるようだった。

「ちっ!いったい誰がそんな与太を言っているんだか・・・・。そう言うお前だって、【五英傑】の一人だ。お前の方こそ、国を空けては駄目だったんじゃないか?」

レグルスはそう返され、少し複雑そうに苦笑いを浮かべる。

「おっと。そう来たか・・・・。だが、お前こそ知っているように、俺は【五英傑】の一人に恐れ多くも名を連ねているだけで、正直能力は一番低いよ・・・・」

「そんなこと・・・・」

アイクが否定しようとしたが、それを遮るようにレグルスが真面目腐った顔で続ける。

「それにな。【天読み】が言うんだよ。―――今回の会談、少し胸騒ぎがするから、どうか君が行ってくれないか?―――ってね」

「そんなことを言っていたのか?」

「ああ。あいつは、いろいろなことを通して、あまりにも多くのことを見通している。だが、それでも、確信が無い限りほとんど語りたがらないんだ・・・・。だが、あいつがそう言っているのなら、何か、懸念があるのだろう・・・。できれば、二週間、何もなく終わればいいのだが・・・・」

ゆっくりと見上げるその視線の先には、今もなお、五国による会議が行われている部屋がある。それは、順調に進んでいるのか、もしくは、そうではないのか、僕らには全くわからない。

しかし、彼らの議論の先に、僕ら五国の未来がかかっていることだけは、どれだけ僕が無知だろうと、はっきりと分かった。


一日目はどうやらつつがなく終わったようだ。広間に降りてきた五国の代表たちは、皆疲労を残しながらも、どこか、やりきったような表情を浮かべており、その緩んだ顔から、話し合いは順調に進んでいるように思われた。


二日目以降も何事も問題なく進んでいく。

噂では、各国の協力はすでに一日目で反対意見などなく満場一致での合意がなされたのだそうだが、それ以降は、現状の帝国軍の規模、勢力の把握、味方勢力の軍備の把握、そして、どの国が、一体どこまでの支援を行うか、という話し合いが為されているそうだ。

勿論、長年、帝国侵略の防波堤として、最前線に立ち続けてきた【バルフ王国】は、今回も真っ先に戦端になることは想像に難くない。

しかし、今回は帝国の侵略戦も今までで一番力が入っている様で、船団が組まれ、【アストラン王国】への侵略も予想されているそうだ。

そして、海と陸からの侵略に伴い、北の【ミダス王国】、そして西の【ドネア王国】がいったいどういった支援を為すのか?具体的には兵糧や、武器による支援のみとするのか?それとも軍団を組んで派遣し、戦闘に当たるのか?そういった話し合いが行われているそうだ。

こういった話は、ほとんどがレグルスからもたらされた物であり、彼がいかに【アストラン王国】で重要な立場にいるのかよく分かる。

ただし、レグルスの話の中で一番印象に残ったのは、彼がぽつりとつぶやいた言葉で、

「まあ、いかに帝国が大船団を組もうが、【魔導】姉弟が出陣すれば、たった二人で百だろうが二百だろうが沈めて見せるだろうな・・・・・」

と言っていたが、そんなこと成し遂げられる人間などいるのだろうか?

いや、むしろそれは本当に人間なのか?と疑わしくなってくる。魔物なんじゃないか?


一週間がたち、どんどん大筋合意がなされていく会議に、僕らも心に慢心が芽生え始める。


そんな中、一つ事件が起こった。

それは、ちょうど一週間目、折り返しに入った日の、長かった一日に及ぶ会議が終わり、皆で、広間で夕食を摂っていた時の話だ。

酒も入っていたのだろう、僕らと同じように緊張感を維持するのが難しくなり、少し、わずかに、心が大きくなっていつも以上に酔ってしまったのか、はっきりとしたことは分からない。

何故なら僕らはその時、近くにはいなかったからだ。

いつもと同じように、レグルスと話し込みながら夕食を摂っていた。

―――この人は自分の国に親しい友人がいないんじゃないか・・・・?

余計なお世話ながらも、いつも、いつも僕らに話しかけてくる彼に、わずかにそんな思いを抱いていたその時。

ガチャン!!

と、金属や陶器が地面に落ちる音が聞こえ、次いで、

 パリン!!

とガラスか何かが割れる、高く澄んだようなきれいな音が響き渡る。

そして、それを追いかけるように、しん、と静まった広間に怒鳴り声が木霊する。

「貴様ら!!もう一編言ってみろ!!!」

「お前らこそ!!こんなことしてただで済むと思っているのか!?」

思わず怒鳴り声のしたほうに目を向けると、そこには睨みあったまま、掴みかからんばかりの勢いでいきり立つ二つの集団があった。

一つは、浴びるほど酒を飲んだのだろう、酒に強いはずの【ドネア王国】の兵士たちが、顔を真っ赤にし、据わった目つきで睨みつけている。そしてその中心には納刀したままの剣の柄を握り、驚くほど冷たい瞳で相手を見下ろすラルフ外交官の姿があった。

そこには、会談の始まりで挨拶をした時の、厳格な中にも感じる優しさなど一切なく、ただ、ただ、拒絶するような冷酷さだけがあった。

そして彼らと睨みあうもう一つの集団は、【バルフ王国】の兵士達だ。

彼らの中心にいたのは額から血を流し、地面にうつぶせに倒れ込む一人の年若い兵士と、それを必死に助け起こそうとする仲間の兵士達。

その間には、一切の余裕などなく、ただ、ただ、張り詰めた緊張感が漂う。

そして、ともすれば、今にも抜き身の剣を用いて、殺し合いにまで発展しそうな空気がある。

事実、【バルフ王国】の兵士たちの中には、味方がやられたことで、もはや問答無用で、剣の柄に手をかけ、今にも抜き打ちに斬りかかりそうな者もいる始末だ。

突然、降って沸いたように起こった出来事に、その場にいた者達は一様に動きを止め、固まり、誰も何もできずにいた。

それは修羅場に慣れていたはずの僕やアイクでさえもそうだったのだから、周りの者など、もはやどうすればいいのか全くわからないのだろう。

「ぶち殺すぞこら!!!」

「なんだと!?そっちから手を出しておいてもう許さないぞお前ら!!!!」

鞘に手をかけていた兵士達が抜刀した瞬間、音が戻ってきた。

「おい。こいつはまずいぞ」

「早く誰か止めろ!!」

ざわざわと騒めく喧騒の中にあっても、その剣吞とした雰囲気は一向に収まらない。

―――どうにか収集を付けなければ―――。

誰もがそう思って、間に入ろうとしたその時―――。

「何をしているんだ!!!!???」

広間の壁を揺らすほどの大音声が、響き渡る。

人並みが割れる。左右に分かれ、できた一本の道から、一人の男がずんずんと歩いてくる。その男は、顔を怒りで朱に染め、肩を震わせながら、そのまま近づいていくと彼らの前に立つ。

憤怒を浮かべるその男の全身から、湯気が立ち上るように、体内魔力が膨れ上がっており、それは、魔力を感じることができない兵士達ですら威圧し、怯えさせ、委縮させるだけの迫力を放っている。

そして、目の前に立たれた彼らは、なおのこと。

【バルフ王国】の兵たちは、かわいそうに顔面を蒼白に、いや、むしろ、真っ白に染めながら、ぶるぶると震え出した。

対して、【ドネア王国】の兵たちは、それでも彼をにらみつける余裕があるようだが、緊張で体が強張っている。


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