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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
群雄時代
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和平七

「私は戦争を止めたい!!そのために、ここにいる方々の力を貸してほしい!!すでに四国のうち二国を説得し、ここに付き従っていただいている!!だからこそ!!和平が現実的に見えてきた!!今だからこそ!!みんなの協力をなにとぞいただければと思いこの場に寄らせてもらいました!!」

しん、と静まり返る、室内に、俺の声だけが響き渡る。

皆、何も言わずにただ黙って俺の様子を見つめている。そして、俺の後ろに控えている兵士たちを、窺うように見つめている。

真っ先に口を開いたのは、【カラナン】の領主だった。

「言いたいことはそれだけか?ならばさっさと帰れ!!」

決して声を荒げているつもりはないのだろう。それでも、静まり返った広間には朗々と響き渡り、その威圧感に思わず身をすくめてしまいそうになる。

だが、ここで引くわけにはいかないのだ。俺は覚悟を決めて下腹に力を込めながら叫び返す。

「いいえ!!帰りません!!ここで、あなた様の、そしてここに集まっていただいた皆様方の協力を得るまで私は一歩も引きません!!そもそも、こうして戦争をだらだらと続けている今、この現状を、どうお思いですか!?これでいいと思っているのですか!?皆さまの中には、戦争のない時代を知る方々もいるでしょう・・・・。だが、ほとんどの方は戦争のない世を知らないのではないでしょうか!?私もその一人です・・・・。私は戦争で帰るべき故郷を失い・・・、家族を失い・・・・、友人知人を失い・・・・。この戦争で得られるものはいったい何なのですか!?金ですか!?そんなもののために!!かけがえのない物全てを失おうと言うのですか!?憎しみに身を任せ、生きながらえるためだけに必死に戦場を駆けてきました!!もううんざりなのです!!あなた方は!!生まれてきた子供に同じ道を歩んでもらいたいとお思いですか!?血に塗れ・・・。初めて教える言葉は人を疑い、敵を殺せ!!初めて教えるのは、敵を効率的に殺す方法!!そんなことにいったい何の意味がありますか!?どうか私と一緒に!!理想を追いかけてくれませんか!?」

俺の言葉は誰かの心に届いただろうか?俺の言葉は、誰かの心を動かす灯火となっただろうか?

血を吐くような思いで語ったすべてが己の本心だった。何も取り繕うことのない、純粋な本心だった。

一つだけはっきりと言えることがある。

それは目の前に迫った白けた表情の【カラナン】の領主には、全く持って、これっぽっちも俺の言葉は届いていなかった、と言うことだろう。

ずいっ、と息がかかるくらいまで顔を近づけられた。威嚇するように、鋭い視線を向けてくる彼に、一歩も引くことなく、その視線を受け止める。

「言いたいことはそれだけか?とっとと消えろ!!さもなくば、今ここで貴様を縊り殺すぞ!!」

見つめ合うことしばし、俺はゆっくりと瞳から力を抜き、だらりと脱力する。力を失ったようにうつむいた俺を見て、満足そうに、くるりと背を向けた男は、そのままゆっくりと中央に向かって歩き始める。

―――ここまで・・・か・・・。

俺の言葉が届かなかったことが悲しいのか?それとも和平が為らなかったことが悔しいのか?分からない・・・

それでも一つ言えることは、こうして二国を説得し、その王に、そしてこうして付き従ってくれた未来ある兵士たちに、理想とした、夢を見せてやれなくて不甲斐なかった。

―――だからこそ!諦めるつもりはない!!

だからこそ!!例え【俺】としての夢がここで潰えたとしても、いつか、いつの日か【俺】のように戦争のない世界を夢見て、叶えてくれる人のために、礎となろう―――。

「聞いたか!?皆の者!?今ここに!!和平を邪魔する老害が一人!!協力を断った!!誰ぞいないか!?俺と同じ夢を見て、そして、この和平をかなえようと言う気概のある者は!?もし一人でもいい!!二人でもいい!!何人でも!!俺とともに歩もうと思ってくれる者はいないか!?」

周囲を見渡すように尋ねてみるが、ひどく反応が悪い。

―――【カラナン】の領主親子が怖いからか・・・・。それとも本当に和平など興味が無いか・・・・。

ひどく冷たい気分になる。手足の先が、冷えて、まるで感覚が無い。うつむき、何も反応しない人々に向かって問いかけを繰り返すのが、こんなにも辛かったとは・・・・。

その様子を見て、さも面白そうに、【カラナン】の領主が笑い出した。

「はっ!はっ!は!周りを見てみろ!!誰も何も答えやしないじゃないか!?ええ!?戦争は金になるんだよ!!そして、人を殺すあの瞬間・・・!!病みつきになるじゃないか!?哀れな弱者をいたぶり!!そして女を力でねじ伏せ犯す!!戦争を止めるなんぞ!!正気じゃない!!だってそうだろう!?力のある者達が好き放題できる世界!!自然の摂理に最も近い世界だ!!何を厭うことがある!?さてはお前軟弱者だな!?弱者だな!?ここに今日集まった者の中にそんなものはいない!!であれば!!であればこそ!!今のこの世界に不満を持つものなどいるはずがないだろう!?ええ!?」

―――お前こそ正気じゃない!!喉元まで出かかった言葉を必死に飲み込んだが、それでもなお、怒りがふつふつと湧き上がってきた。

そして同時に、どうしようもない無力感がこみあげてくる。

それは、戦争のない世界を目指した俺が間違っていたのではないか?と言うような、どうしよもない脱力感。そして、こんなくだらない世界なら、いっそ死んでしまったほうがましなんじゃないか?と思うような諦念だった。

―――これが今の世の中なのか・・・・?


そう思ったとき、不意に屋敷の外が騒がしくなる。


「なん・・・だ・・・?」

広間にいた人々が困惑したように見つめ合ったその時、扉がばーん!と勢いよく開き、衛兵たちが慌てた様子で飛び込んできた。

「こちらは今、会談中だ!!何が起こったと言うのだ!?」

「大変です!!領主様!!この屋敷の外に、央国の国中の傭兵達と、そして近場の領民たちが集まってきております!!」

「なんだと!?」

慌てたように窓に近づいた俺たちの瞳に飛び込んできたのは、多くの人、人、人・・・・。めまいがするような人の波。彼らは女子供もそして老人すらも皆、通路にあふれかえるほどに多くの人たちが詰めかけてきている。

「一体どうしたというのだ!!??」

声を荒げる領主に、衛兵たちは、皆一様に口ごもる。

「その・・・・ですね・・・・。そこにいらっしゃる傭兵の方が、二国の和平を為した、と聞いてですね・・・・」

「それがどうしたと言うのだ!?」

歯切れの悪い衛兵らに少し苛立ったようで、憤怒の形相で詰め寄る。

「は!それで、此度、この屋敷に集まった央国の名だたる領主、傭兵の方々に戦争のない世界を実現してほしいと望む声が・・・・」

「なんだと!?」

言われて見れば聞こえてくる。

「戦争を止めてくれ!!」「もううんざりなんだ!!」「頼む!!後二国!!半分を説得すればいいんだ!!」「協力してあげてくれ!!」「子供たちに戦争のない世界を見せてあげたいの!!」「お願いだ!!」


「戦争を!!」「戦争を!!」「戦争を!!」「戦争を!!」「戦争を!!」


「止めてくれえええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!」


道にあふれかえった人々の心からの叫びが・・・。

思わず胸が熱くなる。こんなにも・・・!こんなにも俺の声は、言葉は人々の心に届いていたようだ!!

それが嬉しかった。目頭が熱くなり、涙が零れ落ちてくる。

―――絶対に死なない!!戦争を止めるまでは!!俺は諦めない!!

改めて決意した。


しかし呆然として、思わず警戒を怠ってしまっていた。そんな俺にぐるりと憤怒の形相を浮かべた【カラナン】の領主が振り返る。

それは並みの兵士であれば失神してしまうほどの圧力だ。

そしてその圧力に、俺も思わず呆然としてしまい、対応が後手になってしまう。

すらり、と腰に佩いていた剣を抜き放ち、そのまま斬りかかってきた!!

ぶわっ!と鋼の匂いが押し寄せてきた。

その剣は、戦場で多くの人間の血をすすってきたのだろう、黒ずんだその鋼からは、決して消えない濃い血の匂いがした。

―――死ん・・・だ・・・・。

避ける暇もない。受ける剣もない。ただただ無手で、その時を待つ。


きん!


鋭い音がしたかと思ったら、目前まで迫ってきていた剛剣が弾かれていた!!

あの鋭い太刀筋、何より、あの風すらも切り裂いてしまうほどの勢いの剛剣を受け、はじき返してしまう腕力を持った男など・・・・。一人しかいない・・・・。

ゆっくりと振り向いた。

その視線の先には・・・・。

「なぜ剣を抜いた?なぜ邪魔だてをした?・・・・・お前がその男の後ろに立ってかばうように剣を抜いているのは・・・・?なぜだ!?答えよ!?」

「父さん・・・・。俺・・・・。もう、人を殺したくないんだ・・・・」

そこにいたのは、たった一度の戦場で、傭兵達の伝説とまでなった、領主の息子だった。

言葉とは裏腹に、ひどく無表情で、感情が読めない。

これが罠なのか、それとも本心からの言葉なのか、全くわからなかった。

それでも、父親たる領主のあの狼狽ぶりを見ると、どうにも本心ではないかと思わせられる。

「お前は小さいころからそうだった!!形ばかり大きくて!!心は小さい・・・。実に嘆かわしい!!幼いころに矯正できたと思っていたのに!!この様とは!!情けない!!それでも俺の息子か!?剣を引け!!」

それでも、一向に剣を引く様子はない。

「父さんこそ。もういいだろう?父を殺したくはない。剣を引いてくれないか?」

誰も、一歩も動けなくなってしまった。

俺を挟んで対峙する親子の迫力に、剣を持たず、無手の俺は、ただ立ち尽くすだけだ。

そろり、そろり、と俺を挟んで対峙していた親子が移動し、広間の中央に歩んでいった。


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