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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
群雄時代
131/681

和平四

王城にたどり着いた頃には、彼らは職務など忘れ実に楽しそうにはしゃいでいた。

城門を守る兵士たちに用向きを告げ、【バルフ王国】の王に認めてもらった書簡を手渡す。

王との面会には時間がかかると思っていたが、意外にも、四半刻(三十分)も待たされぬうちに中に案内された。

厳重な身体検査を抜け、広大な王宮を、まるで自慢される様に案内され、その度に、この国の豊かさを感じながら、たっぷり時間をかけて豪勢な設えの扉の前まで連れてこられた。

「中に入ったら中央まで進み、膝をついて臣下の礼を取りしばし待たれよ」

言われた通りに中まで進み、ゆっくりと膝をつく。

ここも同じように、左右には高価な衣服に身を纏った身分の高そうな人々が押し並び、少し違ったのは、俺たち、いや、俺に対して値踏みするような視線を投げかけてくる。

中には、露骨に「あれがそうか・・・・」「ほう・・・」「まだ若いではないか・・・」など品定めするような言葉をひそひそと話しているのも聞こえてくる。

ゆっくりと、奥から人の気配がし、進み出てきたのは、周囲に侍る家臣たちとそれほど変わらない、いや、よく見てみればそれよりも一段質が落ちるかもしれない衣服に身を包んだ人の好い笑顔を浮かべる男性だった。

「面を上げよ」

王の付き人かと思っていたが、意外にも彼自身が王だったようで、玉座に腰かけると、こちらを見下ろしながら声をかけてきた。

「は!」

ゆっくりと顔をあげ、見つめ合うことしばし、目の前に座る王が、にっこりと口元をほころばせた。

「どうだ?驚いたか?私が王とは思わなかっただろう?」

その無邪気な笑顔を見て、彼の臣下たちはやれやれと言うように頭を振り、俺の仲間たちは、人当たりがよさそうだ、と、ほっと胸をなでおろす。

―――馬鹿が!

その周囲の様子を見て、心の中で毒づき、逆に俺は、警戒を一段も、二段も引き上げた。

一見して、歳の分からない、ともすれば二十代だと言われても四十代だと言われても納得してしまうような外見、そして何より、人当たりのいい無邪気な笑顔、それでいて、今もなお、こちらを値踏みするように油断なく送られてくる鋭い視線。

その上、一見邪気のない風を取り繕っていてもはっきりと分かる、王の風格。対峙する相手に油断させるためのものなのだろう、決して当人は馬鹿ではない。

―――どころか、恐ろしく頭が切れる。


だからこそ、今回の交渉は、もしかしたら一番簡単なものになるかもしれない・・・。


「そなたの用向きはきちんと私に伝わっているぞ!ようも西の堅物どもを説得できたな!!」

その言葉に、にわかに俺に付き従ってきていたバルフ王国の騎士たちが異を唱えるように騒ぎ立てようとするので、それを遮るように手で制し、言葉を返す。

「お褒め頂き誠にありがとうございます!しかし、一つ訂正を。彼らが高潔であればこそ、私の理想に賛同していただきました」

王が満足そうな表情を浮かべる。そして次に発せられた言葉は、ここにいた全員の度肝を抜くに十分な言葉だった。

「私の部下にならぬか?この国に仕えれば、今以上にお主の才をいかんなく発揮できるうえに、この国にとっても利となる・・・。どうだ!?」

まるで名案だと言わんばかりに顔を輝かせ、迫ってくる王に、思わずぽかんとしてしまう。それは、周囲の人々も同じだったようで、その場が一瞬で静まり返った。

しばしの沈黙ののち、その場が爆発した。

「王よ・・・なんと・・・・そのようなことを!!」

「突然このようなことを言い出すとは!!」

「向こうは敵対国【バルフ王国】の使者たちなのですよ!?血迷いましたか!?」

「その上、奴自身どこの馬の骨とも分からぬ傭兵崩れです!!士官など叶うはずもありません!!」

「ジェンナ殿!!分かっておりますよね!?我々を裏切れば、あなたの命をいただかねばなりません!!」

「士官など!!お断りください!!」

敵も、味方も巻き込んで、阿鼻叫喚に包まれる室内で、俺は、いや、俺と王だけは無言で見つめ合う。

俺に一切の余裕はなく、片や王は、してやったりの表情を浮かべている。

額から、一筋の汗が零れ落ちた。

―――本当に突拍子もないことを言う・・・・。これを断れば、無礼だ、と手打ちされてもおかしくはない、ましてや今の今も後ろで嘆き騒いでいる国の重鎮たちは、急に矛先を変え、俺を非難しだすだろう。

だからと言って、この場を乗り切るために軽々と頷いてしまえば、後ろにいる俺が連れてきたバルフ王国の兵たちの信頼が下がり、終いには、何とかまとめたバルフ王国との協力関係すらも、壊れてしまうかもしれない。


―――さて?どう乗り切って見せる?若造よ?


王の視線には、面白がっているような色がある。

―――やってくれたな・・・!さて、どうやって事態を収拾しようか・・・・。と悩んだ末、俺も、こうなれば、とことんまでやってやろう、と一つ腹をくくった。


「はっ!はっ!は!王よ!!冗談もそこまで行くといっそ清々しいですな!!」

大声で笑い飛ばしてやった。すると、今まで騒がしかった謁見の間が一気に静まる。

対面する王の表情がピクリと動き、今の今まで浮かべていた笑顔が少し陰りを帯びる。

「ほう?冗談、とな?」

「だってそうでしょう?此度の私の用向きをすでに書簡にてお伝えしております。私が今日こちらに赴いたのは、商談です。交渉でも、請願でもありません。ただ、お互いに利のある商談をしに来たのです!!」

今度は王が大声で笑いだした。

「はっ!はっ!は!・・・・何を言い出すかと思えば、商談とな・・・?」

「ええ」

とたん、ぎろりと先ほどまでの人当たりのいい笑みが消え、背筋が震えるような鋭い視線を浴びせられる。

「恐れ多くも!!この私に向かって!!商談に参ったと!!そう申すのか!?貴様らは、ただ、己の分不相応なできもしない理想をかなえるために!!この私に無様にも請い願いに来た、の間違いではないか!?であるとするならば、貴様らがいますることは対等に語りかけることではなく、首を深く垂れ!!地べたに這いつくばって!!真摯に願うことだ!!!」

その重圧に、思わず頭が下がりそうになる。戦場とはまた違った、途方もない重圧、額からは汗が一つ零れ落ち、全身が総毛だっているが、俺は語ることを止めない。

いや、むしろ立ち上がって、王に向き合う。

「いいえ。私はこうして商談に来ました!!なので、無礼を承知で立たせてもらいます!!だってそうでしょう?あなた様にとっても、戦争が終わる方が、利が大きい。違いますか?」

王の視線が鋭くなる。傍に控えていた臣下たちも、咎めるような視線を向けてくる。

「私はそうは思わんな!!戦争など、いくらでも続けばよい!!どうせ国力の差で勝つのはわが国なのだからな!!じきに答えは出よう?この戦争など我が国の勝利で幕を閉じる!!」

その自信に満ちた物言いに、臣下たちすらも賛同の意を示す。

しかし、ここでようやく俺は一つの道筋を見つけた。恐らく向かい合う王は、俺がそこまで見通しているとは思っていないのだろう。だからこそ、自分自身で墓穴を掘ってしまった。

どうだ?と言わんばかりに見下ろしてくる王に向かって、俺はにっこりとほほ笑みかけてやった。

怪訝な表情を浮かべる王に語り掛ける。

「流石に稀代の名君、と誉れ高い王は言うことが違いますな・・・。だが、しかし、その王が、実は、戦争が長引けば長引くほどいい、と思っていることに、民や臣たちが気付いておりますでしょうか?もし知っているとすれば、それが国民の総意なのでしょうか?」

途端、臣下たちがぴたりと言葉を止める。

王の表情に一瞬、ほんの瞬きする間だったが、それでも確かに俺は動揺の色を見た。それは知らなければ見落としてしまうほど些細なもの。それでも、俺ははっきりと気付いた。果たしてそのことに気付いたものがいるだろうか?

「これは異なことを申す。もしや、流言をもってこの国を混乱させようと言うのか?それであれば私はもう貴様らと話すに値しない。なぜならそんな戯言を信じる者などこの国の隅々までどこを探してもいないからだ!!」

急に怒鳴り声を上げた王に、臣下たちですら、びくり、と体を震わせた。

それでも俺は一歩も引かない。

「流言と申しましたな?私の言うことが戯言である、そう申されましたな?だが!!王よ!!であれば私は問いたい!!あなた様は、あなた様の国は!!戦争を終結させるためにいったい何をしていますか!?勝利に終わると言うのであれば、間もなく国力の差で勝利すると言うのであれば、どうしていまだに四国が、勢力も、領土も拮抗したままあり続けているのですか!?」

「それは・・・・」

王が口を開こうとしたが、それをしゃべらせない。遮るように大音声で畳みかける。

「確かにあなた様の国は四国の中で一番栄えています!!それは見るまでもありません!!街に入れば、一見してはっきりと分かります!!兵の連度に優れた【バルフ王国】。迷宮を有し、その迷宮で闘う少数ではありますが精鋭を引き連れた【ミダス王国】。この二国がいかに兵力で勝とうが、あなた様の国には決して敵いますまい!!何故なら!!豊かさからして一段も、二段も違うからです!!その兵站が、武器の差が、性能の差が!!まるで違います!!であるならばどうして四国の勢力は拮抗しているか!!私の目にはあなた様が、戦争が長引けばいい、と思っているようにしか見えません!!」

無表情で俺を見下ろしていた王がゆっくりと口を開く。

「それだけか?」

ぴりぴりとした空気に知らず肌が震える。

「言いたいことはそれだけか!?私が、わが国が戦争に進んで参加しないのは、南との貿易に尽力しているからだ!!時期が来れば!!私は残りの三国を一瞬で平定してみせよう!!今はまだ・・・。今はまだ国力を蓄える時期!!時が来れば!!打って出る!!」

居並ぶ臣下たちは王の言葉に頷く者もいれば、疑問に思う者もいるようで、はっきりとその反応が分かれている。あと少し―――。あと一押し―――。

だからこそ、話を続ける。疑問を投げかける。


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