和平二
早速行動を起こすことにした。
まず、顔なじみの傭兵達にできる限り声をかけて回る。
ただし、単純に、戦争を止める、協力してほしい、と言ったところで笑われるのがおちだ。ではどうするか、考えた末、伝えた内容は、こうだ。
「今から、【バルフ王国】と、【ミダス王国】の間で、戦争が起こる可能性がある。俺はなんとかして戦争を止めたい。そのために、今から【バルフ王国】の王と会談を執り行ってくるつもりだ。ひいては、【バルフ王国】の国境付近で、できる限りの人数を集め、一週間ほどでいい。一週間ほど、野営を行ってはくれないか?それでも戦争が止まらなければ、どちらかの陣営にいつものように付けばいい。決して損な内容ではないだろう?」
と。これに、半信半疑ながら、数百人の傭兵が参加してくれた。
勿論、中には、戦争を止められるものなら止めてみろ!というような男たちもいれば、疲弊しきった様子で、何とか戦争を止めてほしい、と哀願するような男たちもいた。
そうして、数百人の傭兵を引き連れ、一路【バルフ王国】に単身乗り込んでいく。
単身とは言っても、それでは見栄が悪いから、こちらも何とか懇願して、以前より親交のあった三人の知人を護衛に見立て、王都を目指した。
王都に入ると、早速、王城に向かって歩みを進めた。
やはり、と言うか、これだけ戦争を繰り返していれば、いかに王都と言えどもその民衆は疲弊しきっている様で、にぎやかなはずの王都もどこか影を帯びているように見える。
どうやら、民衆すべてに負担を強いている政策を行っているようで、貧富の差はないように見えるが、それでもこれだけ戦争が長引けは、いくら何でもつつましい暮らしを強いられている。
―――それでも貧富の差が無いだけましだ。
中央の連合体の中には、民に負担を強いて、その上前を跳ねるだけの悪徳領主が何人か存在している。
彼らに言わせれば、戦争は金になる、そうだ。
正直その心意気が理解できない。
しかし、この国は【騎士の国】と言われるだけあって、厳しい戒律と、厳格な規則に縛られ、王侯貴族ですら特権を笠に着て横暴を働くことはできないようだ。
こんな時でなければ、ゆっくりと街を見て回りたかったのだが、今は、とかく緊張でそういう訳にはいかない。
王城にたどり着くと、そこには物々しい護衛の兵士たちが詰めており、それこそ鼠一匹、通り抜ける隙間などないくらいだ。
勿論、俺も、通行はできない。それでも、何とか王に目通りを願うしかないのだ。
「そこの者!!ここは王城だぞ!!いったい何の用があってこの王城に参った!?」
居丈高に城門を守る兵に問われる。
「王に用があって参った!!」
ここで、俺は全く慌てることなく言い放つ。そもそも王と面会できる可能性などまずない。それでもここで、無理を通さなければならないのだ。
「そうか!!王と面会する約束はしているのか!?」
「ああ!!」
簡潔に言い放つ。そんな約束など全くしていない。なんなら、王を見たことすらない。それでも少しでも動揺を見せれば、嘘偽りだと気付かれ門前払いされてしまうから動揺などおくびにも出さない。
「そうか!!確認してくる!!お前はいったいどこのなんと言う者だ!?」
「ジェンナが来た、そう伝えれば伝わるはずだ!!」
俺が今身にまとっている服は、この時のために設えた最も上等な衣服。そして腰に帯びた短剣も、その鞘の拵えは、見栄よく飾り付けている。
「ジェンナ・・・か・・・・。いったいどこの者だ!?」
「央国のジェンナ」
中央の連合国家群を、央国と呼び習わす風習がある。なんと呼べばいいのか分からず、終いには国の体裁さえ整っていないにもかかわらず、とある三人の男たちのもとに、一つにまとまっているようにすら見えるからだ。
「央国・・・か・・・。用件は!?」
ここに来て、出立前に傭兵達を募って国境付近に野営させたことの意味の一つが効いてくる・・・はずだ。
そもそも、戦争などまだ起きる気配はない。だからこそ、俺が傭兵達に、損はないだろう?と語ったこと自体が嘘ではある。
まあ、もちろん、戦争など日常茶飯事だから、すぐに起きるだろうし、そういう意味では完全に嘘だったとは思っていない。
そんな中で、急に央国の王兵たちが国境付近で野営を行えば、そしてその数が数百となってくれば、いかな大国と言えどもそれは無視できないものになるはずだ。ましてやこの戦時下においては・・・。
―――しかし、用件・・・か・・・。
「戦争を止めるために来た!!長きにわたるこの戦争をわが手で止めて見せよう!!」
その朗々とした言葉が城門に響き渡った瞬間、沈黙が、すぐに笑いがあちこちから起こった。
「何を馬鹿なことを・・・・」
「ふざけたことを言う・・・・」
「そんなことできるはずがない・・・・」
あちこちから上がる失笑に、俺はついに我慢できなくなってしまった。
「お前らは!!戦争が好きなのか!?この長きにわたる戦争が!!好きでしょうがないのか!?俺は大嫌いだ!!俺が生まれた時から、戦争に明け暮れ、俺が住んでいた村は、全てを焼かれ、両親は、幼い兄弟は、友人、知人は、全員死んでいった・・・・。お前らは、今まで悲しみを、苦しみを経験したことが無いのか!!?お前らは人を殺すのが!!泣き叫び、命乞いをする無辜の民を惨殺していくのが!!好きで好きでしょうがないのか!!?」
しん、と王城が静まった。
大音声で叫び散らす俺の声は、城門に木霊し、街にまで響き渡っていく。それでも、門は固く閉ざされ、そこに暮らす王族の耳に届くことはないのだろうか―――?
それでもかまわない。俺は続けた。
「もし!!お前らが!!そんな魔物と変わらない生き物だったとしたら!!自分の国の民以外は全員死んでしまっても構わないと思っている畜生だと言うのなら!!俺は貴様らのことを軽蔑する!!しかし!!俺はそうは思わない!!今日この街を見て!!ここに暮らす人々を見て!!確信した!!」
これでもまだ届かないのか―――?
城門に詰めていた兵士の中には慌てて武器を携え俺に駆け寄ってきた兵士たちもいたが、俺の叫び声を聞くうちに、俯き、その動きを止め始めた。
「この国は!!騎士の尊い高潔な精神が根付いている!!俺の住んでいる央国では、とある三人の者共が幅を利かせ、人々の悲鳴を、血を、そして絶望を糧に、贅を凝らした生活を送っている!!最低だ!!しかし!!この国にそんな輩はいるか!!?央国からこの都に入り、そしてこの王城に至るまで、民草は皆、誰もが苦労を強いられている!!人々に平等に負担を強いるこの国で!!どうして隣人の!!隣国の!!罪もない人々のことを考えられないことがあるだろうか!!?」
ぽつぽつと気まずげに顔を見つめ合わせる兵士たちの中にぐるりと視線を送った。
どうやら、彼らは皆、この現状に憂いているようだ。それでも、叶わない未来を夢想するのであれば、少しでもよりよい明日を掴むために必死で生きているのだろう。
もう一息か―――?再び口を開こうとしたその時、不意に城門に詰めていた兵士たちがあわただしく動き始めた。
ぴたりと閉じられていた城門がゆっくりと開き始める。
それは、ついに踏み出した、細い、細い、光を掴むために第一歩。
開いた城門の先には、煌びやかな鎧に身を包み、一見して身分の高そうな兵が立っていた。見かけとは裏腹に、内に秘める強さはかなりのものだ。
「王がお会いになるそうです」
一言、告げられた言葉に、身が震えそうになった。
「ああ、申し遅れました。私は王の親衛隊の隊長をしております、ブレスと申します。くれぐれも先ほどのように王に無礼な口を利かないように。そして武器はこちらでお預かりします」
差し出された手のひらに腰に差していた短剣を渡す。
「あと、王はとかく公明正大、そして清廉さを大切にされる方です。この城門前で行ったような茶番は決して行わないでください」
一切の感情を排した無表情で告げられ、ぞくり、と背筋が粟立ったが、それでも俺には引けない物がある。
「必要とあれば嘘などいくらでも。そもそも、誰もが吹くことのなかった大嘘を夢想いたしておりますゆえ」
ぴたり、とブレスと名乗った親衛隊長の動きが止まった。
まじまじと見つめられる視線は射貫くように厳しく、全く変わることのない表情は彫像のように冷たい。
見つめ合うことしばし、ピクリ、と動いた腕に、思わず斬られるか!?と身構えた時、
くるり、とブレスが身を翻した。
「では、参りましょう」
その声は少し震えていはしないだろうか?その表情は一瞬、喜悦に歪んではいなかっただろうか?
そんなふうに思うのは俺の期待しすぎなのだろうか?
謁見の間の通された俺は、地面に膝ま付いたまま、しばらく待たされた。
一段高くなった玉座を正面に見据え、横には文官、武官、左右に分かれてずらりと並んでいる。
流石【騎士の国】と言うだけあって、武官が皆精強そうなのは今更驚くに値しないが、武官すらも、よくよく見ればしっかりと鍛え上げられた体つきをしている。
不意に玉座の横に人の気配がした。
ゆっくりと足音が近づいてきて、その者は、目の前、玉座の前で立ち止まると、静かに腰を落とした。
「面を上げよ」
厳かな声が、頭上からかけられる。
そこで俺はゆっくりと顔を上げた。見上げる上、そこには、俺の倍近く年を取ってはいるが、それでも鍛え上げられた体つき、鋭い視線を持つ壮年の男性が座っている。
彼は圧倒的な存在感を放っていた。
見る者を畏怖させる何か不思議な雰囲気がある。命を投げ出すことすら覚悟していたこの俺ですら、じんわりと背中を嫌な汗が伝う。
「その方の用向きを少し聞かせてもらった。その方と面会する予定などなかったが、少し興味を持ったで、無理を通してこの場に来てみたが・・・。時間が無い、簡潔に申せ」
「は!ありがたき幸せにございます。では、簡潔に申します。戦争を、四国で長きにわたって続く戦争を止めて見せます。そのために四国の王すべてを説得して回ります。あなた様のお力をお貸しください!!」
俺の言葉を聞いた瞬間、王の瞳から光が失せた。
「何を言うかと思えば・・・・。下らん。聞くに値しないな・・・」
そう言うや否や、立ち上がって、この場を後にしようとするので、俺は慌てることなく、一言、告げる。
「帝国の脅威が迫っておりますのに無意味な争いなど何の意味がありましょうや?」
その言葉に、ぴたりと王の歩みが止まった。
「そもそも他の三国の王は時世を全く見ておりませんな。大陸の西では、帝国、と呼ばれる国が、周囲の国々をどんどん併呑し、ついにはその勢いが無視できぬほどになったと言いますのに・・・。嘆かわしいことですな」
くるりと振り向いた王の顔には、侮蔑の色が張り付いている。
「ふん!聞きかじった知識で、西を語るとは、いい度胸だな小僧。だが、貴様に何がわかる?帝国、の名を出したことは褒めてやろう。それでも、そんなことで我の興味を引けると思ったら大間違いだぞ?」
見上げる玉座は高く、最も西に位置するこの国の王には、その高い玉座の上から、一体何が見えているのだろうか?それでも俺は言葉を並べる。
「王よ!!この愚かな私の目には、このまま東の四国が愚かにも互いに足の引っ張り合いをしていれば、あと百年もしないうちに西は全て帝国にのまれ、東が疲弊しきった隙を突かれ、終いにはこの大陸のすべてが帝国の物となる未来が見えます。あなた様はどう見ますか?」
この問いかけに王は一つ鼻を鳴らしたが、すぐに答えが返ってきた。
「ふん!!下らぬ見立てだ!!我を馬鹿にしているのか?そもそも西と東を隔てる大河とそして山脈があろう?そんな未来など夢幻にすぎぬ!!」
俺は、思い切り笑ってやった。瞬間、王の表情が険しくなり、傍に控える側近たちががやがやと騒がしくなった。
「王こそ、私を試しているのですか?」
「なに!?」
「確かに山脈は、そして大河はあります。広いところでは対岸が見えぬところすらもあります。それでもどうでしょう?それこそ二十メートルも対岸が離れていない所もありましょう?西の国々をすべて飲み込んだ帝国の大軍勢に、その程度の大河を渡るすべがないとお思いですか?ましてや東は四国で足の引っ張り合い・・・・。実に嘆かわしいですな。最も帝国を脅威ととらえているあなた様だからこそお話しますが、他の三国の王など馬鹿の集まりです。誠に愚かな者共です。もし、仮に、帝国が西のほとんどを併呑した時、最も初めに目を付けられるのはあなた様でしょう。西の小国連合に援助を受ける代わりにその防衛を担っているのですからね。真っ先に狙われるでしょう。そして、愚かな三国の王たちは、次に攻撃されるのが自分たちだとは気づかぬまま、その懐まで、喜んで未来の敵を招き入れるでしょうね・・・・。本当に愚かだ・・・。敵の敵は味方。じゃあ、敵がいなくなったら次にどうなるかなど、当の昔に分かっているはずなのに・・・・」
やれやれ、と少し大げさに肩をすくめる。
「貴様・・・!」
顔を朱に染め、何かを言い募ろうとした王に向かって、遮るように口を開く。
その視線は、一心に王を見つめ、心の底から願う。
「私があなた様に願う協力とは、たった一つ!兵をお貸しください。あなた様が、私に、私の理想に協力した、と周囲に認めてもらうために、理解してもらうために必要なのです。万とは言いません。千とも、百とも言いません。これから私は残りの三国を旅してまわるのです。そんなに足手まといを抱えて移動などおぼつかないでしょう?二十、もしくは十でいいのです!!その兵たちを引き連れ、他国の王を説得して見せましょう!!ほら!!あなた様に損などありませんでしょう?」
先ほどまで怒りに顔を染めていた王は、次第に冷静さを取り戻し、ついには真剣に何かを考え始めた。




