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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
124/681

卜士七

翌日の昼近い時間。長く続いた昏い洞窟に、ぼんやりと明かりが差し込んできた。

ようやく見えてきた太陽の明かりに、跨っている馬すらも、嬉しかったのか、急に、ぐん、と速度が増した。

風が後ろに流れていく。

身体が風と共に引っ張られ、落ちてしまいそうになったので思わずフレイアの腰に今まで以上に力を入れぎゅっと抱き着いた。

―――風を感じる・・・!

前方から、吹き込んでくる風の中に、今まで嗅いだことが無いほど、豊かな草葉の匂いが混じっている。

それは、森林のかぐわしい香りとはまた違った、瑞々しい若芽の匂いだ。

原っぱの匂い。春の匂い。

ぐんぐんと近づいてきた洞窟の出口に、光の中に、思い切り飛び込んでいく!

「行けーーーー!!」

「きゃーーーー!!」

思わず叫び出してしまったが、それすらも気持ちよかった。

光の中に飛び込んだ僕は、目が慣れてくるまで、目を細め、ゆっくりと時間をかけて開けていく。

馬の歩みは途端にゆっくりとしたものに変わり、肌に感じる風も、穏やかなものになった。


目を開くとそこには一面の草原が広がっていた。


見渡す限り、緑、緑、緑・・・・。

唐草のような黄緑色もちらちらと見えるが、風に吹かれ揺れる新緑の草葉が、たおやかに凪いでいて、まるで海の波のようだ。

「うわーーーー・・・!!」

思わず、声が漏れてしまった。心が沸き立っているんだろう、わくわくしている。その上、この草原を思いきり駆け回ることができたらどれだけ気持ちがいいだろうか?と考えたら、熱い物がこみあげてきて、思わず身震いしてしまった。

一体この草原はどこまで続いているのだろう?そんな疑問がこみあげてきて、飽きることなく地平の果てを透かし見ようと見つめ続ける。

すると、遠く、地平のかなたから、ぽつぽつと何かがまばらに見えてきた。

「早速お迎えが来たな」

アイクがぽつりと漏らす。

「え?」

何が?と聞こうと思う間に、それらはぐんぐんと近づいてきて、もう視界に収めることができる距離まで来ていた。

―――速い・・・!

それは十頭ほどの馬とそれに跨る精悍な男性たちの姿だった。

彼らの乗る馬は、僕らの乗っている馬が何だか小さく見えるほど一回りも大きな馬で、それに騎乗する男たち自身も、大柄な体躯、引き締まった体、何より少し角ばった厳めしい顔つきは見る者を畏怖させるものがある。

「どう!どう!」

見事な手綱さばきで、僕らの近くまで一瞬で近づいてくると、それこそ目と鼻の先の距離でピタッと止まって見せた。

「お前・・・・アイクか・・・!?」

先頭に立つ男が、僕らをまじまじと見つめながら、口を開く。

「ああ、そうだ」

アイクが肯定すると、男の表情が一瞬で綻んだ。

「おお!?やはりそうか!!?いや、長が、『懐かしい客人が来る』と予見されたもんだから、誰が来るのやらと思ってみれば・・・・まさかお前だったとはな!?嬉しい限りだ!?調子はどうだ?兄弟!!」

まさかの兄弟呼びに、アイクのお兄さんだったか!?と驚きに目を見開くと、アイクもまんざらでもない様子だ。

「ああ。最高だな。やっぱり故郷はいい・・・」

「がはは!!そうこなくっちゃあな!!歓迎するぞ!!と行きたいところだが・・・。長達に何か用事があって来たんだろう?【アリアの首飾り】が赤く輝くなんて滅多にあることじゃない・・・。とりあえず、すぐに長達のところに行くか?」

「そうだな・・・。そうしてもらえると助かる」

「ようし!!分かった!!じゃあ、お前さんらが遅れないようにゆっくりと進むから、付いて来いよ!!」

そう告げると、くるりと器用に馬を操って身を翻し、駆け出す。

アイクとフレイアも彼らの背を追うように一瞬で加速し、馬足を合わせた。

―――速・・・・くない・・・!?

ぐんぐんと加速する馬たち。

どんどんと視界の端に消えていく風景。

ふと下に目をやれば、恐ろしい速さで地面が流れていく。

前を行く馬の後ろ脚から蹴り上げられた草と土を器用に避けながら、遅れないように付いていくフレイアの手綱さばきにも感心してしまうが、前を行く男たちの、全く急いでる風もない様子に、関心を通り越して恐れすら抱いてしまう。

最初は、ゆっくり行く、と言うのは彼らなりの冗談なのか、とも思ってみたが、どうにも本当にゆっくり進んでいる様で、朗らかに冗談を飛ばし合っては、時たま馬上から弓を取り出し、射掛けたかと思うと、すぐさまそちらのほうに馬を駆け、弓に射貫かれたウサギなんかの小動物を手に戻ってくる者もいる始末だ。

対して、アイクとフレイアの二人は、表情にこそ出さないが、少しげんなりしている様で、付いていくのに必死だ。

どれくらい進んだだろうか?変わり映えのしない風景のため、もしかしたら思っている以上に短い時間しかかからなかったのかもしれない。

それでも、お尻が痛くなってきたころ、ようやく街並みが見えてきた。

立派な防壁が街を囲むようにぐるりと立ち並び、そこから突き出した背の高い物見の櫓がここからでも見ることができる。

近づくにつれて、はっきりとその全容をうかがうことができるようになっていくが、防壁は東西南北にぐるりと伸びており、それが草原の中にぽつんと佇む孤島のように街を際立たせている。

等間隔に並んだ櫓の上から、物見の兵士たちが顔を出し、こちらを確認してきたが、すぐに顔を引っ込めると、中に向かって何かを大声で叫ぶ。

すると、すぐに目の前にあった門扉がガラガラと音をたてて開いていく。

「ようこそ!!草原の民の街、【カラ】へ!!」

馬上の男たちがにこやかな表情で振り返りながら、僕らに告げる。


門扉をくぐると、そこは外の草原とは全く別世界のような街だった。

草原の中にありながら、この街並みに緑はぽつぽつとしか存在しない。

綺麗に舗装された石畳の通路、家々の壁も石をくみ上げ作られており、まるでウルの街並みのような趣すらある。

「こっちだ」

男たちは大通りをそのまま進む。

道行く人々は、皆、馬の往来を邪魔しないように道路の端を歩き始めた。

僕は、きょろきょろと死線を彷徨わせたまま街並みを通って行く。

「あのさ」

「どうしたの?」

ふと気になったことがあったので、前に座っているフレイアに声をかけてみた。

フレイアは振り返ることはせずに尋ねてくる。

「この草原の中で、街ってこの【カラ】以外にもあるの?」

「ないわよ。これが遊牧民唯一の街。でも、それがどうしたの?」

それは単純に驚きだった。それにしては街は小さいし、人は少ない気がする。

「ううん・・・。じゃあ、みんなこの街に住んでいるの・・・?」

「そんなわけないじゃない!!ここに住んでいるのは、迷宮を守護している一族の方々と、【卜士】、そして、【卜士】を目指して勉学に励む若者たちだけよ」

「え!?じゃあ、他の遊牧民の人たちはどうやって生活しているの!?」

「普通、遊牧民の人たちは、年中移動できるように一族で大きな天幕を持っているのよ。そうして、年中移動して生活しているの」

なんだか、よく分からない。どうしてそんな面倒なことをするのだろうか?

「なんでそんなことをしているの?普通に街を作って住むことはできないの?」

フレイアが難しい顔をする。

「それは無理よ」

どうして?と僕が口を開くよりも先にフレイアがその先を続けた。

「まず、こんな見渡す限り草原のどこに、どうやって街を作るの?」

問われて一瞬、だったらこの街はどうやってできたの?と聞こうとしたが、すぐに答えを見つけることができた。

「分かったようね?ここは、迷宮に対応するためにできた街なのよ?」

そうだった。この街は迷宮のスタンピードを起こさないために、もしくは起きてしまった場合にそれに対応するために作られた街だった。だとすればレッドストーン山脈からそれほど遠くない立地、と言う点から見ても明白だった。

「山から持ってきた石で作った街・・・」

「そういうこと」

よくできました、と言わんばかりにフレイアがくるりと笑顔で振り返ってきた。

「だとすれば、山脈から離れれば離れるほど石を運ぶのが大変になるわよね?これは分かる?」

確かに言われて見ればその通りだ。ただ、それでも、と思う。それでも、石材以外の物で街は作れるんじゃないか?と。

しかし、そんな僕の疑問などお見通しとばかりにフレイアは続ける。

「もう一つ。彼らがここ以外に街を作らない一番大きな理由は、単純に、年中移動していなければいけないからよ。だから遊牧民、って呼ばれているの。分かる?」

正直全くわからない。遊牧民、遊牧民、とみんな呼び習わしていたから、そういう国だと思っていたが、そうではないようだ。では、遊牧民とはいったい何なのだろう?

「この地域はね、一面見渡す限り草原が広がっているの。そんなところで、どうやって食料を見つけるんだと思う?」

「それは、狩猟したりだとか、もしくは農夫として作物を育てたりとか・・・・・」

言われて段々分かってきた。どうにも迷宮の洞窟を抜けた先に広がっていた一面の草原に心躍っていたが、どこか言葉にできない奇妙さを感じていた。その正体が今ようやくわかってきた。

―――人が住んでいる気配がしないんだ・・・・。

いや、人だけではない、動物も、魔獣も、魔物も、見晴らしのいい草原のどこに視線を送っても、生き物の気配一つ、動く者一つなかったのだ。

だからこそ、綺麗だと思ったし、だからこそ、畏怖を感じたのかもしれない・・・。

「こんな見渡す限りの草原で、生き物が生きられると思う?この草原地帯に住んでいるのは、草を主食とする小動物くらいのものよ。ましてや、この草原で、作物を育てるためには耕さなければならない・・・。それでも耕したはいいけれど、外敵から守ることもできない・・・・。猟師や農夫にとっては住みづらい地域なのよ・・・」

耕す、と言うことはよく分からなかったが、ここに暮らす人々が、外のだだっ広く広がっている草原を使って作物を作っていないのだから、できない理由が何かあるのだろう。

「じゃあ、ここに暮らす人たちはどうやって生活しているの?」

「そこでさっきの話に戻るのよ。草を主食とする動物なら、この草原地帯はとても住みやすいところなの。そこで、遊牧民たちは、山羊や馬なんかの食用にできる動物を飼って、彼らとともに年中移動しながら生活しているのよ。移動するのは、山羊や馬がその周辺の草を食べつくしたら食料が無くなっちゃうから、別の場所に移動しなきゃいけないからよ。分かったかしら?」

ようやく納得することができた。なるほど、と感じ入った。

僕は、今まで街に暮らす人々しか見たことが無いから、そういう、遊牧民のような生き方もあるんだと思うと、不思議と一度でいいから彼らの暮らしを見てみたい、と思ってしまう。

「もう一つ・・・・聞いてもいい・・・?」

今から聞く話はできれば聞かないほうがいいのかもしれない。どうにも複雑な事情がありそうだ。それでも気になったのだからどうしても聞きたくなってしまう。

僕の尋常ならざる様子にフレイアも思うところがあったのだろう、身を寄せるようにして小声で聞き返して来た。

「どうしたの・・・・?」

しかし、ここに来て、果たして本当にフレイアに聞いてしまっていいものか迷ってしまう。だが、ここまで来たらもう聞くしかない・・・。意を決して聞くことにした。

「ねえ、あの迎えに来てくれた男の人が、アイクに兄弟って言ってたけれど、アイクってこっちの生まれの人なの・・・?」

瞬間、フレイアがゆっくりとこっちを振り返った。

―――やっぱり聞くべきではなかったか・・・!?後悔したがもう遅い!!

しかし、その視線は呆れを多分に含んでいる物だった。

「あれは挨拶みたいなものよ。こっちの人たちは、兄弟って親しみを込めて呼ぶのよ。兄弟みたいなもの、っていう意味よ」


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