表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
120/681

卜士三

この死闘の目的を思い出し、焦りから、くるりと振り返れば、そこにぺたんと座り込んだままのリアと目があった。

「大丈夫か・・・?」

ゆっくりと近づいていこうとすると、リアは急に慌てたように両腕を胸の前で交差すると、ふらふらと立ち上がった。

「おい・・・・!どうした・・・・・?」

「来るな!!」

焦ったようなその表情には、わずかに恐怖も見える。

―――おいおいおい!一体どうしたんだ・・・?

俺が敵だと思って錯乱でもしているのか?

ゆっくりと一歩踏み出すと、それに合わせ、一歩後ずさる。

「・・・おい!」

瞬間、背中を見せ、その場から逃げ出してしまった。

―――いったい何がどうなっている!?

まだ敵が潜んでいるかもしれない・・・。まだ、襲撃は収まっていないかもしれない・・・。

とにかく、今一人にするのはまずい!その焦燥から、慌てて背中を追って俺も駆けだした。

「―――待て!」

すぐに追いつくと、その背中を掴むことに成功した。

「きゃ!」

しかし、逃げていたリアが、脚をもつれさせ転んだ拍子に、俺まで巻き込んで倒れてしまった。

ごろごろと転がる地面の上で、何とか止まった。

そして、ふと、下から、何か生暖かい空気を感じると思ったら、俺は、リアの上に馬乗りになっていた。

「はあ・・・!はあ・・・・!はあ・・・・!」

必死に駆けたからだろう。息が荒い。

なんだかくらくらするような甘い匂いがする。

暴れないように掴んだ手首がいやに柔らかい。

そこに、雲の狭間から月が顔をのぞかせる。

優しい月明かりに照らされ、見下ろすそこには、縦一文字にきれいに切り裂かれ、前がはだけた衣服が―――。


そして、その下には、今夜の月よりも白い、輝くような肌が―――。


お腹の周りは、すっきりとくびれがあり、意外にも筋肉質で細い。

そこから下にかけて、ふっくらと曲線を描くように膨らんだ腰つきは、ひどくやわらかそうで、目が離せなくなる。

何よりその上には、本来あるはずのない物があった。

形よく膨らんだ、二つの丸い胸が―――。

「お前・・・・まさか・・・・女か!?」

ぎちぎちに晒しを巻いてその上に衣服を何枚も着ていたのだろう、そのおかげで肌を切られなかったのだが、晒しも、着ていた衣服もすべて切られ、今となっては、女性特有のふっくらと大きな胸が、露わになっている。

薄桃色のきれいな膨らみに目を奪われ、思わずつばを飲み込んだ俺に向かって、冷たい声が浴びせられる。

「いつまで乗っているつもり・・・?」

腕の下で暴れ出した。

思わず、力づくで抑え込もうとすると、顔を真っ赤に染めた彼女は、鋭い視線を向けてくる。

どん!!

ようやく暴れなくなったかと思った瞬間、股間に強い衝撃を感じ、思わず手を離してしまった。

「うっ・・・・!」

痛みにうめき地面を転がる俺に対し、衣服を着直し、前を隠した彼女は、立ち上がったまま薄汚い物でも見るような蔑みのこもった視線を向けながら見下ろしてくる。

「野蛮人共め・・・!」

吐き捨てるような呟きに俺は憤りを感じ言い返した。

「おいおい・・・。命を助けてもらったお礼がそれかよ・・・・」

「その命を狙ったのもお前たちだ!!これだから獣のような部族は嫌いなんだ!!」

真っ赤になって罵る彼女にふつふつと怒りが沸き起こる。


こうして、二人は出会ったわ。

その後、使節団が滞在している間、ずうっとリアの護衛をするように言われ、仕方なく引き受けたのはいいのだけれど、少し粗暴で面倒くさがりだけれども、面倒見が良い彼と、天真爛漫で、無邪気な彼女、お互いに惹かれ合っていく・・・・。

―――え!?その話は長くなりそうだからいい?

―――全く!!シリウスは、男女の機微に疎すぎるのよ!!思い切り叩いてやったわ!!

それなのに、シリウスときたら・・・。なんで?みたいな表情をして・・・・。頭にくるわね。

話を続けるわ。

それでも二人には別れの時が近づいていた。

使節団の派遣はおよそ一月。その期間を過ぎたために、リアは国へ帰らなければならなかった。

ここで、問題が出てくる。

今回の襲撃に関して、関与した人たち全てが処刑されたわ。その一族郎党も皆同じように罰を受けた。ほとんどが迷宮での戦闘奴隷にされたそうよ。

それでも彼は、命がけでリアを守り、実の父親の凶行を、身を挺して防いだ。そのことが評価されて、家族のだれかを奴隷として差し出せばいいとされたけれども、本人が志願した。

だって、彼も、いえ、遊牧民は全員が、家族を何より大切にするから。

そしてそのことを知っていたから、そんな条件を守護者たちは出したの。

襲撃を鎮圧した張本人を奴隷に、とはさすがに言えないから、家族を、と。そうすれば、必ず、本人が名乗りを上げると分かっていたのね。

彼は、図らずも自ら奴隷となって、以後の人生を迷宮での戦闘に捧げることになった。

別れの時、一緒に付いてきてほしいと願い出るリアと、付いていきたいけれども係累に被害が出ないように奴隷となった彼。

すれ違う二人はもう二度と出会わないはずだった。

それでも、リアは、悲しみに耐えかね、一つの首飾りを彼にプレゼントした。

それは迷宮から産出した不思議な魔石。

魔力を秘めているけれども、何の効果も発揮しない、強度も脆い魔石。

それでもとてもきれいな赤色だったからと、加工し、首飾りと指輪をそれぞれ一つずつ造ったの。

そのうちの一つを彼にプレゼントした。

―――それが、一体どんな効果を持つかも知らずに―――。


身体の節々が痛む。

広い板敷きの兵舎に粗末な布を並べただけの寝床。奴隷たちが全員、それこそ百人近い数が押し込まれたそこで、ゆっくりと体を横たえる。

日々のきつい探索、そして戦闘が、俺たちの精神を削る。

申し訳程度の少ない食事が、俺たちの体力を削る。

迷宮探索を終えると、鍛え上げられた俺ですらすでに疲労困憊なのだ。周囲にいる人々はろくに話もできない様子で、薄い布を申し訳程度に敷いただけの固い板敷きの部屋に体を横たえピクリとも身動きせずに横たわっている。

空気がよどんでいる。

なんだかじっとりと生暖かい。

そんな中、不意に俺の隣に寝ていた少年とも青年とも分からない、年若い男がゆっくりと体を起こした。

―――こんな年若い男まで奴隷にされるのか・・・。

気分が悪くなる。それでも、不思議なことに、この男は、滅多に口を開かない、かなり寡黙な男だった。

ぼんやりとしたような眠そうな瞳、ぼさぼさの頭髪から覗く顔立ちはひどく整っているが、何を考えているか分からないから、少し薄気味悪い。

そう言えば、今までかなり長い間隣に居て過ごして来たのに、彼の声を聞いたことが無いような気がする。

迷宮にいるときも、ぼうっとしており、彼が戦闘している姿を見たことが無いような気がする。

そんな彼が、急に体を起こして、入り口のほうを、じいっ、と見つめていた。

「どうした?」

答えを期待しての問いかけではない。ただ、珍しい、と思ったのだ。普段は何を考えているかもわからず、ぼうっとしているだけの男が、今日、今、この瞬間は珍しく真剣な表情で何かを見つめていることが。

「嫌な感じ・・・」

だからこそ、とても驚いた!

こっちを見ることもない、俺の問いかけに対してしばらく時間が空いていた、それでも!それでもなお!初めて口を開いたからだ!!呟きとも言えない、とても小さな声だった。それでもなお!!初めて声を聞いた・・・!!

「お前・・・・喋れたのか・・・!?」

思わず声を張り上げてしまったが、周りは誰もこちらを見ない。当の本人ももう何も答える気が無いようで、ふわりと立ち上がった。

「おい!どこに行く?」

そのまま、何も言わずに軽い足取りで、夜の街に飛び出して行ってしまった。

「明日の朝までに戻らないと殺されるぞ!!」

その背中にせめてもと思って忠告をしたが、思ったように全く返答がない。


この時代の奴隷には、魔法的な拘束力がなかったわ。

当時はまだ魔法も発達していなかったから・・・・。

だからこそ、奴隷とされた人達は、今以上に行動が自由だった。それでも、いえ、だからこそ、かなり厳しく、事細かに管理されていて、それを守れなければ、厳しい罰を受けたの。

この時、もちろん、暗黙の了解で奴隷を持つことは禁止されていたから、守護者たちも、そこまで行動の自由は制限できなかった。

特に夜なんかは。それでも、逃げられたら敵わないから、一人奴隷が逃げたら、その奴隷の身内、もしくは友人から、もう一人奴隷を立てること。その上、逃げた奴隷は徹底的に追われ、捕まったら、拷問を受けて殺される、そういうことになっていたわ。

この時、彼がふらっ、と夜の街に消えていった時、もう戻ってこないのではないか、と心配したそうよ。だって、どう見ても身内も友人もいそうになかったから。

それでも、その予想は最悪の形で裏切られることになったわ。

何故なら、朝になるまでに、その迷宮の街は陥落してしまったから・・・・。

―――歴史上、二度目のスタンピードで―――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ