卜士二
―――嫌な予感と言う物は当たる物だな・・・!!
夜空は厚い雲が覆い、月を隠している。
その日は、ほとんど灯りのない、暗い、暗い、そんな夜だった。
生温い風が吹き抜けていく、ほんの短い夏の夜のこと。
俺の喉元めがけて迫ってきた剣先を勘だけを頼りに弾く。
きん!
鉄と鉄が噛みあい、火花が散った。
火花は一瞬、辺りを照らし、襲い掛かってきた相手の顔を照らすが、あまりにもわずかな時間過ぎてはっきりとは分からない。
それでも一つ分かったことがある。
―――今回の襲撃者は、盗賊でも、なんでもない・・・。草原の民・・・。俺たちの仲間だ・・・!!
使節団が到着し、およそ三日、迷宮近くの街に滞在する彼らを、歓待するために、今日は宴席が開かれている。
そして、それを警護するように、俺たち特使は館の周囲を見張っていた。
―――それがあったのは突然だ。
今にして思えば、特使として派遣されてきた兵たちの半分近い者たちが、今回の襲撃に参加しているのではないかと疑っている。
それだけ素早く、そして何より誰にも気づかれずに、館に賊が忍び込んだ。
俺が気付けたのは、館の中から、剣を打ち合わせる甲高い鋼の音が響いてきた時だ。
それを追いかけるように若い女性たちの悲鳴が、静かな夜空を切り裂く。
「きゃあああああ!!!!」
「誰か!!早く助けてくれ!!」
「外の護衛達はどうした!?」
種々の怒鳴り声が響く中、必死に使節団が招かれた、迎賓館に駆け出す。
朱塗りのきれいに磨かれた扉を蹴倒し。
綺麗に刈り込まれた芝生が傷むのもかまわず、勢い良く踏み込む。
剣を佩刀し、すぐに抜けるように柄頭を持ったまま、飛び込んだそこには、黒い装束に身を包んだ集団と、使節団、守護者たちを必死に守ろうとする護衛達の姿があった。
「大丈夫か!?」
飛び込んできた俺に少し胡乱気な表情を浮かべる異国の兵たちとは違い、味方は俺の姿を見てほっ、と安堵に胸をなでおろしている。
「ここはいい!!リア様が・・・!!リア様が、賊に執拗に狙われ、奥に逃げられた!!そちらを頼む!!」
リア、と言うのは、この前港で見かけた、領主の息子だそうだ。
腕に覚えがあるのではなかったのか・・・?
そうは思う物の、確かに、襲撃者たちは、出口を背にし、一歩も通さないように守っているように見える。
何より数が少ない。
―――くそ!!誘導か!?本当の狙いは・・・・!?
ちらりと左手側の扉に視線を向けると、こちらを警戒しているのか、黒装束の襲撃者が、同じく視線を向けてきた。
その瞬間に、味方を守る兵士の一人が、視線を外した襲撃者に向かって、「うおおおお!!!」と叫びながら決死の突撃を図ったが、ひょいと躱されると、一太刀のもとに切り捨てられた。
―――なかなかできる!!
しかし、俺の敵ではない。
先ほどの隙に、音もなく一瞬で間合いを詰めた俺に、ぎょっとしたような雰囲気の襲撃者を、今度は俺がそのがら空きの胴めがけて一閃する。
「邪魔だ」
多々一言の言葉のもと切り捨てた襲撃者を後ろの扉ごと蹴倒し、その先へと駆け抜ける。
―――追ってこない・・・?
一人では何もできないと思ったのだろうか?舐められたものだな・・・!
奥へ、奥へ、剣戟の音がするほうへ・・・・!!
突き進んでいくと、道すがら邪魔だった黒衣の襲撃者数人を一瞬で切り伏せ、ついに見えてきた。
そこには領主の息子を囲み、その護衛が必死で剣を振るっているが、見るからに劣勢だ。
襲撃者は五人。
一人は、怪我でも負ったのか、地面に片膝をつき腹を抑えたまま肩で息をしている。他の四人に目立った怪我は無い様だ。
逆に、リア、を守る護衛達は三人しかおらず、リアも剣を抜き放って応戦しているが、それでも敵わないだろう。
何より、護衛の二人が肩口から深々と裂傷が見られ、今も血がとめどなく溢れている。
―――このままではまずい・・・!!
そう思った俺は、こちらに注意を引き付けるために、「おおおおおお!!!」と叫び声を上げながら、片膝をつく一人の襲撃者の頭を思いきり蹴り飛ばし、そのまま、手近な一人に向かって上段から剣を切り下ろす。
きん!
甲高い音が響く。
向こうも、かなり腕が立つようで、俺の剣閃は確実に奇襲だったと言うのに、かろうじて防がれてしまったようだ。
しかし、完璧に防がれたようではなく、その証拠に利き手じゃない肩から腕にかけて、どくどくと赤い血が流れ始めた。
突然の俺の登場に驚き、注意が散漫になったのだろう、護衛の一人に、腹を貫かれ、襲撃者の一人が息を引き取る。
しかし、襲撃者たちもさるもの、剣を腹に突き刺されたまま強く握りしめ、抜けなくされた護衛は、そのまま別の襲撃者に切り捨てられた。
俺が先ほど切り結んだ襲撃者も、片手だけで剣を握ると、決死の突きを放ってくる。
喉元めがけ放たれた突きを剣で弾き、二度、三度―――、次の瞬間には、懐に飛び込み、懐から取り出した短刀でその首筋を切り裂いた。
これで襲撃者はあと二人になった。
どうやら傷を負った護衛二人と彼で、何とか二人の攻撃を防いでいる。
しかし、その均衡も崩れた。
護衛が、力を失い、武器を弾き飛ばされ、一気に切り殺された。
―――間に合え・・・!!
一瞬で踏み込んだ俺の力の乗った剣閃を何とか体勢を崩しながら弾いた襲撃者の一人だったが、もう一方の手に逆手に構えた短刀で、ずぶり!と胸を一突きし、思い切り蹴り飛ばす。
―――あと一人・・・!!
その眼に飛び込んできたのは、無情な現実・・・。
襲撃者の凶刃が、ついにリアを捉える。
リアが手に持っていた武器が弾き飛ばされ、がら空きになった胸元めがけて、一閃。
ざん!!
一太刀のもとに切り捨てられたリアは、よろよろと後ろに後ずさり、そのまま力を失ったように腰を落とす。
―――くそ!!!
今ならまだ間に合うかもしれない・・・!!
そのためには目の前の襲撃者を倒さなければ・・・!!
焦りから、大雑把になった切り払いは容易に襲撃者に防がれてしまった。
その剣筋を見て、気付いてしまった・・・・。
闇に浮かぶその襲撃者の体つきを見れば見るほど、疑いはなく・・・・。
「親父・・・・?」
目の前に立っていた襲撃者が、ぱっ、とその顔を覆うように被っていたフード付きの上衣を脱ぎ捨てた。
浮かび上がった顔は、いつも見続けてきた、頼もしい家長の顔。
「まさかお前に邪魔されるとは・・・・。皮肉だな・・・・」
「なん・・・・で・・・・?」
「なんで?だと?」
瞬間、目の前に立つ親父の顔が歪む。それは悲しみか、それとも憎しみなのか・・・。
「なんで!?なんでだと!!??お前には分からないのか!!??今まで守護者たちがいったい何をしてきたのか!!?」
「だからって、こんな風に異国の人たちを巻き込んでそれで納得できるのかよ!?」
信じられなかった・・・・。
今目の前の現実が。あの優しい、誰よりも家族を大切にする親父が、剣を手に、まるで賊のような格好をして、何の罪もない異国の使者たちを切り殺そうとしているのだから。
「お前は何もわかっていない!!彼らを巻き込むのは俺とて本意ではない!!だが、それでも迷宮から産出する資源は・・・・。もうそんな生温いことを言っていられないほど大きな差を俺たちと守護者たちの間に付けてしまったんだ!!」
「それがどうした!?それがどうして異国の彼らを巻き込む理由になる!?」
親父の顔に浮かぶのは諦めの表情。もうどうにもならないと、投げ出してしまっている。
「だからこそ!!これは必要なんだ!!そうすれば向こう側に迷宮を持つガルガロスの精鋭たちも黙ってはいないだろう!!戦争だ!!そうなれば、領地を持たぬ我々遊牧民は、この広大な草原を逃げ回り続ければいい!!だが、守護者、あいつらはどうだ!?あいつらはもはや遊牧民としての誇りも意地も、そして魂さえも失い、この街で、贅の限りを尽くしている・・・・。だからこそ!!彼らには犠牲になってもらわなければならないんだ!!」
言いたいことは分かる。
確かに、俺も守護者たちには嫌悪感を抱いている。
だからと言ってこんな風に、何も知らず、あまつさえ友好のために送られてきた使節団を殺すなど、決して正しいことではない。間違っている!!
いつまでも剣を引かない俺を見て、親父の顔からすっ、と表情が消えた。
「先ほど切り捨てたと思ったが、何か変な感触だった。よもや生きていようとは・・・」
その言葉にちらりと視線を向けると、リアはまだ生きていた。
―――本当に怪我をしたのだろうか・・・?
その周囲に血の跡はない。
ただぼうっとした瞳で、俺と親父の様子を見つめている。
―――ちっ!!
内心で舌打ちを突きたい気持ちだった。
―――何が、腕が立つだ!!何もできずただ地面に腰を下ろすなら、女子供と変わらんだろうに・・・!!実戦経験が無いのか・・・?
「よそ見をする余裕があるのか?」
気付けば、親父が目の前まで迫って来ていた。
「くそ!!」
思い切り振りぬかれた剣を必死に弾く。
胴めがけて横薙ぎに振るわれた剣閃は、俺の剣とぶつかり、軌道を変えたが、力で押し込まれたせいで、体勢が崩れてしまった―――。
そこに、一瞬で剣を引き戻した親父が、その剣先を俺の喉元に向け突きを放ってきた。
―――避けられるか―――?
微妙なところだ。避けられたとしても、さらに体勢が崩れるだけ―――。
―――ならば!
そこで、俺は、すとん、と脚と腰から力を抜き、一瞬で地面に座り込むような体勢になった。
「何!?」
当然、親父の剣は、俺の頭上を素通りし、空を切る。
「うおおおおおお!!!!」
そのがら空きの胴めがけて、今度は一気に力を解放し、当て身を食らわせた。
どん!強い衝撃が肩に加わり、「うっ!」と言う苦悶の声を頭上に聞きながら、ゴロゴロと地面を転がり回った。
揺れる、揺れる。それでも必死に、天を求めて立ち上がる。
「はあ・・・・!はあ・・・・!はあ・・・・!」
荒い息を吐き出し、地面に横たわる親父の上に馬乗りになって、俺はこぶしを握り締めた。
「はあ・・・!はあ・・・!強く・・・・なったな・・・・!」
「ちくしょう!!」
その頬めがけて思い切り拳を打ち付ける。
ぐったりとし、意識を失った親父を見下ろしながら、ゆっくりと立ち上がった。
―――そうだ!怪我は無いのか・・・!?




