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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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迷宮八

そんなことを考えていると、ぽつり、とフレイアの口から、呟きが漏れる。

「でも・・・・二人とも強すぎて・・・・」

それは、ほとんど聞こえないようなほど小さな呟き。

もしかしたら、聞き返してはいけない、嘆き、だったのかもしれない。

それでも、聞き返してしまった。

「え?」

ゆっくりと、フレイアが顔をあげる。

そこには、笑顔が張り付いていた。しかし、それはいつものような快活な笑顔ではなく、取って張り付けたような作り笑い。

「二人が強すぎて・・・。正直私なんか足手まといだったよね・・・?だって、後半はほとんど私なんて活躍していないじゃない・・・?」

「そんなこと・・・・」

何かを言おうとして、思わず口をつぐんでしまった。

気付いてしまったからだ。

―――今まで、僕もこんな顔をしていたのかな・・・?

いつも、いつも、皆の足を引っ張り、ただただ弱く、震えているだけだった自分が、それでも皆を心配させまいと、必死で取り繕っていたあの笑顔に、似ていた。

一度口をつぐんでしまったが、それでも何かを言おう、いや、言わなければならない、と思って再び口を開いた。

「そんなこと・・・!」

―――無いよ、と言おうとした。

確かに、言うつもりだった。

それでも、その先の言葉は、誰あろう、フレイア自身に止められる。

「ううん!!いいの・・・!!私、そんなことわかっていたから・・・・。あははーーー、今日はごめんね二人とも・・・。私のせいで大変だったでしょ・・・?」

もはや何を言いたいのか分からない。

俯いていた瞳からは、ポタリ、と一筋の雫が零れ落ちた。

―――気付かなかった振りをするべきなのだろうか・・・?

気付かれないように目元を拭っていたフレイアが、急に視線を上げた。しかし、その瞳は宙を彷徨っていて、僕らを捉えようとはしない。

「ところでシリウスはこの後どうするの・・・?迷宮の探索も終わったことだし」

急に話題を変えたフレイアが少し心配だったが、それでも彼女を慰める言葉など僕は知らない。

それはアイクも同じだったようで、先ほどからフレイアを見つめたまま沈黙している。

「うん・・・・」

すぐには答えることができない。

正直に言ってしまえば、今から自分が取る選択肢に自信はない。

ずうっ、とそれこそ一冬を使って考えてきたけれども、それでもきちんとした正解など分からない。

―――何が正解なのか、どうすればいいのか・・・。

ただ、ただ、行く末のことが心配でならなかった。

「この街に残るの?それもと旅に出るの?」

それでも、僕は、今日この後に僕自身の生き方を決めなければならない。

「それだけの腕があるのなら残ってほしいなーーって・・・・。あ!無理にっていう訳じゃなくて・・・・。見ていて危なっかしいっていうか・・・・」

そしてそれはもうある程度、いや、恐らくこの街に逗留した時から、決まっていたのかもしれない。

「僕はこの街を出て、旅をするよ」

だからこそ、真摯に答える。

決意を込めて。

もしここではっきりしなかったら、決意が鈍るかもしれないから・・・。何より、この街に愛着がわいてきているから・・・。

「え・・・!?」

恐らくそう言うと思っていたのだろう、アイクは、じいっ、と無表情にこちらを見つめているのみで、驚きなどない。

それでもフレイアはひどく驚いたようで、今まで宙を彷徨わせていた視線を僕に向ける。

「え・・・・!?・・・・どう・・・・して・・・・?」

泣き笑いのような表情をしている。それがひどく胸に迫って、息ができないほど、締め付けられる様に胸が痛む。

―――一体どうしたのだろう・・・?

それでも、伝えなければならないことがある。

「やらなきゃいけないことがあるんだ」

「やらなきゃいけない・・・・こと・・・・?」

フレイアがおうむ返しに聞いてくるが、僕は「うん」と一つ頷いただけだ。

頼まなければいけないことがある。

だからこそ、フレイアから視線を外すと、見つめてくるアイクの視線をまっすぐに受け止める。

「アイク。お願いだ!力を貸してほしい!」

ゆっくりと頭を下げる。

そう言われることなど、すでに分かっていたのだろう、もしかしたらあの時から、ずうっと僕と同じ悩みを抱えていたのかもしれない。

アイクは何も言わなかったが、息をゆっくりと吐き出す音が聞こえた。

「お願いだ。せめてもう一度【迷いの森】を越える手助けをしてほしい!」

アイクにしかできない、アイクにしか頼めない、僕一人ではこればかりはどうあがいても無理だろう。だからこそ、真摯に願う。

「一つ聞かせてくれ。やらなければいけないこと、と言ったが、もしかして、ローグとセルバのことか?」

やはり思った通りだ。

アイクも僕と同じく、いや、もしかしたら僕以上に、あの二人の安否を気にかけているのかもしれない。

がばり、と顔をあげると、畳みかけるように告げる。

「そうだ!二人を探しに行きたいんだ!!さすがにアイクに一緒に行ってくれ、とは言わないけれど・・・・」

一緒に行ってほしい・・・。本心を言えば、今この瞬間、一緒に来てほしいと叫びたい。一緒に行く、と言ってほしい。

だが、それは無情にも届かない。

「そう・・・・か・・・・」

僕の視線を避けるようにうつむいてしまったアイクに僕は嫌な予感がしてきた。

「俺も、ここにたどり着いた夜に、カレンと二人でずうっと相談した」

どうしてここでカレンが出てくるのだろう・・・?

「俺も二人のことが気になっている」

ならどうして、了承してくれないのだろうか・・・?

「お前がそう言ってまた【暗黒森林】に戻るんじゃないか、って気がしたんだ」

さっきから、ずうっと遠回しに何を告げようとしているのか・・・・?

「俺はもう、この街で生きていくと決めた・・・・」


―――え・・・?


「お前には本当に申し訳ないと思っているが、それでももう、俺には守らなければいけない家族ができたんだ・・・・」


―――何を・・・言っている・・・?


「すまない・・・」


「なん・・・で・・・?」

僕もこの時大分ひどい顔をしていたんじゃないだろうか?

それこそフレイアのことを言えないくらい・・・。

よろよろ、と重い足取りでアイクのもとに近づいたが、アイクは、顔を背けたままで、僕を見ようともしない。

その態度に少し腹が立ってきた。

「分かってくれ、とは言わない。仲間を見捨てた薄情な奴だと思ってくれてもいい・・・。ただ、できれば俺はおまえにも行ってほしくはない・・・」

「なん・・・」

その先を言葉にさせては駄目だ・・・。

「戻るのは危険だ。この街は、この国は帝国領内じゃない!ただ、再び戻ればそこはもう帝国領だ!周りはお前の敵ばかり・・・。誰も助けてくれる当てもなく・・・。たどり着けたとして、一体一人で、あの【暗黒森林】でどうやって生き延びようと言うんだ!?どうやって崖下に転落していった二人を探そうと言うのだ!?もしかしたら、すでにあの場にいた帝国兵たちに捜索され、連行されて行ったかもしれない・・・・。もしかしたら、すでに・・・・」

僕の中で何かがゆっくりと壊れていく気がした。

今まで信じて縋っていた物が、まるで実体のない、それこそ夢のようなものだった、と言われたような気分だ。

「そんな・・・はず・・・ない・・・。だって、セルバが約束してくれたんだ・・・。『一緒に連れてもう一度会いに行く』って・・・。約束したじゃん!!」

忘れたのだろうか?あの約束を果たすためセルバは命を賭けた。なら今度は僕が、僕らがそれを信じないでどうすると言うのだ?

もしかしたら何か、やむにやまれぬ理由ですぐに追いかけてくることができなかったのかもしれない。だから、今度は僕が、来た道を戻って、探しに行くのだ。助けに行くのだ!!

「もう・・・諦めたほうがいい・・・。こんなことは言いたくないが・・・・。二人の生存は絶望的だろう・・・・」

瞬間、僕の中で何かが切れた。

 

「どうして!?」

どうしてそんなふうに思えるのだろう?

どうして僕はこんなにも胸の奥から怒りがわいてくるのだろう?

この今まで感じたことが無いほど大きな怒りは、いくら声を荒げて叫んでも、もやもやと胸の中にわだかまるばかりで、ずうっと苦しいままだ。


しかし、どうしてこんなことになったのだろう?

声を荒げて問い詰める僕が一番聞きたい。

狭く暗い洞窟の中で、僕の声だけが、がんがんと木霊する。

誰に、かはわからない。僕自身かもしれない。もはや、この怒りは、誰にぶつけていいかもわからない。僕自身に対しての怒りなのかもしれない。

弱い、弱い、僕自身に対する・・・・・。

「どうしてそんなに他人事なんだよ!!?」

思わず胸倉に掴みかからんばかりに詰め寄って、怒鳴り散らす僕を、少し申し訳なさそうにアイクは見下ろしている。

―――それが気に食わない・・・!

まるで、子供をなだめるようなその視線が、ひどく気に食わない。

「どうしてそんなに無神経でいられるんだよ!!?」

アイクは、ずうっと黙ったままだ。先ほどから、全く何も話すことなく、黙り込んでいる。

先ほどまで随分と落ち込んでいたフレイアが、どうすればいいのか分からずに、おろおろと僕ら二人の周りで心配そうに佇んでいる。

―――申し訳ないなあ・・・・。

どこかで冷めた自分がいて、その自分が、己自身の行動を、この怒りを、ひどくつまらないものだと意識していた。

だってそうだ。アイクの言うことをどこかで意固地に否定しようとする僕がいる。

それとは別に、どこかで受け入れ、嘆き悲しむ僕もいる・・・。

「答えろよ!!」

こんなに声を荒げたことがあっただろうか?

こんなに誰かに苛立ったことがあっただろうか?

それでもこの怒りはひどく自分勝手で、それでいてとても利己的だと分かっていた。

だって、アイクには、カレン、という、今まで十年以上もその帰りを待ち続けた想い人がいたのだから。

その人との中を引き裂いてまでも、命を賭けてほしいと頼むのは、いくら何でも無情だろう。

ただ、迷いの森を越えるだけ、口では軽々しく言えることだが、あの森の恐怖は一番僕が、アイクが知っている。

心細かったから、一人では、あの森で気が狂いそうになるから・・・・。理由などいくらでもある。

それでも一つ分かるのは、僕が弱い、と言うことだ。

―――本当に自分勝手だ。

―――本当は怒られるのは僕のほうだ・・・。

―――だからこそ、これほどまでに虚しく響くんだろうなあ・・・。


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