迷宮六
「ふうーーーー!!」
深呼吸するように息を長々と吐き出した。
ようやく一安心することができた。長い闘いだった。急に迷宮の中の魔物が強くなったように思う。
今の今までほとんど苦労もなく出会えば数合のうちに倒してきていたのに、ここに来て恐らく死んでいたかもしれないほどの強敵と闘った。
―――迷宮とは本当に油断できないところだ・・・。
アイクが言っていた意味が分かった気がする。
そう思ってうんうんと一人納得している僕とは対照的に、アイクとフレイアは、思案顔だ。
どうしたのだろう?
そう思っていると、フレイアが口を開く。
「なんだか、急に敵の強さが強くなったと思うわ・・・。私は迷宮に来たのは初めてだけれども、聞いていた話と随分違うわね・・・・」
そうなのだろうか?
僕も迷宮に入ったのは初めてだから、分からない。何より迷宮の話を聞いたのも、ほとんどないのだから。
「うむ・・・。確かにな・・・。こんなところで出くわすオークがこんなに強いはずがない。そもそも、オークの強さなどあれほどの強さではない・・・・」
―――え!?そうなの?
オークって強いなー・・・。くらいの認識だったけれど、本当はもっと弱いの?
駄目だ・・・。弱いオークが想像できない・・・。
初めて闘ったオークがあれだったから、どうしてもあれ基準で考えてしまう。
しきりに思案顔でオークの死体から何かを探るアイクだったが、不意に顔をあげた。
「やはりな!!」
その手には、拳以上の、いや、大人の頭ほどもある大きさの魔石が握られている。
―――大きい・・・。確かに強いだけはあったのか・・・・。
「何がやっぱりなの?」
フレイアはアイクが取り上げた魔石を随分と怪訝そうな表情で見つめている。
「いや、オークの魔石はこんなに大きくはない。それは知っているだろう?」
え!?そうなの!?あれだけ強かったのに魔石はもっと小さいの!?
「やっぱりね!どうにもおかしいと思っていたのよ!!」
驚く僕とは裏腹に、フレイアは合点がいった、という表情をしている。
どういうことだろう?
僕だけ蚊帳の外だ。
くるりと二人が僕を振り返ってきた。その表情は真剣そのもの。
「シリウス、お前は知らないだろうがな、オークの魔石なんて、本当は小さい。こんなに大きくはないし・・・・」
アイクは慎重に手にしていた魔石を地面に置くと、最初に飛びかかってきた三匹のオークの魔石を一つ手に掲げた。
確かに先ほどよりは小さい。こちらは拳くらいの大きさだろうか?
「ましてやこれくらいの大きさもない」
「え!?そうなの!?」
まさか、本当のオークが、別にいたとは・・・。じゃあ一体僕らは何と闘っていたのだろうか・・・?
「何か勘違いしているようだが、俺たちが闘ったのはオークだ」
「・・・・そうなの・・・?」
段々、頭が混乱してきた。じゃあ・・・、それなら・・・、一体どういうこと・・・?
「恐らく、オークの上位種、それこそオーク兵士、そしてオーク将軍と呼ばれる上位種だと思う・・・」
「へえーーー・・・」
なんと言えばいいのか分からない・・・。それがどれだけ強い魔物なのかもわからない。だからこの時、僕だけが何も感じていなかった。
そんな僕とは裏腹に、アイクとフレイアが先ほどから随分と暗い表情をしている。
「どうしたの・・・?そんなに暗い顔して」
声をかけるのをためらったが、気になったので聞かずにはいられない。
「こんな場所に普通はオーク兵士やオーク将軍など出てこない。出てきたと言うことは・・・」
「と言うことは・・・?」
思わずつばを飲み込んでしまう。その先の言葉を待つが、一向にアイクが話す気配はない。
しばらく見つめていると、諦めたように、ふるふる、と首を横に振った。
「いや・・・。正直分からない・・・。ただし、何か異常なことが起きているのは確かだ・・・・。大事にならなければいいのだが・・・・」
何を不安に思っているのだろう・・・・。
すぐに思い当たった。この街の住民が、一番恐れていること、それはスタンピード、と呼ばれる魔物の氾濫だ。
その兆候なのだろうか・・・・?
不安なのは僕だけではないようで、いや、むしろ二人のほうが、より一層不安を感じているようだ。
それはそうだろう。この街で暮らしてきた時間が違うのだ。怖がらないほうがおかしいのかもしれない。
しかし、熟考する時間はどうやらここまでのようだ。
ペタ、ペタ、と言う足音が複数近づいてくる。
すぐに弓を取り出し、構えるアイクだったが、その表情が見る見るうちに強張っていく。
「まずいな・・・・挟まれた・・・。」
ゆっくりと振り向いた背後には、先ほど闘ったよりも随分と上等な剣と盾を構え、皮鎧に身を纏ったコボルトが四匹、並んでいた。
その後ろには、弓を構えた二匹のコボルトの姿が見える。
「くそ!!最悪だ!!よりによって今度はコボルト兵士の群れだ!!」
前に出るコボルトが後ろに控える弓を構えたコボルトの前に立ち、彼らを守るように盾と剣を構えている。
その統率された動きは、確かにまぎれもなく、兵士のそれだ―――。
ずしん!ずしん!と響く音がする。
ゆっくりと視線を前に向けると―――オークだ――――。
先ほど苦労して倒した三匹のオークと同じ大きさのオークが、今回は二匹。だからと言って先ほどよりも楽だと言うことは決してない。
それは後ろからコボルトが狙っているから、と言うこともあるが、何より厄介なのは、オークの巨体に隠れるように、数匹のゴブリンが弓を構えていることだろうか。
その横には黒いローブを頭からかぶり、木でできた杖を持った陰湿そうな見た目のゴブリンが、一匹、ニタニタと笑いながら立っている。
「まさか・・・オーク兵士に、ゴブリン兵士、その上、ゴブリン魔術師・・・・だと・・・!?」
アイクの声が心なしか震えている。
その言葉通りなら、後ろに立つ杖を持ったゴブリンは、恐らく魔法を扱うのだろう。
非常に厄介だ・・・。
―――どうしようか・・・・?
思わず手先が、足先が深々と冷えてくる。
両側を囲まれ、弓と魔法で遠間の距離から狙い撃ちにされる僕らは、もはや絶体絶命だろう。
それでも不思議と恐怖はない。
それはアイクも同じだと思っている。だからこそ、その時を待つ。
「ふーー・・・。仕方ない・・・。魔法を使うぞ。残念ながら、迷宮探索はここまでだ。ここを切り抜けたらすぐに引き返し、この異常を報告するぞ!!」
その声に震えはすでにない。
凛と響く声音、何より、この数に囲まれて全く動じない僕ら三人の様子に、取り囲んだ魔物たちが苛立ったようだ。
唸り声をあげ、こちらを威嚇してくる。
その生臭い吐息が、こちらまで届いてくる。
鼻が曲がりそうな異臭に思わず顔をしかめてしまいそうだ。
それでも僕は、深く息を吸い込み、大きく吐き出しながら、ゆっくりと息を整えると、集中する。
この冬の成果が着実に実ってきているのか、それともあのフレイアを助けた時のことがあったために魔力の扱いに慣れたからだろうか、今まで以上に素早く、そして長い時間、雷の魔法を纏うことができるようになった。
それでも、まだその制御には甘いところがある。
何より、雷を纏い、身体能力を爆発的に高めることは、それでもまだ心臓が二十脈を打つよりも長い時間維持することができないでいる。
―――そして、体にかかる負担が大きい・・・。
だからこそ、帰りのことも考えると、そんなに長い時間扱うわけにはいかない。
「シリウス、お前に後ろのコボルト達を任せても大丈夫か?」
僕がすぐにでも魔法を発動できる準備が整ったと雰囲気で分かったのだろう。アイクが確認してくる。
「なんとか・・・」
自信はない・・・。正直数が多いために時間が足りないかもしれない。それでもやるしかない・・・。
「任せた!フレイア!オークの後ろのゴブリンたちを少しでも減らせるか?」
「やってみるわ・・・!」
フレイアの顔色が悪い。少し青ざめているようだ。その上声も震えている。初めて経験する命がけの闘いに緊張しているのだろうか・・・?
僕にも経験がある・・・。
「よし!撃て!!」
アイクの指示に従って、フレイアがぎりぎりと力いっぱい引き絞っていた弓の弦を解き放ち、それに合わせて、風を纏った矢が一直線にオークの隙間を抜けていき、後ろに立つ弓を持ったゴブリンの頭を貫通する。




