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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
113/681

迷宮五

昔、ずいぶん昔のことだ。

懐かしい、剣闘士として奴隷だった時分、まだ兄も、そしてリックも生きていた頃。

訓練の際にリックが見せた体捌きの一つ。


―――引いて駄目なら、押してみろ!ってな?


冗談めかして笑いかけながら倒れる僕に向かって手を伸ばしてきたリックの顔を思い出す。


剣を失ったまま、呆然と立ち尽くす僕に、目の前に立つオークが剣を振り上げたまま、にやり、と笑みを浮かべた。


「シリウスーーーーー!!!!」

アイクが青ざめたままの顔で必死に叫んでいる。

見ればその足元にはすでに胴体と首を泣き別れにされ絶命するオークが一匹転がっている。

―――さすがだ。もう一匹殺したのか・・・。

必死に僕のもとに駆け付けようとしているが、先ほどフレイアに弓を射られたひときわ大きな体躯のオークがそれを阻むような位置取りで、立ち塞がっている。

それを相手にしているためにすぐには助けに来られないだろう・・・。


「お願い!!届いて・・・・!!!」

必死の形相で弓を引き絞るフレイアの姿が、オークの背中越しに見える。

―――駄目だろうな・・・・。

そうだ、あんな細い弓、小さな鏃じゃあこのオークの命を奪うことなどできはしないだろう。

「なっ!!?」

そう思った矢先、フレイアめがけて先ほど僕が壁に激突させたオークがゆっくりと近づいていき、そちらに狙いを付けざるを得なくなってしまう。


―――急がないとな・・・。


どうしてか、焦りはない。できる、という確信めいた直感があった。


体が自然に動いた。

死にたくない、という強い意志なのか?それとも・・・・。


剣を振りかざしたオークめがけて先ほどと同じように、身をかがめ一瞬でその懐に潜り込む。

顎をあげ、にやりと笑みを浮かべたままのオークの首元、顎に手をかけ、半歩、いや、一歩大きく踏み込み、オークの背中にもう一本の手を回し支える。

そうして、顎にかけた手を思いきり押し込みながら、背中に回した手を今度は逆に引き寄せるようにする。

そして、一歩余計に踏み込んだ足とは逆の足を使って、オークの両足に足払いをかけた。

―――するとどうだろう。

剣を上段に振り上げ、身を起こしていたオークは、重心を崩され、勢いよく、後ろ向きに宙に浮きあがり、その勢いのまま、地面に背中から叩きつけられた。

顎に乗せていた手をそのまま強く押し込む。

瞬間、がきん!と、鉄と地面がぶつかる音が聞こえ、半ばまで埋まっていた僕の剣が、オークの体重に潰されるような形で、その首元を断ち切った。

すぽん!と勢いよく飛んだオークの首は洞窟の壁に激突し、ぐちゃり!と湿ったような音を立て、そのままずるずると地面に落ちる。

どくどくと流れ出た血が地面を濡らしている。

横たわった体は、先ほどのタフさが何だったのだろう?と疑問に思うくらい冷たく、ピクリとも動かない。

勝利に喜ぶこともなく、危機を脱したことに安堵することもなく、淡々と血に濡れた剣を拾い上げると、そのままフレイアと闘っているオークに背後から一瞬で近づく。


フレイアは弓を背負い、剣を二本手に持って、必死に攻撃をかわしながら、一太刀、二太刀、と斬撃を浴びせている。

その胸元には、先ほど僕を助けようと放った矢が刺さり、しかし、それでもオークにとっては何も支障はないようだ。

ざん!

再びフレイアの剣が、そのがら空きの胴体を凪ぐが、それでも血がわずかに噴出しただけで、全く致命傷を与えていない。

女性だから、力が弱いこともあるのだろう、しかし、それ以上に、先ほどの僕と同じように剣が肉に埋まって、抜けなくなるのを危惧しているような立ち回りだ。

先ほどから致命傷にはなりえない、浅い傷をいくつも作っているのがその証拠だろう。


「うおおおおおおお!!!!!」

先ほどの経験から、僕は、最も力の乗る攻撃を選択することにした。

腹から気合の声を絞り出し、剣を上段に振り上げると、立ち止まったままフレイアと切り結んでいるオークの頭部めがけて、思い切り振り上げた剣を叩き付けるように振り下ろす。

ばきん!肉を断って、分厚い頭蓋骨を割る鈍い音があたりに響いたかと思うと、頭を割られたオークが、その頭から、目から、口から、赤黒い血とそれとは違う白っぽい液体をまき散らしながら、倒れる。


―――やった・・・・!

「ふうーーー・・・・」

ゆっくりと息を吐き出した。緊張で気付いていなかったが、今の今まで、ずうっと息を止めていたようだ。

それだけ強敵だった、と言うことだ。

ここに来てようやく安堵に胸をなでおろした僕とは対照的に、フレイアは、背中にしまった弓をもう一度構え直した。

「まだよ!!!」 

その切羽詰まったような声音に、ふっ、と焦燥感を掻き立てられる。

必死に振り返って、フレイアが弓を向けている方向を見やれば、そこには、アイクとオークの姿が―――。

―――苦戦している!?

その眼に飛び込んできたのは、信じられない事実だった。

アイクは飛び出して来た三匹のうち一匹のオークをいとも簡単に葬って見せた。

それなのにもかかわらず!今目の前には、玉のような汗を額にかき、必死でオークが振るう剛剣を躱しながら、その隙をついて両手、両足を閃かせるアイクの姿がある。

縦横無尽にその四肢の武具を振るうアイクに情け容赦など一切ない。

その証拠に、今も深々と胸元を切り裂いた右腕のブレードは赤黒く血に濡れ、オークの立っている周囲一帯には、もうすでにこと切れても不思議ではない量の鮮血が散っている。

全身傷だらけで、恐らく三十か所以上裂傷を負っている。

それでもなお、オークは膝を屈しない。

苦悶に顔を歪めることもなければ、その動きが鈍る様子も一切ない。

今もまた、片手で身の丈ほどもある剛剣を振り回し、もう一方の空いている手で、ちょこまかと周りを動き回るアイクを捕まえようとばかりに腕を振り回す。

フレイアが、つがえた矢を放つ。

―――ずぶり!

しかしその矢は、先ほどとは違って、その表皮をわずかに貫いただけで、鏃が半分ほど埋まって止まってしまった。

―――さっきのオークよりもさらに頑丈だ!

ちらりとこちらに視線を送ってきたオークは、一瞬忌々しそうな表情を浮かべるも、すぐに目の前のアイクに視線を戻す。

「くそ!」

フレイアは届かない、と分かっていても、それでも諦めきれないのか、さらにもう一本矢をつがえぎりぎりと引き絞った。

それを僕は手で制する。

「なんで止めるの!?」

フレイアが僕を見て焦りに染まった顔で叫ぶが、僕は落ち着いてアイクとオークの闘いを眺めたままだ。

「あのオークに矢は効かない。ならこれ以上は、矢も、そして魔力も無駄にする」

「でも・・・!」

そんなことは知っているのだろう、一瞬間をおいてすぐに言い募ろうとしたフレイアに、ゆっくりと言い聞かせるように告げる。

「僕の剣身に風の魔法を纏ってもらうことはできる?」

「できる・・・と思うけれども・・・・」

真剣なまなざしを向けられ、フレイアはびくり、と体を震わせると、少し自信が無いのだろう、おずおずと答える。

―――魔法は、自信が大事だ。できる!という思い、気持ち、そう言った物が成功の鍵だ。

いつかの魔法の訓練の時だった。アイクに教えてもらった言葉だ。

だからだろうか、フレイアが安心できるように、この戦場に似つかわしくない笑みをゆっくりと向ける。

「大丈夫。フレイアならできるよ」

何を根拠に、とは自分でも思う。それでも、恐ろしい速さで飛来する矢にすら風の魔法を纏わせることができるのだ、であるならば、僕の振るう何の変哲もない剣閃にはもっと簡単にできるだろう。

それでも、躊躇っているのか、おどおどしているフレイアに急かす様に声を張り上げる。

「さあ!」

瞬間、ごう!と一陣の風が吹いたかと思うと、全身が軽くなった気がした。

何より、腕が軽い。剣の重量を感じない。

それほどの重さがある剣ではないし、バランスもあるため、軽くなってしまうのは普段であれば避けるべきことだ。

それでもこの場において、忌避感よりも安堵感のほうが強いのは、それだけフレイアを信頼しているからだろう。

ごうごう!と近くで風が逆巻く音が聞こえる。

「よし!」

気合いを入れなおし、ふっ、と脚に力を集約させ、一瞬で間合いを詰めた。

―――大きい・・・!

改めて間近に見るオークの体は見上げるほどに大きく、たとえ上段から剣を振り下ろしても、それほど力が乗った攻撃にはならないだろう。

だからこそ、まずその醜い豚面を地面近くまで下す必要がある。

地面にしっかりと二足を付け、どっしりと腰を落として剣を振るう今の状態では、先ほどのように足を引っかけて転ばすことなどできない。

じゃあ、どうするか、その答えには一瞬でたどり着いた。

そして、駆け寄った勢いを乗せ、オークの側面から、アイクに向かって振るう大剣を持つ右手に向かって剣を振り下ろした。

それは、ぶるん、ぶるん、と不規則な動きで振るわれる拳をしっかりととらえ、いや、拳ではなく、狙いは、拳と腕の境目、関節の部分だ。

何しろそこが遠目に見て一番肉が少なかった。

ざん!

振りぬかれた剣は、今までの苦労が嘘のように、驚くべき切れ味を宿し、何の抵抗もなく通り抜ける。

まるで針の穴を通すような精密さで、寸分たがわず、拳を切り落とすことに成功した。

がらん!がらん!

そして、持ち手を失った大剣が、地面に落ち、大きな音を立てる。

何が起こったのかよく分からなかったのだろう、ゆっくりと、夢から覚めたような眠そうな瞳で、右腕を見つめるオーク。

その腕の先には、本来あるはずの拳が無い―――。

ぶわり、と血が一気に噴き出し、目の前の地面を赤く染めていく。

ぐおおおおおおおおお!!!!!!

数瞬遅れて、ようやく激痛を感じたのか、オークは拳をなくした右腕をかばうように胸に抱き、膝まずいた。

激痛をこらえるように身をかがめ、前かがみに体を折るその様は、見ていてなんだか哀れに思えてくる。

だが、容赦はしてやらない。

情けなどかけるはずもない。

それは、相手が魔物だから。

ここで見逃せば、いつか他の人間に被害が及ぶ。

もしかしたら出血多量で死ぬかもしれない。それでも生き残るかもしれないのだ。だからこそ、ここで命を奪うことに何のためらいもない。

たとえそれが、人間のような知恵のある魔物だったとしても―――。

ざん!!

先ほどの反省を踏まえ、一度で首を斬り落とそうとはしなかった。その上、風の魔法により斬撃の威力をあげている。だからだろうか、ぼたぼたと右側の首筋から血を流し、僕を見上げるオークに更に追撃とばかりに首元を切り裂いた剣を振り上げた。

そこに反対側から、アイクが思い切り飛び上がって右足を振り上げた。

ずどん!!

勢いよく振りぬかれた右足のブレードが反対側からオークの首元を断ち切り、それでもなお、ぷらぷら、とわずかばかりの筋肉と骨と、そして皮でつながっている状態で、まだ生きている!!

ざん!再び振り上げていた剣を閃かせ、何とかその首を切り落とすことに成功した。


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