迷宮四
およそ四半刻(三十分)ほどの休息をとり、ゆっくりとその泉を出て、さらに先へ、先へ、深い闇の中へと進んでいく。
気付けば入り口付近の四人ほどが並んで歩ける広さの洞窟は、どんどん、その幅が広がってきており、ついには六人ほどが余裕で横一列に並んで歩けるほどの広さになっている。
そして、歩き始めてしばらくすると、前方から、ずしん、ずしん、という今までの魔物にはなかった重い足音が響いてきた。
「早速お出ましのようだな。気を付けろ、オークだ!」
言うや否やアイクは弓を背中にしまってしまった。
どうしたのだろう?と怪訝に思いながらも剣を構えていると、姿を現した。
―――大きい。
一番最初に見た時の印象はそれだ。
上に見上げるように大きいのではなく、横に広い。とにかく横に広い。体格がいい、と言う言葉で片付けられないような、一見して締まりのないような脂肪に包まれたブクブクの体。
そして、その顔を見れば、誰もが思うだろう。
―――豚だ。
そう。オークと呼ばれる魔物は豚のような外見、顔つきをし、僕らを、勘違いかもしれないが、中でも僕とアイクの後ろに隠れているフレイアを見ると、その締まりのない顔をだらしなく歪めにやりと笑みを浮かべる。
さらに奥からもう数匹、合計四匹のオークが顔をのぞかせた。
「ぐおおおおおおお!!!!!」
四匹のオークの口から思わず耳を塞いでしまうほどの大音声の咆哮が放たれる。
間髪入れずに僕らの後ろに控えていたフレイアの手元から先ほどリザードマンを屠ったのと同様、風の魔法を纏わせた鋭い矢が射かけられた。
その矢は、勢いよく飛んでいくと、先頭に立つ一際大きなオークの瞳に吸い込まれる様に突き刺さり―――。
「ぎゃあああああああ!!!!!」
苦悶のうめき声をあげるオークは、しかし、倒れることなく、体を苦の字に折り曲げ前かがみに蹲る。
そして、しばらくそうしていたかと思うと、ゆっくりと面を上げ、怒りに歪めた視線をフレイアへと向けた。
ぞくり、と肌が粟立つ感覚がした。
片方の眼から血をぽたぽたと垂れ流し、涎でてらてらと不気味に光る口元を拭いもせず。
ゆっくりと瞳に付き立った矢を掴むと、ぼきん、と半ばから折ってしまった。
その鏃は瞳の中に残ったまま。
おかいし!あの深さならば、脳に届いて絶命していてもおかしくはない。
それなのに!
それなのに・・・・!!
今も痛みをこらえるように必死に歯を食いしばるだけで、倒れる様子はみじんもない。
その横から、三匹のオークが一斉に飛び出して来た。
その三匹が僕とアイクのもとにたどり着く前に、再び弓矢が射かけられ、一匹のオークの胸元に突き刺さったが、そんなことお構いなしに、突進してくる。
まるで痛痒を与えていない様子だ。
何より、大柄な体躯を、意外にも俊敏に動かし、突進してくる様子は、少し、と言う以上にかなり迫力があり、思わず身が強張る思いがする。
まあ、そうは言っても、今まで数え切れないほど各上の相手と闘ってきたのだ。
それこそ、生存が絶望的と思える状況から、何とか生き延びてきた。それが自信となり、転じて余裕となって自分自身の体を自在に操る。
力で劣る相手には、正面切って闘いなど挑まない。
そんなことをすれば、相手の思うつぼだ。
それは分かっているが、広くなったとは言ってもまだまだ狭い洞窟内。
何より、フレイアが後ろにいるために、横に躱してその突進を後ろに受け流すわけにはいかない。
何故なら、向こうは、僕らごと、後ろに立つフレイアも引き潰さんばかりの勢いで突進してきているからだ。
―――どうしようかな・・・?
この期に及んでも、ゆっくりと、ものすごい勢いで突進してくる魔物たちを睥睨している余裕がある自分にわずかに驚く。
近づくほどに異臭が鼻を突く。
むわっ、とした不快な熱気が肌を撫でる。
相手の動きがひどくゆっくりとしたものに見えた。
一歩踏み込めば剣が届く!という間合いまで相手の接近を許した。
―――瞬間、身を低くし、一瞬で、突進してくる二匹のちょうど真ん中に身を沈めるように、その懐に潜り込む。
そして、つい先ほどまで目の前にいた相手を見失い、見るからに「え!?」という間抜け面を浮かべる二匹に向かって僕も勢いよくぶつかって行った。
勿論、正面切ってではない。
そんなの無謀だ。
だからこそ、一匹はその側面、脇腹めがけて当て身を食らわせる。
ぶよん!肉に弾かれる今まで経験したことが無い感覚に戸惑いながらも、狙い通り、力の流れを変えられた相手は、そのまま洞窟の壁に自分から激突した。
どしいいいん!!
思い切り頭を打ったのだろう、少しふらふらしている様で、その瞳も焦点が定まっていない。
しかし、そんなことを確認するよりも、僕は、分厚い肉に弾かれた勢いをそのまま利用し、隣で突進してきていたもう一匹のオークに向かって、今度は蹴りを放つ。
先ほどのように当て身を食らわせることはできない。
何故なら僕の隣ではアイクが闘っているからだ。
と言っても、今の僕と同じように、一瞬で身を翻し、相手の足元めがけて蹴りを放って、足をもつれさせ、地面に転がしている。
よく見ていなかったが、一回転して勢いよく地面に激突していなかったか・・・?
僕の目の前にも同じように、足をもつれさせ眼前の地面に頭から転げ落ちたオークの姿がある。
その無防備な背中の首筋に向かって、思い切り剣を横薙ぎに振りぬくと、ずぶり!という肉を切り裂く感触と同時に、思ってもみなかった重い手ごたえを感じて、思わずたたらを踏んでしまう。
―――まずい!
そう思い力を込めてみるが、びくともしない。
どうやら、分厚い肉と脂肪に阻まれて、剣が埋まってしまったようだ。
ゆっくりと立ち上がったオークは、首筋からどくどくと赤黒い血を吹き出しながら、くるりと振り返り僕を見つめる。
醜悪なその表情は怒りに歪んでおり、引き抜けず、剛力に逆らえずに剣を失った僕に対して、手にしていた身幅の厚い剣をゆっくりと振り上げた。
―――魔法を使うか?
いや、今更魔法を使ったところで、現状の打開ができるか?
確かに僕の使う雷の魔法は強力だ。最近は少しその制御に自信が出てきたとは言っても、ここは狭い洞窟の中だ。
焦りに任せて制御を手放してしまえば、最悪味方であるアイクとフレイアにも怪我を負わせてしまうかもしれない。
何より、矢で胸を射貫かれても、剣で首元を切り裂かれても、全く弱ることなく、むしろ底なしの体力で向かってくる相手に対して、有効なのだろうか?
―――あの首筋の半ばまで埋まった剣を何とか引き抜ければ・・・。
オークがゆっくりと立ち上がろうとしていた時に、呆然として、静観してしまった自分が恨めしい。
当然、息を引き取る物と思っていた。
今になって思えば油断していたのかもしれない。
―――どうするか・・・?
赤熱するのではないか、と思うほどに熱く、熱くなっていく頭とは裏腹に、命の危険を感じ、体はどんどん冷たくなっていく。
すでに手足の先の感覚が無い。
―――どうする!!??
瞬間、今まで一度も試したことが無い方法を思いついた。




