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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
109/681

迷宮一

「どうして!?」

どうしてこんなことになったのだろう?

声を荒げて問い詰める僕が一番聞きたい。

狭く暗い洞窟の中で、僕の声だけが、がんがんと木霊する。

誰に、かはわからない。僕自身かもしれない。もはや、この怒りは、誰にぶつけていいかもわからない。僕自身に対しての怒りなのかもしれない。

弱い、弱い、僕自身に対する・・・・・。

「どうしてそんなに他人事なんだよ!!?」

思わず胸倉に掴みかからんばかりに詰め寄って、怒鳴り散らす僕を、少し申し訳なさそうにアイクは見下ろしている。

―――それが気に食わない・・・!

まるで、子供をなだめるようなその視線が、ひどく気に食わない。

「どうしてそんなに無神経でいられるんだよ!!?」

アイクは、ずうっと黙ったままだ。先ほどから、全く何も話すことなく、黙り込んでいる。

フレイアが、どうすればいいのか分からずに、おろおろと僕ら二人の周りで心配そうに佇んでいる。

―――申し訳ないなあ・・・・。

どこかで冷めた自分がいて、その自分が、己自身の行動を、この怒りを、ひどくつまらないものだと意識していた。

「答えろよ!!」

こんなに声を荒げたことがあっただろうか?

こんなに誰かに苛立ったことがあっただろうか?

それでもこの怒りはひどく自分勝手で、それでいてとても利己的だと分かっていたから。


―――だからこそ、これほどまでに虚しく響くんだろうなあ・・・。


時は少し遡って、三刻前(六時間前)。

朝食の席で、フレイアの何気ない一言から、今日が始まった。

「ねえ!もう春になったじゃない?随分と温かくなってきたし・・・」

誰に言っているのだろうか?もしかしたら皆に言っているのかもしれない。

誰もが、返事に困っていると、フレイアはその先を続ける。

「だから!迷宮に行かない?もう雪も解けて春になったから、そろそろシリウスも行く末を決めなきゃいけないじゃない?だからこそ!ちょうど節目として、今日、この後、三人で迷宮に行って、それで、どうするか決めるのがいいんじゃないかしら?」

何とも答え辛い・・・。僕としては、そろそろ客として逗留しているのも心苦しかったので、渡りに船だった。

しかし、驚いたことに、真っ先にうなずいたのはアベルだった。

「そうだな・・・。それがいいかもしれん・・・。このままずるずると居続けるのではなく、今日この後、もしシリウス君さえ良ければ迷宮に行って、そこで得た魔石や素材なんかを売却して、そのお金で今後を決めるといい。勿論、旅に出るのなら支度金としていくらか渡すつもりだが・・・」

そんなことまでしてもらうつもりは全くなかったので慌てて否定する。

「ええっと・・・。迷宮に行くのはいいんだけど・・・。お金をもらうのは大丈夫です」

「なに。遠慮することはない!アイクを送り届けてくれた恩もあるしな!」

それならなおのこと貰えない。

アイクには、ここまで連れてきてもらった上に、この冬の間ずうっと家に逗留させてもらったのだから、恩など、僕のほうがたくさんある。

お互いに遠慮し合っていると、らちが明かないと思ったのか、アベルはアイクに話を振る。

「ところでお前はこの後迷宮に行くのは大丈夫なのか?」

「ああ。問題ない」

相変わらずそこには何の気負いもなく、いい意味でいつも通りのアイクに調子が狂う。

フレイアはよほど嬉しかったのか、両手を挙げ万歳しながらくるくると踊り出す始末だ。

しまいには「迷宮~、迷宮~。迷宮が~私を~待って~い~る~」と不思議な歌を歌いながらばたばたと慌ただしく準備し始めた。

部屋に戻って行ったフレイアをニコニコと見送っていたアベルは、急に真剣な顔つきになると、僕とアイクを見つめ、一段声を低くし、神妙な面持ちで告げる。

 「娘を・・・頼むぞ・・・!」

嫌に真剣だった。

僕はいったい何を任されたのだろう・・・?

冗談抜きで、怪我の一つ、それこそかすり傷の一つでも負わせたら、何をされるか分かった物ではないほど、言葉に、表情に重みがある。

思わずうなずいてしまったがよかったのだろうか?

―――不安になってくるな・・・。

僕とは異なりアイク一つも動じていない。いや、動じていないと言うより、むしろうんうんと頷いている。

―――愛が深い・・・。


僕ら三人はその四半刻後(三十分後)迷宮の入り口に来ていた。

見上げる入り口は高く、吹き抜ける風はひどく冷たい。何より、日陰だからという以上に、寒々しく感じるのはどうしてだろうか?

緊張からくる震えなのか、寒さからくる震えなのか、全くわからないが、一つ、ぶるりと身震いしてしまう。

入り口に詰めていた兵士たちがずらりと並び、僕らのことを見送ってくれる。

フレイアは興奮を隠しもせず、嬉しそうに、アイクはいつもと変わらぬ平常心で、そして僕は不安に視線を彷徨わせながら、三者三様、ゆっくりと足を踏み入れた、


踏み込んだ洞窟の中は、入り口から差し込む逆光で先に行くほど無明の闇が広がり。

しかし、思っていた以上に乾燥した地面、空気に、驚く。

数多くの人々に踏み固められた土の地面からは、この迷宮の長の歴史をまざまざと感じる。

じゃり、じゃり、と歩いていると時たま混じる小さな石ころを踏む音が、嫌に耳につく。

石ころが転がっているからと言って全く歩きにくさはない。

どころか、乾燥した固い土の地面は、滑らず、むしろ動きやすい。


「ところでさ」

入り口からほど近い、それでも光が届かないために事前に準備してきた光の魔法が刻印された灯を掲げ再び歩み始めた時のこと。

慎重に進んでいた先頭のアイクと、真ん中を歩くフレイアの背中に向かって、僕は不意に、ずうっと疑問に感じていたことを問おうと口を開いた。

「どうした?」

先頭を行くアイクが警戒のため目線を前に固定したまま背中越しに問いかけてくる。フレイアは僕のほうに体ごとくるりと振り返って小首をかしげている。

―――前を見て歩いてないと危ないんじゃないかな・・・?

思わず口をついて言葉が出そうになったが何とか飲み込んで、続ける。

「迷宮と普通の洞窟って何が違うの?」

瞬間、ぴたりとアイクの足が止まった。

後ろ向きに歩いていたフレイアがアイクの背中にぶつかり、「きゃっ!?」と声をあげ前のめりに倒れ込んできたので思わず抱き留める。

近い・・・。

僕が持つ灯の優しい光に照らされ少し橙色に色づいた整った顔がすぐ近くにあって思わずドキドキしてしまう。

「お前ら何やってんだ・・・?」

どれくらい見つめ合っていただろう。そんなに長い時間ではなかったのかもしれないが、僕にとってはひどく長時間に感じた。そこにかけられた、若干呆れを含んだ声音に、ぱっとフレイアが体を離す。

「・・・あ・・・・ありがとう・・・。何でもないわよ!」

咎めるような視線を向けてくるアイクに思わず居心地が悪くなってきたので、再び聞き返す。

「【水竜の洞窟】は迷宮とは言わなかったよね?でもここは迷宮で・・・・。正直何が違うのかよく分からないんだけれど・・・・。何が違うの?」

「たまに思うのだが、嫌に鋭い質問をしてくる時があるな・・・。お前、もしかしたら以外にも学者のほうが向いているかもしれないぞ?」

学者っていったい何だろうか?

気にはなったが、ただし、それを今僕が聞いたらまた話が脱線しそうだったのであたかも知っているふりをしてその先を待つ。

「実はこれといった違いは一つあるが、どうしてそうなのか、はたまた何が違うのか、誰もわからない。その上、迷宮の中でももっと異質な迷宮があるから、正直に言うとはっきりしたことは言えない」

どういうことだろう?ぽかんと話の続きを待つ僕にアイクが先を続ける。

「一つはっきりとした違いは、おかしなことに、迷宮内の魔物は、どれだけ種類の違う魔物同士が集まろうが、全く争い合わない、と言われている」

いまいちピンとこない。

「どういうこと?」

「【水竜の洞窟】を覚えているか?」

はっきりと覚えている。ロックタートルに水蛇の群れ・・・・。死を覚悟したのは一度や二度では済まないかもしれない。

「うん」

「あそこにいて実際に闘った魔物はロックタートルと水蛇だっただろう?」

「そうだね」

「あそこでは、魔物以外の小動物や動物がいたんだが、それらはひっそりと隠れて生きている。捕食される側だからだ。だが、それでも、水蛇は滅多に己の住処を離れない。そしてロックタートルも同じだ。どうしてだか分かるか?」

そう言われてもすぐには分からない。

しかめっ面で考える僕にアイクが教えてくれた。

「群れから離れた水蛇が、ロックタートルの住処に足を踏み入れたら、獲物とみなされて簡単に捕食されてしまう。そして逆もまた同じで、ロックタートルがあの大きな空間を離れたら、一瞬で水蛇の群れの餌食になる。普通であれば、魔物であろうが、魔獣であろうが、自分たちとは違う種の相手に対して、捕食者、被捕食者の関係にある。ここまでは分かるか?」

それはそうだろう。生きるためほかの生き物を殺し、そうしたら、どうしたって弱い物が死んでいく。それは人間の世界でも絶対の掟だ。それでも、いや、それならばこそ、同じ種同士で争う人間とはなんと業深い生き物なのだろうか・・・。

「迷宮においてはそうではない。違う種の魔物、魔獣同士が結託して、外から侵入してきた物を襲い、獲物が無くなっても、迷宮内の魔物、魔獣同士で争いあうことは決してしない。もし、どうしても飢餓に苦しむのならば、【スタンピード】と言う形で餌を求めて外に飛び出す・・・」

―――それは・・・・。


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