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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
105/681

豊穣祭一

それからの一週間はあっと言う間に過ぎていってしまった。

相変わらず、朝、日が昇る前に起きだし四人で訓練をし、午前中はフレイアにアーク文字と計算を学び、午後にはアイクから魔法を学ぶ。

そして相変わらず僕は、文字と計算をゆっくりとした速度で学び、魔法に関してはほとんど何も成長が見られない。


対して街は【豊穣祭】が近づくにつれ、どんどん活気を帯びていき、街に中心から少し離れたこの屋敷の中まで、その熱気が届くほどだ。

祭りの準備が粛々と進んでいる様で、気付けば、街の中心にある大きな広場には、巨大な、それこそ物見やぐらほどもある大きさの薪が組み上げられ、祭りの当日にはこの篝火を一日中絶やすことなく燃やし続けなければいけないそうだ。

そこかしこに木材でできた屋台が立ち並び、商人や、少し腕に覚えのある料理人たちが稼ぎ時とばかりに朝早くから商品を並べていく。

「今日ばかりはみんなで祭りを楽しむぞ!」

アベルが朝から宣言する。

もとよりそのつもりだったのかみんなの様子にこれと言って変わった様子はない。

僕だけが戸惑っている。

それはなぜか、簡単だ。自由に行動していい、好きに祭りを見て歩け、と昨夜から言われていたが、自由に、好きに、と言われても、僕はどうしていいのかさっぱりわからなかったのだ。

―――もしかして、朝から皆祭りに行ってしまうのかな?

できれば勉強をしていたい。だが、どうにもそんな雰囲気ではない。

アベルが朝方、エダとマルトに、今日は仕事のことを忘れて祭りを楽しんできてくれ、と言って送り出してしまったために、朝食以外は食べることができない。

それでもみんな文句を言うことはなく、どうにも屋台で食べ歩きをするようだ。

その証拠に、アイクがカレンに連れられて早々に屋敷から出かけていってしまった。

少し困った顔をするアイクにアベルが「お前のお披露目もあるのだから、夕方は少し顔を見せろよー!」と声をかけて見送っていく。

「さて!三人になってしまったわけだが!フレイアよ!父さんと一緒に祭りを見て回るか!!」

「嫌よ」

一瞬で拒否されてしまった。アベルが目に見えて落ち込む。

「だって、そうしたらシリウスがどうするのよ?私が彼と一緒に見て回るから、父さんは領主としての仕事をしたらいいんじゃないかしら?」

―――え!?一緒に回るの!?

驚きで顔が引きつってしまったが、どうしてか言葉にするのははばかられた。とてもうれしい話だったが、ひどく落ち込むアベルを前にして、純粋には喜べない。

「それなら・・・、父さんも一緒でも・・・いいんじゃないか?」

「嫌よ。だって目立つじゃない?それにこの歳にもなって父さんと一緒にいるところを見られたら、友達になんて言われるか」

「そうかあ・・・・」

「友達とは一緒に祭りを見て回らないの?」

つい気になったことを聞いてしまう。しかし、フレイアは少しも表情を変えない。

「いいのよ。だって皆、恋人かもしくは旦那さんと一緒に祭りを見て回るんだから・・・」

恋人、と聞いた瞬間、アベルが机をたたきながら勢いよく立ち上がった。

「父さんまだ恋人は許さないぞ!!まだお前は子供なんだから、まだまだ結婚とかは速いと思うぞ!!」

いきなり立ち上がって大声で叫び出したので何事かと思って思わず身を引いてしまう。

「はいはい・・・。分かりましたよ。そんなこと言っていたら私は一生結婚できないじゃない・・・。それでなくとも領主の娘ってことで皆に敬遠されているのに・・・」

それでもフレイアは全く動じることが無い。

「お前の結婚相手は俺が認めた男じゃないとだめだからな!!って、こら!!聞いているのか!!」

アベルが立ち上がったまま叫ぶが、途中で聞き飽きたとばかりにフレイアは立ち上がると、戸惑う僕の腕をつかんで早々に出かけようと部屋を後にする。

「こらーー!!話しを最後まで聞きなさい!!街の中で変な男に付きまとわれたらすぐに父さんに言うんだぞ!!分かったな!!」

部屋の入り口から顔を出して大声で叫び続けるアベルに対してフレイアはおざなりな返事を返す。

「はいはい。分かりましたよ。そもそも私に勝てる人なんてそうそう居ないわよ。ましてやシリウスに勝てる人なんてこの街にいないんじゃない?」

そんなことはないと思う。それでもフレイアが強いことは確かなことなので、アベルが気にするほど心配する話ではないと思う。

腕を引っ張られたまま屋敷の外に連れ出された僕は、ずんずんと前を歩くフレイアの背中に問いかける。

「よかったの?」

フレイアの足がピタッと止まった。

くるりと振り向いた顔は少し怒っているようだ。

「あのね!いつまでも、いつまでも、子ども扱いされて・・・。私だってもういい大人よ?鬱陶しくって!!」

「でも・・・。心配してくれているんだし・・・・」

「いい加減うんざりなの!!私の友達の中では今年結婚した娘が何人かいるのよ?私なんか・・・・」

最後のほうはどんどん小声になっていってしまったので何を言ったのか聞こえなかった。

それでも顔を赤らめながら何かをぼそぼそと話しているようだ。

「まあ・・・気になる人も特に・・・・」

「うん?」

「取りあえず!!今日はシリウスを案内してあげるの!!不満なの!?」

ずいっと顔を近づけて、怒ったように言い募ってくるので思わずのけぞって言い訳してしまう。

「いや、嬉しいんだけど・・・。なんだか申し訳ないなあ、と思って・・・」

「そんなの気にしなくていいのよ!!さあ!行くわよ!!」


街は活気で満ちている。すれ違う人たちは皆、楽しそうに笑いあっている。

今日ばかりは、農夫も、猟師もそして漁師も、兵士たちすらも仕事を休んでこの日を楽しむそうだ。

至る所に屋台が軒を連ね、山の幸も、海の幸も様々な食べ物が並んでいる。

物珍しさに思わず目移りしてしまい、きょろきょろとしてしまう。

「あれ?フレイアじゃない!?」

その時、不意に僕ら二人に声がかけられた。興奮したような若い女性の声だ。

振り返ると、そこには、二組の男女が立っていた。

恐らくフレイアとほとんど歳は変わらないだろう、嬉しそうに話しかけてきた二人の女性はフレイアとは違い身にまとう衣服と顔つきが少し野暮ったい印象を受けるが、それでも整った目鼻立ちをしている。

隣に並ぶ男たちはかなり体つきがよく、恐らく兵士だと思われる。年のころは彼女たちよりも少し年上だろう。大人びた雰囲気がある。

「久しぶり!!元気!?」

「二人も随分久しぶりじゃない!?どうしたの今日は?そちらの二人は恋人の方?」

「ええ。そうなのよ。二人とも兵士なのだけれども、私たち彼らと結婚しようと思っているのよ!!」

その言葉を聞き、フレイアは驚いたようだったが、すぐに持ち直すと、そのまま話に花を咲かせ始めた。

僕は三人が姦しく話しているのをぼんやりと眺めていると、向こうの男性たちもそうだったのだろう、僕に近づいてきた。

「なあ、君が、アイク様の仲間で一緒に旅をしてきたって本当か?」

「え・・・?うん、そうだよ」

急に問いかけられ、少し驚いたが、それでも嘘をつく必要はなかったので頷いておく。

「なあ、噂で聞いたんだが、マシュー隊長に模擬戦で勝ったって本当か・・・?」

恐る恐る問われたが、何をそんなに躊躇っているのだろうか?これもまた本当のことだったので否定はしない。

「うん。そうだけど・・・。一回、それも運よく勝てただけだよ?」

勝負の勝ち負けは時の運だ。その上あの時の僕は、まるで何かに導かれるように体が動き、気付けば勝っていたため、それほどすごいことをしたという実感がない。何より、僕の前に戦っていたアイクは僕以上に軽くあしらっていた。

それでも二人はそうは思わなかったようだ。

「すげえ!!あの人に勝つなんて・・・!!」

「若いのに随分と鍛え上げられているもんなあ・・・!!」

その後もすごい!すごい!と褒めちぎる二人を前に気恥ずかしくなってきてしまったので、フレイアに助けを求めるように視線を向けると、先ほどまでの楽しげな様子とは一転、こちらを見て三人でひそひそと何かを話している。

「随分強いのね・・・」

「それに容姿もなかなか整っているわね・・・・」

「フレイアはああいう男性が好みなの?」

「私も彼に求婚されたら考え直す・・・かも・・・」

「ちょっと何言っているのよ!?・・・でも・・・いいかも・・・」

「二人してなに馬鹿なこと言っているのよ!?」

「正直に言いなさい!付き合っているの?」

「え!?それは・・・。まだ・・・・だけど・・・」

あたりを気にしているのか随分と小声で話しているためにほとんど内容は聞こえてこないが、何やら三人で僕を品定めするようにじいっと見つめてくる上に、フレイアが顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしているため、どうにもよくない噂が話されているんじゃないかと、時が気ではない。

そんな僕の不安をよそに、目の前の二人の男性は先ほどからすごい!すごい!と褒めちぎってくるばかりで、なかなか混沌とした状況になってきてしまった。


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