勉学三
昼を食べ終わった後も勉強は続く。
そうして夢中になって文字を書き記していくうちに、疲れて集中力が切れてしまった。
そんな僕を見てフレイアが終了を告げる。
「じゃあ、ここまでにしよっか。次はアイク兄さんの魔法のお勉強だけど・・・。兄さーーん!!」
いつの間にかいなくなっていたアイクを大声で呼ぶと、少ししてアイクがやってきた。
「終わったか?」
「うん」
「よし、じゃあ、庭に行くぞ。これから魔法を教えてやる」
言われて僕は、ぐっと背を伸ばして立ち上がる。正直ありがたかった。確かに文字を書くのは楽しかったが、それでも長い時間椅子に座りっぱなしでいるのは少し辛いものがある。
アイクと連れ立って庭に行くと、アイクが何か発光する液体を入れた透明な容器をポケットから取り出した。
「何それ?」
うっすらとほの青く光るその液体は、とても綺麗だった。どことなく「水竜の洞窟」を流れる魔力を含んだ水に似ている。
「これか?これは魔力水だ。魔石を粉末状にすりつぶしたものを溶かし込んで作られているが、【水竜の洞窟】で流れていた水のように魔力を含んだ水を魔法的に処理して魔力が抜けないようにしたもののほうが高純度のムラが無い魔力水になる。だが、それでは入手が困難なため、一般的に出回っているのはこれだな」
確かによく見ると容器の底のほうが淡く発光しているのに、上のほうに行くほど発光が薄く淡くなっていく。
「何に使うの?」
「それを教える前に、一つ聞きたい。お前は魔法を使う方法は分かるか?」
突然どうしたのだろう?僕は魔法を使うことができることなどとっくの昔に知っているだろうに、と怪訝に思いながら、ふと、改めて体内の魔力を魔法として発現させる方法を言葉にすることの難しさを理解した。
「ええっと・・・。お腹のあたりにある熱のような魔力をぐるぐると回して、体内を駆け巡らせてそれでどうしたいか強く望むと、魔法が発現する」
「まあ、間違ってはいないな。そしてなかなか説明がうまいな」
そうだろうか?僕としては言葉にするのにとても苦労した。
アイクはちらりと庭先についてきていたフレイアを見ると、苦笑いしながら彼女に問いかける。
「フレイア、お前はどうやって魔法を使う?」
問われたフレイアはきょとんとした表情をしている。魔法を使えるのだろうか?
「私?うわーーーー!!って体に力を入れると魔力がぐわーーーって高まってくるから、それをおりゃーーーって感じで使えば魔法になるわね」
―――うん、全くわからない。ただ、一つ分かったのは、フレイアは魔法を使えると言うことだ。
僕の横でアイクが頭を抱えている。
「思った通りだ・・・。父さんがかなり直感型だったからこうなるんじゃないかと思っていたが・・・」
「で?どうして改まってそんなことを聞いてきたの?」
僕は、そんなことよりも、アイクがどうして今更僕に魔法の使い方を聞いてきたか気になった。
「ああ・・・。そうだな。本当は魔法を使う方法は二種類存在する」
「え!?」
ぴっ、とアイクは人差し指と中指を立てる。
「まず一つが、シリウスが言ったように体内魔力、【プラーナ】と一般的には呼ばれているが、それを使って魔法を発現する方法」
「プラーナ・・・」
初めて聞いた言葉に僕は無意識のうちにおうむ返しにつぶやいていた。
「そして、お前は知らないと思うが、自然に漂っている魔力【マギ】を利用する方法だ」
「マギ・・・」
ずうっと不思議だった。僕が魔力を感じ取れるようになって、ほとんどの人間が体内に魔力を持っている。魔獣、魔物はもちろん、動植物、そして山を流れる川、土すらもうっすらと魔力を持っている。
それはこういった街であればあるほど、その濃度が薄くなっていき、ほとんど存在せず、迷いの森、暗黒森林、と言った未開の土地ほど濃くなっていく。
魔法を使えない人間も魔力を持っていること、そして何より、自然に、世界に漂っているこの魔力はどうして存在しているのだろう?これを使うすべはないのだろうか?と考えたことがあったが、何とか体内に取り込もうと思ってやってみたことはあったが失敗している。
体内に取り込もうとしても、感覚的に全くできない上に、体内に取り込もうとすると、不思議と体が拒絶するのだ。
「人は、どんな人間であれ、世界に漂う魔力を取り込んで利用することはできない。それは己の体を流れる魔力と、世界を流れる魔力の質が全く違うからだ。人それぞれ全く同じ人間がいないように、全く同質の魔力を持った物はない、とされている。そして無理に異質な魔力を取り込もうとすると、【魔物病】になる」
どくん、と一つ心臓が跳ね上がった。
「だが、どうにか自然に漂う魔力を利用しようとした人間たちはその方法を発見した。それが【古代ルーン文字】と【魔法陣】の利用だ」
「魔法陣は知っているよ。よく魔道具なんかに描かれたり彫り込まれたりしている図形のことだよね?でもあれにいったい何の意味があるの?」
「あれは自然界に流れる魔力を利用して、魔法を発現するためのいわば呼び水、のようなものだ。勿論【古代ルーン文字】も性質は同じなのだが、その根源が異なる。魔法陣はこの魔法水で描きあげることによってその効果を発揮する。しかし、古代ルーン文字は唱えることによって魔法を発現することができる」
「へえー・・・。そんなことができるんだ・・・。でもそれならどうしてほとんどの人たちは魔法が使えないの?それに、そんな方法があるならどうして教えてくれなかったの?」
「それは、とてつもなく難しいからだ。魔法陣は、その図形の形、大きさ、そして魔力の込める量を寸分でも間違えると、魔法が発動しなかったり、逆に暴発してしまう恐れがあるために、普通の人間は扱うことができない。古代ルーン文字も似たようなもので、これは五十二文字の文字からなる言葉だが、魔力の込める量、単語の発音、そして何より呪文を少しでも間違えると同じようなことが起きる」
「五十二文字!?古代ルーン文字っていったいどんな字なの?」
ルーン文字、と言う物はいったいどこから生まれ、どこで使われていたのだろうか?興味が尽きない。
僕の問いにもアイクは流暢に答えてくれる。
「これには言い伝えがある。神々が使っていた言葉であり、およそ人には発音できない言葉、文字がある、とされており、それを簡略化し、人間でも発音ができるようにされたものを神々からアーク文字として賜った、とされている」
なんだか・・・・。それだと、不思議なことがある・・・。
「ふーん・・・。本当にそうなの?」
「神々の言葉っていう話しか?それとも発音できない言葉の話しか?」
「どっちも、本当なの?」
「これは広く一般的に知られていることで、南大陸でさえそうだとされている。だから言い伝えは本当だろう。そして発音できない文字、言葉は本当に存在するぞ。古代ルーン文字を研究するための機関も南大陸とそして帝国には存在するくらいだから、まだまだ発見されていない言葉が数多く存在している」
「それって一体どこから発見されているの?」
「ほとんど多くは迷宮からだな。それ以外にも、暗黒森林の奥地に住まう原住民に伝えられている言葉もあれば、昔に諸国を旅した傭兵の中で、世界を放浪するうちに古代の遺跡群などから自分が見つけた古代ルーン文字を書き記した書物があったりする」
「え!?迷宮って・・・、ここからってこと!?」
「いや、そういうわけではない。勿論この迷宮からもいくつか古代ルーン文字で書かれた書物が発見されているが、南大陸には大規模な迷宮が三つ。そして北大陸にも迷宮が二つ存在している、と言われている。そのうちの一つがここだ」
アイクが少し自慢げに胸を張る。だが、南北の大陸を合わせて五つしかないうちの一つなら確かに自慢したくなる気持ちもわかる。
そして話を聞くうちに、先ほど文字を学んでいるときに感じたふとした違和感をようやく捕まえることができたが、魔法とは全く関係が無かったのでとりあえず置いておくことにした。
アイクが魔力水の瓶を掲げて話し出す。
「それで、今日は魔法陣を見せようと思って、この魔力水を持ってきたわけだ。これを使って魔法陣を書くのが一般的だが、実演は後でやるとして、基礎的な話をもう一つ。魔法の属性ってお前は分かるか?」
「属性って・・・・氷、とか、風とか、雷とかってこと?」
思いつくままにしゃべってみたが、アイクが微妙な表情をしている。
「ああ、間違ってはいないんだが・・・・。なるほど、確かにお前の場合、それくらいしか見たことが無いか・・・。とにかく!魔法には属性がある。基本の五属性と、二種類の特殊属性、そしてそれ以外の大別できない魔法、に分類されている」
「なるほど・・・」
「基本の五属性だが、【地・火・木・風・水】、そして特殊属性が【闇・光】、最後にそれ以外が【無属性】、と分類される」
「それって・・・氷とか、雷はどこに分類されるの?無属性?」
「いいや、違う。上位魔法と言って、水の上位が氷、そして風の上位が雷と言ったようにそれぞれに上位魔法が存在しているんだ」
―――なるほど・・・。よくよく思い返してみれば、氷と雷と風以外にも火と土の魔法は戦争の時に見た。だが、それ以外の魔法は見たことが無い。
「木とか、闇・光ってどういう魔法なの?それに無属性魔法って何?」
問われてアイクが少し考え込むそぶりを見せる。
「うーん・・・。簡単なところから説明すると、光は回復魔法だ。滅多に使い手はいないが、お前は一人知っているだろう?ウルの街に居たじゃないか」
そう言われてピンと来た。ただし、お互いに名前を出すのがはばかられたので何とも言えない表情で見つめ合う。それぞれに違う思惑だったが・・・。
「闇も使い手が滅多にいないからなあ・・・。無属性魔法の使い手ならお前も一人知っているぞ?」
「え!?誰!?」
アイクに言われて思わず驚いてしまったが、一体魔法を使える人間の中でそんな特殊な魔法を使う人間などいただろうか?と考えていくうちに、一人思い出した。どうして忘れていたんだろう?思わず自分を罵ってしまうほど衝撃だった。
「・・・リック・・・だね・・・」
「そうだ。あいつが使っていた圧縮と解放、そんな魔法見たことも聞いたこともない。それに、お前が使うあの瞬間的に自己治癒してしまう魔法もあれはおそらく無属性魔法だろう」
「え!?僕ってそうなの!?でも、意識して魔力を身にまとえば身体能力が飛躍的に高まるのと同じように、治癒能力も高まるんじゃないの?」
僕の言葉を聞いて、アイクがやれやれと言うようにため息をつく。
「はあ・・・。やっぱりお前は自分の特異性に気付いていなかったか・・・。あのなあ、確かに魔力を身にまとえば身体能力の向上はできるし、自己治癒力も上がる。しかし、自己治癒力が上がると言っても目に見えては上がらんし、お前のように見る見るうちに傷が塞がっていくことなどまずあり得ない!」
びしっと指を突き付けられて指摘された。
―――そうか・・・。僕の魔法は特殊な魔法だったんだ・・・。
言われてもいまいちピンと来なかった。当たり前のようにできたことが特殊だったと突然言われてもよくわからない。
「でも、どうして僕はそんなことができるのかなあ・・・?」
だからだろう、思わずつぶやいてしまったがアイクに聞こえていたようだ。アイクが腕を組みながら、推測だが、と付け足して説明してくれた。
「推測だがな、魔力を発現する方法と言うのがいくつかあって、お前やリック、そしてお前の兄であるリオンのように、死の淵に瀕して、それでもなお諦めることなく力を求める、と言う方法で魔力を発現した人間は、その思いの丈に合わせて、発現する魔力も特殊になるし、何より強力になると言われている。リックであれば、己の命を賭けてすべてを破壊したい、お前であれば、死にたくない、そしてリオンであれば、弟を守りたい、と言うようにな」
やはり、と言うか、想像していたように兄のリオンも魔法が使えたようだ。そうではないかと思っていたのだ。そしてそうでなければよかったのに、と思ってもいた。
何故なら、あの時魔法を使っていたら生き残っていたのは確実に兄だと分かったからだ。
―――兄さんはあの時、死ぬことを覚悟していたのかな・・・?僕に生きてほしかったのかな・・・?
だとすれば・・・。その先を考えようとした僕の頭に温かくて大きな手がぽんと置かれる。
「それ以上は嘆く必要はないだろう?なにせすでに終わってしまったことだ。あの時リオンが何を考えていたか、そしてどうしようと思ったのか誰にもわからない。それでもお前はリオンの遺志を継いで生きていく、と決めたんだろう?」
―――そうだった・・・!だから僕は、強くならなくちゃいけないんだ・・・!
「ありがとう」
泣きそうだった。こんなにもいろんな人から支えられて今生きていられることを、奇跡のように改めて感じながら、目元をごしごしと強く拭う。
ぽんぽん、と頭を優しく叩かれた。
「よし。話を続けるぞ?」
「うん!」
「闇の魔法は今思いついたが、隷属魔法がそうだ。そして実を言うと、木の魔法はリオンが使えたんだ」
「え!?そう・・・なの・・・?」
「ああ」
兄が使った魔法・・・。それはいったいどんな魔法だったのだろうか?
「ねえ、アイク。兄さんはいったいどんな魔法を使っていたの?」
僕の問いかけにアイクが少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「実はな・・・、リオンが木属性の魔法を使っていたことと、特殊な魔法を使っていたことは知っていたが、正直、どんな魔法だったかよく分からないんだ・・・。まあ、森にいた時のあいつはとても頼りになったな。木が道を開けるんだ。それに魔獣の突進を邪魔するように草が足に絡まったり・・・。とにかく草木を操る魔法だった、ように思う」
「ふーん・・・。じゃあ、特殊な魔法ってどういう魔法だったの?」
「恐らくこうじゃないか、と言うのがあるが、それでも推測でしかない。ただ、一つはっきりと言えることは、あの戦争の時のことを覚えているか?」
「うん」
あの戦争がどうしたと言うのだろうか?あの時に何かあったとは思えない。
「あの時流れ矢が飛んできたか?」
問われてはっ、と思いつく。確かに言われて見れば、あれだけの弓矢を射られて、運が悪い人たちはどんどん流れ矢に貫かれて死んでいってしまったが、今にして思えば僕たちには流れ矢はほとんど飛んでこなかった。確かに狙われて弓を射掛けられ、盾で防いだことは何度かあったが、それでも僕が、僕らが意識していない死角から流れ矢が飛んできてヒヤッとしたことはない。
でもそれはひとえにリックの指示、そして行軍の位置取りがうまかったから、何より【ファントムの首飾り】のおかげだと思っていたが違うのだろうか?
「まあ、確かなことは分からないし、リオンも自分の魔法のことは話したがらなかったから俺たちですらも、弟であるお前ですらもわからないだろうが、何か特殊な魔法が使えたみたいだ」
「そう・・・なんだ・・・」
兄さんが魔法を使えた、それはとても嬉しい話であり、同時に悲しい話でもあった。お互いに過ぎ去った過去に思いをはせ、しんみりしていると庭のはずれから明るい声が聞こえてきた。
「ちなみに私は風の魔法が使えるよー」
びゅうー!と急に吹き付けてきた突風に思わず目を細め、声のしたほうを見やると、フレイアが手の平をこちらに向けて、笑いながら風を送り込んできていた。
「やったな。お返しだ!」
アイクが笑いながら手のひらを向け、風を吹き返した。
お互いの作り出した風がちょうど中間でぶつかってそこから四方に爆発するように風が吹き荒れる。
「ちょっと・・・。もういいから・・・」
声が届かない。口を開いても襲い来る風に掻き消されてしまう。
吹き荒れる風に体がもっていかれ、ついには吹き飛ばされそうになってしまい僕は慌てて止める。




