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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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故郷十二

昼をご馳走になって、一息つくと、僕らは農夫の人たちにお別れを言って、その場を後にした。

彼らは少し残念そうだったが、とてもうれしそうに口々に感謝の言葉を投げかかられたのが照れ臭かった。

よくよく見てみれば、フレイア以外の全員が少なからず泥にまみれている。

アベルに至っては、僕と同じようにどこかで転んだのだろう、右半身のほとんどが泥だらけだった。

それをアイクが茶化している。

穏やかな時間。

今までの奴隷をしていた時と、そして逃亡をしていた時では考えられない。

実感があまり沸かない、と言うのか、とにかく不思議な感覚だった。

だからだろう、思わずぽつりと呟いてしまった。

「不思議な感じだな・・・・」

「何が?」

小声でつぶやいただけのつもりだったのに、聞きとがめられてしまったのだろう、フレイアがひょっこりと後ろから顔をのぞかせる。

「うお!?」

驚きで変な声が出てしまった。

そんな僕に、アイクとアベルが、どうした?と言う表情を浮かべ振り向いてきた。

「何が、不思議なの?」

きょとんと小首をかしげて尋ねてくるフレイアには、悪意は全くない。それでも僕には、僕自身が感じているこの不思議な気持ちを言葉にすることができなくて、しどろもどろになってしまう。

「えっと・・・・。その・・・、あれだ、領主なのにこんな農作業するなんて、なんか、思っているのと違うなって・・・・」

すると、僕の言葉を聞いていたアベルが、真っ先に口を開いた。

 「偉いと言うことには責任が発生する。領民の命を預かり、そして生活を守っている。だからこそ人々は自然と首を垂れるんだ。偉いと言うことは、その立場や生まれが決めるのではなく、何を考え、何を行い、そして何を為すか、そしてそれを見た民が決めることなのだ」

ぽかんとする僕を見て、苦笑いする。

「突然難しい話をして申し訳ない。ただ、いつか私の言った言葉の意味が分かる時が来ると思う。そして、今の言葉を実感するときが来ると思う」

そんな時が来るのだろうか?ただの傭兵でしかない、それも成人して間もない、子供と言っても差し支えのないこの僕に・・・・。

「だから、今は、何となくこう思ってくれればいい。領民の生活を知ることも領主の仕事だし、何より、たまには息抜きをしないと息苦しいだろう?」

―――それは・・・・どうだろうか?そうなのだろうか?

今まで闘いに身を置き、闘いの中で生きてきた僕には、こんな穏やかな日々など全く考え付かない。

「闘い続けるのもいいが、それでは何も生まない。ただ人を殺して、魔物を殺して、ふと自分が歩いてきた道を振り返ってみれば、それは血に塗れた屍の道でしかない」

ふわり、と前方から香って来た匂いに思わず顔をしかめてしまった。

それは何とも言えない嗅ぎ慣れない匂いだった。

なんと形容すればいいのか分からない、いや、この匂いを表す言葉を僕は持たない。それでもはっきりと言えることは、今まで嗅いだことが無い、とても独特の匂いだった。

近い物をあげるとするならば、血のような匂いだろうか?

はっきりと言うならば、塩辛い鉄のような錆のような、それでいてそれよりもよほど生臭い匂いだった。

僕の表情を見たアイクが、アベルの話を遮るように笑いかける。

「慣れないか?」

「これ、何の匂い?」

「これが潮の匂い。海の匂いだな」

「これが・・・・」

思わず鼻を抑えたために、急な勾配を登り転びそうになった僕にアイクが手を差し伸べてきた。

「ほら」

その手を掴んで何とか踏みとどまり、ぐいっ、と引っ張り上げられる。

ざあ―――。

風が凪いできた。

海が凪いでいる。

ざあざあ、ざあざあと、風に揺蕩い、波が浜辺に寄せては返す。

眼下に見下ろす海は、遠くから眺めた景色とは全く趣を異にし、まるで胸の前に迫るかのように、雄大で、それでいて迫力に満ちている。

アイクと、アベルと、フレイアの後を追って砂浜を歩く。

柔らかい砂浜は、とても歩きづらく、踏み込めばずぶりと沈み込み、まるでぬかるむ泥のようで、足を取られる。

波が寄せては返す、砂浜と海の狭間、波間まで歩き、靴を脱いだフレイアが、ひたひたと海に足を踏み入れていく。

「きゃ!」

突然強く吹いた風に合わせるように、波が寄せてきて、ロングスカートを濡らす。

僕もフレイアを真似て、靴を脱ぎ棄て、粗末なズボンの裾をたくし上げて、ゆっくりと海に足を踏み入れる。

―――ざあ。

波が寄せて、足元を濡らす。

―――さあ。

波が引き、踝から、つま先と水が走り抜ける。それは何とも不思議な感触で、少しくすぐったかった。

巻き込まれた細かい砂粒が、足の上にかかる。

止せては返す波に足をさらわれながら、ぼうっ、と視界いっぱいに広がる海を眺めていると、不意に、今自分がどこに立っているのか分からなってきた。

返す波にさらわれ、雄大な海に連れさらわれるのではないか、という不気味な感覚に、思わず急いで砂浜に引き返す。

それでも目を離すことができないまま、僕はぼうっと海と、波間に戯れるフレイアを見つめていると、不意にポンと後ろから肩を叩かれる。

アベルがそのまま僕の隣に肩を並べた。

僕は一瞬、その真意を問うように振り仰いだが、アベルは僕と同じように海を見つめるだけで、全く視線を向けてこないので、僕もただ黙って正面に視線を戻した。

「こうして泥にまみれて、水と共に生きるのも悪くはないだろう?」

血に塗れる闘いの道ではなく、とは言わなかったが、先ほどの話の続きだとすぐに理解できた。

「母なる大地、そして、恵みの海、森、山。そんな中に生き、泥にまみれて作物を育て、そして実りを育む。そんな生き方のほうがよっぽど、意味のある生き方だとは思わんかね?」

うん、とは言えなかった。

生まれてこの方、いや、物心ついてから、闘いしか知らないこの僕に、そんな難しい生き方ができるとは思わなかった。

だからと言って、今までと同じように闘いの中に身を置くのも、それはそれで嫌だった。

―――僕はどうすればいいのだろう?

ふと目に着いたのは、波間に揺れる、小さな木の板だった。

ぷかぷか、ぷかぷか、と風に吹かれ、波にさらわれ、茫洋と宛所なく漂うその姿は、今の僕のようで、この広大な世界の中で、そのちっぽけな存在はとても頼りなく、ついには波間に沈んで消えていってしまった。

「少しいいか?」

アイクがぼんやりと佇む僕とアベルのもとに近づいてきた。

「どうしたの?」

少しばかり思いつめた表情をしている気がする。そしてそれはどうやら僕の勘違いではなかったようで、問い返しても、何かを思い悩むように沈黙してしまい、何も答えない。

しばらく見つめていると、意を決したのか、重々しく口を開く。

「シリウス、お前はこれからどうする?」

「え?」

問われて、僕は、何を言われているのか一瞬全くわからなかった。

「これからどうするんだ?旅をするのか?それとも、この街に留まって、ずうっと領民として生きていくのか?」

不意に投げかけられた問いに、心臓を掴まれたように、鼓動が、ドクン、と跳ね上がる。息が苦しくなった。

「え・・・・?」

旅に出るのか、それともこの街に留まり続けるのか、どうして僕は、こんなにも戸惑っているのだろう?

簡単だ。僕一人では今まで何かを決めてきたことはない。誰かの背中を追って、誰かに言われて、従って、生きてきた。急に、じゃあ、どう生きたい?と聞かれて答えられるはずなどなかった。

「・・・アイクは・・・・どうするの・・・?」

だからだろう、絞り出した返事は、逆にアイクへの問いかけでしかない。

「・・・・俺か・・・。昨晩ずうっと考えていたんだが・・・・」

―――ああ、やっぱり聞くんじゃなかったな・・・。

ひどく後悔してしまった。なぜなら、その暗い表情を見て、僕は理解してしまったからだ。

「俺は、もし父さんが許してくれるのなら、この街で生きていきたい。領主になることはできないから、軍の中で生きていくことになるだろうが、それでも、生まれ育った街で、俺は生きていくつもりだ・・・・。カレンもいるしな・・・・」

―――どうして考えなかったのだろう?いや、考えないように必死で目をそらしていたんだ。

これで僕とアイクの旅が終わることなど、とっくの昔に分かっていたはずだ。それなのに僕は、どうしてこんなにも動揺しているのだろう?

アイクと旅してきたことが楽しかった、と言うのが一番大きい。ただ、それ以外にもいろんな感情がごちゃませになっている。

世界を見て回りたい、という思いもある。

アイクとこのまま旅を続けたいのは気心の知れた仲間だからだろうか?

このまま、農夫となって、もしくは猟師となって、もしくは兵となって、この領内で民草として生活する想像が沸かない。

アイクにとっては生まれ育った故郷でも、僕にとっては、海一つとっても全く見も知らない土地だ。山の色も違えば、そこに生きている生き物も違う。

普通の生き方、と聞いて、こんなにも不安になるのは、僕が今まで生きてきた暮らしと全く違うからだろうか?

―――僕はいったいどうしたらいいのだろうか・・・。

アイクはちらりと僕に視線を向けると、少し苦笑いを浮かべる。

「俺としてはできればお前にはこの街に居着いてもらいたい・・・。一緒に戦ってきた仲間だし、何より、お前のことを気に入っているからな・・・」

そう言ってもらえるのはとっても嬉しい。それでも、今の僕には、その言葉もどこか空虚に聞こえる。

突然自分の立っている場所が消えてなくなってしまったような、それでいて波に引かれて海原に引き込まれて行ってしまうような、先ほど感じた恐怖を感じながら、僕は呆然と立ち尽くす。

「まあ、今すぐに返事を聞きたいわけじゃない。【豊穣祭】まで一週間ある。それに【豊穣祭】が終わればすぐに冬が来て、この辺一帯は雪に閉ざされてしまう。そうなってしまえば雪が降り積もる山を越えて他国に行くのは困難だ。せめてひと冬の間、この領内に留まって、様々なことを勉強していくといい」

アベルが僕の肩に置いた手に少し力を込めながらそんなことを言ってくれた。

温かい手の感触に、僕は少しホッとする。

「それでも、春になったら、君がどうしたいかを決めるんだ。辛いかもしれないが、それは君の人生においてとっても大事なことだ」

「・・・・うん」

今は頷くしかない。真摯に思ってくれていること、そして、正しいことを言っている、と言うのは、さすがに分かる。

僕がどうしたいか、誰かに決めてもらうのは、ただの我儘だ。それにどうしたいか、と言うのであれば、何となく、もう決まっている気がする。

それでも僕は、まだ時間があるからと自分を納得させて、それから目をそらす。

「まあ、春を迎えたら、さすがに君をアイクの仲間だからといって我が屋敷に逗留させているわけにはいかなくなる」

「・・・・うん」

それはそうだろう。何も仕事をせずに、泊めてもらっている今ですら、心苦しいのだ。その上、冬の間無償で泊めてもらい、なおかつ「学ぶ」機会をくれると言うのだから、これ以上の待遇はないだろう。

バシャバシャとしぶきをあげて波間を走り回るフレイアを何とはなしに見つめながら、僕らは、三人、並んで、寄せては返す波を、ただ、ただ、見つめ続けた。

僕ら三人の後ろから、海を照らす真っ赤な夕日は、水面に反射し、きらきらと視界を染め上げていき、視界の果てに広がる空は、宵闇と混ざり合って淡い紫の色合いをたなびかせている。

紫と深紅が混ざりあう空の下で佇み、思いのほか冷たい風にさらされ、僕は思わず身震いをしていた。


ついに!ついに!来ました!百話です!一つ山場を越えることができたのは大変うれしく、それでいて、評価が少ないのがやはり少し寂しいです・・・。

今後はさらに多くの人たちに評価していただけるようにより一層頑張っていきますので、これからも拙作を呼んでいあ抱ければと思いますのでよろしくお願いいたします。

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