96 海南島攻略戦 3
前々回の投稿を飛ばしてしまった分、大急ぎで完成させた96話をお届けします。今回も主人公たちはまったく登場しません。その代わりに国防軍の奮戦の模様がたっぷりです。
中華大陸連合は南シナ海において南沙諸島に造成した人工島と海南島を拠点にして海上支配を進めてきた。
対するアメリカ合衆国はフィリピンのルソン島西北部にかつて存在していたスービック海軍基地とクラーク空軍基地を拠点にして南シナ海を挟んで睨み合う構造が2020年代に確立されていた。余談ではあるがこのフィリピンにおける米軍の両基地は1990年代にピナツボ山の噴火の影響でフィリピンに返還されていたのだが、2020年代になって両政府の合意によって米軍の再駐留が開始されていた。
一方の日本はベトナムと安全保障条約を結んで同国中部にあるダナンに大規模な軍港を建設して、同市の南部タラットには空軍基地を開設していた。これはカンボジアと南シナ海を介して圧力を強めてくる中華大陸連合の動きを牽制するという両政府の思惑が一致した結果である。
日米の攻撃が開始された翌日の早朝、そのタラット空軍基地では・・・・・・
「米軍は南沙の人工島を完膚なきまでに叩き潰したようだな」
「機長、偵察の結果完全に破壊した模様です」
滑走路に駐機して離陸の準備に入っているのは国防海軍に所属するP-1哨戒機、そのコックピットで機長の石倉と副操縦士の長嶺が会話をしている。このP-1哨戒機はP-3Cの後継として純国産で開発された4発のジェットエンジンを搭載した優秀な機体である。主目的は海上艦船の哨戒と空から潜水艦を追尾すること。殊に姿が見えない潜水艦を発見するために優れた装備を搭載している。両翼には91式空対艦ミサイルを8発装備して、格納庫には魚雷やソノブイが収められている。戦闘機と比べると大人しい外観ではあるが、その武装の充実振りは単なる哨戒機というにはオーバースペックともいえよう。
内緒の話ではあるがミサイルの種類を変更するだけで地上の戦略目標を攻撃する爆撃機に早替りも可能だ。これは同じく国産のC-2輸送機と同様に優れた運動性能がもたらした結果といえよう。高度1万メートルから急降下が可能な機体を輸送機や哨戒機に使用するとは、他国からすると贅沢この上ないと批判を浴びそうだ。さて余談はこの辺にして2人の会話に戻ろう。
「長嶺、いよいよ初の実戦だ。変に気負うんじゃないぞ」
「機長、自分は意外な程落ち着いていますよ。普段と変わらずに淡々と任務をこなせそうです」
「頼もしいな。さて、中華大陸連合の原潜の大まかな位置はすでに割れている。我々の手で確実に仕留めるぞ」
「了解しました。万全を期します」
「それでは離陸だ。エンジン出力70パーセント」
「了解」
こうして滑走路を滑るようにスムーズにP-1は大空へと羽ばたいていく。石倉が操縦する機体に続いて後続の4機が次々に滑走路から発進していくのであった。
中華大陸連合は南シナ海に多数の戦闘艦を配備している。遼寧型空母3番艦の〔大連〕並びに随伴する艦隊は北洋艦隊及び黄海艦隊が全滅したことに伴って大連軍港に移されているが、ミサイル巡洋艦規模の艦船や駆逐艦、コルベット等が多数この海域を我が物顔で遊弋しているのだ。
そしてその海上艦船以上に注意を要するのが海中に姿を隠している見えない敵である潜水艦なのは言うまでもない。中華大陸連合はこの海域に5艘の原潜を配備している。そのうち2艘は海南島にある原潜基地で整備を受けているのが確認されているが、残りの3艘は海底から虎視眈々と海上の船舶を狙っているのだ。更にこれらの原潜に加えて通常型の潜水艦も多数姿を潜めている。今回の作戦ではこれらの潜水艦群をまとめて葬るのが日本の役割となっている。
「目標の商級原潜のおおよその位置を確認するぞ」
「はい、東経131度42分、北緯12度50分近辺です」
「ここから距離にして300マイル、時間にすると40分かからないな」
「それにしてもあれで隠れているつもりというのは間抜けな連中ですね」
「それを言うな。いくら敵の技術がお粗末であろうとも慢心は油断に繋がるぞ」
原潜、つまり原子力潜水艦は艦内の原子炉で発生させた熱を利用してタービンを回すことで、有り余る電力を供給して動力に生かしている。海水を電気分解して酸素を取り出すのも可能なので、長い時には数ヶ月もじっと海中に身を潜めている。その反面でタービンを回す時に発生する騒音の問題が常に付きまとう。中華大陸連合の技術では、まだこの騒音問題を解決出来ていないという欠点があった。
「海中で銅鑼を鳴らしているようだ」
「うっかり標準レベルの音量で中国の原潜の音を拾った自衛隊のソナー手が鼓膜をおかしくした」
「海中からチャーハンを作っている音が聞こえる」
「艦内でマージャンをしているようだ」
もちろんこれは都市伝説レベルの定かではない噂話だ。しかし多少の誇張はあるにせよ、ある程度は事実が含まれていると容易に想像が出来よう。中華大陸連合の潜水艦の騒音問題はタービンだけに止まらない。乗員の練度にも相当な問題があるのは言うまでもない。帝国海軍の伝統を受け継ぐ日本の国防海軍からするとお粗末な姿に映るのも止むを得ないだろう。
40分後・・・・・・
「この周辺の海域に間違いないようだな」
「はい、衛星からの熱源探査で反応があります」
「よし、高度を下げてからソノブイを落とせ」
「了解」
P-1のウエポンベイが開いてパラシュート付のソノブイが海上に降下していく。ソノブイは海中の音を拾ってデジタル処理した後にP-1にその音を転送していく。
「ソナー、反応はあるか」
「機長、ソノブイが着水した音に気がついたようで静止していた原潜が動き出しました。2時の方向です」
「よし、先回りしてもう1つ落としてやれ」
「了解」
こうして機首をゆっくりと回頭させたP-1は原潜に先回りして想定されるコース上にもう1つソノブイを落とす。
「ダメ押しでピンガーを打つぞ」
「了解しました。ピン打ちます」
ソノブイは音を拾って敵潜水艦の位置を捉えるパッシブセンサーだ。対してピンガーというのは攻撃を前提として海中に強力な電波を放つアクティブセンサーである。この電波の反射で敵潜水艦の位置を特定して魚雷を放つのだ。これに慌てたのは商級原潜〔長征7号〕だ。
「艦長! 12時の方向から着水音と同時にピンガー! 水面から発せられたので敵は航空機です!」
「なんだと! とにかく限界まで潜れ! 敵の魚雷が届かない深度まで潜行せよ!」
潜水艦同士ならともかく相手が航空機では圧倒的に分が悪いと判断した長征7号の艦長は即座に深々度まで潜行を命じる。この艦はカタログ上では深度500メートルまでの水圧に耐えられる設計となっている。バラストタンクに大量の海水が注入されて、艦首を急角度に下げながらより深く潜行していく。
対してP-1のコックピットでは・・・・・・
「機長、商級原潜深々度まで潜行します」
「まあそうするしかないだろうな。果たしてそう上手く逃げ切れるかな。魚雷発射せよ」
P-1のウエポンベイが開いてパラシュート付きの12式魚雷が投下される。着水と同時にパラシュートが切り離されて、ポンプジェットで駆動される音響ホーミング魚雷が牙を剥く。100ノット近い恐るべき速度で深海に潜行していった商級原潜を追いかけ始める。追われる立場の商級原潜では・・・・・・
「海面に着水音! 魚雷だと思われます」
「このまま潜行をするぞ。デコイ発射」
デコイとは潜水艦と同じ音を発する囮だ。音を追尾する魚雷に対して、敢えて音を発する囮の魚雷を発射して潜水艦本体を守る役割をする。
「デコイ発射します」
後方の魚雷発射管からデコイがスイムアウトしていく。艦内の乗員は祈るような気持ちで敵の魚雷がデコイに食いつくのを願う。
「敵の魚雷、デコイに接触! 爆発音を確認しました」
「これで一安心だな。深度500で機関を停止せよ」
「了解しました」
長征7号はスクリューを止めて惰性で深海をゆっくりと進む。音を可能な限り消し去って、敵が自分たちの姿を見失うのを待つ策に出た。
「艦長、対空ミサイルは使用しないのですか?」
「相手に位置をわざわざ教えることになるぞ。先手を取られた以上は耐えるしかない」
こうして長征7号は深海で静かに身を潜めるのだった。その頃P-1では・・・・・・
「機長、魚雷はデコイに当たって爆発しました。商級原潜依然として健在です。機関を停止してやり過ごすつもりのようです」
「馬鹿なやつらだ。相打ち覚悟で対空ミサイルを発射したらこちらも手を焼いただろうに。さて、我々の思惑に引っかかったのだから次の手に移るぞ。爆雷をばら撒いてやれ」
「了解しました」
再びウエポンベイが開いて今度は深海で爆発する爆雷が海上にばら撒かれる。機関を停止しても原子炉が稼動している限りそこから発する音は探知出来る。P-1は長征7号の航路に沿って飛び、その進路上に30発以上の爆雷を投下する。これに慌てた長征7号は再び機関を始動して必死で爆雷を回避しようと舵を切る。
「ソナー、海の中の様子はどうなっている?」
「爆雷が次々に爆発して騒音を撒き散らしています。商級原潜は3時の方向に舵を切りました」
「よし、いい感じに追い詰めたようだな。原潜の進路方向に先回りして正面から至近距離で魚雷を放て」
「了解しました」
上空を旋回するP-1は大きく旋回して長征7号の前方に2本の魚雷を落とす。これだけ海中が爆発音で溢れ返っていると、未熟なソナー手だと聞き逃してしまう僅かな音で魚雷は着水する。そのまま真っ直ぐに海底目掛けて沈降して深度300メートルに達すると機関が始動する。垂直に沈降していた魚雷は徐々に姿勢を制御して斜めになると、標的目掛けて一気に水中を駆け出していく。
「正面から魚雷2本! 距離5マイル、100ノットでこちらに向かっています。もう間に合いません!」
ソナーが絶叫に似た叫び声を上げると艦内は喧騒に包まれるが、その声はすぐに止んだ。誰もが自分たちに待ち受けている運命がわかっている。騒ぐだけ無駄というものだろう。やがて艦首から衝撃が伝わってくる。艦内の全員が立っていられない程の大きな衝撃だ。同時に何かが潰れる音が響き、艦首が徐々に下がっていく。外殻が破られた船内に大量の海水が流れ込んで、長征7号はバランスを崩して艦首を下に向けて急激に沈降していく。
グシャ!
残った外殻が水圧に負けて潰れる音がP-1のソナーの耳に伝わってくる。
「圧搾音確認、商級型原潜は破壊された模様です」
「よし、浮遊物の有無を確認してから次のターゲットに向かうぞ」
「了解」
こうしてP-1はしばらくの間周辺海域を旋回してから次の海域へと転進するのだった。
再びダナン空軍基地では・・・・・・
P-1の発進から遅れること約2時間、滑走路には3機のF-2戦闘機が機体の下に対艦ミサイルを満載してスタンバイしている。
「こちらダナン航空隊第7小隊、管制に発進許可を求める」
「こちらダナン管制、いつでも発進可能だ」
「それでは只今から発進する」
「武運を祈る」
F-2の機体後部にある排気噴射口からアフターバーナーの尾を引きながら機体は3機まとめて離陸を開始する。自衛隊時代からこうして小隊ごとにまとまって離陸するのは日本の航空基地では当然の姿であった。だがこの光景はアメリカ空軍のエリートでさえ『アンビリーバブル!』とか『クレージー!』という声が上がる程の熟練を要するのである。それだけ国防空軍のパイロットの技術はどこの国と比較しても引けを取らない証明でもある。
担当の整備員が滑走路脇に整列して手を振って見送る中、第7小隊は鮮やかに離陸して急上昇していく。上空で編隊を組み直してから、今度は先立って発進していたAWACS(早期警戒管制機)とリンクを繋ぐ。
「こちらダナン第7飛行小隊、ターゲットへの誘導を頼む」
「こちらAWACS、ターゲットは2時の方向、距離700マイル、刃海型ミサイル巡洋艦〔南昌〕、江凱Ⅱ型フリーゲート艦〔南通〕、同型の〔浜州〕を中心とする艦隊だ。付近には敵航空機の姿はないからそのまま向かってほしい」
「念のために確認するが、ステルス機の存在は?」
「中華製のなんちゃってステルス戦闘機なら我々のレーダーにはっきり映るから心配するな」
「了解、このまま最短距離で進む」
「レーダー探知範囲までは高度を保て。接近したら海面ギリギリで飛行せよ」
「任せてくれ、一旦通信を終了する」
こうしてダナン第7飛行隊は中華大陸連合の艦隊に向かって大空を突き進む。ステルス機ではないがF-2は対艦攻撃に特化した優秀な機体だ。現在は新世代のF-35や国産最新機のF-3の後塵を拝する形とはなっているが、世界的に見ると4.5世代の戦闘機としての完成度はピカ一と言っても差し支えない。十分な戦闘力を維持しているのを見込まれて、こうしてベトナムへ派遣されているのだった。
翼下には4発のXSAM-3対艦誘導ミサイルを抱えて翼端には2発の対空ミサイルというフル装備で音速に近い速度で飛行していく。ロッキード製のF-16をベースにして日米で共同開発された機体はファンや関係者の間では『平成のゼロ戦』と呼ばれることもある。ちなみにアメリカでのニックネームは『フェイクファルコン』である。F-16が『ファイティング・ファルコン』なので、よく似た形状からこのように呼ばれている。ベースとなった機体がF-16なので当たり前だろうというツッコミが日本のファンからは浴びせられているらしい。こんなどうでもいい余談はここまでにして、飛行中のF-2小隊の話に戻ろう。
「ダナン第7飛行隊よりAWACSへ、これより低高度飛行に移る」
「了解、そのまま直進せよ。距離は200マイル」
「了解、通信終了」
3機の第7飛行小隊は急激に高度を落として海面30メートルで水平飛行に移る。一歩間違うと海面に突っ込んでしまう高度で一瞬たりとも気を緩められない。だが海面ギリギリの高度は艦載レーダーに映りにくいというメリットもある。ステルス機でない分をパイロットの技量でカバーする自衛隊時代から培ってきた戦術だ。
「隊長機よりゼロ-2、ゼロ-3へ、まだ敵艦からロックオンされている気配はないな。このまま必中距離の50マイルまで接近するぞ」
「ゼロ-2、了解」
「ゼロ-3、了解」
こうしてダナン第7飛行隊は何もない大海原の直上を敵艦隊目指して飛行していくのであった。
海と空での戦闘が続きますが、中華大陸連合もみすみす指を咥えて見ているだけではありません。次回は日米連合に対して反撃する模様です。果たしてその結果は・・・・・・ 投稿は週の中頃を予定しています。
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