95 海南島攻略線 2
予定よりも投稿が遅れて申し訳ありませんでした。今回はまだ攻略戦の序章です。今回主人公たちはまったく登場しません。内容はちょっと説明回になっています。
南シナ海を地図で見ると、北部は台湾海峡から始まりユーラシア大陸が弧を描くような長い海岸線が続いている。東にはフィリピンが立ちはだかるようにこの海域を太平洋と区切り、南側はインドネシアとマレーシアが領有するカリマンタン島が横たわり、西側にはインドシナ半島が突き出ている。
更に南西にはマレー半島がインド洋との境目を形成して、古くからこの海域は海洋交易の重要な位置を占めてきた。日本にとっても当然ここは東南アジアから南アジア、更にその先にある中東やヨーロッパとの貿易路の要と言っても差し支えない。殊に海外から輸入される原油の殆どがこの海域を通って日本にやって来るので、通称タンカー銀座とも呼ばれるシーレーンの重要拠点となっている。
中華人民共和国の成立以来、中国共産党政府はこの南シナ海を自国の内海化して海洋覇権を確立する道を歩んできた。殊に21世紀に入り中国が経済力をつけるとともにその海洋進出は露骨な形に表現されて、領有権が定かではない南沙諸島や西沙諸島を強引に領有宣言する。小さな岩礁でしかなかった南沙諸島の一部を埋め立てて人工島を造り、そこに滑走路や港まで建設して軍事拠点を造り上げていた。この人工島と海南島の原潜基地を以ってして、中華人民共和国は力尽くで南シナ海を勢力圏に納めるに至ったのである。
中華人民共和国が経済破綻とそれに続く軍主導による内乱で崩壊しても、この海域の軍事力はその後に成立した中華大陸連合へと引き継がれた。そして先般、台湾のコンテナ船が魚雷攻撃を受けて撃沈されるという事件が発生する。この事件に激怒したのはアメリカ合衆国大統領のマクニールだった。アメリカ国内の世論が中華大陸連合の暴挙に大きな怒りを示すと、彼は即座に海南島攻略という日米の合同作戦に踏み切った。
このような話をするとアメリカが突発的な軍事行動に出たように感じるが、実は長年自らの存在を脅かしそうな中華人民共和国を追い詰めて崩壊に導いた張本人はアメリカ自身であった。自国への輸入品に高率の関税を課したり、ハイテク企業をスパイソフトの混入容疑で市場から締め出すなど、あの手この手でアメリカ合衆国の覇権を脅かそうとする中国の力を削いでいった。当然軍事的なオプションの研究にも余念がなく、ペンタゴンを中心に様々な攻撃手段が検討されていた。
今回の海南島攻略もその一環ではあるが、当初はアメリカ単独での上陸作戦を予定していた、だが日本の特殊能力者部隊が僅か3日で済州島の中華大陸連合基地を壊滅させたことで、大幅に予定を変更して日米合同作戦を提案するに至る。日本の能力者の力を借りれば、自国将兵の犠牲者数が大幅に減るとの予測が成されたおかげだ。そこで秘密裏にペンタゴンと統合作戦本部が計画を練り上げて、互いの得意分野を上手く発揮出来るように本作戦では戦域分担が行われている。
その第1弾として中華大陸連合が運用する人工衛星の破壊が国防軍の手で実行に移された。弾道ミサイル迎撃が主目的の魔力砲の威力は絶大で、時間の進行とともに次々に中華大陸連合が運用する衛星を撃ち落す。業を煮やした中華大陸連合が富士駐屯地並びに首都圏に向けて核弾頭搭載の弾道ミサイルを発射したが、これらは同時にスタンバイしていた魔力砲2号機の餌食となるだけで、何ら効果を及ぼさなかった。日米が強気に中華大陸連合に攻撃を仕掛けられるのは、ひとえにこの魔力砲の存在によるところが大きい。宇宙空間で弾道ミサイルを完璧に破壊出来るので、全面核戦争に陥る恐れを度外視出来るのだ。当然日本はアメリカへ向けて発射されるミサイルの撃破も請け負っているのは言うまでもない。
対する中華大陸連合の軍部首脳は大混乱に陥っていた。何しろ衛星からの監視網が続々無力化されているのだ。おまけに通信にも混乱を来たしており、広大な版図を領する中華大陸連合の軍の中枢部は各地との通信復旧に追われることとなった。日本程度の国土の広さであれば、地上通信基地局を結ぶ光ケーブルのネットワークで通信衛星の不在を辛うじて埋め合わせられるかも知れないが、何しろ広大な国土だけに衛星がないと通信回線が不通になってしまう場所も多いのであった。
「北京、上海、杭州、香港、武漢、重慶などの大都市間の通信は確保してしますが、地方都市との回線は依然として不通です!」
「レーダーは地上からの監視のみ有効ですが、海域の監視までは到底及びません!」
「復旧の目処は立たないのか!?」
「衛星からの応答なし! 次々に応答しない衛星が増えています! 現状では3分の1の衛星が全く反応しません!」
「小日本の仕業か! 我々に楯突く全く小癪な連中だ!」
衛星の運用を管轄する北京航天飛行制御センターの幹部は苦い表情を浮かべるが、これから後に現実に起こることは彼の想像を遥かに超えているとはこの時点では知る由がなかった。
合衆国海軍第7艦隊旗艦ロナルド・レーガンの艦内では・・・・・・
「さて、日本軍がお膳立てをしてくれたようだから我々も仕事に掛かろうではないか。ミサイル艦はトマホークを目標目掛けて盛大に発射してやれ」
厳かな表情ながらも多分にユーモアを含んだ口調で、合衆国海軍第7艦隊司令官フィリップ・ダグラス・クローダー中将が指令を下す。原子力空母ロナルド・レーガンに随伴するミサイル巡洋艦の発射ポッドからは夜空に真っ赤な炎の尾を引いて次々にトマホークミサイルが飛び出していく。その数は合計で120発、攻撃目標は南沙諸島に中華大陸連合が建設した人工島だ。
この島はかねてより国際法違反という理由によって殆どの国から中国の領土とは認められていない場所であった。満ち潮の時には完全に海面下に水没する岩礁の周囲を埋め立てて造り出した人工島なので、領土として正式には認められてはいなかったのだ。だが中華人民共和国とその後継である中華大陸連合は武力を背景にして強引に領有政策を推し進めた。その結果としてこの人工島の存在そのものがアメリカから締め付けを食らう軋轢ともなっていた。
そして現在日米合同で実施される本作戦においては、この人工島に配備されている航空機とミサイルは背後を脅かす脅威と成り得る。作戦の遂行のためには完膚なきまでに叩き潰しておかないと、背中から襲われる危険があった。そこで米軍らしい物量に物を言わせたトマホークミサイルの大盤振る舞いが遂行された。僅か13平方キロの人工島を攻撃するには些か度が過ぎているように思われるが、これこそがアメリカらしいやり方なのだ。
同時刻、南沙諸島の人工島にある中華大陸連合の基地では・・・・・・
「基地司令、依然として島外との通信が回復しません」
「おかしいな・・・・・・ あらゆる手段を講じて通信を回復するんだ」
「了解しました」
基地の司令官と通信担当が首を捻っている時、思わぬ手段で通信アンテナが外部からの情報をキャッチする。
「司令! モールス信号を受信しました! 内容を報告します。『日本の攻撃によって衛星が破壊された。大掛かりな攻撃の前兆の可能性あり。警戒を厳とせよ』以上です!」
電波を用いたモールス信号は上空にある電離層に反射して遠くまで届く。非常に原始的な方法ではあるが、今使用できる通信方法はこれだけであった。もちろん超短波を使用して音声を届けるのも可能だが、暗号化するにはこの方式が適しているのだ。そして暗号を解読した通信兵が伝えた電文に基地司令は当然ながら顔が曇っていく。自分たちが狙われているとわかって平静でいられるほどこの指揮官は祖国に忠実ではなかった。
「不味い事になったな。レーダー! 何か異常はないか?!」
「今のところ何も捉えていません! ちょっと待ってください! なんだこれは! 多数の飛翔物体がこちらに飛来! ミサイルと思われます! 数100以上! 20分以内に着弾!」
人工島に設置されたレーダーサイトでは周辺海域30キロ程度を探査するのが精々だ。空を飛翔する物体ならば200キロ圏内までその姿を捉えるが、相手は高速で迫ってくるので対応する時間は限られてくる。したがってレーダー担当者の報告はその場に居合わせる人間を凍り付かせるに十分だった。狭い人工島では隠れる場所などないに等しい。だが駄目で元々と司令室に詰めている全員が動き出す。それはミサイルを迎撃しようなどという高尚な行動ではなかった。全員が軍人としての職務を放棄して我先に逃げ出そうと行動を開始したのであった。
時刻は深夜の12時過ぎ、人工島に建設された兵舎には約300人の兵士が何も知らずに眠っている。だが司令部に詰めていた人間は彼らには知らせずに港に殺到した。そこに係留してある小型のミサイル艇に乗り込むと、出発を急がせる。そして彼らが沖合い300メートルに出た辺りで、人工島に最初のミサイルが着弾する。
1発目は計ったようにコンクリートを突き破って兵舎の内部に着弾する。おそらくは基地の司令部を狙ったものであろう。轟音と共に火柱を吹き上げて一瞬にして周辺を阿鼻叫喚の地獄へと変えている。爆発に吹き飛ばされる窓や壁、直撃を食らった多くの兵士は物を言わない死体になっているが、中には命からがら建物から飛び出してくる人間もいる。彼らは煤で真っ黒になりながら血を流していたり、体に火が燃え移ってさながら幽鬼のように内部から這い出てくる。体に着火した火を消そうと絶叫を上げながら地面を転がり回る者もいるが、次第にその動きは小さくなってやがて動かなくなる運命が待っているのであった。
その間にも2発目3発目が着弾して、鉄筋コンクリート製の兵舎は次々にその原形を失っていく。赤々と燃える火は内部で寝ていた人間を飲み込んで、必死に窓から逃れようとして折り重なるように倒れていく姿が兵舎のあちらこちらで見られた。戦場の悲惨さを絵に描いたような光景がこの場に具現している。
トマホークは確実に人工島に死と破壊を撒き散らしていく。滑走路は大穴が開いて使用不能となり、戦闘機や輸送機の格納庫も漏れなく被弾して更に航空燃料に引火して特大の火柱を上げる。その爆発に巻き込まれた整備員やパイロットは何も知らないままに命を落としていくのだった。
このような悲惨な光景を見るにつけて、日本人の感覚としては仲間を見捨てて逃げるというのはどうにも腑に落ちないように感じるかもしれない。だがこの自己中心的な考え方こそが連綿と受け継がれた中国人の生存術そのものなのだ。三国志の昔から敗戦濃厚な軍はたとえ残存兵が何万居ようとも、全て逃げ散って壊滅してしまうという行為が当然のように行われてきた歴史がある。誰かを犠牲にしても自分だけは生き残るというのが中国人にとっては最重要なのだ。
そして辛うじて人工島を脱出して燃え上がる島を尻目に逃げ遂せたミサイル艇ではあったが、その行方を水中から監視している存在がある。
「081型ミサイル艇、人工島から発進しました。距離30マイル、10時の方向を35ノットで北に向かっています」
「音紋は採れているか?」
「オーケーです! 相手は足が速いので射程はギリギリですが」
「よし、発射管1番2番に注水開始! 魚雷発射!」
「了解」
水中で息を潜めていたのは国防海軍のそうりゅう型潜水艦〔しょうりゅう〕だった。本作戦に参加するために母港の横須賀を僚艦4艘と共に出撃して南シナ海の海中にこっそりと隠れていた。魚雷発射管からスイムアウトした2本の12式短魚雷は獲物を追って水中を100ノットに近い速度で突き進む。
一方、人工島を脱出したミサイル艇では・・・・・・
「基地司令! あの爆発は一体なんだったんですか?」
「敵の攻撃だ。あれだけの攻撃を実行するのは米軍しか考えられない」
「そうでしたか。我々は命拾いしたんですね」
「運が良かった。いいか、我々はこの状況を報告するために命からがら脱出したのだからな。わかっているな」
「はい、了解しました」
中華大陸連合軍でも敵前逃亡は銃殺刑に処される。こうして口裏を合わせないと後から軍法会議に掛けられる可能性があるのだ。折角命が助かっても銃殺されてしまっては彼らとしては堪ったものではないだろう。
「ですが司令、急な出港だったので乗組員が満足に揃っていません。操舵手、レーダー手、あとはソナーもそれぞれ1人しか居ません。機関担当はある程度は乗り込んでいますが、ミサイルを発射する人員は誰1人居ません」
「そうか、少々困った話だな。仕方がないから全速で海南島を目指すしかあるまい」
「了解しました」
見張りの人員さえ事欠く有様でミサイル艇は暗い海を海南島を目指して進む。だが10分もしないうちにソナー担当者が異変に気がついた。
「魚雷が本艦を追跡しています! 速度80ノット以上! 彼我の距離10マイル!」
「全速で振り切れ!」
「駄目です! あと8分で追いつかれます!」
ソナー担当者が絶望的な声を上げる。彼はソナー担当としてまだ経験が浅かった。人工島へのミサイル攻撃から逃れた安堵感から、つい海中を進む魚雷の音を聞き逃していた。だが彼を責めるのは酷であろう。日本製の12式短魚雷が静粛性に優れていたという側面もあるのだから・・・・・・
乗組員が足りなくてデコイも発射できないこの状況は言ってみれば『詰み』であった。そこに追い討ちを掛けるような悲鳴が上がる。
「救命艇を下ろすウインチが壊れています!」
普通の海の男だったら絶対に点検を欠かさない最後の命綱の非常用救命艇が海面に下ろせないという悪夢を告げる声だった。だが海洋に進出してそれほど期間が経過していない中華大陸連合の艦船では、この程度のトラブルなど日常茶飯事の出来事だ。そのトラブルが一番致命的なタイミングで起きてしまっただけの話である。これは古来からの伝統を受け継ぐ海洋国家である日本とは乗組員の質が段違いだという証明に他ならない。ソナーが報告した時点では8分だったが、逡巡を繰り返しているうちに彼らの残り時間は5分となってしまう。
「艦長、何か手段はないのか?」
「救命胴衣を着けて海に飛び込むしかないです。海水温は20度以上ありますから、助かる可能性はあります」
「いくらなんでもこの速度で海に飛び込んだら危険だろう」
「ですが速度を落とすとあっという間に魚雷に追いつかれます」
「いいから速度を落とすんだ!」
ミサイル艇は60キロくらいの速度で海原を進んでいる。海面とはいってもこの速度で飛び込めば相当な危険であるのは言うまでもないだろう。司令官に押し切られるようにしてミサイル艇は次第に速度を落としていく。魚雷はすでに目の前に迫っている。
ギリギリのタイミングでミサイル艇の乗員は次々に海に飛び込む。もはやそれしか残された手段はないのだから、生き残るためには止むを得ない。あとは運を天に任せて自分が助かるのを祈るのみ。だが彼らの思いは天には届かなかった。彼らが船体からそれほど離れないうちに魚雷がミサイル艇の船底で爆発した大波に飲まれて、1人また1人と波間に攫われていく。その後、轟沈したミサイル艇と共に彼らの姿を見た者は誰も居なかった。
次回、本格的な海南島攻略戦がスタートします。海戦と空戦が話の中心になりそうです。日米連合軍と中華大陸連合軍、制海権と制空権を握るのは果たして・・・・・・ 投稿は来週の中頃を予定しています。
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