92 討伐の顛末と南の島
前半と後半で大きく舞台が変わります。久しぶりにお兄ちゃんが登場です。
我は天孤、主殿が姉上を圧倒的なお力で従えるのこのを目にして、その偉大なお姿に尊敬の念を改めたところである。まことに主殿は並外れてお強きばかりでなく、慈悲深く心の広いお方である。あれだけ手を焼かせる我が姉上の命を奪わずに、自らの僕として召抱えるのであるから、その心根の素晴らしきこと見上げるばかりである。
さて、その姉上であるが、本来我侭で人の話など聞き入れない性根をしておる。だが現在、主殿に散々やり込められて曲がらない心根がポキリと折れておる故に、様々を教えるには実に好都合である。
「さて、姉上。今上の世の言葉をお分かりいただけたであろうか?」
「青柿丸よ、妾とて日の本に長く居る者、言葉を今様に合わせるなど造作もないことよ」
現在主殿は屋内に設置されたベッドにお戻りになられてぐっすりとお休みになられておる。我ら2人は屋外のテントなる物の下で明かりを灯してこうして話をしておるのである。
「だいぶ達者になってまいりましたぞ。さて、ここで主殿にお仕えするに当たって最も大切なことをお話いたしますぞ。心してお聞きなされ」
「なにやら不安になってくるものなり。一体妾に何をどうしろというのじゃ?」
「まずは主殿がお食事をしている時とお休みになられている時は余程のことがない限りは邪魔をしてはなりませぬ」
「なるほど、わかったのじゃ。もし仮に邪魔をしたらどうなるのじゃ?」
「容赦なき鉄拳が飛んで参りまする」
「邪魔はしないのじゃ! 絶対に邪魔しないのじゃ! むしろ近づきたくもないのじゃ!」
よほど主殿に厳しく躾けられたのであろうな。あれ程強情なる姉上がこうも素直になるとは、我にとって信じられぬ話である。それだけ主殿のお力に心から従うつもりになった証であろうな。まことに良き事なり。
「日頃は主殿に口答えはなりませぬぞ」
「仮に口答えすればどうなるのじゃ?」
「死んだ方が余程マシな目に遭いまする。その気があらば口答えするのも一興ですぞ」
「しないのじゃ! 絶対に妾には無理なのじゃ! あのような目に遭ったら今度は本当にこの世から消えてなくなってしまうのじゃ!」
玉藻の前ともあろう者が主殿の前ではまさに形無しであるな。だがこれで良いのだ。主殿にお仕えすることこそが我にとって至高と思える程のありがたきことなれば、身を粉にして働かねばならないのである。その分だけ主殿は我を頼りにされるから、お仕えし甲斐があるというもの。このようなありがたき立場を主殿から許されているこの身の幸いを喜ばなければならぬ。姉上にもいずれはこの心情がわかってくるであろう。
「何事にも心を込めてお仕えするのが肝要ですぞ。さすれば主殿は必ず認めてくださりまする」
「そうであるな。妾も早く主殿にお認めいただけるように心するのじゃ」
「それこそがまこと良きこと。主殿は気前の良い方でございまする故に、素晴らしき褒美を賜ってくださいまする。特にキツネうどんと稲荷寿司はまことに美味なる物、姉上も楽しみにされると良かろう」
「ほうほう、それはなかなか楽しみなのじゃ! 我も食してみたき物なり!」
こうして我はこの一夜のうちになるべく多くを姉上に教え込んでいくのであった。
翌朝・・・・・・
「おーい! ポチとタマはいるかな?」
「主殿、わざわざのお迎えありがとうございまする」
「主殿、妾も主殿のお越しを首を長くして待っておったのじゃ!」
ふむふむ、中々いい感じにポチから教育を受けてタマが素直になっているね。最初からこうだったら痛い目に遭わずに済んだのにね。まあいいか! さて、これから大切な朝ご飯の時間だからね。早く体育館に戻ってご飯を食べたいんだよ!
「それじゃあ今から朝ご飯だよ! 2人とも中に入るよ!」
「ヒッ!」
「姉上、そんなに恐れることはございませぬ故、主殿に付いて中に参りますぞ」
ポチは何を話したんだろうね? ご飯と聞いてタマの顔が引き攣っているよ。美味しいご飯を食べるのがそんなに怖いのかな? それはそうとして、タマは神社の巫女さんのような姿に着替えているね。あんなごてごてした着物姿じゃ動き難いから、こっちの方がいいね。それじゃあ体育館に入るよ!
「タマはポチと一緒の稲荷寿司でいいかな?」
「主殿、忝く存知まする」
昨日まで警戒に当たっていた地元の駐屯地の人員はすでに撤収して、周辺の避難指示ももうすぐ解除されるんだって。この場に居残っているのは富士からやって来た私たちだけなんだよ。他のみんなはレーションで食事を済ませているけど、私はアイテムボックスに大量のご飯を用意しているからね。朝からいっぱい食べるよ!
ポチとタマにも稲荷寿司のパックを手渡してそれではいただきまーす!
「青柿丸よ! 主殿は猛烈な勢いで食しておられるが、普段からこのような感じなるや?」
「この程度でいちいち驚いておるとは、姉上もまだまだでございまするな。さあ、早うこの稲荷寿司を食すが良かろう。この味わいはまさに至高なり!」
「左様であるか。妾も食してみるのじゃ」
ポチとタマが何かしゃべっているけど、私は朝ご飯が忙しくって気にしている暇なんかないよ! 9時には駐屯地に移動して、そこからヘリで富士に戻るんだからね。大急ぎで朝ご飯を食べないとね。
「なんと! この稲荷寿司なる物はまことに素晴らしき味わい! 妾の長い生の中でもこのような見事な味わい口にしてはおらぬのじゃ!」
「姉上もこの至高なる味わいがお判りのようで何より。主殿に仕えている限りは毎日味わえまするぞ」
「何も文句を言わぬのじゃ! このような美味を毎日食せるとあらば、お仕えし甲斐があるというものなのじゃ!」
どうやらタマも稲荷寿司が気に入っているみたいだね。そんなことはどうでもいいんだよ! 早く朝ご飯を食べ切らないといけないから、さくらちゃんはこう見えても大忙しなんだよ! あと3人前はお腹に入れとかないといけないからね。
少し離れた場所では・・・・・・
「真壁少尉、なぜ警備に当たっていた地元の部隊は早々に撤収してしまったのですか?」
「アイシャ訓練生、その疑問はもっともだろうな。私も彼らには同情している」
「それはどういう意味でしょうか?」
「考えてもみたまえ。討伐すべき大妖怪をさくら訓練生が配下にして連れて来てしまったんだよ。隊員が恐怖に駆られても仕方がないだろう。なにしろ相手は銃が役に立たない1000年を生きる玉藻の前だからね」
「そうだったんですか!」
「彼らは我々のように妖怪に慣れてはいない。したがって一晩我々をこの場に隔離して、玉藻の前の様子を見ようということさ。急に暴れだしたら駐屯地に被害が及ぶ可能性を考慮したのだろう」
「その分この場が危険だと思いますが」
「ここいら一帯は避難指示が出ているから周辺住民の人的被害は考慮せずに済むからね。あとは妖怪に慣れた我々に丸投げするということだよ」
「結構無責任という気がしますが」
「まあ上からの指示だろうからね。でも周辺をパトロールする人員はまだ残って警戒に当たっているんだ。無人の街では空き巣の天国になりかねないからね」
「そうだったんですか。でもこうして一晩無事に過ごしたから、他の部隊にも多少は安心してもらえますね」
「ああ、どうやら玉藻の前はさくら訓練生が完全に掌握しているようだから、このまま富士に戻っても大丈夫だろうな。我々特殊能力者部隊の面目を果たせてよかったよ」
「全てさくらちゃんのおかげですね」
「妖怪を配下にするというあの神経を別にすれば、さくら訓練生の活躍は見事と言う他ないな。全ては彼女のおかげだよ」
確かに今回の一件は無事に解決したが、どのように報告すればよいのか考えるだけで胃がキリキリ痛んでくる。とはいっても、もしあの場にさくら訓練生が駆け付けるのがあと一歩遅かったら我々は全滅も有り得ただけに、彼女には足を向けられないだろうな。1000年を超えて生きる大妖怪が顕現して、人的被害がなかっただけでも儲け物と考えるしかないだろう。寺院は完全に倒壊してしまったが、これは不幸な出来事だったと諦めてもらおうか。おそらく政府から何らかの補助が出て再興されるだろうからな。
こうして我々は玉藻の前出現という大事件を解決して、午後の一番にヘリで富士に戻るのであった。ヘリが着陸するなり、腹を減らせたさくら訓練生が怒涛の勢いで食堂に駆け込んだのは言うまでもないと付け加えておこう。
その同じ日、舞台は南大東島へと大きく飛ぶ・・・・・・
「聡史君、どうやらさくらちゃんが派手にやらかしたようね」
「我が妹ながら、毎度なんでこんな大騒ぎを引き起こすんだろうな」
この日の朝一番南大東島基地には、岡山に大妖怪が現れて俺の妹によって心を根こそぎへし折られて討伐されたという報告が入った。まあここまでならば『でかしたぞ!』と褒めてやっても良いのだが、問題はそのあとの文面だった。
「それでさくらちゃんはその妖怪をまたまたペットにして富士に連れて帰っちゃったのよね」
「我が妹には俺も呆れ返っているよ。これ以上言葉が出ない」
「でもその玉藻の前は天孤のお姉さんだったんでしょう。満更縁がない訳ではないからいいんじゃないの?」
すでに大嶽丸を執事同様にしている大魔王様は妹に理解があるようだな。ただし大嶽丸もとい、魔公爵レイフェン=クロノワールは大元を正すと帰還者だから天孤たちとは少々扱いが違うかもしれない。彼はフィオと一緒に美鈴の留守を守りながら、リディアとナディアに魔法の手解きをしているそうだ。
そこに新たな妖怪がもう1体加わるんだから、留守番役の副官さんとフィオの苦労が偲ばれるな。どうか頑張ってもらいたいものだ。俺と美鈴はこうしてはるばる南鳥島に来ているから、今は何も手を貸せないんだよ。これから海南島攻略という大作戦も待ち受けているから尚更だ。
「魔力砲のテストが無事に終了したし、迎えのヘリは明日到着よね。今日一日丸々空いているけど、どうやって過ごしましょうか?」
南大東島は島の周囲が20キロ少々のそれほど大きな島ではないので、観光はすでに一昨日済ませている。だが観光ガイドサイトによれば、まだ島内で体験していないアクテビティーにはカヌー遊びやプールなどもあるらしい。
「こんな遊びが出来るらしいぞ」
「あら、これは面白そうね。午後から行ってみましょうか」
美鈴が興味を示したのは海軍棒プールという観光スポットだ。プールと名乗っているが、そこいらにあるただのプールとは訳が違う。この島は周囲が断崖絶壁に囲まれているので海水浴に適した砂浜がない。そこで太平洋に面した岩場をくり抜いて海に面した場所に海水プールを造ったのだ。目の前には太平洋が広がる雄大な風景を楽しみながら亜熱帯の魚と一緒に泳げるらしい。サイトにそのように掲載されているのだから間違いないだろう。
これは中々楽しそうだぞ! 何よりも美鈴の水着姿が拝める、この機会を無駄にするなんて有り得ないだろう!
こうして俺と美鈴は早めに昼食を済ませると、水着に着替えて送迎してくれる駐屯地の車に乗り込む。まだこの時点では美鈴は上半身にはパーカーをまとって下半身にはパレオを巻いているので、そのプロポーションは全く確認出来ない。実に残念だ。
車を10分も走らせないうちに目的地に到着する。空港から結構近くにあるんだな。サイトの案内どおりに岩場をくり抜いた長方形のプールがそこにある。壁ひとつ隔てるとその先には太平洋が広がり、目を凝らすと水平線の彼方に北大東島のシルエットが浮かんでいるぞ。
「真っ青な海が広がって素晴らしいロケーションじゃないの!」
「この島に来ないと拝めない絶景だな」
実はもう1つの絶景もあるんですよ! それは美鈴の水着姿という滅多にお目にかかれない貴重な絵だ。早くこの目に焼き付けたいものだよな。
「ちょっと水が冷たく感じるから、あまり長く泳ぐと体が冷えそうね」
プールに手をつけている美鈴は残念そうな表情をしている。今は11月、いくら亜熱帯に属するこの島でもそろそろ朝夕は肌寒さを覚える季節なのだ。それでも昼間の日差しはまだまだ十分強いから、色白の美鈴は日焼け止めが欠かせないらしい。
「深さは1メートルくらいかな?」
プールを覗き込む俺の目には、自然の岩がそのまま残っている水底に色とりどりの小魚が泳いでいる光景が飛び込んでくる。確かにサイトにあったとおりに、南国の自然を満喫しながら泳げるんだな。これはちょっとビックリしたぞ。
「それじゃあまずは泳いでみましょうか」
美鈴はパーカーを脱いでアイテムボックスに仕舞うと、腰に巻いているパレオまではらりと脱ぎ捨てる。ありがとうございます! もう1つの絶景を脳内メモリーに焼き付けています。しばらく時間がかかりますので、そのままお待ちください。
「何をジロジロ見ているのよ?」
「しばらく見ないうちに美鈴さんも色々と成長したんだと思って」
「この変態!」
右手で胸を隠して左手からは稲妻が飛んできた。危ないなぁ、高圧の電撃は俺の魔力に阻まれて地面に流れて消えたけど、もしプールに流れたら泳いでいるお魚さんたちがプカプカ浮かんでくるじゃないか。それにしても美鈴は照れているのか顔が真っ赤になっているぞ。いきなり稲妻を飛ばすなんて、大魔王様の照れ方は思いっきり物騒だけど。
「いやいや、美鈴はスタイルがいいなと思っただけだよ」
「そ、そうなのかしら。嬉しいことを言ってくれるのね」
おや、急にモジモジしているな。顔は相変わらず真っ赤なままだけど、口元が緩んでいるのがあからさま過ぎるぞ。どうやら美鈴は俺に褒めてもらいたかったのかな?
「それじゃあ早速泳いでみようか」
「ちょっと待って! その前に背中に日焼け止めを塗ってもらいたいんだけど」
キターー! 日焼け止め塗り塗りイベント発生しました! 美鈴から手渡されたローションを両手に十分付けてから、そのスベスベした背中の感触を心行くまで楽しむ俺がいるのであった。
次回、久しぶりの休暇を満喫する2人には・・・・・・ 続きの投稿は来週の中頃を予定しています。
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