82 朝食時の意外な展開
大嶽丸を連れて外に出てきたさくら主従は・・・・・・
「ポチは今日の朝ごはんもキツネうどんを食べるのかな?」
「主殿、我はあの至高なる味わいがあれば満足でございます」
ポチは本当に飽きないね。毎日朝、昼、晩と3回必ずキツネうどんを食べているよ。3時のおやつには稲荷ずしだし、油揚げが大好きなんだね。
おや、空からこちらに向かってカラスもやって来るね。私たちの姿を見つけると、こうしてどこからか飛んでくるんだよ。
「妖ガ増エテイル! 今日ハ玉子焼キガ食ベタイ!」
「ポチの祠の前にこのお地蔵さんが座っていたんだよ。それよりも付近に変わった事件はないかな?」
「今ハマダナイ! 近々何カアル!」
「どんな事件が起こりそうなのかな?」
「マダワカラナイ! ソレヨリモ玉子焼キガ食ベタイ!」
ふむふむ、カラスが何らかの気配を掴んでいるみたいだね。でも何があるのか聞いてみてもわからないとしか答えてくれないね。確かにこれから起きるかどうかわからない事件よりも、玉子焼きの方が大切という気持ちは私には痛い程よくわかるよ! 事件なんて起こってから適当に片付ければいいけど、玉子焼きを食べおかないとその分お腹が空くからね。
「まあいいや。それよりも朝ごはんが待っているから食堂に急ぐよ!」
今日の朝ごはんは何だったかな? うっかり献立をチェックするのを忘れていたよ。でもどんなメニューだろうとこのさくらちゃんがしっかりとお腹に納めてあげるからね。厨房の皆さん、いっぱい用意して待っているんだよ!
さくらを待っている食堂では・・・・・・
毎朝の日課で妹は天狐を呼びに地下通路の祠に向かっている。時々自分の部屋に寝泊りさせる日もあるが、基本的には夜は祠で過ごさせているのだった。その方が天狐にとっても妖力の補充ができて体調が万全になるそうだ。どの道天狐の妖力は勇者の10倍以上あるから、一晩程度外で過ごしてもどうということはないそうだが。
天狐の祠がある地下通路の一番奥に行くまでには、立ち塞がる妖怪たちを倒しながら普通は俺でも1時間以上かかる。だが妹は狭い通路を全力ダッシュして妖怪たちを撥ね飛ばしながら10分程で到着するそうだ。まったく無茶も大概にしてほしいな。その場に居合わせた運が悪い妖怪たちは妹の弾丸のような勢いに弾き飛ばされて、壁や天井に張り付く哀れな姿を晒しているらしい。ああ、天狐が一緒に居ると妖怪たちは全く姿を現さないんだって。土蜘蛛でさえも天狐の姿を見掛けると即座に土に潜ってしまうそうだ。
「兄ちゃん、お待たせ! 変なお地蔵さんを連れて来たよ!」
食堂の入り口から入った途端に妹が馬鹿デカイ声で席に座っている俺に呼び掛けている。ほら見ろ、大勢居る他の隊員さんたちが『毎朝の変わらぬ光景だな』という生温かい目で見ているじゃないか! 自分の家じゃないんだからもう少し周囲に気を使え!
それにしても妹の言葉にあった『変なお地蔵さん』というのは何者だ? ここから見る限りでは、妹とその後ろを歩いてこちらにやってくる天狐とその肩に止っている八咫烏の姿しかないぞ。一体何を連れて来たというんだろうな?
「ポチはカウンターに並んでいいよ。カラスのご飯も忘れずに注文してよ。兄ちゃん、このお地蔵さんが兄ちゃんと話をしたいんだって!」
天狐がその場を離れてその影から小さな物体が現れた。うん、なんだかどこかで見た記憶があるけど、俺が知っているアレとはずいぶんサイズが変わっているよな。背丈が60センチくらいしかないぞ。まるで精巧なミニチュアサイズだよな。
「お前はもしかして大嶽丸か?」
「然様なり、そなたに倒され此度新たなる妖力得て、現の世に戻りたる」
怪しみながらも聞いてみたらやっぱり大嶽丸だったよ。それにしてもずいぶん縮んでしまったな。奈良で敵として対峙したあの時の迫力を全く感じないぞ。
うん? ちょっと待てよ! 『新たな妖力を得た』って言っているけど、それってもしかして俺が日本中にばら撒いた魔力のことじゃないか? 一度この手で倒した大嶽丸が俺の魔力で復活を遂げたというのか? これは中々放っては置けない問題が発生したな。
「俺の目の前に現れてもう一度戦いたいというのか?」
「否、そなたはかつて語りおうた坂上田村麻呂と等しき気配持ちたる。我、常世の国語りたる者を長き時探してまいるものなり」
いまひとつ話が見えないが、どうやら俺と異世界について話がしたいようだな。話ぐらいだったら別に聞いてもいいかもしれないな。そしてその時・・・・・・
「聡史君、おはよう! その小さな人形は何者かしら?」
「聡史は朝から人形を相手に何をおしゃべりしているのかしら?」
俺が大嶽丸と会話をしている場に美鈴とフィオが現れた。毎日大体この時間に2人は連れ立って食堂に姿を現すことが多い。それよりもフィオさん、その言い方だと俺がフィギュア相手に会話をする変わった人のように聞こえるだろうが! 俺は自他共に認める軍オタではあるが、世間一般で言うオタクとは違うんだぞ!
「美鈴ちゃん、フィオちゃん、このお地蔵さんは私が連れてきたんだよ!」
「さくらちゃんの目にはお地蔵さんに映っているのね。私にはちょっと違った風に見えるけど」
美鈴さん、妹の感性は独特のものがあるから、それ以上は深入りしてはいけないぞ! それよりも急に目の前に現れた美鈴を大嶽丸は目を見開いて凝視しているな。大魔王の本性を持つ美鈴は大嶽丸にはどのように映っているんだろうか?
「我、ついに現の世で我が主を得たり。闇夜よりなお深き闇の主こそ我が長きに渡り探したるものなり」
うん? 話が変な方向を向いているような気がするぞ。美鈴が大嶽丸の主だって? 一体どうなっているんだ?
「聡史君、なんだかこの人形は私を主と呼んでいるみたいだけど、一体何者なのかしら?」
「ああ、アイシャたちを奈良でボコボコにした大嶽丸だよ。俺が討伐したんだけど、スルトの件で俺が撒き散らした魔力で復活したらしい」
「大嶽丸ですって! 大変な大妖怪じゃないのよ」
「でもこいつは元を正すと大昔に存在した異世界からの帰還者なんだ。こうして復活して現れたのもどうやら俺と話がしたからという理由らしい」
俺が美鈴にこれまでの成り行きを説明すると、一応は美鈴も納得できた表情になっている。さすが学年トップの優等生、物分りが早くて助かるな。仮に妹にこの話を理解させようとしたら丸1日は覚悟しないとならないだろう。しかもせっかく理解させても、翌日にはすっかり忘れているニワトリのような頭のつくりだ。
「我、主殿に忠誠尽くすなり。側に侍らせ給わらん」
「うーん、どうもこういう武者姿というのは私の趣味ではないのよね。あなたは異世界では何をしていたのかしら?」
「我、魔公爵レイフェン・クロノワールと名乗りたり」
「異世界でもそっちの方だったのかよ!」
つい声を大にしてツッコミを入れてしまったぞ! 結局大嶽丸は異世界で魔族の側だったらしい。それにしても魔公爵なんて大魔王の側近としてはこれ以上相応しい存在は居ないかもしれないな。
「そうなの、その時の姿になれるかしら?」
「待ち給うなり」
大嶽丸はそう言うと自分を光で包み込む。そしてその光が収まると、そこから現れたのは・・・・・・
「マダム、どうかお側に仕えるのをお許しくださいませ」
「私はまだ未婚ですけど」
「失礼いたしました。マム、どうかお側付きをご許可願いたく存じます」
驚いたな、つい今まで鎧武者姿だったのが、今はタキシード風の上下に身を包んで、モノクルの眼鏡を掛けている執事姿のダンディーな大嶽丸に変わっているよ。ああ、この姿の時はレイフェン・クロノワール魔公爵だったな。それにしても言葉遣いまでもがガラリと変化するんだな。ただし身長は60センチのままだ。
「そうね、私の忠実な執事として仕えるなら認めても良いかしら。その代わりに私の許可なく魔力を振るったり、人に危害を加えるのは許しませんから。約束が守れるなら、この大魔王にその命を捧げなさい」
「心から敬愛する大魔王様に、レイフェン・クロノワールは自らの命を捧げまする」
執事姿のままでその場に跪いて美鈴に対して臣下の誓いを立てているよ。本当にこれでいいのかな? まあキツネの大妖怪をペットにしている妹が居る限りたぶん何でもアリなんだろうな。その妹はこちらの件には全く興味がない様子で席に着いて朝食のトレーを積み重ねているよ。自分がこの件を持ち込んだのは忘れて俺たちに丸投げを決め込んでいる。我が妹ながら本当に自由気ままな性格をしているよ。
「さて、魔公爵レイフェンよ! さすがに我に仕えるにはその姿では見栄えが悪かろう」
「恐れながら大魔王様、討ち果たされたこの身を再び現世に戻すには少々魔力が不足しており、恥ずかしながらこの姿になりましてございます」
いつの間にか美鈴が大魔王モードを発動しているよ。聡明な彼女のことだからこんな大妖怪を野放しにしておく危険を考えて、自分の手元で管理しようと配慮したんだろうけど、いつの間にか本人がノリノリになっているな。確かに現時点で日本に居る帰還者の中で大魔王の称号を持っている美鈴は異彩を放っている。仲間がほしいというのも彼女の根底にあるのかもしれないな。
「魔力が足りぬとな。そのような物は我の手元に掃いて捨てる程有り余っておる。どれ、この魔石に触れてみよ!」
美鈴がアイテムボックスから大き目の魔石を取り出すと魔公爵に手渡している。レイフェンの60センチの身長からすると体の半分くらいの大きさの魔石だ。魔公爵は小さな体でその魔石を軽々と受け取っているよ。さすがは元大妖怪だな。
「これは! 私めの体に大きな魔力が流れ込んでまいります!」
「まだ足りぬようであればいくらでも用意するから申せ」
驚いた表情の魔公爵に対して美鈴は悠然と構えているな。これこそが暗黒の支配者としての然るべき態度だというのを見せつけているようだ。そして再び魔公爵・レイフェンが光に包まれると、そこには俺と同じくらいの身長のダンディーな紳士が立っていた。服がピッタリのサイズになっているのはどういう仕組みなんだろうな? ともかく食堂に全裸のレイフェンが現れなくて良かったよ。
「中々良い姿だ。我の臣下として励むがよい」
「大魔王様には心から感謝いたしまする」
その後色々と事情を聞いてみると、大嶽丸自身はずっと異世界に戻りたかったそうだ。その地で魔王に仕えていた頃が一番充実していたらしい。それがここで大魔王に出会って、何もかもが一変に吹き飛ぶような衝撃を受けたと言っていた。ようやく長年探していた自分の居場所をこの場で発見したらしい。そして念願叶って再び大魔王に仕える日々を送れると弾んだ表情をしている。
「それではずいぶんお待たせしたけど朝食にしましょうか」
「大魔王様、このレイフェンがお食事を用意したします。しばらくお待ちくださいませ」
美鈴を席に座らせたまま、レイフェンはサッと立ち上がってカウンターの列に加わる。どうやら人の流れを観察しながらこの食堂の仕組みを理解していたようだ。こうしてみると執事としての素養も十分に持ち合わせているらしい。
「レイフェン、私にはこの量は多すぎるわ。少々頼みすぎよ」
「恐れながら大魔王様には最も豪勢なお食事を召し上がっていただきたく、ご用意をさせていただきました」
おいおい、国防軍の食堂でメニュ-が限られているんだから豪勢な食事なんて物はないだろう! それはただ単に量が多いというんだぞ! この辺りの常識はこれから美鈴が教えていくしかないんだろうな。だが、3人前の食事を目の前にして困った表情の美鈴にすかさず救いの神が登場する。
「うほほー! 美鈴ちゃん、食べきれないご飯は私がいくらでももらっちゃうよー!」
「そうね、さくらちゃんにお願いしようかしら」
すでにトレーを6段重ねている妹が目聡くこの光景を発見していた。そしてその食欲の魔の手をレイフェンが用意した美鈴の朝食に伸ばしているのだった。
「レイフェン、あなたも私の隣に座ってこれを食べなさい。私の食事はこのくらいの量でちょうどいいから覚えていてね」
「アイ、マム!」
美鈴は一人前を妹に差し出して、残った分をレイフェンと分け合っている。隣に座れと言われたレイフェンは心から感激した表情で美鈴の許しを得てから食事に口をつけている。
「大魔王様、この料理の洗練された味わいはこの国ではもちろん、かつて私めが参ったかの国でも出会った覚えがございませぬ!」
「大嶽丸よ! そなたは物を知らぬものなり! キツネうどんを味合わずに物の味を語るなど笑止千万!」
朝食に感激の様子のレイフェンに対して斜向かいに座っている天狐から挑戦的なセリフが飛んでいるな。あやつのキツネうどんに懸ける情熱は並大抵のものではないからな。その隣では妹が美鈴からもらった分のトレーを食べ尽くして腹を擦っている。7段トレーを重ねてようやく満足したようだな。
「大魔王様、キツネめが食している物がキツネうどんでございましょうか? キツネだけに珍妙な物を食しまするな」
「それぞれに好き好きがあるから放置しておきなさい」
大嶽丸もとい、レイフェンも天狐を見下したような物の言い方をしているが美鈴はスルーするように申し付けている。食堂で大妖怪同士の喧嘩が始まっては一大事だからな。
それにしても美鈴とレイフェンの間には、ついさっき出会ったとは思えないような見事な主従関係が出来上がっているな。妹と天狐も仲が良いし、それに加えて親衛隊までできている。なんだか俺だけが取り残された気分だよな。一応は神様なのに・・・・・・
「なんだかさくらと美鈴が羨ましく見えるな。俺にも忠実な部下ができないかな」
「聡史様、この私では不足でしょうか? 私は聡史様に一生付いていくとお約束いたしました」
いつの間にか俺の隣に座っていたカレンの声が響いた。しまった! ウッカリ忘れていたよ! 一生何とかするという件は有耶無耶なままにしておいたんだ。不味いぞ! 美鈴とフィオがなんだかこっちを睨み付けているような気がする。そして止めを刺すような最悪の事態が起きた!
「楢崎訓練生! 私の娘を一生面倒見るという件はどうなっているんだ?」
「司、司令・・・・・・」
俺の肩をポンと叩いて、顔にはとって付けたような笑みを貼り付けている司令官さんがそこには立っているのだった。俺の背筋が瞬時に凍り付いたのは言うまでもない。だが捨てる紙あれば拾う神もある。
「司令、ちょうど良いので私の執事になった者を紹介します。元は大嶽丸という大妖怪でしたが、現在は魔公爵レイフェンになりました。しばらくは私の手元で過ごしますので許可を願います」
美鈴がレイフェンの件を司令官さんに持ち出してくれたよ。話題が逸れて助かった! 俺の隣ではカレンが『解せぬ』という表情をしている。
「いいだろう。管理は西川訓練生が責任を持ってくれ」
司令官さんはちょっとだけ考えてあっさりと許可を出した。本当にこれで良いんだろうか?
「それよりも大嶽丸といったな。奈良ではうちの連中をボコッたそうだがその件は不問にしよう。それよりもお前に聞きたい件がある。この国に古くから居る帰還者をお前は知っているか?」
司令官さんはそんな古い話を聞きだしてどうしようというのかな? でも表情は真剣そのものだし、きっと隠された何かがあるんだろうな。レイフェンは美鈴の顔を見て彼女が頷いてから口を開く。
「私めが知っている別の世界から戻りし者は、古くは役小角、坂上田村麻呂、安部清明などがおります。その他には真に実在するかは定かではなくても、神武の帝の頃からこの国に居る人物の噂を耳にしたことがございます」
「それは噂程度のものか?」
「そのとおりで、噂だけしかありませぬ。誰もその姿を見し者は居らず、噂だけが残っています」
それだけ聞くと司令官さんは用は済んだという表情で立ち去っていった。良かったよ、カレンの件がこれ以上の追及を受けるのは何とか免れたな。それにしても何で過去の帰還者の話を司令官さんはあんなに真剣に聞いていたんだろうな? そんな疑問だけが残るこの日の朝だった。
大嶽丸が魔公爵レイフェンになりました。これからもちょくちょく登場してきますのでよろしくお願いします。それにしても最近登場人物が続々と増えています。まだまだ隠された大物がスタンバイしていますが、それが敵なのか味方なのか果たして・・・・・・
次回は最後の司令官の謎めいた話の続きになりそうです。それからアメリカとの共同作戦がそろそろ始まる予定ですので、その辺にもちょっと触れたいなと考えています。投稿は週の中頃を予定しています。どうぞお楽しみに!




