81 地下通路の怪異
スルト討伐の動画がネット上に出回り、いくつかの撮影ポイントが違う動画はどれもが挙って世界中で空前の再生数を記録した。ネットに群がる怪奇現象の愛好家たちやマスコミだけではなく、各国の政府や軍部、情報機関が血眼になってあの魔力でできた人影を操った張本人を探り出そうと大騒ぎをしている最中でも、そんな喧騒とは無縁の毎日を送っている富士駐屯地では・・・・・・
スルトの討伐の日から数日が過ぎた。テレビでは相変わらずあの奇妙な現象の解明をしようと、オカルトの専門家たちをスタジオに呼んであれこれと議論を交わす番組が高視聴率を上げているらしい。だがマスコミの執拗な取材をすべてシャットアウトしてくれた政府のおかげで、俺たちは普段となんら変わりない生活を送っている。
変わったとすれば、新しいメンバーが加入したおかげで彼女たちの本格的な訓練が開始された点だろう。実戦が一番いい訓練になるという妹の無茶な持論によって、親衛隊の5人は入隊の翌日から毎日地下通路に放り込まれて妖怪と対決させられている。
「ほらほら! 小鬼程度の攻撃を簡単に捌けないとこの先には進めないよ!」
妹の叱咤が飛んでいるが、チェリークラッシャーの面々の攻撃は簡単に撥ね返されて逆襲を食らっている。小鬼といっても普通の大人を吹き飛ばすくらいの力を持っているし、皮膚は銃弾を弾き返す程丈夫にできているから、彼女たちにとっては侮れない相手なのだ。というよりも、ようやく戦闘の初歩を覚えたての女の子の相手としては強すぎると言った方が正確だろう。それでも彼女たち全員が付き添いで一緒に来ている俺が呆れるくらいの闘志を漲らせて小鬼に立ち向かっている。
「今度こそ決めてやる!」
「隙ができたら全員で突っ込むぞ!」
「弱音を吐くなよ! 気合で負けたら勝負にならないからな!」
小鬼のパンチを食らって何度壁に叩き付けられても彼女たちは決して折れない。むしろ更に自分たちを鼓舞するセリフを口にしつつ、必死の形相で剣や槍を突き出していく。身体強化で防御力を底上げしているから小鬼の攻撃を受けても何とか立ち上がれるが、もし生身で食っていたらたった一撃でノックダウンしているだろうな。
彼女たちが手にしているのは妹のアイテムボックスに入っていた異世界製の剣や槍だ。美鈴が物質強化魔法を掛けてはいるが、頑丈で折れたり刃毀れしないというだけの普及品の武器だ。切れ味も取り立てて良いとはいえないその辺の武器屋で安売りしている品を手にして彼女たちは小鬼に立ち向かっている。指導する妹の方針らしいな。最初から良い武器を手にすると武器の性能に頼ってしまうので、敢えてこのような頼りない剣や槍を持たせているそうだ。
だがさすがに防具だけは国防軍標準仕様の防弾ベストとフルフェイスのヘルメットを装備している。これらも銃弾程度なら何とか受け止められるから、小鬼相手なら十分な防御性能はあるはずだ。
「ギギャー!」
「キャー!」
小鬼が叫び声をあげて突進してくると、1人が吹き飛ばされて壁に激突する。いつもは威勢の良いしゃべり方をしている子たちでも、悲鳴はやっぱり『キャー!』なんだな。なんだかギャップがありすぎてついつい笑いが込み上げてきてしまうぞ。やられている本人はそれ所ではないかもしれないけど・・・・・・
「ほら、油断をしていると攻め込まれるよ!」
妹の注意が飛んでいる。普段なら『イエッサー!』とすかさず返事が返ってくるが、今の彼女たちにはそんな余裕はないみたいだな。全員が集中して小鬼の動きを見極めようとしている。でないと次に吹き飛ばされるのは自分の番だからな。おや、通路の壁に張り付いていた子が起き上がって剣を構え直したぞ。何度倒されても立ち上がる根性だけは認めてやるべきだな。
「仕方がない、魔法を使うぞ。ほのかが火で牽制して私と渚が切り込む。美晴と絵美が止めを刺してくれ」
「「「「了解!」」」」
ちょうどここは通路の狭い部分で魔法が使いにくい場所だった。地形を考慮に入れてここまで切り札の魔法を封印して戦っていた彼女たちは一塊になって一旦後退して小鬼と距離を取る。4人が壁を作って最後尾の子が身体強化を解除して詠唱を開始する。
「我が魔力よ、赤く燃ゆる炎となりて敵を焼き尽くせ! ファイアーボール!」
その瞬間、前方に立っていた4人が一斉に地面に身を伏せる。彼女たちは小鬼から魔法が見えないように目隠し役になっていたんだな。地面に伏せた4人の頭の上をファイアーボールが飛んでいく。うんうん、異世界のEランクの冒険者くらいの威力があるかな。相手がゴブリンならこの1発で終わりだろう。飛び出したファイアーボールが狙い通りに小鬼の顔に命中しているぞ。でも小鬼はゴブリンよりもはるかに強いから効果はどんなものかな?
「グギャギャ!」
「今だ!」
炎が当たった顔を両手で抑えて燃え残った火を消そうとする小鬼目掛けて2人が飛び出していく。左右に分かれて通路を進んで、擦れ違いざまに小鬼の腹部を剣で横薙ぎにする。さすがに無防備な姿で彼女たちの全力攻撃を食らった小鬼にも相当なダメージがあるようだな。刃は硬い皮膚を破りはしなかったが、腹部に鈍器で殴られたような衝撃が伝わって小鬼は堪らずに蹲っている。これだけ彼女たちの攻撃がクリーンヒットしたのは俺が見ている前では初めてだな。
「止めは任せろ!」
大声を上げて駆け出す子は両手で戦槌を大上段に振りかぶっている。異世界ではドワーフの連中が好んで武器として使用していたな。おそらく5人のうちで最大の破壊力を誇っている得物だが、相手がよほどの隙を見せないと中々当たらない。だから今までの戦闘の中ではせっかくの威力を発揮する機会がなかった。だが腹を押さえて蹲っている今の状態は最大のチャンスとばかりに、全力でダッシュして小鬼の頭目掛けて戦鎚を振り下ろす。
「ギギャーーーー!」
いくら丈夫にできている小鬼でも蹲っている脳天に20キロくらいある巨大ハンマーを思いっきり振り下ろされては堪った物ではない。頭がパッカーーンと割れて地面に倒れ伏している。
「これでお仕舞いだ!」
残った1人が割れた頭の傷に槍を突き刺してついに小鬼は最期を迎えた。僅かな時間痙攣してすぐに動かなくなった小鬼を見て、親衛隊の子たちは感無量という表情をしている。これまで何度も挑んでは撥ね返されて地べたに這い蹲った仇をようやく討てたのだ。
「時間がかかったけどパーティとしていい連携だったよ。それじゃあ怪我もしているみたいだから一旦外に出るよ!」
「「「「「イエッサー!」」」」」
通路への入り口の近くではあるが、もたもたしていると別の小鬼がやって来る可能性もある。ひとまずは今日の目的を達成したので、一旦外に出てから傷の手当をすることとなった。手当てとは言っても包帯を巻いたりする訳ではない。ベルトのホルダーに差し込んであるボトルに入っている水を飲むだけだ。実はこの水はカレン特製の傷を癒す効果がある水なのだ。異世界のポーションのような性質を持っていると考えてもらえばわかり易いだろう。
「ふー、生き返る!」
「擦り傷や痣が見る見る治っていくから不思議だよな」
「この水のおかげで何度も命拾いしました」
体に受けた傷とともに疲労も消し去ってくれる万能の水のおかげで、すっかりリフレッシュした5人はすぐに立ち上がっている。
「それじゃあ今の戦いを振り返りながら訓練をするよ!」
「「「「「イエッサー!」」」」」
こうしてそれぞれの武器を素振りしたり、打ち合ったりしながらの訓練が開始される。時折妹が目に付いた箇所を注意したり、自分で手本を見せたりしている。妹は実戦では武器を使用しないが、それはわざわざ使用する必要がないからであって、剣や槍が扱えないわけではない。いや、全く心得がない俺の目から見ると達人のような技術を持っている。天は俺の妹に戦う才能を与えた。ただし、それ以外の才能は全く与えなかったと言い切れるな。この兄の眼から見ても絶対に間違いはないぞ!
「ボスのお兄さん! 一手打ち合ってください!」
「いいぞ、好きに打ちかかって来い!」
さっき小鬼の脳天にハンマーをぶちかました子が俺との組み手を申し出てきた。彼女たちはみんな俺を『ボスのお兄さん!』と呼んでいるんだ。彼女たちからすると尊敬の念を込めた呼び方らしいけど、なんだか妹のついでに俺がいるような気がしてくる。
「そりゃー!」
「ドンと来い!」
俺は巨大ハンマーを全く避けずにわざと肩口に受けた。ガシッという音が響くが、この程度の衝撃は魔力の壁が簡単に撥ね返す。ほら、打ち込んできた彼女の方が腕が痺れているみたいだぞ。
「すげー、まるで大岩をぶっ叩いたみたいな手応えだぜ! こんなに硬いとは思わなかった!」
「美晴が私の兄ちゃんに相手をしてもらうなんて10年早いよ! 私の攻撃だってまともに通用しないんだからね!」
そうか、この子は美晴というのか。妹の親衛隊で5人ひとまとめだったから、1人1人の名前を全然覚えていなかったよ。これから覚えていくからもう少し待ってくれ。それにしても俺に打ち掛かってきた美晴ちゃんが目を丸くしているな。こう見えても異世界の破壊神だから丈夫にできているだろう。妹の『10年早い!』発言で、メンバーたちが尊敬した視線を俺に送っているぞ。これはこれで中々悪くない気分だ。
こうして1つずつ体の動きを修正しつつ、妹による果てしない親衛隊の訓練は続いていくのだった。時には天狐も駆り出されて彼女たちの相手を務めている。天狐は左手だけを使って思いっきり手加減しながら一歩も動かずに相手にしているけど、彼女たちは小鬼とは比較にならない力でさっきよりも派手に吹き飛ばされているな。天狐が彼女たちにとっては強すぎるんだと思うが、この分だと戦力として使い物になるまでもうしばらく時間がかかるだろう。
今日はたまたま時間が空いていたから妹の親衛隊の訓練に付き合っているけど、別の場所では明日香ちゃんやリディアとナディア姉妹が魔法を使用する訓練を行っているんだ。美鈴が明日香ちゃんと、フィオが姉妹と一緒に練習することが多いな。それはいまだにナディアが美鈴を間近で見るたびに涙目になるからだ。確かに大魔王様だけど、子供の目から見てそんなに怖いのかな?
俺は魔法はからっきしだけど、彼女たちの練習にもしょっちゅう付き合っているんだ。役割は主に魔法を当てる的だな。突っ立っている俺を目掛けて姉妹が魔法を放ってくるんだ。当たったところで2人の魔法程度では俺の魔力の壁を越えられないから全くノーダメージなんだけど、フィオが面白がって俺を呼ぶんだよ。射撃用の的でも使えば良いと思うんだけどなぁ。
さて、このように変わり映えしない駐屯地のように見えるかもしれないが、実はここ何日か少々困ったことが起きている。その原因はどうやら俺にあるらしい。というのも、あのスルトを倒した時に俺の体から放出された魔力がどうやら問題を引き起こしているようなんだ。
リミッターを外した俺が一時的に保持した魔力は数千億の桁に上った。その大半は別の次元の破壊と魔法アカデミーで倒れていた子たちの心身の修復に使用されたんだけど、そのうちの数パーセントが日本国内のかなり広範囲に拡散してしまったんだ。どうやらその影響で日本の各地で妖怪の動きが活発になっているという情報が駐屯地に入ってきている。
この件に関しては陰陽師部隊の人たちが、各地にある陰陽師たちのネットワークを使って情報を集めている。今の所は目立った被害などは出ていないけど、川でカッパに出会ったとか鬼火を目撃したなどという報告が相次いでいる。再び大嶽丸のような大妖怪が出現する前兆じゃないといいんだけど。
その夜、天狐が眠る祠では・・・・・・
夕餉のキツネうどんを主殿とご一緒に相伴に預かり、我は今宵、昼の疲れを休めるために一時祠の内に身を横たえる。主殿との鍛錬はこの千年の齢を誇る大妖怪の身にも中々に骨身に応えるものである。体の力を抜きながら妖力を廻らせて方々にできた傷の修復を図る。
主殿は真に力の強きお方である。主殿にお仕え申すことで近頃は次第に我の力も増している気配がしておる。その証にあの外つ国の奇妙なる妖怪を倒して後に、我の自慢の尾は7尾から8尾に増えたのだ。尾が増えたのはおよそ200年ぶりの稀なる出来事であるな。主殿も大変お喜びくださり、その日は我の尾を長らく撫でておられた。
さて、傷も大方元に戻ったようなれば、今宵は休むとしようかと目を閉じかけたその暇、我は祠の外に怪しげなる気配を感じて体を起こす。
「キツネよ! キツネはここにあるや?」
祠の外から大音声で我を呼ばわる声が響いておるぞ。聞き覚えのない声ならば、怪しみながら祠の戸をそっと開くと、その前には・・・・・・
「おお、キツネよ! やはりこの場に居りつるなり!」
「そなたは何者であるか?」
怪しげな姿で我の目の前に立ちたる妖怪の姿がある。黒金の甲冑を纏い背と両腰に3本の剣を差している武者の姿をしておる。この気配はついこの間熊野の山中で出会うた者とよく似ておるが、見た目をまったく異にしておるぞ。果たして何者であろうか?
「そなたは何者なるや?」
「我は大嶽丸なり」
「やはりそなたは熊野の山中に現われたる者であるか。して、その変り様は如何なるものなり?」
熊野にて遠目で我の目に映りし大嶽丸は身の丈3丈にも及ぶ偉丈夫であったが、此度我の前に立っている者は2尺少々の身の丈である。一体どのようなことがあったのだろうかと、我は不思議の感を抱く。
「先日我はものの見事に討ち果たされたり。しからば此度尋常なき魔力得たるなれば、三明の剣の力によりて再び新たなこの身得たり。いささか妖力が足らざる故に、かくなる身にて現れし」
ふむふむ、主殿から聞き及んでおるぞ。先般宙に現れた怪異討伐のために兄殿が尋常なき妖力を発したそうである。我の前にある大嶽丸はその妖力にてこうして再びその身を築き上げたのであろう。真に恐るべきは妖怪すらも優にその身を復する兄殿の妖力なり。
「そなたは何故を以って我の前に現れしや?」
「我はかつて坂上田村麻呂に討ち取られしものなり。剣を交わす以前に我はかの者と『常世の国』大いに語りき。此度我を討ち果たしたる者もかの者と同じ気配身にしたるなれば、今ひとたび『常世の国』語り合うまじと思うたり。我を討ち果たした者目通り願いたれば、案内望むなり」
常世の国とは・・・・・・ 我も古の昔に聞き及んだ記憶はあるが、それがどのような地であるのかは与り知らぬものなり。大嶽丸の話を聞く限りは、どうやらこの者は兄殿に仇を討ちに来たような気配を感じぬ。とはいえ、果たしてどうしたものか、我には判断がつかぬな。ひとまずは主殿にご判断を仰ぐとしよう。
「朝の日が昇る頃には我が主殿が参られる。それまでそこで待っているがよい」
「相わかったり」
大嶽丸がその場に座り込んだのを見て、主殿へのご報告を考えながら我は一旦祠へと引っ込むのであった。
翌朝・・・・・・
「おーい、ポチはいるかな?」
「主殿、お待ち申しておりました」
いつものように主殿が日が昇る刻に我の前に姿を見せてくださる。大変ありがたきことだ。新たな一重に袖を通して祠から外に出ると、主殿が怪訝そうなお顔で座り込んでいる大嶽丸を見ている。
「ポチ、こんな所にお地蔵さんがあるよ!」
「主殿、これは地蔵などではありませぬぞ。大妖怪、大嶽丸でございます」
「むむむ、その名前はどこかで聞いたような気がするね。おじゃ○丸の友達かな? 麻呂は都に住んでおじゃる~」
主殿の謎めいた態度に大嶽丸がどうやら戸惑っている様子であるな。大妖怪すら戸惑わせるとは、さすがは我が主殿である。
「キツネよ、この珍妙なる小さき者がそなたの主なりや?」
「お前に『小さい』と言われたくないよ! なんだか失礼な地蔵だね!」
身の丈2尺の大嶽丸から『小さき者』と呼ばれた主殿が憤慨していらっしゃる。大嶽丸よ、決して我が主殿を怒らせてはならないぞ。主殿の前ではそなたの命など、風に吹かれる花びら程のか弱さしか持っていないと知るがよい。それよりも主殿、たった今『地蔵ではない』と我が申し上げたばかりであるが・・・・・・
「主殿、どうか落ち着いてくだされ。この者は兄殿と目通りを願ってやって来た者にございまする。いかがいたしましょうか?」
「なになに、兄ちゃんに会いたいんだ。別に良いんじゃないのかな。見たところ大した魔力も持っていないし、外に出しても暴れたりしないでしょう」
我が主殿は真に器が大きい! 大妖怪を目の当たりにしても平然とした態度を全く崩さない。あまつさえ『大した魔力を持っていない』と言い放っていらっしゃる。我よりもはるかに格上の大嶽丸を意にも介さないそのお姿こそが、我が是非とも見習わなければならない真の強者そのものである。
「それじゃあポチはそのお地蔵さんを連れてくるんだよ! それじゃあ朝ごはんを食べに食堂に出発だー!」
こうして大嶽丸を引き連れた我ら主従は通路の外に出て食堂に向かうのだった。
大嶽丸再び、なんだか今度は前回の登場と様子が違う感じです。果たしてどのような展開になるのか次回の投稿をお待ちください。予定では明日の夕方には続きをお届けできる見通しです。どうぞお楽しみに!




