80 複雑な情勢とマイペースな人物
能力テストがあった日の夜・・・・・・
「昨日多摩西部と神奈川北部で広範囲に目撃されました異変についての政府の公式見解を申し上げます。上空に姿を現した物体は狂信的な宗教団体が引き起こした魔法テロと断定いたしました。魔法の能力を悪用した悪しき事例として、この団体には活動禁止を命じて当面は国防軍の厳重な監視下に置きます。今後このような魔法を用いた類似のテロ行為が発生しないように、政府としては法整備を進めていく用意があります」
テレビから官房長官の公式発表が流れている。さすがにあれだけの規模の怪異を誤魔化す訳にもいかなくて、しぶしぶ魔法を用いたテロだと認めるしかなかったようだな。早速この発表に対する記者からの質問が相次いでいる。
「この魔法による異変を解決したのは国防軍の魔法を使用する能力者ですか?」
「国防上の重要な機密に属する案件なのでお答えできません」
「今後もこのようなテロが発生した場合の安全対策はどのようになっていますか?」
「警察及び国防軍が引き続き解決に当たります」
「今回事件を引き起こした宗教団体の名称を公表しないのですか?」
「現在も捜査中なので名称は伏せます。ひとつだけ確認できているのは外国と繋がりがある団体であるということです」
政府はこの発表に当たって依然として慎重な姿勢を崩していないな。記者たちからは何とか手掛かりを掴もうという意気込みで質問が相次いでいるけど、最も肝心な点は『機密事項』という万能ワードで隠し通している。俺達の正体が白日の元に曝されるのは何とか回避できたようだな。
その後のニュース番組でも相変わらずこの一件の話題が中心となっている。テレビ局によっては『魔法は危険なものとして根本的に取り締まらなければならない。それは国防軍も例外ではなく、国民に情報の開示を行うべきだ』などという論調を展開する局もあるな。このテレビ局は15年くらい前から中国との結び付きが指摘されていて、現在中華大陸連合と交戦中の我が国にあって、あちらの政府の宣伝機関となっていると噂されている。こんなマスメディアが大手を振って国内で活動できるなんて、日本はいつまで平和ボケしているんだろうな? それからこのテレビ局に出演している人たちは、下手をすると自分がスパイの片棒を担がされているという危機感がないのだろうか?
こうして色々と考えさせられながら夕食を済ませると、自分の部屋に戻って早めに就寝する。ああ、そうだ! 無事に司令官から入隊を認められた明日香ちゃんと妹の親衛隊は、一旦家に戻って親御さんの許可を得てから正式に俺たちの仲間入りをする。この駐屯地に顔を出すのは3日後の予定だ。
新しい隊員が加入して訓練とかで忙しくなりそうだけど、今日はひとまずは寝るとしようかな。明日から彼女たちの受け入れの準備とかしないといけないし、やることがいっぱいあるからな。それじゃあ、おやすみなさい・・・・・・
同じ頃のバチカン法王庁の中では・・・・・・
「マルス、ヤコブ、フランチェスコ、3人揃って守護聖人の恥を曝しおって、貴様らには神の代理としての矜持がないのか!」
「パウロ、その辺にしておくんだ。インターネットに出回っている動画を見れば、日本軍の帰還者の実力がわかるだろう。我々が送り込んだ5人では到底歯が立たなかった訳だ。これは私たちの判断ミスだよ。神からのお叱りは上席の私たちが受けるべきだろう」
私はバチカン守護聖人のヨハネ、もちろん異世界からの帰還者だ。任務に失敗して日本軍の捕虜となっていた3人がようやく解放されて戻ってきた。聞くところによると、重傷を負って身動きができずに軍の施設で療養していたそうだ。捕虜を紳士的な扱いで帰国させた日本にはひとまずは礼を言っておこう。
「それはそうとして、先に戻ってきたアンブロジウスも含めて日本に遠征していた4人が揃ったな。それでウルスラはどうしたのだ?」
「それが我々と別行動をしてからの足取りが一切掴めません」
「そうか、何か重大な問題に巻き込まれていなければよいが・・・・・・」
私の勘が良くないことが起こったのだと告げている。ウルスラは何らかの事態に遭遇してすでに死んでいる可能性が高いだろう。そうでなければ日本側が彼を帰してこない理由が見当たらない。帰したくても帰せない状況が発生したと認識するのが正しいだろう。天使に関する調査をするという尊い任務を果たせぬままに神の下に召された者の魂が安らかであらんことを願って、私はそっと祈りを捧げるのだった。
「さて天使の件だが、先に戻ったアンブロジウスは『神殺しは天使などいないと話していた』と証言して、後から戻ったマルスは『日本軍の帰還者が天使を見たとはっきり言った』と述べている。どちらの意見に信憑性があるだろうか?」
「判断が付き難いですな。我々を惑わす策略でしょうか?」
「パウロの意見は至極まともだと認めよう。それでは別の角度から検討してみようか。我々の情報網はルーマニアから日本に入国した1人の男の動向を掴んでいる。彼は『アラン』という偽名を使用しているが、その正体はパウリナ=ホーエンハイムの片腕のサン・ジェルマンに間違いない」
「なるほど、あの男が動いていたのですか」
「ペテロ、そのとおりだよ。サン・ジェルマンが日本に出向いてから約6週間後に、かつて我々の偉大なる先達がヨーロッパの片隅に追いやった古き神話の巨人が突如日本に姿を現した。これが果たして偶然だと言い切れるかな?」
「サン・ジェルマンの手によってラグナロクの炎の巨人が召喚されたと言いたいのですな」
「ルカよ、そのとおりだ。それではなぜサン・ジェルマンはわざわざ1月以上の期間をかけてスルトを召喚したのかという理由が問題ななってくる」
「なるほど、そもそもはパウリナが天使降臨の呪法を用いて地上に降ろした天使をその手に取り戻そうという動機が見えてきますな」
どうやら飲み込みが悪い我が同僚たちにも今回の一件の話の流れが理解できたようだな。サン・ジェルマンの行動こそが日本に天使が降臨している証拠に他ならない。それ以外に今回の彼の行動を説明する明確な根拠がないのだ。
それにしても殲滅騎士団の面々は神の意志を実現するための力こそ申し分ないものの、なんでも神の教えに従うように考える傾向が強くて、まるっきり自分の頭を使おうとしない。司令塔として彼らに物事の本質を理解させるのが、殲滅騎士団におけるこのヨハネの役割に他ならない。
「そしてスルトは倒されてサン・ジェルマンは一旦こちらに戻ってきた。今朝方ギリシャに到着したのが確認されている。さて、この結果から我々はどのように動くかを卿らに問いたい」
「当然もう一度日本に誰かを派遣して天使の奪還を試みるべきだろう」
「ひとたびは失敗しましたが、次こそは汚名を返上したいと考えます」
おいおい、喉元を過ぎれば何とやらというのはこいつらのためにある言葉なのか? 頼むからもう少し頭を使ってくれ!
「卿らの意気込みこそ神がお喜びになるかもしれないが、その意見は却下する。神殺しの忠告をもう忘れたのか? 彼女は我々が日本で何か仕出かしたら法王様をその手に掛けるとはっきりと明言したんだよ。彼女ならばどんなに警戒を厳重にしても法王庁にいつでも侵入できるからね」
「それは・・・・・・」
マルスは自分がメッセンジャーになったのをすっかり忘れていたようだな。いくらなんでも法王様の命を人質にされては我々は身動きが取れないだろうに。かつてヨーロッパで大暴れをしていまや伝説の存在扱いされている『神殺し』の武勇伝を聞いていないのかい? 彼女はつい2年前にはホワイトハウスに忍び込んで、就寝中の大統領とアポなしの面会を果たしたそうじゃないか。
「それでは天使を日本に囲われたまま、我々は指を銜えて見ていろということですか?」
「そうは言っていないよ。私も天使を取り戻す重要性を認識しているからね。だから別の組織に天使をヨーロッパまで連れて来てもらうんだよ」
「別の組織と申しますと?」
「この際過去のいきさつには目を瞑って、パウリナ=ホーエンハイムに手を貸してやろうじゃないか。彼女たちが天使をこちらに連れてきたら、我々がそれを奪えばいいんだよ」
「なんという大胆な方法をヨハネ殿は思いつくのだ! 我々にとってはあの魔女は不倶戴天の敵ですぞ! その敵と本当に手を組むおつもりか?」
「今回の失敗で他に有効な手段が封じられてしまったからね。私としても不本意ではあるが、パウリナの働きに期待するしかなさそうだ。精々バチカンの手駒として良い働きをしてもらいたいね」
私がチラリとマルスたちに目を遣ると、彼らは気まずそうな表情を浮かべている。君たちがもう少し上手く立ち回っていたら話は違ったのだよ。たかがバンパイア如きに熱くなって、その果てに日本軍と真っ向から衝突するなど愚の骨頂としか言いようがないだろう。
「それで、私の提案に異議を申し立てる者はこの場にいるのかな?」
「「「「「異議なし」」」」」
これで当面の方針は決まったな。しばらく日本に天使を預けなければならないのは私としてもはらわたが煮えくり返る気持ちだが、当面は時期を待つしかないだろう。どうせ堪え性のないあの魔女のことだから、そう遠くないうちに動き出すに決まっている。それまではバチカンの戦力の充実を図っておくとしようか。まだ使い道が良くわからない聖遺物がたくさんあるから、しばらくは研究に没頭するのも良い暇潰しになるかもしれないな。
【幕間】2日後の日本の首相官邸では・・・・・・
「総理、外務省を通じてロシアの大統領から電話会談の申し込みが入ってきました」
「わかった、どんな話か聞いてみよう」
山本総理大臣は秘書官からの報告に大きくひとつ頷いて衛星テレビ電話の機材が準備してある部屋に向かう。彼としてはそろそろ来るだろうと予想していた相手だ。
「すぐに会談を始めますか?」
「いや、その前にコーヒーと軽食を頼もうか。仕事が忙しくて昼食を食べ損ねたからね」
「承知しました」
秘書官は山本の意図を理解して笑顔でインターホンを手に取って厨房と連絡を取ると、しばらくしたらワゴンに載ったコーヒーとサンドイッチが運ばれてくる。コーヒーを飲みながらサンドイッチを摘んで2人は雑談をしながら約30分の時間が経過した。
「そろそろいい頃合だろう」
「それでは回線を繋ぎます」
秘書官が装置を操作すると、山本はカメラの正面にある椅子に腰を下ろして画面が開くのを待っている。やがてモニターには待たされて少々イラついた表情を浮かべているロシアのブーニン大統領の顔が映し出される。
「どうもお待たせしました。別室で来客と会談をしておりまして遅くなりました」
「ヤマモト総理はいつも忙しいようだね。よほど重要な来客だったとみえる」
「大した用件ではなかったですよ。観光庁の職員と本年の来日観光客の推移について話をしていました」
ブーニン大統領の表情が微妙に歪んでいる。『俺は観光客よりも重要度が低い相手なのか!』とでも言いたそうだ。山本総理は以前から日本を見下してきたロシア大統領にちょっとした仕返しをしていた。何度も会談の時間に遅れてやって来たブーニンのせいで無駄に待たされていたのだ。それとともに相手を苛立たせておけば自分のペースで話し合いを進められるというメリットもある。
「さて、わざわざこうして話し合いをする用件は何でしょうか?」
大方の用件はわかっているぞという表情で山本総理が話を切り出す。この時期にロシアの大統領がわざわざ会談を申し込んでくる理由はひとつしかないからだ。
「実は本格的な冬を前にして我が国は中華大陸連合に一大攻勢を掛ける準備を整えた。ついては貴国にも合わせて攻撃を仕掛けてもらえないだろうか。ともに中華大陸連合を敵とする同じ立場として共感できると思うのだがどうだね?」
「はて、我が国と貴国の間には何らかの軍事同盟が存在していましたか? 私の記憶には何もなかったように思えますが」
「同盟がなくとも作戦を共同し合うのは可能だろう。貴国にとっては損な話ではないはずだ」
「残念ながら我が国は長らく専守防衛という立場で装備の拡充を進めていましたから、外に向かって進攻する用意が整っていないのが実情です。人員も不足しがちですので、大統領の提案は物理的に実現不可能ですね」
「兵員の展開が難しくても貴国には優秀な帰還者がいるだろう。我が国もウクライナ方面から帰還者を移動させて今回の全面的な反攻作戦に当てるつもりだ」
「我が国は帰還者の人数が少ないので、国土の防衛のために動かしようがありません」
それならばあの済州島の攻略は何なのかというツッコミが入りそうな発言だが、あまり余裕がないブーニンによってそこはスルーされている。更に山本総理は相手にダメージが大きい発言で追撃していく。事前にこの重要情報は入手済みなのだ。
「もし頼むのでしたら帰還者が30人もいるアメリカに声を掛けてみてください。あちらの大統領の気分が良かったら乗ってくれるかもしれませんよ」
「すでに断られているよ。我が国にとっては君たちが最後の頼みの綱なんだ。どうか共同作戦を取ってもらえないだろうか」
ついに強面の表情を崩してブーニン大統領が懇願をするような態度に出る。だが山本総理は一切表情を変えずにその申し出を一刀両断した。
「我が国の防衛は我が国が責任を持ちます。貴国も貴国の防衛にどうか責任を持ってください。私からお話できるのは以上です」
ダメ押しの厳しい表情でそう言い残して山本総理は席を立つ。デスクに残されたモニターにはまだ諦め切れない表情のブーニン大統領の姿が映し出されているのだった。
その翌日の富士駐屯地では・・・・・・
早朝に駐屯地を発った黒塗りのワゴン車は昼頃には新たに入隊する明日香ちゃんとチェリークラッシャーの子たちを連れて基地に戻ってくるだろう。昨夜の妹のスマホには明日香ちゃんと親衛隊の子たちから送られてきた『明日の入隊が楽しみです!』というメールで溢れていたからな。
それから明日香ちゃん、『お菓子はいくらまで持っていけるんですか?』というメールはどうか勘弁してほしい。繰り返しになるかもしれないが国防軍は遠足ではないからな。たぶん妹がヘリの中でお菓子を食べている姿を見て誤解したんだと思うが、どうか早くその誤解を解いてほしい。長い付き合いだからわかっているだろうが、あくまでも俺の妹の態度と行動が間違っているんだぞ。何も注意されないのは周囲とっくに諦めているだけだ。
昼食後にはもうすぐ到着するというメールが届いてみんなで迎える用意を整えていると、ほどなくして管理棟の正面にワゴン車が停車する。車が止まった瞬間、ドアがサッと開いて車内から人影が飛び出してくる。荷物を手にしたままその人影はビシッと一列に並ぶと、俺たちが遣った記憶がないくらい見事に揃った敬礼をしている。一糸乱れぬ姿というのはこういうのを指すんじゃないだろうか。
「ボス、お待たせして恐縮です! わざわざお出迎えいただいて感謝いたします!」
「おや、君たちはまるで練習でもしたような動きだね。中々心構えができているよ!」
妹がそのキビキビした動きに感心した声を上げている。俺たち帰還者は訓練課程の初歩で学ぶ作法や行進の遣り方を一切学んでいないので、こういう国防陸軍の普通化連隊式の動きというのは新鮮に映るな。
「お褒めいただいて恐縮です!」
「近所に住んでいる退役自衛官に教えを請いました!」
「2日間8時間ずつ訓練しました!」
家に戻っている時くらいゆっくりしていればいいのに、この子たちは自衛隊時代のOBにわざわざ教えてもらって、挨拶や言葉遣い、敬礼の遣り方を学んでいたらしい。熱心なのはわかるが、どこまで妹に影響されているんだと逆に心配になってくる。
「ボス、早速訓練に移りますか?」
「ああ君たち、そんなに慌てないでいいよ。今日はオリエンテーションと宿舎の整理などに当ててくれたまえ。私は帰還者のマネージャー役を務める東中尉だよ。今後ともよろしく頼む」
「「「「「中尉殿、恐縮であります!」」」」」
この子たちは横からスケジュールの説明をした東中尉に再びビシッとした敬礼を決めているよ。釣られて中尉も照れくさそうな表情で敬礼を返しているな。それにしても親衛隊の子達はワゴンから出てきたのに、明日香ちゃんはどうしたんだろうな。ちょっと様子が気になるから車内を覗いてみようか・・・・・・
そこにはだらしない姿でシートに斜めに凭れ掛かって、口を空けて寝ている明日香ちゃんの姿があった。これだけ爆睡している姿を他人に見せるのは年頃の女の子としてどうかと思うぞ。俺はそのあまりに無防備な肩に軽く手を掛ける。
「おい、明日香ちゃん、もう駐屯地に到着したぞ! 目を覚ませ!」
肩を軽く揺すると明日香ちゃんはゆっくりと眼を開けていく。目の焦点が合って俺の姿を捉えると、慌てた表情で体を起こしてくる。
「すいません、夕べとっても楽しみで中々寝付けませんでした」
「小学生の遠足か!」
親衛隊の子達とはあまりに正反対過ぎる明日香ちゃんのマイペースな様子に堪え切れなかったツッコミ魂が炸裂して、駐屯地には俺の大きな声が響くのだった。
世界各地の動きを散りばめながらのお話でした。次回からはバトルの場面が出てくるかもしれません。投稿はちょっと忙しそうなので週末にしたいと思います。もし時間が確保できたら週の中頃に投稿しますので、あまり期待しないでお待ちください。




