79 波紋
色々手直ししているうちに予定時間よりも投稿が遅れました。
翌日の朝、テレビ、新聞ともにトップで東京の多摩西部から神奈川北部にかけての広い範囲で目撃された巨人のニュースを長々と報じている。特に各テレビ局は挙って空に浮かんだスルトと俺の魔力が作り出した人影がぶつかり合う映像をこれでもかというくらいに何度も流している。自分が仕出かした戦いの顛末をこうして後から見せられる人間の心情もちょっとは考慮してほしいもんだ。
「今回は目撃者がたくさんいるから、いくらなんでも隠し切れないわね」
「さすがにちょっとやり過ぎたという自覚はあるけど、緊急事態で止むを得なかったんだ。放置しておいたら大勢の犠牲者が出たかもしれないからな」
食堂に置いてあるテレビが映し出す画面を見ながら俺は苦笑いを浮かべている。他にどのようなリアクションを取ればいいのか妙案が浮かばなかったせいだ。美鈴が指摘する通り、今回の俺の天元突破した暴れっぷりはどう足掻いても隠し切れない程世間一般に広まっているのは間違いない。
「兄ちゃん、中々いい感じの画面だね! さすがは私の兄ちゃんだよ!」
「さくら、お前は本当に気楽な立場でいいな」
事件の影響などこれっぽっちも考えない妹は、特撮映画張りの大迫力で映し出されているスルトの討伐場面を見ながら暢気な感想を述べているよ。こういう時は後先を考えない妹の鋼の神経が羨ましいな。
「聡史の姿が表に出ている訳じゃないですから、きっと大丈夫ですよ!」
「アイシャ、慰めてくれてありがとう。俺もそうであることを祈っている」
駐屯地に居残りで、現場を直接目にしていないアイシャが優しい言葉を掛けてくれるのが身に染みて来るな。でもこれだけ報道合戦が過熱していると、マスコミはあの人影を操った人間を必死になって割り出そうとするだろうな。それこそ政府に浸透している様々なコネクションを使って俺の名前を探り当てようとするだろう。政府が国防上の重要な機密だと言って突っぱねてくれればいいけどな。
話はまるっきり変わるが、今日は妹の親衛隊と明日香ちゃんの能力テストが行われる予定だ。昨日のうちに俺が副官さんに明日香ちゃんの奇妙な能力を報告したところ、彼女も候補生扱いに格上げされていた。本人はいまだに魔法少女の夢が捨てられずにいるが、あんな風変わりな能力者を1人くらいこの部隊に置いといても損はないだろう。当の明日香ちゃんたちは朝食を早めに切り上げて、現在能力テストの準備に入っていてこの場から姿を消している。
「ねえ美鈴、明日香ちゃんは本当に魔力を消し去るの?」
「ああ、フィオはあの時離れた席に居て見ていなかったのよね。あの子は私の魔力をきれいに消し去ってくれたわよ。自分で解析しておきながら、私が一番信じられない気持ちだったわ」
「問題はどのような能力の用途があるかだな」
一口に魔力を消し去るとはいっても、実戦でどのように役立てるのかその方向性がまだはっきりとはしていないのが実情だった。特に明日香ちゃん自身が戦闘には全く役立たない壊滅的な運動神経の持ち主だという妹の証言が事態を一層難しくしているのだった。仮に妹に明日香ちゃんの能力があれば、この破壊神でも余裕で倒せるかもしれないのだが、世の中はそう上手くはいかないものだ。
その日の夕方・・・・・・
午前中のうちに無事に彼女たちの能力テストが終わって、俺たちは図面演習室に集まって結果に対する評価をしている。この場に集まっているのは帰還者全員と副官さん、それから俺たちのマネージャー役の東中尉、陰陽師部隊の真壁少尉、そして教団本部のガサ入れを終えて妙にスッキリした表情の司令官さんという面々だ。
司令官さんが直々に指揮したガサ入れは順調に終わって、幹部の拘束と最も重要な信者の名簿を押収してきたそうだ。その他にもかなり強引な方法で拘束した幹部から情報を引き出してきたらしいが、詳しい話はまだ耳にしていない。というか、あまり耳にしたくはない。どうせ碌でもない話しか出てこないだろう。
さて、話をテストの評価に戻そうかな。
「魔法を扱える5人の女子については魔力量が1000程度で、およそ2,3種類の魔法を使用できます。その他にも体の機能を50パーセント向上させる身体強化を30分以上持続可能です」
「なるほど、陰陽師の部隊の約3分の1というレベルに当たるな」
結果をまとめた東中尉からの報告に副官さんが頷いている。人員の拡充はこれから様々な任務が予想されているこの部隊には必須なのだ。現段階では彼女たちはまともな戦力には数えられそうもないが、ここからの伸びシロに期待を寄せている表情だな。
「模擬戦を担当したアイシャ訓練生からは何かないかね?」
「力も戦闘技術もまだまだ未熟ですが、5人の連携はよく訓練されていました。それに意欲がとっても高いです」
「それはそうだよ! 開始してから日は浅いけど、このさくらちゃんが直々に鍛えたんだからね! 本人たちの意志とは無関係にこれからまだまだ強くしていくよ!」
東中尉がアイシャに話を振ったのを妹が横取りしているよ。それにしても『本人の意志とは無関係に強くしていく』というのは嫌な予感しか感じない響きを持っているぞ。本当にこやつに任せておいて大丈夫なんだろうか? 訓練中に彼女たちからリアルに死者が出ないだろうか?
「いいだろう、5人に関しては入隊を許可しよう。さくら訓練生、一人前に戦えるように精々鍛えてやってくれ」
「少なくとも私の親衛隊を名乗れる程度には強くしてあげるよ!」
司令官さんが彼女たちの入隊をすんなりと認めたな。これから妹の手による地獄すらも生温い過酷な訓練が待っているんだろうな。心から気の毒に思うが、自分で選んだ修羅の道だから頑張ってほしい。俺から言えるのは『どうか死なないでくれ!』という言葉だけだ。彼女たちにそれ以上を望んでも酷というものだろう。
「それから彼女たちに関して興味深い報告があります。元々5人の魔力量は100前後だったらしいのですが、楢崎訓練生がスルトを倒すために放出した魔力を体に取り込んだ結果、魔力量が格段に上昇したそうです」
「その件は私の目の前で実際に彼女たちが取った行動です。濃厚な魔力の周辺に漂っていた比較的濃度の薄い魔力を深呼吸して直接体に取り込んでいました」
フィオの証言で俺が知らない所でそんなことが行われていたのを初めて知ったよ。それにしてもあの子たちは無茶をするな。急激に大量の魔力を摂取すると下手をすると気絶どころでは済まないぞ。
でも異世界では魔力が濃厚な場所では魔物が変質してより凶暴な個体が多く発生していたりするケースもあったな。魔力を長い時間掛けて取り込むと体質が強化されるのかな? いずれにしても俺たち帰還者にとってもいまだに魔力というものが人体にどのように作用するのかよくわからない部分が多いんだ。
「それは我々でも大量の魔力を取り込むことで魔力の量を増やせるという可能性に繋がりませんか?」
「その可能性は十分にあります。私たち帰還者はレベルとかステータスという制約の中で魔力の保有量が決まっていますが、帰還者でない人間にはこの制約は存在しません。ですから多くの魔力を体に取り込むと魔力量を増やせる可能性があります。ですが人体にどのような影響があるかまだ判明していませんので、慎重に行う必要があると考えます」
真壁少尉は自分たちの魔力量を増やせるかもしれないと考えているんだな。陰陽師の皆さんもより多くの魔力がほしいのは当然だよな。魔力の量=戦闘力に直結する問題だし。でもフィオは帰還者と地球の術者の特性の違いを説明しながら慎重な姿勢を崩さないな。ある意味人体実験のような問題も含んでいるし、この辺りをどうするのかは俺としては大賢者に任せておこう。
「この件に関してはもう少し検討を加えてからにしよう。拙速は思わぬ悪い結果を招くからな。フィオ特士は真壁少尉と協力して検討してくれ」
「了解しました」
やはり司令官さんも俺と同じ見解だな。いや、どちらかというと面倒なのでフィオに丸投げをしているようにも映るぞ。妹なんかこの件には全く興味が無いらしくてアメを舐め始めている始末だ。候補生の運命が懸かっている大切な評価の席でその態度はないだろう!
「それではもう1人の候補者の二宮明日香に移ります。直接テストを担当した西川訓練生から報告をお願いします」
「報告します。明日香ちゃんについてどのような条件下で魔力を消せるのかを様々な角度からテストしました。彼女が消せるのは私が体から放出した魔力のみで、体内にある魔力には全く影響はありませんでした。魔力を消すにはどちらかの手の平で直接触れる必要があります。ここまではよろしいでしょうか?」
美鈴は部屋に座っている面々を見回している。俺を含めてここまではその報告に特に異存はないようだ。美鈴は更に話を進めていく。
「実際に魔法が消せるのかを確かめるために私は『火』『水』『氷』『雷』『風』の初級魔法を作り出してみました。水と氷に関しては触れるとそこに込められている魔力は消えますが、実体として存在する水や氷は消せませんでした。固体や液体はそれを作り出した魔力がなくなってもその場に存在し続けるという法則は越えられませんでした。炎と雷に関しては熱かったり怖かったりして手を触れるのは不可能でした。風は目に見えないせいでどこに存在するのか感知できなくて、結局手を触れられませんでした」
「能力以前の問題だろうが!」
いかんいかん、明日香ちゃんのテストの報告を受けて、俺は我慢できずにツッコミがついつい口を突いてしまったよ! 報告の通りとしたら明日香ちゃんは魔力は消せても、実際に魔力で作られた物に手を触れられない訳だな。さすがは明日香ちゃん、凄い能力がそのビビりな性格のおかげですっかり無駄になっている。何しろ妹と仲良できる明日香ちゃんだ、俺は何らかの事態もあるのではとあらかじめ予想していた。ただそれを上回るヘタレ振りを明日香ちゃんが存分に発揮してくれたんだよ。
「ということは実際は何も役に立たないというのか?」
「司令、そうでもありません。私が作り出した魔法陣の魔力を消して無効化するのに成功しました。これは魔力を使用したトラップや爆発物の処理には大変役に立ちそうです」
なるほど、そういう能力の使い方があるんだな。異世界のダンジョン下層には魔法陣を利用したエグいトラップが仕掛けてあるのがザラだった。俺と同じような経験をした帰還者ならトラップを仕掛けるなんて真似をするかもしれないな。それに大きな魔法を用いる時は魔法陣を使用する場合が多いから、明日香ちゃんの能力が役に立つかもしれないぞ。中華大陸連合のセカンドが使い魔を呼び出した時や、魔法アカデミーの女の子が操られて作り出した魔法陣に対しても、もしかしたら明日香ちゃんが力を発揮したかもしれないな。
「そうか、我が部隊の爆発物処理班のような位置付けで役に立ってもらうか。今後どのような形で役に立つかは今のところは不明だが、他の5人のついでに入隊を認めよう」
明日香ちゃんはどうやらおまけのような扱いで入隊を認められた。彼女の夢である魔法少女ではないけど、ひとまずこれで訓練生としてこの部隊への仲間入りが認められたのだった。
その頃アメリカ合衆国の国防総省では・・・・・・
「一体この宙を割って出てこようとする巨人は何者なんだ?」
「何者かはわかりませんが、画面を占めるその規模からいって相当な力を秘めた存在と考えていいでしょうね」
私は合衆国の帰還者、マギーよ。今ネット上で最もホットな動画として注目されている映像を見ながら、帰還者同士で意見を交わしているところ。この事件は日本のかなり広域で目撃されたようで、様々な方向から撮影された動画がいくつもアップされているのよ。
「こんな怪物を倒した人間はやはり日本の帰還者なんだろうな」
「正解かどうかは保証できないけど、私が目撃した帰還者ならば可能かもしれないわね」
「君の話を聞いた時はとても信じられなかったけど、こうして映像を見ているとどうやら本当の話だと考えざるを得ないようだ」
一緒に画面を見ながらこの事件を分析しているのは同じ帰還者のビルよ。比較的話しやすい性格で誰とでも上手くやるタイプね。ただ帰還者としての能力は残念ながら私に劣っているわ。
「それよりもこの人影のような物が巨人を倒す前に、地上から白い光が超音速で撃ち出されているんだ。顔面を直撃した光が爆発を引き起こして、巨人が怒り狂った表情を浮かべている」
「確かにこちらも大きな問題ね。日本の国防軍は魔力による強力な兵器を作り出したのかしら?」
「専門家の分析によると爆発の規模はヒロシマ型原爆の60パーセントに及ぶそうだ。通常兵器では規格外の威力だよ」
「こちらはようやく日本からもたらされた情報を元にして複合型の銃の試作品が完成したばかりだというのに、日本の魔法工学は何歩も先を進んでいるようね」
日本からもたらされたドイツの魔法技術を元にして、ペンタゴンの技術部は小銃の連射性とグレネード弾の威力を組み合わせた複合銃を開発中なのよ。機械式の複合銃はあまりに機構のバランスが難しすぎてペンタゴンも開発を断念したけど、魔力の量を変えれば威力を自由に変えられるから魔力式には逆に向いているそうなの。
この複合銃はドイツ式の魔力銃の試射に立ち会って、その連射性に物足りなさを感じた開発陣のアイデアから始まったの。連射性が足りなかったら銃口を増やせばいいという発想で、4つの発射口を組み合わせた形になっているわ。その下部には迫撃砲に迫る威力を持った魔力弾を発射する砲口もついているのよ。その分大型になって取り回しには難点があるけど、毎分120発の小銃弾を大型コンプレッサーの圧搾空気によって音速の8割の速度で撃ち出すのに成功しているの。魔力弾は質量が殆どないし重力の影響も空気抵抗も考慮する必要が無いから、高圧の圧搾空気で押し出せば高速で真っ直ぐ飛んでいくわ。
「確かにあの複合銃を見た時はこれで合衆国が魔法工学をリードできると思ったけど、日本は更に上を行っているようね」
「考えてもみたまえ、なぜ日本があっさりとドイツの技術を我々に流したのかを。あれはおそらく日本にとってはそれほど価値のない技術だったんだよ」
ビルの分析はこの画像を見ている限りは正解のようだわ。銃よりもさらに作製が困難な大型砲レベルの魔力兵器を実用化しているというのは驚くべき技術力よね。それもこれから威力を引き上げていけば原爆に匹敵するような強力な火砲を保有しているだなんて、これはもうそれだけで十分な他国への抑止力になるわね。
私たちがそんな考察をしているその時・・・・・・
「君たちは何をしているんだい?」
「カイザー! あなたは日本に現れた巨人の動画を見たのかしら?」
「ああ、見たよ。ずいぶんと強引なやり方で解決したもんだね。見た目は派手だけど無駄が多いと感じたよ」
急に私たちが居る場所に現れたのは合衆国最強の帰還者『カイザー』クリストファー・ウイリアムズよ。彼の『カイザー』というニックネームは異世界で魔王を倒して、荒廃した人々の心をまとめ上げてついには皇帝になったという経歴から来ているの。それだけにその人心掌握術と先を見通す目には確かなものがあるわ。
「カイザーは日本の帰還者をちょっと甘く見ていないかしら?」
「けっして彼らの力を甘くは見ていないよ。だがそう極端に恐れる必要もないだろう。仮に敵対しても色々と無力化する方法があるからね」
「それは興味があるわね。いつかゆっくりと聞きたいわ」
私にはあんな恐ろしい力を持った帰還者に対してどう対処するかなんて方法は全くと言っていい程思い付かないわ。この人はどれだけ自信を持っているのかしら?
「それは簡単だよ。どんなに日本の帰還者が強くても、最終的に世界を支配するのはこのステーツだっていう事さ。個々の能力のぶつかり合いだけでは世界の覇権なんて簡単には決まらないんだよ」
この人の発言は意味合いが深すぎて私には理解が出来ない場合が多いのよ。果たしてその頭の中にはどんな考えが詰まっているのかちょっと興味が湧いてくるわね。こうして私たちは3人で引き続き動画を見ながら意見を交わしていくのでした。
スルト討伐の動画が拡散して世間は大騒ぎになっています。ひとまずはアメリカの反応が出てきましたが、次回は世界各国のこの件への対応が話題の中心になる予定です。投稿は明日を予定していますが、今回の話の完成が遅れてしまって、相当追い詰められています。どうか応援してください!




