表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/229

77 再び魔法アカデミー

 マンションの屋上では・・・・・・


 次元の綻びの修復を続けていた私の術式が対象をロストして突然霧散したわ。聡史はスルトを討伐しただけではなくて、割り込もうとしてきたあちら側の次元そのものを消し去ったようね。はるか上空を見上げても聡史の魔力でできた人影以外見当たらなくて、次元の綻びがきれいサッパリと消えている。やっぱりいざという時には一番頼りになるわね。


 あー、それにしてもよく頑張ったわね! 自分が保持していた魔力の殆どを使い切った倦怠感で私はその場に座り込んでしまうわ。もうこの場から動きたくないわね。でもそんな私を心配して明日香ちゃんとチェリークラッシャーのメンバーが駆け寄ってくる。



「フィオさん、大丈夫ですか? 顔色が真っ青ですよ」


「心配しないで、ちょっと無理をしただけだから」


「無理をしただけって、なんだか余計心配になってきますよ!」


「それよりもちょっと後ろに下がっていてもらえるかしら」


 危険だからみんなを下がらせてから私は聡史に連絡をとる。こんな動くのもままならない状態では何もできないわよね。



「聡史、こんな事態ではあなたが一番頼りになるわね。それよりも私は魔力が切れ掛かっていて動けないから、人影の腕をちょっとこっちに回してくれないかしら。そこから見える一番高いマンションの屋上よ」


「了解した、ゆっくり降ろしていくからその場で待っていてくれ」


 聡史が通話を切ると人影がゆっくりとこちらの方向を振り向く。そしてはるか上空にあるその腕を徐々に下げていくわ。下から見ていると巨大な雲がこちらに向かって急激に下がってくるような感じね。そしてユラユラと揺らめく魔力でできた人影はマンションの屋上を包み込むようにして私の目の前にやって来る。



「フィオさん、なんだか凄い物が近付いて来ましたけど大丈夫なんですか?」


「フィオさん、危ないから下がった方が良いよ!」


 本当にこの子達は心配性ね。でも危険はないのよ。これは聡史の体から溢れてきた魔力ですからね。さあ、精一杯使った分の魔力を補給しましょうか。私は立ち上がって魔力の中にスッポリと体を埋めていく。ちょっと息が苦しいけど、こうしていると体全体から一気に魔力を補給できるのよ。何しろ周囲は濃密な魔力一色に染まっているんだから。


 3分くらいそのまま佇んでいると8分目まで魔力が回復したわ。私の魔力の総量は1億を超えているんだけど、それをあっという間に回復させるだけの膨大な魔力の塊がここにはあるのよ。すっかり倦怠感がなくなっていつもの体調に戻っているわね。


 私は聡史が差し伸べてくれた人影の中から出て、みんなが待っている方に歩いていくわ。



「フィオさん、無事だったんですね! あんな雲の中に入っていったから心配で心配で、どうしようかと思っていました」


「明日香ちゃん、心配要らないっていったでしょう。魔力が切れて体調が悪かったけど、今はすっかり回復したわ」


「そう言えば顔色が急に良くなっているぞ!」


「フィオさん、あの雲は一体何ですか?」


「魔力が切れたって何があったんですか?」


 チェリークラッシャーの子達が一斉に口を開くわ。そんなに一度に言われても答えられないじゃないの。しょうがないから順番に説明してあげましょうか。



「あの雲のように見えるのは純粋な魔力の塊よ。私は空に浮かんだ巨人を押し留めるために術式を構築して魔力を使い切る寸前だったの」


「あれが魔力なんですか! 私たちも取り込んで大丈夫ですか?」


「止めておきなさい。あの内部にある魔力はあなたたちの体が受け止めきれる量ではないわ。中に入ったら一瞬で目を回すわよ。その場で深呼吸して端っこの濃度が薄い魔力を取り込むのが精々ね」


「わかりました!」


 なんて素直な子達なんでしょう! 明日香ちゃんを含めて全員がその場で深呼吸を開始しているわ。美晴ちゃん、そんなに吸ってばかりじゃなくてちゃんと息を吐かないと死んじゃうわよ。まったく子供じゃないんだからしっかりしてよね。



「なんだか魔力が増えた気がするぞ!」


「私もそんな気がします!」


 彼女たちはそんな話をしているけど本当かしら? うん、確かに今まで100に満たない保有量だった魔力が一気に1000を越えているわね。それだけの量があれば異世界でも駆け出しの魔法使いとして認められるわよ。



「私は全然変化した感じがしません!」


 喜んでいるチェリークラッシャーの子たちに比べて浮かない表情の明日香ちゃん、彼女は魔法アカデミーでもずっと魔力を得るための訓練をしていたんだけど、その甲斐もなく未だに保持できないのよね。こればっかりは個人差があるから、気長にやっていくしかないわね。と、そんなやり取りをしている時に私のスマホが着信を告げるわ。



「フィオちゃん、魔法アカデミーに集まっていた子達がまだ誰も目を覚まさないんだよ」


「さくらちゃん、よっぽど強く叩いたのね」


「そんなはずはないよ! ちゃんとピコピコハンマーで気絶させたよ! 取り憑いていた幽霊も追い出したしね」


「おかしいわね、それじゃあ今から様子を見に行くからちょっと待っていて」


「早く来てよ!」


 こうして私は聡史に人影を元に戻すように伝えてから、屋上にいる子たちを引き連れて魔法アカデミーに向かうわ。管理人さんに挨拶をして通りに出ると、避難指示が解除されて家や職場に戻る人たちがポツポツ歩いているわね。皆さん口々に『あの空に現れたのは何者だろう?』とか『煙のような人影がまだあそこに立っているけど危険じゃないのか?』などと話しているわ。もう大きな危険は去ったから大丈夫よ。


 魔法アカデミーの門は相変わらず閉じたままになっているけど、身体強化を掛けた美晴ちゃんがヒョイッと塀を飛び越えて中から門を開けてくれたわ。どうやら魔力の量だけではなくて、身体強化のレベルも一気に上昇しているようね。この子たちも中々侮れなくなってきているわ。


 内部に入り込んですっかり人の気配がなくなった建物の裏側に回りこむと・・・・・・



「フィオちゃん、こっちだよー!」


「さくらちゃん、お待たせ」


 さくらちゃんが手を振っているわね。その向こう側には何百人もの女の子たちが倒れているわ。さくらちゃんには増援部隊と合流するように指示を出したんだけど、たぶんこの子たちを放り出して置けないと判断したんでしょうね。



「この子たちが全然目を覚まさないんだよ! 呼吸が浅くなっているし心配だよ!」


「ちょっと容態を診てみるわ」


 倒れている子の側にしゃがみこんで頬に手を当てると、私の手には冷たい感触が伝わってくる。どうやら脈拍も弱っているようだしこれは本当に危険な状態ね。でもいくら大賢者でもこの状態はちょっと手に余るみたいね。怪我や軽い病気なら手持ちの秘薬で何とかなるんだけど。どうしようかと思案に暮れていると、1人この場を収拾するのに適任の人物を思い出したわ! 聡史たちと一緒に来ていると良いんだけど。そう考えながら私は急いで司令と連絡を取る。



「司令、緊急のお願いがあります」


「フィオ特士、何があった?」


「スルトを召喚するために操られていた女の子たち約300人が危険な状態です。カレンの力を借りたいんですがこの場に来ていますか?」


「ああ、万一の怪我人に備えて連れて来ている」


「魔法アカデミーの裏庭に至急派遣してください!」


「わかった、すぐにそちらに向かわせる」


 良かったわ、カレンが来てくれればこの子たちもきっと助けられる。何しろ本物の天使ですからね。駐屯地では時々怪我人をその癒しの力で回復させているから、この子たちにも効果があるはずよ。


 通話を終えて待っていると、大空に向かって聳え立っている聡史の人影がゆっくりと動き出す。まさかあれも一緒にこっちに来るっていうの?! 通りを歩いている通行人たちがあんなのが動き出す光景を見たら大パニック確定じゃないの!





 しばらくすると・・・・・・



「お待たせしました!」


 カレンが魔法アカデミーの裏庭に姿を現すわ。その後ろには申し訳なさそうな表情の聡史が立っているわね。よくもまああんな物を引き連れてここまで来たものだわ。



「カレン、この子達はスルトを召喚するために操られていたの。無理やり難易度の高い術式を展開したせいで消耗していると考えられるわ。あなたの力で何とかなるかしら?」


「ちょっとお待ちください。天使の目で見てみます」


 カレンのグリーンの瞳が銀眼に変化する。こうして部分的に天使の力を行使して人には見えないものを見通しているのね。カレンは銀眼のままですぐに私に振り向くわ。



「わかりました。この子たちはスルトを召喚するためのにえにされたんです。あのような怪物を召喚するには莫大な魔力を必要とします。足りない魔力を補うために彼女たちの生命力を魔力に変換して用いたようですね。それに忌まわしき何者かに乗り移られて魂までもが傷を負っています」


「想像以上に重症ね。助けられるかしら?」


「大量の魔力を消費しますが、おあつらえ向きに魔力はこの場にあります。我が神よ、あなた様の魔力を全て私に貸していただけるでしょうか?」


「カレン、気前よく全部使ってくれ! 俺としては早くこの人影を消したいからな」


「お許しいただいてありがとうございます。それでは周囲を天使の領域にいたしますから、どなたも入り込まないでください。我が神は私の横にお立ちくださいませ」


 カレンは聡史を連れて女の子たちが倒れている中心に進んでいくわ。それにしても天使の力を使用した時聡史のことを『我が神』と呼んでいたのね。確かに神様かもしれないけどその本質は破壊神なんですから、そこまで崇めるのは危険じゃないのかしら? さすがに天使が考えることなんか私にはわからないけど・・・・・・


 カレンが両手を空に向かって掲げたわ。どうやら始まるようね。



「新たなる神のお許しを得た大天使ミカエルが天界の呪法をこの場に呼び出し、人の子に救いの光をもたらさん! この場に余すことなく降り注げ! 人の子を癒さんとする我が天界の光よ!」


 初めて知ったんだけど、カレンの中にいる天使というのはミカエルだったのね。天使の業界では超メジャーな一流どころじゃないの! 確か大天使の階級1位だったわよね。あんまりその辺には詳しくないんだけど。それよりもカレンの呼び掛けに応えるようにして雲が割れて高い空から光が降り注いで来るわね。



「フィオさん、あ、あの・・・・・・ カレンさんって本物の天使なんですか?」


「明日香ちゃん、それは国防軍のトップシークレットだから返事はできないのよ」


 とはいっても誰が見たってあれは本物の天使よね。いつの間にかカレンは白いドレスを身にまとい、背中からは純白の翼が左右に広がっているし。明日香ちゃんやチェリークラッシュの子たちは本当にラッキーね。たった1日で神話に出てくる巨人や本物の天使を目撃したんだから。



「人の子よ、我が光をその身に受け取りて、傷ついたその身にひと時の癒しを!」


 カレンが呼び出した光がどんどん女の子たちに吸い込まれていくわ。それにしても天界の呪法というのは途方もない魔力を消費するのね。雲を突き抜けて聳えていた聡史の魔力の人影がすでに半分くらいになっているわ。300人の重症者を一気に回復させようというんだから無理もないかもしれないけど。



「傷ついた魂よ! 自らの本来に立ち帰りて、おのが姿を取り戻すがよい!」


 カレンが発する天使の言葉を聞くたびに女の子たちの胸が規則的に力強く上下して、ここから見ているだけでも呼吸が安定してくるのがわかるわね。さすがは本物の天使よね、こんな真似は大賢者や大魔王でも無理よ。それぞれが所持している本分には誰もが逆らえないのよ。逆にカレンが大魔王の真似をしようとしても、それはきっと無理なのでしょうね。



「人の子らよ! ひと時の悪い夢を忘れて穏やかな営みを取り戻すがよい!」


 どうやらカレンは女の子たちの記憶を操作して今日起きた悪夢を消し去っているみたいね。きっとその方が彼女たちには良いでしょう。気が付いた時には何もかも忘れていつもどおりの平凡な日常に戻っていくのが彼女たちのためよね。やがて空から降り注いでいた光は弱まって消えていくわ。たぶん女の子たちの治癒が終了したという合図ね。



「我が神よ、魔力をいただいて感謝いたします。私は我が神のお役に立ったでしょうか?」


「ああ、役に立ってくれたぞ。女の子たちも命を取り留めたし、俺の背後にあった無駄な魔力も全部使い切ってくれたからな」


「我が神のお役に立てて嬉しく存じます」


「いい働きだった。また何かあったら頼んだぞ。それじゃあカレンに戻ってくれ」


「我が神の仰せのままに」


 なんだかすごい主従関係が成立しているような気がするんですけど! カレンの中にいるミカエルは聡史を本当に絶対神と崇めて仕えているのね。これは新たな発見よ! 美鈴にも教えちゃおうかな。それにしても天使というのはどうも色々と自分で判断するのが苦手なようね。というよりも判断基準が聡史の意向に従っているかどうかになっているわね。まだ本当にこの世界に出現してから間もないから仕方ないのかもしれないけど、聡史が色々と教えてあげないといけないみたいね。この辺は私からちゃんとアドバイスしておきましょうか。


 2人が私たちのいる場所に戻ってくると、倒れている女の子たちはゆっくりと体を起こし始める。自分の周囲をキョロキョロして見回しているわね。記憶が操作されているから、自分がどこにいるのかもたぶん思い出せないはずよ。



「ここはどこかしら?」


「何でこんな場所に倒れていたの?」


 顔を見合わせながら口々にそんな話をしてるわね。でも真実はすでに封印されているから何も思い出せないわよ。私は女の子たちの近くに寄って声を掛けて回る。



「どこか具合の悪い人はいますか?」


「あなたはフィオさんですよね。何で私はここに倒れていたんですか?」


「それはゆっくりと思い出してくださいね。体はなんともないですか?」


「なんだかお腹が空いていますけど、頭がスッキリしていてとってもいい気分です」


 カレン、今度さくらちゃんにも天界の呪法を掛けてあげて! あの役に立たない頭をスッキリさせるまたとない方法よ! それは横に置いとくとして、この子は私の名前は覚えているのね。果たしてどこまで記憶が消されているのかしら?



「うほほ-! みんな気が付いて良かったよ!」


 さくらちゃんが喜んでいるわね。どこか頭の打ち所が悪くて・・・・・・ なんていう心配をしていたのかもしれないわね。魔法アカデミーで何回か顔を合わせた子もいるから、さすがのさくらちゃんでも知らないフリはできないでしょうしね。というよりも普段のさくらちゃんは結構お人好しで力の弱い者には優しい所があるのよ。食べ物さえ絡まなければね。







 少女たちが意識を取り戻して、ホッとした空気が流れる裏側では・・・・・・



「欲しいぞ! なんとしても偉大なる魔女様のためにあの天使が欲しい! まさかここまでの力を持った天使が降臨しているとは思っていなかったが、こうして目の当たりにすると是が非でも欲しくなるな」


 自らが築き上げた異なる次元からこの光景を目撃して呟きの言葉を残すサン・ジェルマンの姿があるのだった。

 



最後に姿を現したサン・ジェルマンがなんだか不気味です。おそらく何らかの企みがあるのではないでしょうか。ひとまずは魔法アカデミー編は終了して、次回の舞台は富士駐屯地に戻る予定です。投稿は週の中頃を予定しています。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ