76 リミッター
マンションの屋上では・・・・・・
「フォオさん、顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」
明日香ちゃんが心配して話し掛けてくるけど、今の私には返事をしている余裕がないわ。無言で頷いてから『炎の巨人・スルト』が手を掛けて広げようとする次元の綻びを懸命に修復していく。さっき何度もさくらちゃんから通話があったおかげでそのたびに集中が途切れて、その隙に巨人が綻びを広げてしまったわ。もう顔を覗かせてもおかしくないくらいに次元の壁は大きく歪められているのよ。
近くにいる明日香ちゃんやチェリークラッシャーの子たちは私が何をしているかなんて理解の範疇を超えているでしょうね。目の前で大賢者が次元魔法を駆使して大巨人をあちら側の世界から出ないようにしているなんで話しは、あまりに荒唐無稽すぎて誰も信じないでしょうからね。彼女たちは大量の魔力の制御に呼吸も間々ならないほど集中している私を心配しながら、大空に浮かぶ次元の裂け目とそこから伸びてくる巨大な腕を呆気に取られて眺めているわ。
地上では多くの人がこの異変を察知して、どうやら大騒ぎになっているみたいね。私が司令に避難勧告を要請したから、パトカーが数多く出動して『広域避難場所に避難してください!』と市民に呼び掛けているようね。続々と学校の体育館や公共施設に人々が集まっているのでしょうけど、今の私にはそんな事態を気にする余裕もないの。でも避難場所に向かう人たちにも北の空の異変は嫌でも目に入ってくる。きっと皆一様に『一体何が始まるんだ?』という表情で空を見上げているのでしょうね。
私が懸命に次元を修復しようとも、巨人は想像を絶する怪力で徐々に綻びを広げていく。最初はピッタリと閉じた一筋の線だったけど、今は巨人の両手の向こう側に両眼を煌々と輝かせる巨大な顔が見え隠れしている。その表情は隔絶された次元に封じ込められていた長い年月から解放されて、破壊の衝動とそれが齎す愉悦に舌なめずりしているようね。あんなものを地上に解放したらそれこそ本物のラグナロクが起きても不思議ではないわ。
そして巨人の顔がはっきりと地上から視認出来るくらい次元が押し広げられたその時・・・・・・
”バタバタバタバタ”
遠くからヘリのローター音が私の耳にはっきりと届いてきた。ついに来てくれたのね! その方向にチラリと横目を向けると、5機の輸送ヘリが編隊を組んでこちらに向かっているわ。間に合ってくれたと安堵する気持ちを引き締めて、再び魔力を集中して次元の綻びに向かう。ここで油断したら元も子もなくなってしまうわ。その時、私のスマホに着信が・・・・・・
「フィオか! 状況を説明してくれ!」
スピーカーの向こう側から待ち望んでいた声が聞こえてくる。その声は私にとってこの危機的な状況を必ず覆してくれる頼もしさに満ちているように聞こえてくる。
「聡史、魔法アカデミーの連中は魔力を持った女の子たちを集めてゲルマン神話に出てくる『炎の巨人・スルト』を召喚したの。今は私が次元魔法であの巨人が地上に這い出てくるのを遅らせているけど、長くてあと30分しか保たないわ。それまでに何とかあれを仕留めてもらえるかしら」
「あと30分だな。わかった、何とかするから安心しろ!」
聡史はこんな時決して諦めたりしないわ。『何とかするから安心しろ!』というセリフを彼の口から何度も聞いたけど、いつも本当に何とかしてくれるのが聡史なのよ。だからこそこんな非常事態でも聡史の言葉には本物の重みがあるの。それこそが私が彼に信頼を寄せる理由よ。聡史、どうかお願いね!
その頃輸送ヘリの中では・・・・・・
「司令、フィオの話によると北の空の異変は魔法アカデミーの連中が召喚したゲルマン神話の『炎の巨人・スルト』らしいです。どう対処しますか?」
「なんだと! 連中はずいぶんと厄介なものを召喚してくれたな。まあいい、現れたものは木っ端微塵に叩き潰すのみだ。全部隊に告ぐ! これから県立公園の第3、第4駐車場に降下する。手が空いている支援部隊は避難して来る市民の誘導に当たれ! 市民は公園の中心部に集めて駐車場から隔離するんだ。地上に降りたら即座に魔力砲の発射準備を整えろ! 盛大に歓迎してやれ! 楢崎訓練生と技官はすぐに準備を開始せよ」
「了解しました」
俺は『炎の巨人・スルト』と聞いてもどんな存在か今ひとつピンと来なかったけど、司令はどうやら知っているみたいだな。長年特殊能力者部隊を率いていれば、そんな神話の1つや2つ耳にする機会があったのかもしれない。それにしても司令は魔力砲で迎え撃つ判断を即決したぞ。確かに通常兵器よりも魔力砲の方があんな怪物には効果が高いのかもしれないけど、ちょっと威力が大きすぎて爆発の規模がどのくらいまで広がるかわからないところが難点だよな。弾道ミサイルを撃破した時は大気圏外だったから大して気にしなかったけど、今回は地上5、6000メートル付近に標的があるから慎重に扱わないといけないな。
ヘリは人気の少ない公園内の一番奥にある駐車場に着陸して、その腹から次々に人員を吐き出していく。部隊全員が地上に降り立つと、再びローター音を響かせて大空に舞い上がって最寄の駐屯地に向かって飛び立つ。駐車場という限られたスペースしかないので、大型の輸送ヘリが何機もあると邪魔になるだけなのだ。
支援部隊が市民の誘導に公園内の各所に散っていき、開けたスペースに俺はアイテムボックスから取り出した魔力砲輸送車両を取り出して据え付ける。何しろ10トントラックと同じくらいのサイズがあるからとにかく場所をとるんだよな。技官たちは待ちかねたように運転席や発射コックピットに乗り込んで、レーダーの調整や砲身の点検を開始している。
その間俺は魔力バッテリーに魔力を流し込む。車体の後部が1メートル延長されて、そこに合計4機の魔力バッテリーが増設されているので、以前から装着されていたものと併せて合計6発まで連続で発射できるように改造されているんだ。これは初号機で、現在開発中の2号機は砲身が250径から350径に拡大されているだけじゃなくて、バッテリーの容量が2倍になっているからその威力は桁違いになるはずだ。
「魔力砲発射準備完了! いつでも発射できます!」
技官の声が飛ぶと俺は彼の代わりに発射コックピットに乗り込む。今朝の通常点検では特に異常はなかったから、短時間で発射の準備が整うのは当然だ。そうじゃないと不意を突いて発射される中華大陸連合の弾道ミサイルに対処できないからな。
「楢崎訓練生、初撃は通常の半分の魔力で、片側だけの砲身で発射しろ!」
「了解しました」
そりゃあそうだよな。いきなりパワー全開って訳には行かないだろうし、半分の魔力で様子見をするのは当たり前だろう。巨人を撃破するのは重要だけど、爆発の影響を地上に及ぼさないようにするのも俺たちの当然の義務だ。
「魔力バッテリーのパワーを半分にカットしました!」
「了解」
俺は出力の調整を終えた技官の声に返事をしてから、コックピットのモニターに映る北の空の様子に注意を向ける。青い空のど真ん中にそこだけ丸っきり別の世界が出来上がっているかのような次元の綻びが生じて、それは刻一刻と拡大しているように映る。そしてその綻びを広げようとする両腕の奥には巨人の顔がある。
「目標、巨人の頭部! 距離24.8キロ! 高度6000、発射仰角43.8度! 照準完了!」
「次元の綻びの位置はちょうど丹沢山塊の直上! 付近に民家はありません!」
「魔力砲、発射せよ! 対衝撃、対閃光に備えよ!」
照準担当とレーダー担当のオペレーターの声に頷いた司令から命令が下ると、俺は目標に意識を向けながら発射スイッチを押す。今回は魔力砲にとっては近距離砲撃に相当するため、部隊全員が物陰に隠れてヘルメットのバイザーを降ろして待機している。
”ズゴーン!”
弾道ミサイル迎撃の時よりは控えめな音を発して空気の壁を突き破る白い尾を引きながら、魔力の砲弾は音速の5倍の速度で巨人目掛けて突き進む。時速6000キロに達するその猛烈な速度の前では彼我の20キロという距離などあってないようなものだった。
一瞬目が眩むような光に続いて耳を劈くような音が轟き渡る。どうやら魔力弾は照準どおりに標的に着弾した模様だ。落雷の直撃を更に10倍くらい増幅したような音で周辺の世界は埋め尽くされているが、俺は心を研ぎ澄ませてコックピットでじっとその様子を観察している。果たして様子見の初撃が『炎の巨人・スルト』に対してどのくらい効果があったのかをいち早く確認する必要があるのだ。
そして猛烈な爆発によって生じた煙が晴れると、額からダラダラと血を流して憤怒の表情でこちらを睨み付けているスルトがいる。あれだけの大爆発を直接食らっても額が割れただけというのは相当丈夫にできているということだろう。
「この程度では効果が薄いようだな。次射、通常の威力で2門同時に発射しろ!」
「了解」
なおもこちらを睨み付けながら綻びを広げようとするスルトに対して、容赦ない第二段の魔力砲が発射される。
”ズバズババーーーン!”
うん、いつもの魔力砲発射の音だな。強烈な2つの光が空に向かって放たれて、さっきとは比較にならないような閃光と轟音を鳴り響かせる。これは相当に効いただろうなと思いながらモニターを見つめていると、次元の綻びだけが映ってそこにはスルトの姿がなかった。
「倒したのか?」
俺がそう呟いた瞬間・・・・・・
次元の綻びからヌッと巨大な剣が出てくる。その剣は灼熱した溶岩でできているかのような信じられない大きさの炎の大剣だ。太陽の表面から吹き上がるフレアのように、剣の所々から激しく炎が吹き上がっている。そしてその剣を握る巨大な腕が姿を現して大きく振り下ろす。たったそれだけで巨大な炎の帯がまるで竜巻のような勢いで地表に向かって襲い掛かってきた。
「地上への到達まで約1分、市街地を直撃します! 魔力砲では迎撃できません!」
レーダーオペレーターから悲鳴のような声が上がる。上空から刻一刻と迫る炎の帯が大気を揺らめかせながら進んでくる。灼熱の炎が全てを嘗め尽くして灰燼に帰そうと地上に襲い掛かる。更に次元の綻びから突き出されたスルトの剣からは次々に炎が生み出されては下に向かって打ち下ろされる。このままでは付近一帯が本当に世界の終わりを迎えたような壊滅的な被害が出るだろう。
まさかここまで強烈な反撃があるとは予想していなかったな。だが地上にいる人たちを巻き込む訳には行かないと俺は即座に決断する。
「司令、俺がやります! 全員可能な限り俺から離れるんだ! 20秒だけ待つ!」
俺はコックピットから飛び降りて声を張り上げると、その内容を理解した隊員たちがクモの子を散らすように必死の形相で俺から離れていく。だがたった1人、その場に残っている人影があるぞ。
「司令、できれば俺から離れていてもらいたいんですが」
「構わない、私は大丈夫だから好きにやれ」
涼しい顔で『大丈夫だ』と言われたよ。どうなっても知りませんからね。『好きにやれ』と言ったのは司令ですからね。
20秒が過ぎてから、俺はその場で普段自分に課しているリミッターを外す。俺が所持している馬鹿みたいな量の魔力を普段は大体10億くらいに限定しているんだ。これでも多すぎるんだけど、制限できる最低の量だからこの数値になっている。もちろんこの量でも街の1つや2つは簡単に壊滅に追い込めるんだぞ。
知りたいかな? リミッターを外した俺の魔力量はどうなっているかって?
決まっているだろう・・・・・・ 無限だよ! 体の奥から次から次に魔力が溢れてくるんだ。量が多いと色々と問題を引き起こすから、普段は敢えて制限しているんだよ。こうしてリミッターを外すのは邪神を倒したあの時以来かな。
俺の体に入り切れない魔力はまるでスタンドのように俺の背後で人の形を作り上げる。わずか3秒でその高さは遠くに見える山を見下ろすまでに成長している。さて、この魔力でできた人影を使って次々に襲い掛かって来る炎を何とかしてやろうか。
俺は炎目掛けて自分の拳を振るうと、人影も同じように拳を振るう。そしてその人影の拳からは優に億単位の魔力が飛び出していく。大嶽丸が簡易版のメテオを放って付近の山林が燃え上がった時、俺は魔力で炎を押し潰した。今回は空を飛んでいる炎を魔力で消し飛ばそうという訳だ。俺の想定どおりに桁外れの量の魔力が直撃した炎は燃焼という化学反応自体が膨大な魔力の圧力によって捻じ曲げられて押し潰されていく。
ちょっとやり方は違うが、油田の火災の時に爆弾を仕掛けてその爆風で酸素を飛ばして火を消すのと似ているかもしれない。魔力が空気を押し退けて火を包んでしまって、酸素の供給が止まっている状態に意図的に俺が持ち込んでいるんだ。
さて、あとちょっとしたら俺の人影はスルトがいる次元の綻びまで手が届くくらいに成長するな。横を見ると司令が腕を組んで平然とした顔で立っているよ。これだけの膨大な魔力に曝されても普通にしていられるというのはどれだけ頑丈にできているんだろうと、心の底から疑問が湧いてくるよ。この人だけは今の俺には本当に理解不能な人物だな。
やがて俺の人影は天をつく高さにまで成長する。そのまま腕を伸ばすといい感じに次元の綻びに手が届きそうだな。スルトよ、ずいぶん調子に乗って暴れてくれたじゃないか! 俺が心と魔力を目いっぱい込めてお礼をするぞ! 果たしてこれが受けきれるかな?
俺が意識を人影の右手の先に集めていくと、そこに急激に大量の魔力が集中していく。やがて魔力は白い光を放ち始めるとそれはお馴染みの暴走を開始したサインだ。さあ、食らってみるんだ! 俺の暴走した魔力は中々強烈な威力だぞ! 異世界の邪神は1分くらい持ち堪えたけど、スルトよ、お前はどのくらい頑張れるか時間を計ってやろうか。
俺は思いっきり伸ばした人影の右の拳を空に浮いているスルトに叩き付ける。その瞬間あれだけ猛威を振るっていた炎の大剣が強烈な分解作用に曝されて分子単位までに細かく分解されて消え去った。
「ウオオオオオーーー!」
綻びの奥から空気を切り裂くような絶叫が響いている。俺の暴走した魔力を大量に浴びたスルトが激痛に苛まれて苦し紛れに上げているんだろうな。でも本当の地獄はここから始まるんだとよく覚えておけよ。
俺は伸ばした人影の腕から容赦なく暴走した魔力を送り込んでいく。その量はとても10億や20億ではきかないだろうな。全てを分解する暴走した魔力を送りつけられた向こう側の次元も今頃大騒ぎをしているかもしれないなけど、当分こちら側に出てこようなんて考えられないくらいにしっかりとあちらの連中に教えておかないといけないよな。下手に他所の次元に手を出すと大火傷では済まないと骨身に刻んでやろうか。
5分後・・・・・・
あちら側の次元がどのくらい広がっているのかは知らないけど、そろそろこの辺にしておこうかな。大体1000億近い暴走魔力を流し込んだ気がする。さすがにこれだけ集まると爆発する危険があるから、普通の魔力でしっかりと次元の綻びには蓋をしておこう。
そして厳重に密封を終えたその時、次元の向こう側で大音響が生じるのを俺は人影を構築する魔力越しに感じた。暴走した魔力が圧縮の限界を超えて大爆発を起こしたようだ。その結果どうやら魔力で封印した向こう側には何もなくなっている。この感じだと次元ごと完全に破壊されてそこは何もない場所になってしまったようだな。まあ広い宇宙の中では次元が発生したり消滅したりするのはよくあることだと美鈴が言っていた。運が悪かったと思って諦めてくれよな。こんなことで俺が反省する理由は全くないんだから。
だって、俺って破壊神だしね。
これぞ破壊神という力をまざまざと見せ付けた聡史のおかげで『炎の巨人・スルト』が討伐されました。次回はこのお話の結末を迎えます。投稿は明日の予定です、どうぞお楽しみに!
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