73 魔法アカデミー 6
いよいよ何らかの動きが始まるようです!
富士駐屯地では・・・・・・
「以上がこれまでの魔法アカデミーに関する報告です」
久しぶりに登場の楢崎聡史です。わざわざフルネームで自己紹介したのは、最近出番がめっきり減って完全に名ばかりの主人公に成り果てているんじゃないかという危機感の賜物・・・・・・ いや、そういう楽屋裏の話はここでは止めておこう。
改めて説明すると、フィオは定期的に駐屯地に戻ってきて魔法アカデミーの内情の報告を行っているんだ。図面演習室に集まった司令官や副官をはじめとして帰還者たちは、彼女がもたらす報告を真剣な表情で聞いている。何しろ魔法アカデミーはヨーロッパ最強の魔女『パウリナ・ホーエンハイム』との繋がりが濃厚とされている団体なので、日本国内で何らかの魔法によるテロ行為を働く危険がないか監視していく必要がある。先日のバンパイアの襲撃も裏ではその魔女が糸を引いているのではないかと考えられるだけに、より慎重な対応が求められるんだ。それだけ潜入している妹とフィオの報告は重要視されている・・・・・・ 違った! フィオの報告のみが重要視されていて、妹はオマケみたいな扱いだ。現にこうして報告で戻ってくるのはフィオだけだし。
「危険な兆候はあるものの、今のところは目立った動きはないというわけだな。それでは引き続き潜入調査に当たってくれ」
司令官の一言で今日のフィオの報告は終わりを告げた。引き続き彼女はまた明日から魔法アカデミーの潜入調査に戻る予定だ。
話は変わるが、司令官が妹と美鈴を率いて済州島に攻め込んでから約1月が経過している。その間日本と交戦中の中華大陸連合には大きな動きは確認されてはいない。だからこそ俺たち特殊能力者部隊は魔法アカデミーの動きに集中できるんだ。
衛星から確認した情報を集約すると、中華大陸連合は現在ロシアの沿海州攻略に全力を傾けているらしいが、ロシアもむざむざと引き下がる訳はなく血で血を洗う激戦が繰り返されている。中華大陸連合は沿海州と日本に向けて撃ち込んできたミサイルの増産に踏み切っているが、沿岸の軍需工場の集まる地域はアメリカの第7艦隊が盛大にトマホークミサイルをお届けしたおかげで、壊滅的な被害を受けている状況が確認されている。そこで彼らは巡航ミサイルの届かない内陸部に新たに軍需工場を建設してあと2ヶ月もしたら本格的な稼動ができる状態にあるらしい。ただしせっかく内陸部の工場が稼動しても、米軍は今度は鉄道や幹線道路や橋といった輸送網を攻撃する手筈となっている。本当にアメリカの物量というのは圧倒的だよね。絶対に敵に回してはいけないよな。
その他にもほぼ全滅した黄海艦隊と北洋艦隊の再整備や東南アジア方面への侵攻の強化を急いでいるようだが、現状は全く追いついていないというのが実情のようだ。現在の戦争で物を言うのは兵站を支える生産力だが、中華大陸連合は経済が破綻した上に国際社会からの制裁措置で貿易すら満足の出来ない状況下に置かれている。そんな国が国境の多方面に侵攻して戦線を維持するには乗り越えなければならないハードルが高すぎるというのが国防軍内での一致した見解だ。早晩この生産力の問題で中華大陸連合は必ず行き詰る。日本としては国土の防衛に専念しながらその時を待つというのが、戦略の既定方針になっている。
だが日本政府はただ傍観しているつもりもないようだ。攻略を終えた済州島はアメリカと共同で空軍基地とミサイル基地を建設して敵に大きなプレッシャーを与えようとしている。アメリカは在韓米軍基地を失った東アジアでの地理的不利の状況を覆すべく、大喜びで基地の建設に取り組んでいるそうだ。中華大陸連合が建設していた軍港はそのまま使用可能なので、近いうちに米国第7艦隊が黄海を悠然と遊弋する姿が見られるかもしれない。そんな事態になれば中華大陸連合の政府要人や軍の幹部が真っ青な表情になるだろうな。
それから近々イギリスとフランスも参戦してくる予定だ。彼らは艦隊とともに地上戦が開始されたら帰還者も送り込んでくるらしい。もちろんアメリカも同様の準備をしているという話が伝わってきている。何しろ30人も帰還者を抱えている国だから、相当派手にやってくれるだろうな。
日本政府は済州島の攻略に帰還者を送ったものの、大陸まで俺たちを派遣するかどうかはまだ様子見の段階だ。破壊神やら大魔王やらが勢揃いしているので戦線に与える影響が大きすぎるのを懸念しているらしい。ただもしそんな事態になれば俺の妹が張り切るのは目に見えているよな。あやつは済州島の件で相当味をしめているから、大喜びで大陸まで押し掛けて行きそうだ。そんな事態になればきっと2度と人が住めなくなるようなとんでもない被害が各地で続出するぞ。
とまあこんな具合になっている現在の国際情勢をざっと説明した感じかな。残念ながら今回の俺の出番はここまでだ。俺は魔法アカデミーの調査に戻っていくフィオを見送るしかできない。フィオ、頼むぞ! どうか俺の妹の暴走を押さえ込んでくれ! 今の段階では俺はフィオに全てを託すしかないんだ! どうか頼む! 心からのお願いだ!
その翌日・・・・・・
夕べは誰かが必死で私に何か頼み込んでいる夢を見たわ。声も顔もはっきりしない夢だったんだけど、あれは誰だったんでしょうね? まあいいか、今日もさくらちゃんと一緒に魔法アカデミーに潜入調査を開始するわよ。
とはいってもちょっと気が重たいのも事実なのよね。その原因は駐屯地への報告でも話をしたんだけど、魔法アカデミー自体の雰囲気がここ最近ガラッと変化したことにあるわ。
以前は明るいクラブ活動のようなノリでみんな楽しそうに魔法を学んでいたんだけど、つい先日バックにある教団から魔法の講師が数人やって来たのが変化の始まりだったわね。彼らは確かに優秀な魔法使いだったけど、それと同時に魔法を学ぼうとする女の子たちを巧みに洗脳していったのよ。今では彼女たちは口々に『偉大なる魔女様の予言は成就される』と呟きながら何かに取り付かれたような状態になっているわ。
もちろん私もそれとなく危険を仄めかしたりはしたんだけど、今回の任務の性質上おおっぴらに止め立ては出来なくて、状況を見守るしか出来なかったわ。魔法アカデミーに参加しているのは全員中高生の女子たちばかりで中には学校をずっと休んで参加したり施設に寝泊りを始める子も出てきているのよね。親御さんが心配して毎日何人も押し掛けてくるけど、アカデミーの職員が一切接触を拒否しているわ。
一度警察が調査に来てその時は全員が一時帰宅したんだけど、3日もしたら元の状態に戻ってしまったわ。ここまで至ってしまったらこれは立派なカルト宗教よね。何度か司令官に連絡して私の力で彼女たちを目覚めさせる案を申し出たけど、『もう少し待て』という返事しか返ってこなかったわ。司令官が何を考えているのか私にもわからないけど、国防軍の一員としては上官の指示には従わなければならないし。
という訳で私は重たい気持ちを抱えながら魔法アカデミーの門を潜っていくわ。そして、ここにも洗脳された女の子たちがいるのよね。こっちも本当に頭の痛い問題よ!
「ちまちま魔法なんか撃っているよりも物理で圧倒した方が妖魔には効果的よね」
「真美さんの言うとおりだよ! 戦斧で頭をぶち割る手応えは堪らないぜ!」
「美晴は判ってないわ。剣で首を切り落とす瞬間の妖魔の絶叫は聞いていて惚れ惚れするのよ!」
「渚ちゃんは間違っています。矢で額を貫かれた妖魔が無言で倒れ伏す姿こそ至高なんですよ!」
「絵美、それは違うな。心臓に槍を突き刺すあの瞬間こそが一番生き甲斐を感じるんだ!」
魔法少女を目指していた5人の女の子たちがさくらちゃんに訓練を申し出た結果がこれよ。なんなのよ! 僅か3週間でこの変化は!
「あっ! フィオさん、チーっす! 今日は1人なんですか?」
「ええ、学校が終わってから直接ここに向かったからさくらちゃんとは別々よ」
「そうなんですか、それにしても今日はボスの到着が遅いな」
「さくらちゃんのことだからその辺で買い食いでもしているんじゃないのかしら?」
私の姿を発見して美晴ちゃんと渚ちゃんが駆け寄ってきたわ。その他の3人は私に向かってキリッとした礼をしているわね・・・・・・
活発ではあったけども普通の女の子だった彼女たちは、今やさくらちゃんの訓練で鍛え上げられて立派な脳筋少女になっているのよ。これが彼女たちが目指した方向なのかしらと、心の底から疑問が湧き出てくるわ。途中で止められなくて本当にごめんなさい。さくらちゃんが突っ走り始めると私の手に負えないのよ。
こうなった原因はランニングをしながら魔力を体内に循環させているうちに彼女たちが身体強化に目覚めたのが発端よ。あとはさくらちゃんのアイテムボックスに無数に眠る武器の中から手に合う物を選んで、基礎を教えて・・・・・・
何しろ教えるのが武術の達人だからあっという間に彼女たちの武器の扱いは上達したわ。おまけに身体強化で体力があるから、あの廃病院にいる妖魔たちを簡単に一蹴してしまったの。それから彼女たちは取り付かれたように武器を用いた訓練に励んで現在に至っている訳よね。
そしてその時・・・・・・
「だからさくらちゃんは買い食いのし過ぎなんですよ! わざわざ遠回りをして商店街を通ると言った時から嫌な予感はしていました!」
「明日香ちゃんは少々のことを気にしすぎだよ! 焼き鳥30本くらい軽いおやつだからね! あっ、次はネギ間をちょうだい!」
門の方から聞き覚えのある声が聞こえてきたと思ったらやっぱりさくらちゃんだったわね。ペットボトルを左手に持って、右手には焼き鳥の串を握り締めているわ。一緒に来た明日香ちゃんに焼き鳥が入ったパックを持たせているわね。本当に調子いいんだから!
「「「「「ボス、お待ちしていました! 本日もどうぞよろしくお願いします!」」」」」
「うんうん、全員揃っているね。それじゃあ今日もランニングからスタートするよ!」
「「「「「サー、イエッサー!」」」」」
5人が整列してさくらちゃんに挨拶をしているわ。実は彼女たちはさくらちゃんの親衛隊気取りで『チェリークラッシャー』というチーム名を名乗っているのよ。さくらちゃんがボスで自分たちは『桜ん坊』という訳よね。『クラッシャー』はボスの露払いをするという意味らしいわ。返事も女性ボスの場合は『イエス、マム!』なんだけど、細かいことはどうやら気にしてはいないみたいね。こうして脳筋少女たちは敷地の外周を走り出していくわ。一糸乱れぬ掛け声は訓練の成果よね。でも本当にこれで良かったのかしら?
「フィオさん、さくらちゃんが買い食いを始めたせいで遅刻しちゃいました!」
「明日香ちゃんこんにちは。さくらちゃんはいつものことだから気にしたら負けよ」
「ところで明日香ちゃんは訓練もしないでここで何をするつもりなのかな?」
「さくらちゃん、宣言しておきますけど私は運動が苦手なんです! 初日に外を3周走ってダウンしましたからね! それよりもフィオさん、あそこのベンチでいつものように魔法のお話を教えてください! 建物の中の雰囲気はどうも苦手なんです」
「はいはい、それじゃあ座りましょうか」
明日香ちゃんも魔法アカデミーの変化に気がついて他の人たちから距離をとり始めているわね。まだ洗脳を受けていない健全な精神を持っている証拠よ。ここ最近は2人で話をしながら初歩的な魔法の術式を私が彼女に教えているのよ。チェリークラッシャーの子達はさくらちゃんの親衛隊だけど、明日香ちゃんは私の愛弟子になっているかのようね。
こんな日々が続いて3週間が経過して、秋が深まったある日・・・・・・
「今日は東北から関東中部地方にかけての広い範囲で皆既日食が観測されます。日本で観測されるのはおよそ8年ぶりの出来事で、午後2時から約1時間に渡って太陽が欠けて見えます。なお直接太陽を見るのは危険ですから、サングラスなどを必ず着用してください」
朝のテレビのニュースでアナウンサーが話しをしているのを何気なく耳にしたわ。さくらちゃんは相変わらず大量の朝ごはんを夢中で食べているから全く聞いてはいないけれど。
「うほほー! お母さんのご飯はやっぱり一番美味しいよ! もう一杯お代わり!」
「さくら、もう7杯目よ。まだ食べるの?」
さくらちゃんのお母さんが空っぽになった炊飯器を見つめながら呆れているわ。しばらく駐屯地に居たからこうして戻ってくると食事の世話だけでも大変みたいね。お母さん、頑張って!
「さくらちゃん、今日は皆既日食があるそうよ」
「何それ? 甘ショクの仲間かな?」
甘ショクなんて今時滅多に売っているお店を見ないんですけど。さくらちゃんにこの話題を振ったのはやっぱり間違いだったかしら?
「日食よ! 太陽が欠けて暗くなるのよ」
「ああ、それなら知っているよ!」
「何で日食が起こるかわかるの?」
「決まっているでしょう! 太陽が小さくなって無くなっちゃうんだよ!」
「幼稚園児か!」
さくらちゃんの知識の乏しさには呆れ果ててもう言葉が何も出てこないわ。これでも毎日何とか生活出来るんだからそれはそれで凄いことなのよね。それにしても日食か・・・・・・ 古来から地球上のあらゆる場所で天変地異の前触れだとか、神の怒りだとか言われて恐れられていたのよね。
魔法的な意味合いでも日食の最中は大きな力を得られるという言い伝えが残っているけど、本当かどうかは定かではないわ。私の魔法は異世界の魔法理論で出来上がっているし、この地球で太古から行われてきた魔法なり魔術なりの理論を全て知っている訳ではないから。でもなんだか嫌な予感はしてくるわね。今日も魔法アカデミーに顔を出すんだけど、何か変な動きとかないでしょうね。土曜日なので1時に集合する約束になっているのよね。
その日の昼過ぎ・・・・・・
「さくらちゃんのおかげで遅刻じゃないの!」
「だってしょうがないよ! あんな看板が目に入ったら誰でも寄っちゃうでしょう!」
みんなと約束したのは1時だったんだけど、今はもう2時ちょっと前になっているわ。原因は私とさくらちゃんがランチを食べようと商店街を歩いていた時に偶然見つけた小さな看板だったわ。『ピザとケーキが2時間食べ放題!』と書かれたその看板を目にした瞬間、さくらちゃんの姿は私の視界から消え失せたのよ。もしやと思ってその店に入ると、さくらちゃんは席に座ってニコニコしながら注文をしていたわ。それが12時前の出来事で、そこからたっぷり2時間さくらちゃんはその店で食べ続けたのよ。お店のオーナーはさくらちゃんの食べっぷりに泣きそうな顔をしていたわ。
明日香ちゃんからは何回も着信が入って、その度に私は『さくらちゃんが食べ放題から動こうとしない』と謝らなければならなかったわ。人を待たせておいて気が気じゃない私を差し置いて、当のさくらちゃんはお腹いっぱいで上機嫌ね。
「フィオちゃん、実にいいお店だね! また来ようよ!」
「きっと歓迎されないわよ。ピザ20枚とケーキ15個を1人で食べたなんて、きっと誰も信じないわ」
「食べ放題ならそのくらいは当たり前でしょう! きっとお店も信念を持って営業しているんだから問題ないよ! おやおや、なんだか魔法アカデミーの方向から強い魔力を感じるね」
「なんですって! もしかして日食を利用して何か始める気なの?!」
朝の嫌な予感がもしや的中かと思いながら急ぎ足で門がある方向に向かうと、その前には明日香ちゃんとチェリークラッシャーの5人が待っているわ。彼女たちの様子もなんだかおかしいから近寄って事情を聞いてみると・・・・・・
「門が閉め切られて中に入れないんです!」
「ボス、こうなったら門をぶち破って強行突破しますか?」
過激な意見を述べる美晴ちゃんを押し留めながら私は周囲を見渡す。その視線の先には10階建てのマンションが建っているわ。
「あそこから内部の様子を探りましょう。きっと上から見渡せるはずよ」
たぶんオートロックになっているでしょうけど、国防軍の権限を使用すれば管理人も中に入るのを認めてくれるでしょう。私たちは急いでそのマンションに向かうのでした。
次回は予想以上の騒ぎに発展する予感がします。どうなるかは今週末投稿予定の次話をお楽しみに!




