72 魔法アカデミー 5
まだまだ続く魔法アカデミーの続きです。
廃病院の待合室を抜けると廊下が奥に延びているわ。両側にはいくつか部屋があるけれどもドアが破られて室内が覗けるわね。どうやら診察室のようだけど、この辺りは特段何も怪しげな雰囲気はないわ。
「さくらちゃんは何で平気なんですか?」
「明日香ちゃん、そんな必死に私にしがみついていると歩き難いよ!」
「だって妖魔だけじゃなくって本当に幽霊が出そうじゃないですか!」
「そりゃあ出るでしょう! 元々病院なんだからここで亡くなった人も大勢居るしね」
「お願いですからこれ以上私を怖がらせないでください。そこは嘘でも『そんなことないよ』って否定するところですよ」
「と言われても私は根っからの正直者だからね。あっ、コラ! そんなに私に体を預けるんじゃないよ!」
どうやら明日香ちゃんは妖魔討伐以前に克服しないとならないことがいっぱいあるようね。戦力外の見学者として連れて来たのはいいけれど、これは予想以上のお荷物になっているわね。まあさくらちゃんなら背中にしがみつかれてもどうということはないでしょうけれど。
「ここから先が本番だから気を引き締めていくわよ!」
「「「はい!」」」
どうやらここから先は妖魔の出現が頻繁になってくるようね。真美さんがメンバーたちに注意を促しているわ。3人の声が揃ったんだけど絵美さんだけはタイミングがズレて返事ができなかったみたいね。どこにも1人はこんなノンビリとした性格の人が居るものよね。良かったわね、国防軍の訓練だったらその場で腕立て伏せ20回が言い渡されているわよ。
廊下の奥にある階段を上って2階に出ると早速レッサーデーモンがお出迎えをしてくるわ。今度は美晴さんが風魔法で倒しているわね。ここまでは無事に妖魔を倒しているけど、5人の魔力が少なすぎてそんなに何回も魔法が使えないわね。真美さんはしきりにメンバーたちに残りの魔力を尋ねているから、その辺の計算はしているようだけど。
廊下を進んで少し広くなっている場所に出たけど、どうやらエレベーターホールのようね。何台かある動かなくなったエレベーターの扉が目に入ってくるわ。そしてその周辺には3体のレッサーデーモンが佇んでいるわね。こちらの姿に気が付いた妖魔たちは牙を剥いて威嚇してくるわ。
「渚、絵美、左右の妖魔を狙って! 真ん中は私がやるわ!」
中々的確な判断ね、真美さんはリーダーとしての資質に恵まれているみたいよ。3人がそれぞれ魔法を放つと3体の妖魔は姿を消していくわ。暗がりだから彼女たちは気が付いていないのかもしれないけど、やっぱりその消え方にどうしても違和感を抱いてしまうのよね。
3体の妖魔を倒して彼女たちがホッとしたのも束の間で、今度は新たに5体のレッサーデーモンがこちらに向かってくるわ。そして私たちが歩いてきた廊下の方からも同じくらいの数の妖魔がやって来る気配が伝わってくる。
「不味いわよ! 取り囲まれてしまったわ! 私と美晴で前から来る妖魔を! 残りのメンバーで後方の妖魔を倒して! なんとしても退路を確保するのよ! 難しかったらせめて3人を逃がす隙を作り出して!」
なんとも健気な真美さんの声が飛んでいるわね。自分たちの安全を後回しにしても私たちを逃がそうだなんてとっても良い心掛けよ。でもね、そんな必要はないから安心してね。ほら、もうさくらちゃんが準備を終えているわ。
「フィオちゃん、ちょっと明るくしてくれるかな」
「ええ、いいわよ。光球!」
私の手から小さな光の球が浮かび上がってフワフワと天井の高さまで登って周囲をぼんやりと照らし出すと、前後を5体ずつの妖魔に囲まれつつある状況が鮮明に浮かび上がるわ。5人は妖魔たちに気を取られて私がこっそり魔法を使用したのにも気が付いていないみたいね。明日香ちゃんはさくらちゃんが動くのに邪魔になるから、私が抱き留めて右手で彼女の頭を自分の胸に押し付けているわ。こんな場面で下手にパニックに陥ったらそれはそれで厄介ですからね。
「それじゃあ軽く仕留めちゃおうかな」
いつの間にかアイテムボックスから取り出したオリハルコンの篭手を両手に嵌めて、さくらちゃんの臨戦態勢は完璧ね。そのまま一気にダッシュするとこちらに向かって歩を進めつつあるレッサーデーモンに躍り掛かっていくわ。おそらくはゴブリン程度の力しかないレッサーデーモンではさくらちゃんの強襲に抗う術などなく、5体まとめて吹き飛ばされて暗闇の中に消え去っていく。
そしてさくらちゃんは方向を転換すると、今度は私たちの横をすり抜けて前方の敵に襲い掛かっていくわ。そのあまりの早さに魔法を撃ち出そうとしていた真美さんたちが唖然として硬直しているわね。そして文字通り妖魔を瞬殺してさくらちゃんはケロッとした表情で戻ってくる。
「まったくこんな弱い相手じゃ準備体操にもならないよ!」
「さ、さくらちゃん・・・・・・ 今一体何が起こったの? 妖魔たちは何処に消えたの?」
ようやく気を取り直した真美さんが恐る恐る尋ねているけど、その表情は驚愕を通り越して当惑を浮かべているわね。無理もないでしょうね、それがさくらちゃんの戦いを目の当たりにした普通の人が取り得るごく当たり前の反応ですからね。
「妖魔は私がぶっ飛ばしたからもう居ないよ。この程度の相手にビビるなんて、まだまだみんな修行が足りないね」
「ぶっ飛ばした・・・・・・ 消えた・・・・・・」
相変わらず真美さんは口をパクパクしてうわ言のように何かを呟いているみたいね。大量の妖魔に取り囲まれた危機感よりも、さくらちゃんの蹂躙劇から受けたショックの方がはるかに大きな精神的動揺を引き起こしているみたい。困ったわね、彼女たちが平静を取り戻すまではしばらく身動きができないわ。
「フィオさん、たくさん居た妖魔はどうなったんですか?」
「ああ、明日香ちゃん、さくらちゃんが一気に倒してしまってもう居ないわよ」
「ええ! フィオさんに抱き留められていて全然見ていませんでした!」
「逆に見ない方が精神衛生上は良かったのよ。ほら、目撃した真美さんたちはすっかり立ち直れなくなっているわ」
明日香ちゃんは私に指摘されて真美さんたちが居る方向を向くと、茫然自失で立っている彼女たちの姿を目にする。ついさっきまで明日香ちゃんの目には魔法を使える眩しい存在だった彼女たちが、今はまるで完全な負け犬のような悄然とした姿で立っている様子がその目に飛び込んでくるわ。彼女たちにとっては途方もないショックをさくらちゃんが与えているようね。戦う者の究極の姿を目撃してしまって自らの矮小さを眼前に突きつけられた、そんな感じかしらね。
「ほらほら、妖魔の討伐はまだ終わっていないんだよ! いつまでもボケッとしている余裕はないんだからね!」
さくらちゃんの檄が飛ぶとようやく真美さんたちは我に帰るわ。結局今日はこれ以上先に進むのを断念して引き返す方針を決定したようね。まあそれが妥当な結論でしょう。こうしてこの日は妖魔の討伐はお仕舞いにして、階段を降りて廃病院を後にする私たちでした。
帰りの電車の中では・・・・・・
「さくらちゃん、私は全然見ていなかったんですけど、さくらちゃんって本当に強いんですか?」
「明日香ちゃん、実にいい質問だね。私はとっても強いんだよ!」
「なんだかさくらちゃんを良く知っているだけに信じられるような、逆に信じられないような・・・・・・ 確かにさくらちゃんは学校に居た頃不良の人たちをボコボコにしたり、ヤク○の人たちを『金づる』と呼んでいましたけど」
「さくらちゃんは以前からそんなことをしていたのかしら?」
「明日香ちゃん、そんな昔の傷を抉ってほしくないよ! あの頃は私も若かったからね」
本当にさくらちゃんは愉快な人ね。聡史が手綱を制御するのに苦労してきたのは間違いないわね。あれだけ異世界で散々暴れ回って少しは精神的に成長したのかしら。いいえ、違うわね! 『万古普遍』という言葉こそさくらちゃんには良く似合っているわ。きっと異世界に来なくてもさくらちゃんは十分な強者だったんでしょうね。それが帰還者になって強さの天元突破しているだけよ。なんだかちょっと興味が湧いて来たわね。さくらちゃんの学校時代の話を聞いてみましょうか。
「明日香ちゃん、さくらちゃんは高校にいた頃はどんな生徒だったのかしら?」
「とっても目立っていましたよ! 学校で一番の有名人でした。授業中はずっと寝ているし、スポーツテストの100メートル走ではあっさりと日本記録を突破するし。ああ、男子の日本記録ですよ。軽く走って9秒台でした。あとちょっとで世界記録に届くところでした」
「明日香ちゃん、そんなに褒められると照れ臭いよ。あの時は最後の20メートルを思いっきり緩めたからね。今なら3秒掛からずに走り切るよ!」
「またさくらちゃんは面白い冗談を! こんな感じだからさくらちゃんが退学したうちの高校はまるで火が消えたような雰囲気になって、今はとっても寂しいです。でも先生たちは揃ってホッとした顔をしていますね。学校一番の問題児が居なくなったせいでしょうか」
「やっぱり問題児だったのね。今でも色々とやらかしてくれるけど」
「明日香ちゃん、こんな品行方正な私を問題児とはとっても失礼だよ! 確かに気に入らない不良をぶっ飛ばしたりヤクザの事務所に殴り込みは掛けたけど、それ以外は真面目な高校生だったんだよ!」
「お言葉ですがさくらちゃん、毎週のように不良と喧嘩して、月に一回はあちこちのヤクザの事務所に顔を出しては『みかじめ料』を受け取っていたのをどう申し開きするんですか?」
「さて、一体何の話かまったく記憶にないね」
「さくらちゃん、誰にも言わないから正直に言ってごらんなさい」
「いや、お腹が空いてね。お母さんからもらうお小遣いだけじゃ足りなかったんだよ。私の顔を見るとあいつらは気前良くお金を支払ってくれるからね!」
「さくらちゃんがヤ○ザをどれだけの目に遭わせたのかまったく想像が付きません!」
「たぶん明日香ちゃんの想像の百倍くらいだよ。二度と逆らえないようにキッチリと型に嵌めてやったからね!」
要するに力を背景にして反社会的勢力の人たちにお金をせびっていたわけね。それもどうやら異世界に行く前の話みたいだから呆れたものね。何処まで頭の中身が暴力的に出来上がっているのかしら。今は国防軍の一員だからそんな真似をしたらダメよ。後日ちゃんと司令官から釘を刺してもらいましょう。
「どうやら駅に着いたみたいだよ! それじゃあまた明日ね」
さくらちゃんが都合が悪い話題をさっさと切り上げようとしているわね。でもそうは行かないわよ! この件は重大な報告事項ですからね。忘れた頃に司令官から呼び出しがあるから覚悟しておいてね。でもいくら司令官が怖い顔をしても、さくらちゃんには全く効き目が無さそうな点が逆に不安だわ。
こうしてこの日は明日香ちゃんと別れて私たちは家路に付くのでした。
その翌日・・・・・・
今日は日曜日、昨日あんなアクシデントがあったけど、私とさくらちゃんは調査のために魔法アカデミーに向かうわ。駅で待ち合わせをした明日香ちゃんも一緒よ。そして私たちが到着するなり、真剣な表情の真美さんたちがエントランスフロアーで待ち構えていたわ。
「さくらちゃん、どうしてもお願いしたいことがあるの。ちょっと話を聞いてもらえないかしら」
「話がある? まあいいでしょう、聞くだけ聞いてあげるよ」
「こちらの部屋に来てほしいの」
どんな話か興味があるから私と明日香ちゃんも一緒についていって、真美さんたちが魔法の練習で使用している部屋に入っていくわ。用意してある椅子に腰を降ろすなり、真美さんが前置きなしで用件を切り出してくるわね。
「さくらちゃん、私たちに妖魔との戦い方を教えてください!」
「「「「どうかお願いします」」」」」
今度は絵美さんもタイミングを逃すことなく声を合わせているわね。それにしてもこの子達はどれだけの怖いもの知らずなのかしら。帰還者のアイシャが毎回ボロボロになるまでシゴかれているし、最近はタンクや勇者までさくらちゃんの強烈な訓練を受けて地面に転がされているのよね。国防軍に所属する正規の帰還者でさえもあの有様なのに、正真正銘駆け出しのこの子達が果たしてどうなることやら・・・・・・
「うーん、いいけど私の訓練はとっても厳しいよ。それよりもなんでみんなはそんなに強くなりたいのかな?」
さくらちゃん、ナイスな質問よ! この子達が力を求めている理由というのは私も気にはなっていたのよね。真美さんの表情に当惑する感情が浮かんでいるわね。もしかして言い難い話なのかしら。それはそれでとっても気になるわね。
「ここだけの話にして口外しないというのならばお話します」
「いいよ、私はとっても口が堅いんだよ。それにどういう理由で強くなりたいかはっきりと教えてもらえないと、私としてもどう判断して良いかわからないからね」
さくらちゃんの『口が堅い』というフレーズに明日香ちゃんが吹き出しそうになっているわ。長い付き合いだからさくらちゃんの実態を良くご存知なのね。私も辛うじて笑いを噛み殺しているわ。さくらちゃん、この場でそんなギャグは必要ないのよ。
「実は近いうちに大きな災厄が来るらしいんです」
「災厄が来る? どんな災厄かわかっているのかな?」
「偉大な魔女様の占いによって判明したらしいのですが、首都圏に破滅的な被害をもたらす災厄という話です。恐らくは妖魔に関わっているのではないかと私たちは考えています。何とか私たちの手でその災厄を止めたいんです! どうかさくらちゃんの力を私たちに貸してください! 私たちをもっと強くしてください!」
「なるほどねぇ・・・・・・ みんなが心配するようなことじゃないという気もするけど、何か力になりたいという訳だね。フィオちゃんは何か聞いておきたいことはあるかな?」
いつものようにさくらちゃんは私に判断を丸投げするみたいね。その方が私としても都合が良いわ。ここはさくらちゃんの前フリに乗っかりましょうか。
「その災厄というのは今の段階でもう少し詳しい話しはわからないのかしら?」
「恐ろしい災厄というだけでアカデミーの偉い人たちにも詳細が判明していないそうです」
「あなたたちが止めないといけないのかしら? 知っているかもしれないけど国防軍にはとっても強い人たちが居るのよ」
「帰還者の話は私たちもニュースで聞いています。でも魔法の力を結集しないと倒せない恐るべき災厄だそうです。だから私たちは少しでも役に立ちたいんです」
国防軍も少しずつ帰還者の情報をマスコミに流しているから、この子達もそれなりに知ってはいるようね。もっともその帰還者が2人も目の前に居るというのは完全に想定外かもしれないけど。
「さくらちゃん、どうやらこの子達は純粋な気持ちで強くなりたいみたいだから、ちょっと訓練に付き合っても良いんじゃないかしら。何処まで付いて来られるかは別にしてもね」
私たちは良く知っているわ。純粋な気持ち程悪意のある者に利用され易いという事実を。異世界で私たちが滅ぼした『エルモリヤ教国』は国民全員が狂信的な宗教に染まった末に、悪意ある邪神にいいように利用されて破滅を迎えたのよ。人々は純粋に女神を信仰していたはずなのに、いつの間にか国全体が暴走を開始してしまったのよね。だからこの子達の気持ちが誰かに踏みにじられるような結果にならないといいんだけど。それも念頭に置きつつ、この子達が利用されそうな場合の対処法を考えておかないといけないわね。
「それじゃあフィオちゃんも賛成みたいだから今から軽く訓練してあげるよ。このまま外に出ようか」
この部屋に居た全員が魔法の試し撃ちが出来る場所に移動するわ。全員集合したところで、私はとあることに気が付く。なんだかこんな遣り取りが前にもあったわね。
「何で明日香ちゃんがここに居るのかしら?」
「なんとなく流れで付いてきちゃいました! でもせっかくだからさくらちゃんの訓練を受けてみようかと思います」
「うんうん、明日香ちゃんは中々いい心掛けだよ。それじゃあ全員この敷地のフェンスに沿って軽く20周走ろうか」
「「「「「「20周ですか!」」」」」」
「あれっ? ちょっと少なかったかな?」
「そっちじゃありません! いきなり20周って!」
「このくらいは当たり前にやってもらわないと私の訓練には付いて来れないよ! ああ、そうだ! 魔力を体の中に循環させながら走るんだよ! その方が魔力を自在に扱えるようになるからね」
「そんな、急には無理です!」
「いいからつべこべ言わないで走るんだよ! 戦いというのは体力勝負だからね! ほら、スタートだよ!」
こうして駐屯地でもお馴染みのさくらちゃんの訓練風景が魔法アカデミーでもスタートするのでした。もちろん頭脳労働が専門の私は生暖かい目で見守るだけなんですけどね。
首都圏を襲う破滅的な災厄とは果たして・・・・・・ 次回はそんなお話かもしれません。投稿は週の中頃を予定しています。
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